上 下
24 / 44

21 コトネの爺様

しおりを挟む
「そいつあたぶん、コトネの爺様だな」
「コトネの爺様? ってことは、スサノオがあの村で最初に話してた人?」
「そう言うこった。最初に言ったろ。コトネの爺様は、むかし腕の立つ剣士だったと」
陽が上って朝になると、スサノオはもうひと眠りすると言って木陰に移動した。
村にはいくつか使えそうな家々があったけれど、「俺は外の方が性に合う。家の中はどうも暗くていけねえ」と言って家の中には入らなかった。僕もその意見に賛成だった。家の中は、暗すぎてどうにも気味が悪い。
スサノオと二人、村のそばの森の木陰で腕を枕に横になり、昨日の夜の出来事を話した。
「でもその人が、どうして僕に乗り移ってきたの?」
「さあな。おおかたコトネのことを心配して、俺か和也についてきたんだろ」
「その人って、そんなにすごかったの? あの狒狒を倒せるくらい」
「ああ、俺ほどじゃないがな。数え切れないほどの化け物を倒してきた方だ」そう言ってスサノオは笑った。
俺ほどって言うけど、スサノオは真っ先にあの狒狒に倒されてたじゃないか……、と思わないわけにはいかなかった。
「和也、お前さんいま、俺が真っ先に倒されたくせにって思ったろ」
「え、いやまさか、そんなこと思わないよ」
「嘘のつけねー奴だな!」そう言ってスサノオは楽し気に笑った。
そう言えば、と思って僕はさっき探しておいた八岐大蛇の勾玉をスサノオに渡そうとした。
「そいつは和也が持っとけ」
「え、どうして?」
「お前さんの守り神になる。八岐大蛇は強いぞ? 今は力を失っちゃあいるが、そいつが力を取り戻し、本気になりゃあ、山の一つや二つ、簡単に消し飛ばすくらいの力がある」
「でも、スサノオの仲間なんじゃ……」
「俺の仲間ってこたあ、和也の仲間ってことなんじゃないかい?」
「ま、まあそうだけど」僕はスサノオに仲間って認めてもらえた気がして少し照れた。でも……。
「それに同じことだ。俺が持ってても、和也が持ってても。天叢雲剣にしてもそうだ。いずれ和也の手に渡るもんだ」
「え? どういうこと?」
「そのうちわかる」そう言ってスサノオは声高に笑い声をあげ、そのまま眠ってしまった。

腹が減って目を覚ますと、辺りはもう暗くなっていた。
少し寝すぎた……、と思って横を見ると、スサノオはまだ眠っていた。
向こうを向いて背中しか見えないが、いびきが聞こえる。
昨日の狒狒との戦いで、強がってはいても思いのほかダメージが大きかったのかも知れない。
僕は胸の辺りがムズムズするのを感じ、「なんだろう?」と思って手をやった。
と、八岐大蛇の勾玉を胸にぶら下げていたのを思い出し、それを取り出し手に取った。
勾玉はすでに小さな蛇に姿を変えていた。
勾玉が八岐大蛇に姿を変えるのを何度か見ていたので慣れてはいたけど、自分の手の平の中で姿を変えられるのは初めてだった。
ぬるぬると七匹の小さな蛇がもつれ合うように手の中で蠢くのは、何ともくすぐったいような気味悪いようなおかしな感触だった。
やがて七匹の蛇はもつれ合うまま大きくなり、片手では持っていられないほどの重さになった。
そっと地面に降ろしてやると、さらに大きさを増し、いつも目にする巨大な七つ頭の大蛇になった。
そのうちの二匹は、狒狒との戦いでついた傷がまだ癒えないらしく、痛々しく目の下や口の裂け目に傷を残していた。てっきり八岐大蛇はスサノオの方に行くのだろうと考えていたが、スサノオには一瞥をくれるだけで僕の方に寄ってきた。
「そいつを持ってついて来い」八岐大蛇は言った。
「話せるの!?」僕は思わずそう聞いた。
「言葉は話せない。だが心の中に思いを伝えることはできる」
そう言われて僕はなるほど、八岐大蛇の声は耳に聞こえているのではなく、頭の中に聞こえていることに気が付いた。あの弓矢の亡霊の言葉のように。
「そいつを持って、ついて来い」八岐大蛇はもう一度そう言った。
そいつ?
僕は僕とスサノオの間の木に立てかけてあった天叢雲剣を持ち、これのことだろうかと思いながら後に続いた。
八岐大蛇は僕のペースに合わせるように、ゆっくりと村の中へと入って行った。
少し歩いてスサノオが気になり後ろを振り返ると、遠くてよくは見えなかったけど、スサノオは起きて僕の方を見ているような気がした。
なんとなく……、だけど、スサノオはわざと眠った振りをしていたのかも知れない。僕と八岐大蛇を二人にするために。そんな風に思えた。

「この辺でいいだろう」そう言って八岐大蛇は村の中心と思われる広場のようなところまで来ると、止まってそう言った。
いつの間にか、コトネも後ろを付いてきていた。そしてハクビシンも。
「剣を構えろ」
「剣?」そう言って僕は手に持った天叢雲剣を見た。
「そうだ。それだ」
構えろと言われても、僕は剣の構え方などわからなかったのだが、とにかく両手で握り、剣先を前に向けてそれらしいポーズを取った。
「違う。左手は下だ。絞り込むように持て。だが力は入れるな」コトネがそう言った。言ったのはコトネだったが、声はいつもと違った。男の、年寄りの声だった。コトネの爺様……。凄腕の剣士だと言った。
僕は言われた通り持ち方を変え、肩と肘の力を抜き、自然な感じで剣を前に向けた。
「かかってこい」八岐大蛇が言った。
「かかってこいって、僕……」
「やってみろ。体で覚えるんだ」コトネが言った。
僕はわけもわからず、構えた天叢雲剣を振り上げ、八岐大蛇に向かって行った。
けど、剣を振り下ろした瞬間、八岐大蛇に頭ではじかれ、おまけに尻尾で足を払われその場に横から激しく尻もちをついた。
「まず足の運びじゃ。ただ走ってもいかん。剣を振り下ろすと同時に踏み込むんじゃ。大地を叩き割るつもりで踏み込め!」
「相手の動きを見極めろ。剣のひと振りを無駄にするな。無駄な振りなど一つもない。すべてが一矢必殺と思え」今度は弓矢の亡霊の声がした。
僕は二人の声に従い、体の動き、剣の振り、視線や心の動きまで、すべてを教えられるまま八岐大蛇にぶつけて行った。
天叢雲剣は不思議なほど重さを感じさせないものだったけれど、何十回、何百回、何千回と構え、振り下ろし、はじかれ、時には地面を切りつけ、また持ち上げる度、僕はもう剣を持たなくても腕が上がらないほどに疲れ切っていった。
八岐大蛇は強かった。
僕が弱すぎるせいもあるのだろうが、それでも八岐大蛇のあまりに無駄のない素早い動きに、僕はまるで小さなかすり傷一つ付けられる気がしなかった。
それは深夜まで続き、意識が朦朧として立てないほどになったところで、「お、やってるじゃないか、和也」とスサノオの声がして、僕は足がもつれてその場に倒れ込んだ。「あっはっは!」とスサノオは笑い、僕の頭から水を浴びせ、「朝から何も食ってないだろ! こいつを持って来てやったぞ」と言って何やら焼いたもちのような物を手渡してくれた。
その食べ物の正体はわからなかったけれど、中はほんのりと甘くてみずみずしく、大根のような風味がした。それを米か麦のようなもので固め、焼いて軽く塩を振ってあるようだった。ただそれだけのものだったけれど、この世の物とは思えないほどうまかった。
「どうだ、うまいだろ! まだまだあるぞ、どんどん食え!」
僕は言葉を発することもできずにそいつを貪った。
そして腹が満たされ、水を飲むと、「さ、さっきの続きじゃ。立ち上がれ!」とコトネに言われ、僕はがくがくと震える自らの足と手を鼓舞し、天叢雲剣を持ち、八岐大蛇に向かって行った。
スサノオはそれを見て満足したのか、近くの家の壁に寄り掛かって座り、やがていびきをかき始めた。
僕はまるで現実逃避するかのように、美津子と正人の思い出を頭の中に思い描いた。
美津子、そうだ、美津子を助けるんだ。
あの狒狒を、巨大な狒狒のボスを、僕一人の力で倒せるくらい強くなって、美津子を助けるんだ。
僕はその一心で明るくなるまで剣を振り続けた。















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

処理中です...