悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第一部

Hiroko

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31 これってまさか……

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「クシナダヒメって人のこと、八岐大蛇から助けたって前に言ってたよね」
「ああ、話したな」
「まだ詳しく聞いてないよ。聞かせてよ」
「ああ、そうだったな……」
朝靄の中、クマザサの群生の中を歩きながら、そんな話をした。
「八岐大蛇は、もともと一匹の蛇だった。ハクビシンと変わらない、力の弱い神の遣いだったんだ。だがある日、二匹の蛇が出会い、一匹がもう一匹を飲み込んだ。するとその二匹は一体となり、二つの頭を持つ大蛇となった。そしてさらに三匹目を飲み込み、四匹目を飲み込み、どんどん数を増やして今の姿になったんだ」
「でも元々は、頭が八つあったんだろ?」
「ああ、そうだ。だがその八つめの奴が曲者だった」
「クセモノ?」
「ああ。神の遣いではあったが、荒くれ者だった。ちょうど若い頃の俺のようにな」そう言ってスサノオは笑った。
僕は話の続きを待った。
「そいつが人の娘を食うようになったのさ」
「人の娘を?」
「そうさ。それがクシナダヒメの姉妹だった。クシナダヒメは八人姉妹の末っ子で、最後に生き残った一人だ。アシナヅチとテナヅチと言う夫婦の娘で、話を聞くとクシナダヒメはもうすぐ八岐大蛇に食われてしまうとのことだった。俺はクシナダヒメを嫁にもらう代わりに八岐大蛇を退治することを約束した」
「それでどうなったの?」
「八岐大蛇と戦ったさ」
「それで?」
「だが、戦っているうちにおかしなことに気が付いた」
僕はスサノオの話にのめり込み、続きを促した。
「どうやら俺に牙をむいてくるのは八匹のうちの一匹だけだってことにな」
「どうしてなの?」
「もともと八岐大蛇は人を食うような悪い奴じゃない。強くはあるが、そのどれもが大人しい性格の神の遣いだ。だが一匹だけが違った」
「その一匹って……」
「そうさ。さっき話した曲者ってやつさ。娘を食っていたのも、全部その一匹だった」
「どうしてその一匹は、そんな風になっちゃったの?」
「簡単なことさ。神の世界にも悪い奴はいる。その神に仕えていると、その遣いも道を誤ることがある」
「他の七匹は、そいつを止めようとはしなかったの? てかその前に、どうしてそいつを八番目の仲間にしちゃったのさ」
「だましてたんだ。強くなるためにな。狡猾に本性を隠し、飲み込まれるまで他の遣いの蛇と同じように振舞った。だがいざ飲み込まれると、その本性をむき出しにした。そして実際強かった。八匹の中では、一番強かったのさ。だから他の七匹は従うしかなかった」
「で、スサノオは、その一匹と戦ったの?」
「まあな。だが、戦ったと言うのとは少し違う」
「どう言うこと?」
「切り離しちまったのさ。その一匹だけをな」
「で、どうなったの?」
「普通の蛇に戻ったのさ。そうなりゃもう、人を食う事なんざできない」
「そう言うことだったんだね」
「それともう一つ、その一匹の強さには秘密があった」
「秘密?」
「ああ。以前話したが、神の国から天叢雲剣がなくなった、って話をしたろ?」
「うん、聞いた」
「そいつを盗み出したのが、その一匹だったのさ」
「そうなの?」
「ああ。わからないようにな、天叢雲剣を飲み込み、盗み出したのさ」
「それで強くなったの?」
「ああ。飲み込んだ天叢雲剣は、体の一部となってそいつに神の力を与えていたのさ」
「すごいことがあるもんだね」
「そして俺がその一匹を切り離した時、体の中から天叢雲剣が出てきたってわけさ」
「そうだったんだね」
「まあそんなわけで、切り離したうえにぼろぼろになった一匹の蛇を見せ、アシナヅチとテナヅチは俺が八岐大蛇を退治したと納得した」
「で、残りの七匹は、昼間は勾玉に姿を変えて、スサノオの味方になったわけだね」
「そう言うこった!」
「で……、その一匹はでも、今は逃げ出して行方がわからないんだろ?」
「ああ、まあな。本当は、後から俺が改心させて、もう一度八岐大蛇に戻してやろうと思ってたんだがな」
今朝のスサノオはいつにもまして饒舌だった。
まるで思い残すことがないように話をしているように思え、僕は自分のその考えに酷く深い不安を覚えた。
気が付くともう東の空から朝日が昇っていた。
「今日は暑くなりそうだな」スサノオはそう言った。
朝靄は晴れ、一晩中化け物と戦いながら歩き続けた僕らの目には、朝日は少し眩しすぎた。
「この辺で場所を見つけて少し休むか」
「うん、そうだね」
そして下っていた山の、木々が少し無くなって丘になっているところで、スサノオは立ち止まって目を細め、遠くに何かを眺めているのに気が付いた。
「スサノオ、どうしたの?」
「やっとたどり着いたな……」
「やっと? たどり着いたって……」
そう言ってスサノオが視線を向ける先に目をやると、そこはにはまるで大海を望むように広くなだらかな街の景色が広がっていた。
「これってまさか……」
「ああ、そうだ。これが平城京だ」
まさか……、本当に……。
もはやどれほどの時間がかかったのかわからないほど歩き続けた。どれほどの戦いがあったのかわからないほど剣を振るい続けた。
けど、けれど、本当にたどり着いたんだ。
このどこかに美津子がいる。
僕は平城京の景色を見下ろしながら、そこに美津子の面影を重ね合わせようとした。
美津子……、美津子……。
今度こそ、本当に守る。
僕がこの手で、美津子を守ってみせる。


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