悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第一部

Hiroko

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35 私、神様なんだ

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酷い体の痛みに目を覚ました。
背中が……、頭が……、首が……、いったいどこがどう痛いのかさえわからず、僕はうめき声をあげのけぞった。
「おい和也、目を覚ましたか」スサノオの声がした。
痛みに悶えながらもなんとか目を開けたけれど、辺りは暗くて何も見えなかった。
「大丈夫か、和也?」
今のこの身体の痛みが大丈夫かどうか僕にはわからなかった。
「うあっ」と言って僕は左腕を抱き込んだ。急激な痛みが走ったのだ。あまりの痛みに動かすことができない。骨が折れてしまったのだろうか。
「ス、スサノオ……、ここはどこだい? 僕たち生きているの?」
「ああ、どうやら生きてはいる。が、どこかの牢獄に閉じ込められているらしい」
「どこかって……」
「さあ、知らん……」
落ち着きを取り戻し、よくよく耳をすませると、そこに閉じ込められているのは僕たちだけではないようだった。女のような声で、すすり泣きがいくつか聞こえる。
「他にも誰かいるの?」
「ああそのようだ。この牢獄は、連れ去られた女たちを閉じ込めておくためのものらしいな」
「連れ去られた……、女たちって……」
「つまり俺たちは、食い物として扱われているってこった」
それは……、それは今はいい。それより、それより……「あ、あの誰か、ここにいる人、誰か美津子って言う女の子を知りませんか?」僕は声を大きくして言った。
けれど誰からも返事はなかった。
「あの、誰か!」
「知りませんよ」と女の声がした。
「あの、でも、どこかにいるはずなんです。この平城京のどこかに、美津子って女の子が。誰か、誰か知りませんか!?」
「その子がここに閉じ込められた、ってんなら、もう三日三晩のうちに食われちまってるよ。あなたたち、ここに来て今日で三日目になるよ。もう駄目だよ」女の声はそう言った。
「三日? 僕はもう……」
「ああ、三日だ。和也はずっと眠ってたからな」スサノオの声が言った。
「そうだ、八岐大蛇は? コトネは?」
「さあ。コトネはわからんが、八岐大蛇は恐らくやられただろう。あいつだけで勝てる敵じゃなかったからな」
「やられたって……」
「心配するな。死んではいないだろうよ。だが俺たち同様、動ける状態でいるかどうかわからん」
スサノオの話によると、今は昼間のようだった。
「そこを見て見ろ」と言われて牢獄の隅を見ると、細い光が漏れていた。それは外の光で、昼間だけ光が差し込んでいるらしい。
「スサノオ、結局僕は何もできなかったよ……」
「あっはっは、気にしなさんな。俺だってそうさ、何もできなかった」
「天叢雲剣は、やっぱりスサノオが持ってた方が良かったんだ」
「いいや、同じさ。俺の力が及ばなかったんだ」
「これからどうなると思う?」
「さあな。食われちまうんじゃねーか?」
「冗談やめてよ」
「そうだなあ。だが剣も失っちまったしなあ」
スサノオの「食われちまう」って言葉を本気にしたわけではないけれど、僕はもしかしたらこれで最後かもしれないと思い、最後に美津子の顔を見ようとスマホの電源を入れようとした。
けれどやはり、もうバッテリーが無くなっていて、何も映ることはなかった。
せめて……、せめてほんの一秒でもいい、美津子の顔を見たかった……。
僕は何も映らないスマホを握り締めたまま、閉じた瞼の裏側に、記憶の中にある美津子の笑顔を映し出した。
と、その時、「あ、あの……」と暗闇の中から女の子の声がした。「もしかしてそれ……」
真っ暗闇ではあったけれど、近くにいるその声の主の顔の輪郭くらいは見ることができた。
「これが、どうしたの?」僕は尋ねた。
「それはもしかして、スマホですか?」
「え、う、うん。そうだけど……、え? え!? どうして知ってるの!?」
「あなたこそ、どうしてそんなもの……」
「も、もしかして君……」「あなた、もしかして……」二人で同時にそう言いながら、口から出た言葉は同じだった。「踏切から来たの!?」

女の子の名前は芹那と言った。
歳は僕より三つ上で、高校一年生だった。
「芹那さんは、どうして踏切に飛び込んだの? もしかして……」
「もしかして、って、自殺じゃないわよ? 声が聞こえたの……」
「声?」
「そう。神様の声が」
「神様?」
「ええ。嘘のように思えるでしょうけど、本当なの。『こちら側に来なさい。あなた方には使命がある。こちら側に来なさい』って。私の家、神社なの。代々一つの小さな神社を守ってきた家系で、そのせいかわからないけれど、私には幼い頃から死んだ人や神様の声が聞こえたの。そして最近になってまた神様の声が聞こえて、導かれるままに行くと、あの踏切にたどり着いたわ。最初、何をどうすればいいのかわからなかったけれど、なんだか夜の光に誘われる虫みたいに、ふわふわと酔っぱらったような気分になって、気が付いたら電車の前に飛び出してた。そして次に気が付いた時、この世界に来ていたのよ」
「今でも、神様の声は聞こえる?」
「いいえ。こちら側に来てから何も聞こえなくなった。それより、ここはいったいどう言う世界なの? まだここにきて二週間ほどしかたっていないの。気が付いたら草むらのようなとこにいて、しばらく森の中で迷っているうちに、男たちにさらわれてここに連れてこられたの」
「こ、ここは……」何から説明するべきなんだろう。
「私たちのいた時代じゃないわよね」
「うん。天平宝字と言う時代だ」
「天平宝字? 奈良時代かしら」
「うん。でもただ単にタイムスリップしたと言うだけじゃないらしい」
「変な化け物がたくさんいたわ」
「そうなんだ。どうやら化け物や妖怪みたいなのが本当にいる世界らしい」
「ここは? 場所はどこ?」
「平城京だよ」
「平城京……、都にいるのね?」
「うん」僕は芹那がいろんなことをよく知っているようなので感心した。
「でも、なんだか変……」
「変って、なにが?」
「だってここは都でしょ? ここに住んでいた人たちはどうなったの? これからどうなるの? ここが過去の世界だとして、もし私たちがきた未来に繋がっているとしたら、その未来はどうなるの?」
「それはわからないんだ、僕にも……」と言うより、そんなことまで考えたことがなかった。
「ここに住んでた奴らは、ほとんどが死んだか、身を潜めて生きている。ただ、ここから出ることができない。だから遅かれ早かれ食われて死ぬことになるだろうぜ」とスサノオが答えた。
「あなたは……」
「俺はスサノオだ」
「スサノオ? 日本書記に載ってる神様と同じ名前ね」
「二ホン……、なんだそりゃ?」
「昔の日本の出来事を記した書物よ。と言っても、神話のようなものだけど。須佐之男命(スサノオノミコト)は確か、八岐大蛇と戦ったって言う神様だわ……」
「ああ、確かに俺は、八岐大蛇と戦ったがな」
「え? うそでしょ、そんな……。だってスサノオノミコトと言えば、神様よ?」
「ああ。俺は元は神だ」
「カミ……サマ? どうして神様がこんなところに閉じ込められているの? どうしてそんなに普通なの?」
「あっはっは! めんぼくねえ!」そう言ってスサノオは笑った。
芹那は疑わしそうな目をスサノオに向けた。
完全に信用していない。
「僕たちは、ここに化け物を退治しに来たんだ」
「そ、そうなの?」
「あっさり負けちまったがな」スサノオが言った。
「でも、スサノオと言えば、すごく強い神様のはずよ?」
「いろいろわけがあってな。今は半分人の体なんだ。お前さんの知ってる強い神様ってわけでもねえんだよ」
「でも、それじゃあ、誰がここの化け物を倒すの? 倒せなければ、未来はどうなるの?」
「心配しなさんな。俺より強い奴がいる」
「強い奴? 今どこにいるの? 私たちのこと助けてくれるの?」
「さあな。そのうちわかるさ」
「そんな……」
「それよりあんた、芹那と言ったか、お前さんを呼んだのは、どんな神だった?」
「どんなって、女の人で……、顔を見たわけじゃないのよ。ただ声が聞こえただけで」
「そうか。いったい何が目的なんだろうな……」
「目的? 目的……、そうよね、目的があるはずよね。その目的が単に化け物の食事になるだけだとしたら、神様あんまりだわ……。
「あっはっは、ちがいねえ!」とスサノオは笑った。
「ねえ、じゃあ和也はどうしてここに来たの? やっぱり神様に呼ばれた?」
「ぼ、僕はそんなんじゃないよ。神様の声なんか聞こえないし」
「じゃあいったい……」
「その目的はわからねえが、一つだけわかったことはある」
「わかったこと?」
「お前さんたちが未来と呼ばれる世界からこちらに来るのに、誰でもこられるわけじゃないらしい、ってことさ」
「どう言うこと?」
「あの踏切で電車に飛び込むと、そのまま死んでしまう人と、この世界に飛ばされてしまう人の二種類があるんだ」僕はきっとスサノオの話だけでは混乱させてしまうだろうと思って、説明を付け加えた。
「うんうん、なるほどね」
「で、スサノオが言うには……」
「言うには?」
「お前さんは、神様だ」スサノオがこれ以上ないほどに手短に言った。
「え……?」
ほらやっぱりわからない。
いきなり「神様だ」なんて言って納得する人いるわけがない。
僕はずっとそれで苦労してるんだ。
「私、神様なんだ」
「そう言うこった」
「え、納得したの!?」
「うん。だって私の家、さっきも言ったけど神社だもの。私、ずっと神様の遣いとして育ってきたの。まさか自分が神様だなんて思ったことなかったけれど、そう言うことなんだとしたら、受け入れるわ」
「あっはっは、話が早えや!」とスサノオは笑った。




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