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4.年に一度の人《2》

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 年に一度、わたしに会いに来る人がいる。名前は改源というが、本名でないことはわかっている。
 初めて会ったのはこの土地に引っ越してきたばかりの頃だったので、もう十年も前だ。車で十分の距離に大きなドラッグストアがあると近所の人から聞き、おばさんと鉄哉、わたしの三人で行った。おばさんは「すごいわあ。安いわあ。いっぱいあるわあ」としきりに感心しながら品物の一つ一つを吟味し、鉄哉は大きな店というだけで圧倒されて母親から離れようとしなかった。わたしは四歳とはいうものの中身まで幼いわけではなかったので、おばさんから離れ、商品を手にとって世間の情報を熱心に吸収していた。
『やっと生まれたな』
 そう声をかけられたのでまわりを見ると、二十代半ばくらいの男の人が、少し離れたところから笑顔でわたしを見ていた。
『申し分なく健康だ。これなら何の問題もない』
 肉声と内容が合ってない。わたしはその何語かわからない言葉を、最初から理解出来るようだった。
「誰ですか?」
 見知らぬ男に話しかけられてニコニコと応じられるほどの愛嬌は昔から持ち合わせていない。その人は『うーん、そうだな……』とまわりを見回し、
『じゃ、改源で』
 と言った。近くの棚にあった風邪薬から取ったのだとわかったのは、だいぶあとになってからだ。
『名前は?』
「エミ」
『そうか、エミか。わかった。今日はこれまでにしよう』
 改源さんはわたしの頭に軽く手を置き、出入口の自動ドアから外へ出て行った。
 それ以来、この時期になると彼はやってくる。初めて会ったときから外見が変化していないので、わたしがよく観察してないか、普通の人間でないかのどちらかだろう。


 今年は庭の草むしりをしていると、いつのまにか隣にしゃがんでいた。彼が姿を現すのはいつもわたしが一人のときだ。
『どうしてこんなことをしているんだ?』
 一年ぶりなのに元気だった? も大きくなったねも何もない。この人はいつもそうだ。まるで昨日も会ったような顔をしている。
「草むしりしないと蚊が来るし、見た目もよくないから。近所の人も嫌だろうし」
『そういう理由なのか』
「もう夏じゃないから、これでも少ないほうです」
『下の者にやらせればいい』
「そんな人いません」
 改源さんも草を摘みだし、しばらく二人で無言でむしり続けた。途中彼が手を止めてじっと庭の隅の木を見ているので、「どうしたんですか?」と聞いた。
『いや、あの木の根元に……』
「え?」
『何でもない。害はないし、必要なもののようだ。放っておこう』
 何か見えたらしい。でも心配しなくていいようなので、わたしも気にしないことにした。だいいち害があるなら、真っ先に鉄哉が気付いて大騒ぎしているだろう。
 十分ほどして、改源さんは立ち上がって背伸びした。
『今日はこれで帰る』
「あっ、そうですか」
 彼はいつもどこから来るのだろう。毎年そう思うが、その質問を口に出したことはない。いつか自分からそれを言ってくれるのを待っている。
「何のお構いもしませんで。お茶でも飲みます?」
『いや、また別のときに』
 たぶん人間じゃないんだろうとは思うが、改源さんはいつも正しい方法で帰っていく。いきなり空の彼方へ飛んでいったり、異次元へ通じる穴に入っていったりはしない。
 外の道に出ると、二十メートルほど向こうに鉄哉がいた。この辺は人通りがあんまりないので、誰かがいるとすぐに目に入るのだ。彼がハッとして足を止め、立ちすくんでわたしたちを凝視した。隣に立っていた改源さんが呟いた。
『……恐るべき執念だな』
 あまりいい印象を持たなかったようだ。鉄哉も同様らしく、こちらに来ようとせずただ厳しい目を向けてくる。
『また来る』
 改源さんは鉄哉のほうへ歩いていき、そのまま横を通り過ぎて行ってしまった。鉄哉がやっとこっちに来たが、険しい表情はそのままだった。
「誰? あいつ」
 隠す必要もないので、正直に話した。
「改源さんっていうの。年に一回会いにくる人」
「あいつ、おかしいよ」
 鉄哉が敵意むき出しの声で言った。彼が初対面の人をこんなに嫌がるのも珍しい。
「全然見えないんだ。形しかわからない。こんなの初めてだ」
「見えないってどういうこと? もしかしてあんたの身内?」
「いいや、そういうのとは違う。お父さんとかお母さんは、見えてるんだけどよく見ようとすると頭がぼんやりする感じなんだ。でもあいつは蓋か何か被せたみたいに見えない。――どうやって知り合ったんだ?」
「何かよくわからないけど、向こうが来たの。十年前に」
「十年?!」
 わたしがこの件を十年も黙っていたことがかなり不満なようだ。べつに内緒にしていたわけじゃないんだけど。わざわざ話すのが面倒だっただけだ。
「……まあいいや。どうせ来年まで来ないんだろ、あいつ」
 と言い、わたしにおばさんからのことづけを渡して帰っていった。渡された袋の中には、いい匂いのする大きな桃が二つ入っていた。

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