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8.溢れた血《4》
しおりを挟む翌朝鉄哉と合流し、三人で鞍橋のじいさまの見舞いに行った。じいさまはあいかわらず意気軒昂だったが、二年前と比べるとびっくりするほど老け込んでいた。気の毒に、思ったより病状が重いらしい。
鉄哉はむすっとして部屋の隅のパイプ椅子に座ったまま動かない。不機嫌な人間を同時に二人も相手するのは大変なので、朱眉と一緒にじいさまに集中して機嫌をとっていると、わたしがうっかり花瓶を倒して割ってしまった。普段はこんなミスしないのだが、変な気の使いかたをしていたせいで注意が散漫になっていたらしい。
「何をしとるか!」というじいさまの怒鳴り声の中、わたしと朱眉が床に飛び散った破片や水や花の片付けにてんてこ舞いしていると、鉄哉がどこからかモップとちりとりを持ってきてさっさと始末してくれた。「玄隈ともあろう者が、怪力娘の言いなりだな。いったいあんたは何でいつもせっせと動きよるのかね」とじいさまは苦りきっていたが。
朱眉はもう鞍橋を強制的に閉めることはしていないようだが、それはあきらめたのではなく、待つことにしたからだろう。こうやってうるさ型が一人欠け二人欠けして鞍橋は小さくなっていき、やがて消える。もう一族を率いる人間はいないのだし、あの屋敷だっていずれ人手に渡る。
見舞いから戻り、帰りの新幹線まで時間があったので、屋敷の敷地の奥にある母の服を埋めた場所に行った。屋敷には昔から来ていたが、じいさまたちから外をうろつくなと言われていたので、建物の周辺しかわたしは知らなかった。
そこは朱眉の心遣いによって静かできれいな一角に整えられていた。木が多いのにあたりは何となく明るく、雑草も摘まれている。大きな石が墓碑として立てられていたが、文字が彫られていないので何のためのものか知らない人間にはわからないだろう。
朱眉が次の屋敷の所有者に、「これはこの土地を護るものだから、壊さないで大事にしてほしい」と申し送りしてくれるそうだ。もしそれが難しそうなら墓を他に移してくれるという。わたしは石の前で手を合わせ、目を閉じた。
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