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28 人さらい
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暗くなり、先に目を覚ましたのは僕の方だった。
と言うより、八岐大蛇がごそごそやり始めたので目を覚ましてしまったのだ。
僕は慌てて勾玉を胸元から出し、八岐大蛇がその姿に変わりやすいよう手の平に乗せた。
川辺ではコトネがハクビシンと遊んでいた。
川の上流に、亡霊の行列が川を横切って進んでいるのが見えた。
スサノオはあの亡霊の列は平城京からやって来るのではないかと言った。
普通に道を歩き続ければ、十日ほどの距離のはずだけれど、僕たちは亡霊に従って険しい山や湖を回り込んだりと、道なき道を進んでいた。それに加え、村に寄り道をしたり、化け物と戦ったり、僕の剣の修業をしたりとしてるうちに、もう旅を始めて一か月近くたっているはずだった。
そして僕には今いる場所がどこなのか知る術もなかった。
平城京まで、あとどれくらいの距離なのだろう。
しばらくしてスサノオも目を覚まし、川の水で顔を洗った。
亡霊たちを遠くに眺め、軽い食事を済ませると、僕たちは再び歩き出した。
亡霊の行列を辿って山道を数時間歩いただろうか。
空には雲一つなく、月の光が眩しいほどに山の輪郭を浮かび上がらせた。
よく見ると、僕たちの進む先、山のてっぺん辺りで細い煙が上がっているのが見えた。
「誰かいるな」スサノオが同時に気付いて言った。
「村かな」
「そんな大きな火じゃないな。恐らく旅の者かなんかだろうが、あんな山の中なんてな。何者だろうな」
「このまま進むと、あそこにたどり着くね」
「そのようだな。ま、着いてみりゃわかるだろ。和也、気を抜くなよ」
「わかった」僕は言った。
そこにたどり着くにはさらに数時間歩く必要があった。
森の中に入ってしまったので、遠くから山の景色を見ることはできず、煙の出所も見失ってしまった。
けれどやはり、亡霊の行列の先にその火元があった。
「和也、いるぞ……」
「うん……」
警戒はしていたけれど、化け物に対峙した時のような緊張はなかった。
僕とスサノオは物陰に隠れ、その様子を窺った。
焚き火を中心に、二人の男が眠っていた。
「なんだろうね、あの二人。こんなところで……」と僕が口を開いたところで、「だれだ! そこにいるやつ!?」と向こうも僕たちに気付いた。どうやら見張り役の三人目がいたようだ。
そして男たちは一斉に目を覚まし、枕元に置いていた短刀のような武器を手に取った。
「普通のやつらじゃないな……」スサノオが言った。
「元から何かに警戒してたみたいな動きだね」
「違いない……、まあ、見つかっちまったもんは仕方ないか」そう言いながら、スサノオは隠れるのをやめ、声をかけながら焚き火の男たちの前に姿を現した。
僕もその後に続く。
「よお、あんたら。すまないな、寝てるとこ。たまたま通りかかったんで、こんなところでなんだろうと思ったんだ」
「たまたま? こんな場所を、こんな時間にたまたま通るのか?」男の一人が目を細めて言った。
「そりゃごもっともだ」スサノオはそう言って僕の方を見て肩をすくめた。
「怪しい奴だな」他の男が言った。
「ごもっともだ」僕も真似をしてそう言った。
そしてどうやら、この男たちには亡霊の姿が見えていないようだった。
すぐ近くを横切っているのに、目を向ける様子もない。
焚き火の前にとことこと出て行ったコトネにも気づかないようだ。
「だが本当なんだ。俺たちは急ぎの用で旅をしている。平城京までいくつもりだ。妙な噂を聞いてな、そこに住んでいる知り合いのことが心配になったんだ」
「平城京?」
男たちはスサノオの言葉を信じたのか、肩の力を抜いたように見えた。
「お前ら、平城京に行くのか?」
「ああ、そうだ」
「妙な噂とはなんだ?」男の一人が試すように聞いた。
「たくさん人が死んでいると聞いた。理由はわからん。それも確かめたい。もしかしてあんたら、なんか知らんか?」
男たちは顔を見合わせ、無言のうちに何やら意思の疎通を図っているようだった。
「俺たちは、平城京から逃げてきた」
「平城京から? 逃げて来たって、何があったの?」僕は思わず聞いた。
「そりゃこっちが聞きたい。とにかくあそこには近づかない方がいい。ありゃ化け物の巣窟だ」
「化け物の巣窟?」
「ああ。どうしてそうなったかは知らない。ただ、街中どこも化け物だらけだ。人もたくさん食われた。残っている奴らもいずれ食われる」
「それに平城京は封鎖状態だ」
「封鎖状態? 出入り禁止か」
「入るのは自由だ。だが出ることができない」
「どう言うこったい?」
「人間はあいつらにとって食いもんだからな。そりゃ入ってくる奴は拒まないさ。ただ、出て行くとなりゃ別だ。食いもんが逃げて行くわけだからな。とっつかまえてその場で殺される」
「あんたらはどうやって出てきた?」
「俺たちは元々街の人間じゃない。その……」男はそこで言い淀んだ。そして違う男が話を引き継いだ。「物を売りに行ったんだ。俺たちゃ商人だからな。もともと五人いた。二人は人質で取られちまったよ。返して欲しけりゃ食いもんを……、あ、いや、金を持って来いと言われた。だがもう終わりだ。あんな街には近づきたくもない」
「二人を見捨てるのか?」
「仕方ないだろ! 次に行ったら俺たちの命がない」
「一つ聞くが、あんたら美津子と言う女を知らんか?」スサノオは言った。
僕はどうしてそんなことを聞くのか理由もわからずスサノオの顔を見た。
「ミツコ? なんだそりゃ。人の名か?」
「そうだ。こいつと同じ年くらいの女の子だ」
「知らんな……」男の一人はそう言ったが、他の二人は何やら僕を見て頭の中で何かを思い出そうとしているように見えた。
「そうか、ならいいんだ」
「で、どうするんだい、あんたら。先に進むのかい」
「うーん、そうだなあ。あんたらの話を聞いて、少し怖くなった。こいつと話し合ってどうするか決めるよ」スサノオはそう言って僕に目をやった。
「そうか。うん、それがいい。俺たちは明るくなるのを待って、もっと遠くに逃げるつもりだ。あんたらも良ければ火の近くで休むがいい」男はそう言って消えかけた焚き火に枯れ木を突っ込んだ。
「ほんとにか? そりゃ助かるよ」スサノオはそう言って近くの地面に腰を下ろした。
男たちも警戒する必要はないと思ったのか、武器をまた枕元に置き、横になった。
「おい和也……」しばらくしてスサノオが、寝たふりをしながら男たちに聞こえないほどの声で僕を呼んだ。
「なに?」
「こいつらに見覚えないか?」
「見覚え? さっきからなに言ってるんだい? 美津子のことを聞いたり……」
「しっ! 静かに話せ。気づかれるぞ」
そこで僕は気づいた。
こいつら、まさか……。
「こいつら人さらいだ。恐らく平城京にさらった人間を売りに行ったんだろう」
「まさか美津子も……」
「そいつはわからん。だが、そうかも知れん」
くそっ、こいつら……。
僕は怒りを面に出しそうになったが、「落ち着け、和也。まだ時間はある。どうするか少し考えよう」とスサノオに言われ、寝たふりを決め込むことにした。
と言うより、八岐大蛇がごそごそやり始めたので目を覚ましてしまったのだ。
僕は慌てて勾玉を胸元から出し、八岐大蛇がその姿に変わりやすいよう手の平に乗せた。
川辺ではコトネがハクビシンと遊んでいた。
川の上流に、亡霊の行列が川を横切って進んでいるのが見えた。
スサノオはあの亡霊の列は平城京からやって来るのではないかと言った。
普通に道を歩き続ければ、十日ほどの距離のはずだけれど、僕たちは亡霊に従って険しい山や湖を回り込んだりと、道なき道を進んでいた。それに加え、村に寄り道をしたり、化け物と戦ったり、僕の剣の修業をしたりとしてるうちに、もう旅を始めて一か月近くたっているはずだった。
そして僕には今いる場所がどこなのか知る術もなかった。
平城京まで、あとどれくらいの距離なのだろう。
しばらくしてスサノオも目を覚まし、川の水で顔を洗った。
亡霊たちを遠くに眺め、軽い食事を済ませると、僕たちは再び歩き出した。
亡霊の行列を辿って山道を数時間歩いただろうか。
空には雲一つなく、月の光が眩しいほどに山の輪郭を浮かび上がらせた。
よく見ると、僕たちの進む先、山のてっぺん辺りで細い煙が上がっているのが見えた。
「誰かいるな」スサノオが同時に気付いて言った。
「村かな」
「そんな大きな火じゃないな。恐らく旅の者かなんかだろうが、あんな山の中なんてな。何者だろうな」
「このまま進むと、あそこにたどり着くね」
「そのようだな。ま、着いてみりゃわかるだろ。和也、気を抜くなよ」
「わかった」僕は言った。
そこにたどり着くにはさらに数時間歩く必要があった。
森の中に入ってしまったので、遠くから山の景色を見ることはできず、煙の出所も見失ってしまった。
けれどやはり、亡霊の行列の先にその火元があった。
「和也、いるぞ……」
「うん……」
警戒はしていたけれど、化け物に対峙した時のような緊張はなかった。
僕とスサノオは物陰に隠れ、その様子を窺った。
焚き火を中心に、二人の男が眠っていた。
「なんだろうね、あの二人。こんなところで……」と僕が口を開いたところで、「だれだ! そこにいるやつ!?」と向こうも僕たちに気付いた。どうやら見張り役の三人目がいたようだ。
そして男たちは一斉に目を覚まし、枕元に置いていた短刀のような武器を手に取った。
「普通のやつらじゃないな……」スサノオが言った。
「元から何かに警戒してたみたいな動きだね」
「違いない……、まあ、見つかっちまったもんは仕方ないか」そう言いながら、スサノオは隠れるのをやめ、声をかけながら焚き火の男たちの前に姿を現した。
僕もその後に続く。
「よお、あんたら。すまないな、寝てるとこ。たまたま通りかかったんで、こんなところでなんだろうと思ったんだ」
「たまたま? こんな場所を、こんな時間にたまたま通るのか?」男の一人が目を細めて言った。
「そりゃごもっともだ」スサノオはそう言って僕の方を見て肩をすくめた。
「怪しい奴だな」他の男が言った。
「ごもっともだ」僕も真似をしてそう言った。
そしてどうやら、この男たちには亡霊の姿が見えていないようだった。
すぐ近くを横切っているのに、目を向ける様子もない。
焚き火の前にとことこと出て行ったコトネにも気づかないようだ。
「だが本当なんだ。俺たちは急ぎの用で旅をしている。平城京までいくつもりだ。妙な噂を聞いてな、そこに住んでいる知り合いのことが心配になったんだ」
「平城京?」
男たちはスサノオの言葉を信じたのか、肩の力を抜いたように見えた。
「お前ら、平城京に行くのか?」
「ああ、そうだ」
「妙な噂とはなんだ?」男の一人が試すように聞いた。
「たくさん人が死んでいると聞いた。理由はわからん。それも確かめたい。もしかしてあんたら、なんか知らんか?」
男たちは顔を見合わせ、無言のうちに何やら意思の疎通を図っているようだった。
「俺たちは、平城京から逃げてきた」
「平城京から? 逃げて来たって、何があったの?」僕は思わず聞いた。
「そりゃこっちが聞きたい。とにかくあそこには近づかない方がいい。ありゃ化け物の巣窟だ」
「化け物の巣窟?」
「ああ。どうしてそうなったかは知らない。ただ、街中どこも化け物だらけだ。人もたくさん食われた。残っている奴らもいずれ食われる」
「それに平城京は封鎖状態だ」
「封鎖状態? 出入り禁止か」
「入るのは自由だ。だが出ることができない」
「どう言うこったい?」
「人間はあいつらにとって食いもんだからな。そりゃ入ってくる奴は拒まないさ。ただ、出て行くとなりゃ別だ。食いもんが逃げて行くわけだからな。とっつかまえてその場で殺される」
「あんたらはどうやって出てきた?」
「俺たちは元々街の人間じゃない。その……」男はそこで言い淀んだ。そして違う男が話を引き継いだ。「物を売りに行ったんだ。俺たちゃ商人だからな。もともと五人いた。二人は人質で取られちまったよ。返して欲しけりゃ食いもんを……、あ、いや、金を持って来いと言われた。だがもう終わりだ。あんな街には近づきたくもない」
「二人を見捨てるのか?」
「仕方ないだろ! 次に行ったら俺たちの命がない」
「一つ聞くが、あんたら美津子と言う女を知らんか?」スサノオは言った。
僕はどうしてそんなことを聞くのか理由もわからずスサノオの顔を見た。
「ミツコ? なんだそりゃ。人の名か?」
「そうだ。こいつと同じ年くらいの女の子だ」
「知らんな……」男の一人はそう言ったが、他の二人は何やら僕を見て頭の中で何かを思い出そうとしているように見えた。
「そうか、ならいいんだ」
「で、どうするんだい、あんたら。先に進むのかい」
「うーん、そうだなあ。あんたらの話を聞いて、少し怖くなった。こいつと話し合ってどうするか決めるよ」スサノオはそう言って僕に目をやった。
「そうか。うん、それがいい。俺たちは明るくなるのを待って、もっと遠くに逃げるつもりだ。あんたらも良ければ火の近くで休むがいい」男はそう言って消えかけた焚き火に枯れ木を突っ込んだ。
「ほんとにか? そりゃ助かるよ」スサノオはそう言って近くの地面に腰を下ろした。
男たちも警戒する必要はないと思ったのか、武器をまた枕元に置き、横になった。
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「なに?」
「こいつらに見覚えないか?」
「見覚え? さっきからなに言ってるんだい? 美津子のことを聞いたり……」
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そこで僕は気づいた。
こいつら、まさか……。
「こいつら人さらいだ。恐らく平城京にさらった人間を売りに行ったんだろう」
「まさか美津子も……」
「そいつはわからん。だが、そうかも知れん」
くそっ、こいつら……。
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