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2.仲良くなった人《3》
しおりを挟む今日は週に一度の生島詣での日だ(週四はあんまり多すぎるので、週一にしようと画策中)。学校帰りに寄ると、鉄哉は部活でまだ帰っていなかった。おばさんがパート帰りに買ってきてくれたプリンを食べながら、新しいクラスのことや勉強のこと、最近見ているドラマの感想なんかを話した。
六時過ぎに鉄哉が帰ってきた。彼はバスケ部で、噂ではなかなか活躍しているらしい。何はともあれ、また部活が出来るようになってよかった。
ご飯を食べて帰ろうとすると、鉄哉がわたしにお勧めのマンガを押しつけてくるので閉口した。二巻程度ならともかく、現在五十三巻が刊行されているうちの三十巻を紙袋に入れてしつこく迫ってくる。
「読みなよ、中学生の基礎教養だから! テスト期間に入る前に!」
「いいって、いいって!」
などと大声でもめているうちに紙袋が破れて中身が落ちたので、その隙に外へ逃げた。そのとたん自転車で通りがかった木崎さんと鉢合わせになりビックリした。彼女のほうも驚いて、急ブレーキをかけて叫ぶように言った。
「小森野さん! 家ここだったの?」
「え……いや、親戚の家なんだけど」
誰の家か知られたくなかったのでとっさに表札を背中に隠しながら答えたが、間の悪いことに「新しいのに入れてきたよ! 今度は家まで大丈夫だから!」と鉄哉があたふた玄関から出てきた。木崎さんがまた叫んだ。
「あの噂は本当だったのか!」
「噂って?」
「一組の生島くんが、小森野さんの彼氏だって話だよ!」
転校間もない木崎さんの耳にまでそんな話が届いているとは、つくづく嫌な世の中だ。
「そんなんじゃないよ。従兄だから。親戚だから私が顔見せに来ただけ」
「そうそう、つきあってたのは一年のときだから。今は違うよ」
「余計なこと言わないで!」
「ごめん、今の忘れて」
「あれっ。それって『○○の×××』じゃない?」
わたしたちのやりとりを無視し、木崎さんが鉄哉の持っている紙袋をのぞきこんで言った。
「そうだよ」
「それ面白いよね。私も持ってる」
「ほら、面白いってよ! だから持って帰って読めよ、すぐ返さなくていいから! 世間においてかれるぞ!」
鉄哉が自信満々の表情で紙袋を突きつけてくる。もうこれ以上人前で言い争いしたくないので、しぶしぶ受け取った。――宇宙一の洗濯職人を目指してひたすら惑星間をさすらう五十過ぎのおじさんが主人公のマンガなんて、いったいどこに感情移入すればいいのだろう。そんな内容で連載が続くこと自体が奇跡だ。
「でもアレだね。小森野さんと感動を共有したかったんだね、生島くん」
「……感動するんだ、これ」
木崎さんが紙袋を自転車で運んでくれるというので、ご好意に甘えることにした。べつに重くはないのだが、重たがるのが普通の女の子の反応かなと思ったのだ。
「いっぺんにこんなに持たせるのもどうかと思うけど。普段からああなの? モテるって聞いたけど、意外と女子のことわかってないね。俺が家まで持ってくよとか言わないと」
「本当にモテてるの? あんなバカなのに」
「顔いいし、背高いし、ハナあるじゃん。性格もよさそう」
「たしかに人はいいけど、だからってツブしがきくわけじゃなし。頭ん中マンガとゲームと部活のことしかないと思うよ」
「おおー、厳しいね。近くで見てきた彼女だから言える意見か」
「だから彼女じゃないって」
「つきあってたのは事実なんでしょ? 火のないところに煙は立たないもんね」
「うん、まあ……そこは……そうかも」
一年の夏休み、鉄哉からつきあってほしいと言われた。周囲がにわかに色恋にざわめきだした時期だったのでその影響だなと思ったが、彼女になったところで関係に変化がないとわかっていたので、気軽な気持ちでいいよと返事した。鉄哉が「俺とエミちゃんはつきあってるから」と人に言うのを耳にしても、許せる程度にはまだ彼と仲が良かったのだ。わたしたちは二人でセットだった。
「何で別れたの」
「いろいろあって……ちょっと言えないんだけど」
「そっかー。別れたのにまだ一緒にいるなんて、鳳啓介と京唄子みたいだね!」
「誰? それ……。とにかく、縁切れないのは親戚だからだよ。外せないつきあいが残ってるだけ」
「かわいそうな生島くん。こんなに小森野さんが好きなのに、そっけなくされちゃって。きっとマンガやゲームより頭いっぱいなことあると思うな」
木崎さんは節をつけて歌うように言った。これだから嫌なのだ。何か知らんが、みんながわたしに鉄哉にもっと優しくしてやれと言ってくる。こちらの気持ちはどうでもいいというのか。何で誰もあいつに「小森野さんが嫌がってるから、あんまりしつこくするのはやめたほうがいい」とか「従兄の立場に徹しろ」とか「お前の言動はストーカー寸前だ」とか注意してくれないんだ。わたしがムッとしているので、木崎さんが笑って謝罪した。
「ごめーん、怒んないで。私、何でも思ったこと言っちゃうんだよね」
「……いいよ、べつに。でも鉄哉のことはあんま言わないでくれる?」
「わかったもう言わない。心のメモ帳に極太マジックで書いとくわ、『生島くんは小森野さんが超好き、でも片思い』って!」
完全に面白がられている。その超好きの部分も消してほしい。家に着いたので木崎さんから紙袋を受け取り、お礼を言って別れた。
小学生のように幼くて騒々しい人だと思っていたが、意外とまわりに目配りし、この短期間でいろんな情報を吸収している。誰も知り合いのいない土地ですばやく受け入れられたのは、彼女が単純に明るくて楽しいからではなく、その場の空気を把握してさりげなくリードも出来る、頭の良さがあったからなのだ。
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