悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第一部

Hiroko

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17 神の国の剣

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「目が覚めたようだな」とスサノオの声が聞こえた。
僕は何か悪い夢を見ていて、それにうなされていただけだった気がするのだけれど、スサノオに声をかけられ本当に目を覚ましてしまったのだ。
「ちょうど今、狒狒たちの根城に着いたところだ」
「ヒヒ?」と聞き返したところで、僕は眠りにつく前に狒狒の群れと戦っていたことを思い出した。
ああ、え、ここはどこだ? と思って僕は辺りを見回した。
森の中だけど、すぐ十メートルほど先に村のようなものが見えた。
そして村の中心で火の手が上がっている。
家の一つが燃えているのだ。
よく見ると、その奥でも、またその奥でも家が燃えているらしい。
「どうなってるの、これ?」
「村が狒狒に襲われたようだな。人間はもういない。みんな殺されて食われちまったんだろう」
「く、食われる? あの狒狒、人間を食うの!?」
「ああ。化け物はだいたい、人間を食うぞ?」さも知っててあたり前のようにスサノオは言った。「それよりこいつらどうするかだな」
「どうするかって?」
「助ける人間はもういないのに、狒狒どもを退治することになにか意味があるのかって話だな」
「でも、ほっといたらまた別の村を襲うんじゃない?」
「うん、そうだな。ごもっともだ」スサノオは感心したように言った。
「で、狒狒たちはどこにいるの?」
「なんだ、気づいてないのか」
「気付くって?」
「もうとっくに囲まれちまってる」
「え?」そう言った途端、僕たちの周りで、まるで自分たちの存在を知らしめるかのように狒狒たちが一斉に「きいーーーい!!!」「きいいいいい!!!」「きいーーー!!!」と叫び声をあげた。
「な?」
「そんなのもう、どうするかもこうするかもないじゃないか!」
「あっはっは! ごもっともだ」スサノオはなんの余裕かそう笑ったが、いま僕たちを囲っている狒狒たちの群れは、森で出会った数と比較にならないほどたくさんいるようだった。
「こりゃさっきより強敵だぞ、和也。数も多いし、なによりこの村の奥には狒狒のボスがいるはずだからな」
「狒狒のボス!?」
スサノオからその答えを聞く前に、狒狒たちは一斉に襲い掛かってきた。
「まあとりあえず、お前は俺から離れるな。一本矢を放つだけで眠っちまうからな」スサノオはからかうように言ったが、僕にはそれを怒る余裕も笑う余裕もなかった。
「そーーーらっ!」と言うが早いかスサノオは背中から剣を抜き、襲い来る狒狒の群れをまるで雑草でも薙ぎ払うかのように一網打尽にした。
「すごい……」僕は目の前でいとも簡単に切り刻まれていく狒狒の群れに、立ち尽くしたまま息を呑んだ。
「すげーだろ。こいつの名はなあ、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)ってんだ」そう言ってスサノオは自分の剣を目の前にかざして僕に見せた。「神の国の武力の象徴だった剣だ。実は知らぬ間に誰かに盗まれてな、神の国では失くしちまったまま見つけることができなかったんだが。どうやら神の使いの蛇がこっそり飲み込んで、人間の世界に持ち込んでいたらしいんだ。そいつを俺が見つけて、今こうやって使ってるってわけだ」
「神の国の剣?」
「そう言うこった。だからこいつを使いこなせるのは、神の血筋の者か、その魂を受け継ぐ者だけだ。ただの人間にゃあ、持ち上げることすらできねえ。和也、ちょっと持ってみな」そう言ってスサノオは、ひょいっとその剣を僕に投げてよこした。
「え、えっ!?」と言って僕はそれを受け取った。
思ったほど重くはなかった。それどころか、子供の頃に遊んでいたプラスチックの玩具(おもちゃ)の剣ほどの重さしかない。
「おっと、やっぱりな」
「や、やっぱりって?」
「いま言ったろ。つまりそう言うこった」そう言ってスサノオは笑うと、「だがまだお前さんには早い」と言って再び僕から剣を取ると、襲い掛かる狒狒の群れを次々と倒していった。
「しっかしまあ、こりゃ切りがねえな。押されちまってるぜ」
そう言われて見ると、確かにさっきより僕たちに近づいてくる狒狒の数が増えていた。
「あいつら頭がいいからな、こっちの攻撃を見て学んでるんだ」
最初は何もせずスサノオに任せていた八岐大蛇も、今ではスサノオの後ろに陣取り、攻撃に参加していた。
「おいおい、まずいぜ、こりゃ」とスサノオが言った瞬間、足もとから「いやあ! お兄ちゃん!」とコトネの悲鳴が聞こえた。
「えっ!?」と僕とスサノオが振り向くと、こっそりと近づいた一匹の狒狒が、コトネを連れ去り群れの元に走り去っていくとろこだった。そしてスサノオが目の前の狒狒の一群を薙ぎ払った時、すでにコトネは他の狒狒たちの群れに囲まれていた。
「コトネ!」と僕は叫んだが、どうしていいかわからない。
「いやあああああああ!!!」
「コトネは魂だけの存在だからな、まさか襲われることはないと思っていたが、狒狒の中にも霊的な力を持つ奴もいるようだな。こりゃまいった」
「まいったって、どうするの!?」そう言いながら、僕はまた頭の中に声が聞こえるのを待った。
おいおい、出て来いよ。いつもみたいにさ、「信じろ」とか、「一矢必殺」とか……。けれどその声が聞こえることも、僕の体が白い靄で覆われることも、背中から矢を抜くこともなかった。
「いまの状況じゃ、和也に憑いてる亡霊の力も、役に立たんのさ」
「そんな、じゃあコトネは」
「お兄ちゃああああああああん!?」と僕を呼ぶコトネの叫び声は、みるみる遠ざかって行く。
「待ってろ、いま助ける! おい八岐大蛇、和也を頼んだぞ!」そう言ってスサノオが走り出した瞬間、辺りの空気の匂いが変わった。
「あっ? なんだこりゃ」そう言ってスサノオは立ち止まった。
今まで森のむせるように湿気た匂いや、家の燃えるきな臭い匂いや、狒狒たちの刻まれた血なまぐさい匂いが渦巻いていたのに、そう言う一切の匂いが全て分解され、何やら雨の降る前のような爽快な匂いに変わっていた。
そしていつの間に現れたのか、目の前に黄金色に輝く小さな生き物がいた。
あれ? もしかしてハクビシン?
空気がピリピリとした。
まるで炭酸水の中に放り込まれたようだ。
「あ、まずいぜ……」そう言ってスサノオは慌てて僕たちの方に駆け戻ってきた。「おい! 八岐大蛇! 和也を飲み込め!」
「えっ!?」と僕が何も言う間もなく、八岐大蛇の一匹が、大口を開け僕を頭からすっぽりと飲み込んだ。そしてその瞬間、

ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!

と隕石でも落ちてきたような地響きに、僕は体中の骨を砕かれるような衝撃を受けた。



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