上 下
41 / 85

8.溢れた血《4》

しおりを挟む


 翌朝鉄哉と合流し、三人で鞍橋のじいさまの見舞いに行った。じいさまはあいかわらず意気軒昂だったが、二年前と比べるとびっくりするほど老け込んでいた。気の毒に、思ったより病状が重いらしい。
 鉄哉はむすっとして部屋の隅のパイプ椅子に座ったまま動かない。不機嫌な人間を同時に二人も相手するのは大変なので、朱眉と一緒にじいさまに集中して機嫌をとっていると、わたしがうっかり花瓶を倒して割ってしまった。普段はこんなミスしないのだが、変な気の使いかたをしていたせいで注意が散漫になっていたらしい。
 「何をしとるか!」というじいさまの怒鳴り声の中、わたしと朱眉が床に飛び散った破片や水や花の片付けにてんてこ舞いしていると、鉄哉がどこからかモップとちりとりを持ってきてさっさと始末してくれた。「玄隈ともあろう者が、怪力娘の言いなりだな。いったいあんたは何でいつもせっせと動きよるのかね」とじいさまは苦りきっていたが。
 朱眉はもう鞍橋を強制的に閉めることはしていないようだが、それはあきらめたのではなく、待つことにしたからだろう。こうやってうるさ型が一人欠け二人欠けして鞍橋は小さくなっていき、やがて消える。もう一族を率いる人間はいないのだし、あの屋敷だっていずれ人手に渡る。
 見舞いから戻り、帰りの新幹線まで時間があったので、屋敷の敷地の奥にある母の服を埋めた場所に行った。屋敷には昔から来ていたが、じいさまたちから外をうろつくなと言われていたので、建物の周辺しかわたしは知らなかった。
 そこは朱眉の心遣いによって静かできれいな一角に整えられていた。木が多いのにあたりは何となく明るく、雑草も摘まれている。大きな石が墓碑として立てられていたが、文字が彫られていないので何のためのものか知らない人間にはわからないだろう。
 朱眉が次の屋敷の所有者に、「これはこの土地を護るものだから、壊さないで大事にしてほしい」と申し送りしてくれるそうだ。もしそれが難しそうなら墓を他に移してくれるという。わたしは石の前で手を合わせ、目を閉じた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

君を愛することはないと言う夫とお別れするためのいくつかのこと

あかね
恋愛
フレアとは結婚式当日夜に君を愛することはないと言われ、愛人の存在を告げられたことにより、ショックを受けることもなく婚姻を無効にするため、実家連絡をするような女である。そして、昔好きだった相手が襲来し、再婚の予約をしたので、さっさと別れたいと夫を元夫にすべく丸め込むのであった。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

嘘はあなたから教わりました

菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。

処理中です...