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王都浄化編
第5話 ガルウの懸念
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この世界は腐っています。
貧富の差は増すばかり。
子爵家である我がワードマン家は、恵まれない人々に、度重なる支援を行ってきましたが、王族や他の貴族の反対を受け続けていました。
そんな中結ばれた、私とカイラン様の婚約。
そして……。大規模な市民活動。
社会は変わっていくのかもしれない。期待があった中での国外追放と婚約破棄。
なんとしても、世直しを成し遂げねばなりません。
まず私が向かったのは、工業地帯でした。
王都の外れにある広大な土地に、いくつも工場が並んでいます。
労働者はまともな給料も与えられず、朝から晩まで働かされているのです。
「おい貴様。なぜここにいる」
工業地帯は、壁で覆われています。
労働者が脱走しないためです。
なので、入り口が存在し、そこの門番が話しかけてきたのでした。
「国外追放されたのではなかったか? 何故戻ってきた」
「ホーチネス家の方は、こちらにいらっしゃいますか?」
「私が質問しているのだ。答えよ」
私に詰め寄ろうした門番に、ガルウが剣を突き立てました。
先ほど、我が屋敷から持ち出した剣です。
「なっ……。反逆者か?」
「そうとも言うね。悪いことは言わないから、彼女の言うことを聞いておいた方が良いんじゃないかな?」
様子に気が付いた数人の男たちが、ゾロゾロと集まってきました。
「メノン。僕はね、この姿でも十分戦えるんだ」
そう言って、まずは目の前にいた門番の腹を蹴飛ばしました。
数メートル……。まるで、汽車に跳ねられたかのように、男は吹き飛びます。
「どうだい? 強いだろ?」
「ガルウ! 後ろ!」
「え? あっ」
他の男が、ガルウに棍棒を振り下ろしました。
しかしガルウは、すぐに剣でそれを受け止め、弾き返します。
そして今度は、向かって来るもう一人の男を、やはり蹴りで倒し、起き上がろうとした男の顔に、踵落としをくらわせたのです。
他の男たちは、おそれをなしたのか、一目散に逃げて行ってしまいました。
……彼らもまた、生活の苦しい雇われ人だったのでしょう。
「ふぅ……。いやぁ疲れるなぁ。やっぱり千年も経つと、人間は強くなるみたいだ」
「そうなのですか?」
「うん。今のうちに言っておくと……。僕は強いけど、最強じゃない。当然苦戦することもある。だけど、聖女様と力を合わせれば、負けることはないんだ。だから……。メノン、君の力を貸してほしい」
「ガルウ……」
ガルウが、私の頭を撫で始めました……。
温かい手です。神獣だからでしょうか、人間よりもやや熱を持っているような気がします。
「い、行きますよ。労働者を解放せねば」
「解放?」
「まずは、工場を止めるのです。それから……ホーチネス伯爵家の元へ向かいます」
「え? そんなことせずに、最初からホーチネス家に向かえばいいんじゃないか?」
「先ほどの男たちを見ていると……。魂が浄化されてしまった場合、ただ純粋な人間に戻ってしまうようでした。それではいけません。しっかりと罪を認識させた上で浄化したいのです」
「……聖女様らしいことを言うんだね」
「聖女ですから」
「そうだった」
ガルウと共に、工業地帯に足を踏み入れます。
どことなく重い空気……。
工場で働いている労働者に、休むように伝えます。
そして、見張りをしている雇われ人には、制裁を加えていきます。
と言っても、彼らのほとんどは、ガルウの強さに押し負けて、早々に尻尾を巻いて逃げていくものですから、そう手こずることはありませんでした。
「それからもう一つ」
半分ほど解放が進んだところで、ガルウがいきなりそう言いました。
「はい?」
「どうやら、君の記憶を覗いた限りだと。この世界には魔法が存在しているらしいね」
「あぁはい。そうですけど……」
「あの男たちも、僕の聖なる力を魔法と勘違いしていたみたいだ」
「そうですね……」
「千年前、魔法なんてものは存在しなかった。つまり、僕は魔法で攻撃されたことが無い。その不安はあるよ」
「……なるほど」
確かに、思い返してみると、魔法が生まれたのは、ここ五百年くらいの出来事だったような気がします。
「聖女様の力は、他にもたくさんある。バリアを張ったりだとかね。まぁでもこれは、実戦でしか身に付かないことだし、今は――」
突然、大きな音が響きました。
そして、目の前で炎が燃え盛っています。
「噂をすればなんとやら……かな?」
振り返るとそこには、帽子を深く被った魔導士がいました。
王族の紋章をつけています。
我が国の、魔法部隊の一員でしょう。
「けけっ。間一髪だったなぁ。少し位置をミスっちまった」
「当たらないということは、君はどうやら下級の魔法使いみたいだね」
「……なにぃ?」
「ちょっとガルウ……。煽るようなことを言わないでください」
「この国の魔法部隊は、全部で十人。彼はその中でもおそらく偵察の役割を担う一番の下っ端かな。それでも、本来魔法は攻撃として使用できるほどのレベルには仕上がらないし、選りすぐりのエリートであることは間違いない……。だよね? メノン」
頷くことも躊躇われました。
……どうやら相当、私の記憶はしっかり覗かれてしまっているようです。
しかし、そんなことを言っている場合ではありません。これはピンチと呼ぶべき状況でしょう。
貧富の差は増すばかり。
子爵家である我がワードマン家は、恵まれない人々に、度重なる支援を行ってきましたが、王族や他の貴族の反対を受け続けていました。
そんな中結ばれた、私とカイラン様の婚約。
そして……。大規模な市民活動。
社会は変わっていくのかもしれない。期待があった中での国外追放と婚約破棄。
なんとしても、世直しを成し遂げねばなりません。
まず私が向かったのは、工業地帯でした。
王都の外れにある広大な土地に、いくつも工場が並んでいます。
労働者はまともな給料も与えられず、朝から晩まで働かされているのです。
「おい貴様。なぜここにいる」
工業地帯は、壁で覆われています。
労働者が脱走しないためです。
なので、入り口が存在し、そこの門番が話しかけてきたのでした。
「国外追放されたのではなかったか? 何故戻ってきた」
「ホーチネス家の方は、こちらにいらっしゃいますか?」
「私が質問しているのだ。答えよ」
私に詰め寄ろうした門番に、ガルウが剣を突き立てました。
先ほど、我が屋敷から持ち出した剣です。
「なっ……。反逆者か?」
「そうとも言うね。悪いことは言わないから、彼女の言うことを聞いておいた方が良いんじゃないかな?」
様子に気が付いた数人の男たちが、ゾロゾロと集まってきました。
「メノン。僕はね、この姿でも十分戦えるんだ」
そう言って、まずは目の前にいた門番の腹を蹴飛ばしました。
数メートル……。まるで、汽車に跳ねられたかのように、男は吹き飛びます。
「どうだい? 強いだろ?」
「ガルウ! 後ろ!」
「え? あっ」
他の男が、ガルウに棍棒を振り下ろしました。
しかしガルウは、すぐに剣でそれを受け止め、弾き返します。
そして今度は、向かって来るもう一人の男を、やはり蹴りで倒し、起き上がろうとした男の顔に、踵落としをくらわせたのです。
他の男たちは、おそれをなしたのか、一目散に逃げて行ってしまいました。
……彼らもまた、生活の苦しい雇われ人だったのでしょう。
「ふぅ……。いやぁ疲れるなぁ。やっぱり千年も経つと、人間は強くなるみたいだ」
「そうなのですか?」
「うん。今のうちに言っておくと……。僕は強いけど、最強じゃない。当然苦戦することもある。だけど、聖女様と力を合わせれば、負けることはないんだ。だから……。メノン、君の力を貸してほしい」
「ガルウ……」
ガルウが、私の頭を撫で始めました……。
温かい手です。神獣だからでしょうか、人間よりもやや熱を持っているような気がします。
「い、行きますよ。労働者を解放せねば」
「解放?」
「まずは、工場を止めるのです。それから……ホーチネス伯爵家の元へ向かいます」
「え? そんなことせずに、最初からホーチネス家に向かえばいいんじゃないか?」
「先ほどの男たちを見ていると……。魂が浄化されてしまった場合、ただ純粋な人間に戻ってしまうようでした。それではいけません。しっかりと罪を認識させた上で浄化したいのです」
「……聖女様らしいことを言うんだね」
「聖女ですから」
「そうだった」
ガルウと共に、工業地帯に足を踏み入れます。
どことなく重い空気……。
工場で働いている労働者に、休むように伝えます。
そして、見張りをしている雇われ人には、制裁を加えていきます。
と言っても、彼らのほとんどは、ガルウの強さに押し負けて、早々に尻尾を巻いて逃げていくものですから、そう手こずることはありませんでした。
「それからもう一つ」
半分ほど解放が進んだところで、ガルウがいきなりそう言いました。
「はい?」
「どうやら、君の記憶を覗いた限りだと。この世界には魔法が存在しているらしいね」
「あぁはい。そうですけど……」
「あの男たちも、僕の聖なる力を魔法と勘違いしていたみたいだ」
「そうですね……」
「千年前、魔法なんてものは存在しなかった。つまり、僕は魔法で攻撃されたことが無い。その不安はあるよ」
「……なるほど」
確かに、思い返してみると、魔法が生まれたのは、ここ五百年くらいの出来事だったような気がします。
「聖女様の力は、他にもたくさんある。バリアを張ったりだとかね。まぁでもこれは、実戦でしか身に付かないことだし、今は――」
突然、大きな音が響きました。
そして、目の前で炎が燃え盛っています。
「噂をすればなんとやら……かな?」
振り返るとそこには、帽子を深く被った魔導士がいました。
王族の紋章をつけています。
我が国の、魔法部隊の一員でしょう。
「けけっ。間一髪だったなぁ。少し位置をミスっちまった」
「当たらないということは、君はどうやら下級の魔法使いみたいだね」
「……なにぃ?」
「ちょっとガルウ……。煽るようなことを言わないでください」
「この国の魔法部隊は、全部で十人。彼はその中でもおそらく偵察の役割を担う一番の下っ端かな。それでも、本来魔法は攻撃として使用できるほどのレベルには仕上がらないし、選りすぐりのエリートであることは間違いない……。だよね? メノン」
頷くことも躊躇われました。
……どうやら相当、私の記憶はしっかり覗かれてしまっているようです。
しかし、そんなことを言っている場合ではありません。これはピンチと呼ぶべき状況でしょう。
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