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7 化け物
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美津子がさらわれた。
それはあっという間の出来事だった。
なんの抵抗もできず、戦うこともできず、ただただ遠ざかる美津子の悲鳴を聞きながら、僕はふらふらと五人の盗賊たちの後ろを追いながら、脇腹に痛みを覚え気を失った。
意識を取り戻すと、目を開く前にまず雨の音が聞こえた。
猛烈な勢いで屋根を叩いている。
耳を塞ぎたくなる。
風が吹くと顔に水滴が当たるのは、どこかが雨漏りをしているからだろう。
それからじめじめとした木の臭い。
ふと深い呼吸をすると、僕は脇腹に鋭い痛みを感じて顔をしかめた。
そこで朝のことを思い出し、頭の中が真っ白になった。
そうだ、美津子、美津子が……。
僕は痛む脇腹を押さえながらズボンのポケットからスマホを取り出し、LINEを開いた。美津子からはなんのメッセージもない。僕はそこに、「美津子? どこにる? 大丈夫なの?」と書き込んだ。しばらく待ったが返事はない。と、そこで画面に「バッテリー残量はあと20%です」と表示が出た。
しまった! こんな時に……。
僕は充電できるところがないか、脇腹の痛みに耐えながら体を起こした。
どこかの家の中らしい。
いや……、僕は横を向いてそこに大きな仏像らしきものがあるのを見て、どうやらここは寺のようだと言うことに気が付いた。朽ち果てた寺だ。
硬い板の間に、藁を敷いて寝かされていた。
少し寒いのは雨のせいか。
薄暗く、薄い木でできた壁はところどころ穴が開いている。
風はあそこから吹き込んでくるのかとぼんやり考えた。
人の気配を感じて目を向けた。
男が割れた茶碗で何かを飲んでいた。
「目がさめたか?」男は僕の様子に気づき、声をかけてきた。
「美津子が、美津子が……」そう訴えようとしたが、声がかすれて男に聞こえたかどうか心もとない。
「それにしてもお前、変わった着物を着ているな」そう言う男の方は、元の色がわからないくらいうす汚れ、ボロボロになった茶色い布を紐で巻いただけのような変わった着物を着ていた。
「違う、違うんだ、美津子が、美津子が!」僕はそう伝えようとしたが、脇腹の痛みにうまく呼吸をすることができず、声を出すことができなかった。
「飲め」と言われて渡された分厚い茶碗には、お湯に見知らぬ草が浮いていた。
その茶碗もまた割れていた。
お湯を飲んだが何の味もしない。
ただ、温かいものが胃の中に入って来たことに安堵した。
「あんなところに倒れて何があった?」
男にそう尋ねられたが、自分でもいったい何がどうなったのか頭の整理ができていなかった。
「まあいい。もう少し寝ていろ」僕が何も答えられずにいると、男はそう言った。
僕は痛みに呻きながら再び横になり、目を閉じた。
けれどすぐに眠りはやってこなかった。
僕は閉じた瞼の裏側に、朝の出来事をゆっくり思い出してみた。
今日の朝、僕はぐっすり寝込んでいて、いつ夜が明けたのかもわからなかった。
腕を何かに無理やり引っ張られるような気がして目を覚ました。
次の瞬間、耳に美津子の悲鳴が飛び込んできた。
何が何だかわからず目を覚ますと、五人の男たちが美津子をさらおうとしているのを知り、無我夢中で一人の男の足にしがみついた。だがすぐにほかの男に脇腹を蹴り上げられ、僕は動けなくなった。
男たちが走り去って行くのが見えた。その一人の肩に美津子が担がれているのが見えた。僕はわけがわからず、ただ何やら尋常じゃないことが起きていることだけを理解し、痛むわき腹を押さえながら男たちの後を追った。
けれども大人の男たちの足にかなうわけもなく、僕はただ息を喘がせふらふらと力尽き、その後のことは覚えていなかった。
次に目を覚ますと、もうすっかり夜となっていた。
まだ少し雨の音が聞こえる。
湿気た冷たい風が首筋に絡みつき、体を震わせた。
大きな蝋燭が一本灯され、その炎の揺らめきに男の脂ぎった顔が浮かび上がっていた。
僕は男に尋ねた。「ここは、どこですか?」脇腹はまだ痛んだが、声を出せる程度にはなっていた。
「どこ? 相模国だ」男は顔を上げ、言った。
「サガミノクニ?」
「知らんのか?」
「日本、ですよね」
「そうだ」
「い、いま、何年ですか?」
「天平宝字弐年だ」
「テンピョウホウジ?」
「そうだ」
僕はサガミノクニと言う名をどこかで聞いたものの思い出すことができず、テンピョウホウジと言う言葉も初めて聞くものだった。
僕はバッテリーの残量を気にしながらスマホを起動し、その二つの言葉を調べた。
サガミノクニと言うのは、どうやら神奈川県の昔の呼び名らしい。そう言えば、社会で習ったような気がした。テンピョウホウジと言うのは……、元号? 聞いたことがない。西暦757年から765年? どうやら奈良時代を細かく区切った元号であるらしいことがわかった。
この男の言っていることが本当だとすると、僕と美津子が飛ばされた先は、異世界ではなく過去の日本と言うことになる。つまりタイムスリップか。
LINEに美津子からのメッセージは届いていなかった。
正人からはいくつかメッセージがあったが、僕はバッテリーを気にしてとりあえず電源を切った。
どうすればいい? どうすればいい?
スマホが使えなくなれば、美津子との連絡もできなくなる。
それ以前に、電波はどうなる?
「お前、いったいどこから来た?」男は訝し気な目で僕を見ながら言った。
僕はどう答えていいかわからなかった。
千三百年後の未来から……、なんて言えるわけがない。言っても理解してもらえるわけがない。
「他の……、国から」僕は苦し紛れにそう言った。
「他の国? 信じられんな。あそこでいったいなにをやっていたんだ」
「友達の、友達の美津子と一緒に眠ってたんです。森を歩いて、湖に出て、喉が渇いたからキュウリを食べて……」
「キュウリ? あの長い実のことか? あれを食ったのか? まずかっただろ」
「いえ、美味しかったです」
「ほんとにか? あんな黄色くてでかいものを?」
「あ、それは食べてないです。緑で小さい奴を食べました」
「ミドリってのはなんだ?」
「緑は、色のことです」
「色?」
過去の世界では、緑色と言うのがないのだろうか?
「小さくて固いやつです」
「青いやつのことか? まだ熟してないのを食べたのか?」
「ええ。僕らの国では、青くて小さいのを食べます」
「ほんとか、それは知らなかった。今度俺も試してみよう。あれはなあ、俺が植えたんだ」
「あなたが?」
「ああ。遣唐使が持ち帰った唐の食い物だと聞いてな、さぞかしうまいんだろうと思って種を盗んで育ててみたが、なーんにもうまくなかった。お前さんは、唐の人かい? いや、そんなわけないな。そんな人がこんな山奥に来るわけない。それに言葉も達者だ」
「それよりあの……、美津子が、美津子がどこに行ったか知りたいんです」
「美津子? そりゃ名前か? お前さんの連れだな。そいつあ、女かい?」
「ええ、そうです」
「若い、女だな?」
「はい」
「そいつはもう駄目だ」
「駄目?」
「ああ。人さらいだ。おそらく平城京の方に連れていかれた。生贄にな」
「生贄?」平城京とは、確か奈良の方だったと歴史で習った気がする。
「そうさ。平城京では最近、化け物が出ると言う噂でな、その化け物が夜な夜な若い娘を食いに街に出るらしい。それに困った都の者は、これ以上都の女が食われてはたまらんと、外でさらってきた女を生贄に差し出しているって言う噂だ。お前さんの連れも、今ごろ化け物の前に差し出されているだろう」
「そんな……、救い出す手はありませんか?」
「化け物退治でもしてみるかい」と男はいたずらに目を輝かせて言った。
「そんな、僕が化け物退治だなんて……」
「そうかい。じゃあ無理だな。自分の女をさらわれて、助け出す勇気もないんなら、何をしようったって無理な話だ」
男の言うことはもっともだった。もっともすぎて、僕は落ち込んだ。
けれど、それで諦めるわけにはいかなかった。
僕には……、今の僕には美津子しかいない。そしてそれは美津子にとっても同じだろう。美津子にとっても、この世界で頼れるのは僕だけだ。
「行くよ……」
「行く?」
「化け物退治だよ。教えてよ、行き方を」
「おいおい、本気で言ってるのか?」
「もちろんだ。だって僕には……」そう話している途中で、男の背後に何かがうごめくのが見えた。
夜の暗い部屋の中、蝋燭一本の灯りではほとんど何も見えない。
けれど、絶対に何かが動いた。
巨大なものだ。
ズズズ……、ズズズ……。と何か米俵でも引きずるような音もする。
人や犬や、そんな穏やかなものではない。
クマやイノシシや、そう言う感じのものともまた違う。
ズズズ……、ズズズ……。
じりじりと近づいてくる。
こちらの様子を窺っている。
なにか、巨大で異質なものだ。
ズズズ……、ズズズ……。
そいつは男のすぐ後ろに迫っていた。
危ない……、危ない……、僕は必死に声を出そうとした。
けれど呼吸を忘れるほど怯えていたので、声など出せるわけもなかった。
そしてそいつは現れた。
闇を吸い込んだような暗い銀色のうろこにびっしりと覆われ、赤くするどい目を持っていた。
そして時折口の隙間から二股の舌を長く伸ばした。
滑らかで巨大な体躯はぬらぬらと蝋燭の光を受けて鈍く光った。
そしてさらにそいつは……、そいつは一匹ではなく、少なくとも僕の見る限り、男の周りを囲むように七匹いる。
な、なんだいったい……。
それはあっという間の出来事だった。
なんの抵抗もできず、戦うこともできず、ただただ遠ざかる美津子の悲鳴を聞きながら、僕はふらふらと五人の盗賊たちの後ろを追いながら、脇腹に痛みを覚え気を失った。
意識を取り戻すと、目を開く前にまず雨の音が聞こえた。
猛烈な勢いで屋根を叩いている。
耳を塞ぎたくなる。
風が吹くと顔に水滴が当たるのは、どこかが雨漏りをしているからだろう。
それからじめじめとした木の臭い。
ふと深い呼吸をすると、僕は脇腹に鋭い痛みを感じて顔をしかめた。
そこで朝のことを思い出し、頭の中が真っ白になった。
そうだ、美津子、美津子が……。
僕は痛む脇腹を押さえながらズボンのポケットからスマホを取り出し、LINEを開いた。美津子からはなんのメッセージもない。僕はそこに、「美津子? どこにる? 大丈夫なの?」と書き込んだ。しばらく待ったが返事はない。と、そこで画面に「バッテリー残量はあと20%です」と表示が出た。
しまった! こんな時に……。
僕は充電できるところがないか、脇腹の痛みに耐えながら体を起こした。
どこかの家の中らしい。
いや……、僕は横を向いてそこに大きな仏像らしきものがあるのを見て、どうやらここは寺のようだと言うことに気が付いた。朽ち果てた寺だ。
硬い板の間に、藁を敷いて寝かされていた。
少し寒いのは雨のせいか。
薄暗く、薄い木でできた壁はところどころ穴が開いている。
風はあそこから吹き込んでくるのかとぼんやり考えた。
人の気配を感じて目を向けた。
男が割れた茶碗で何かを飲んでいた。
「目がさめたか?」男は僕の様子に気づき、声をかけてきた。
「美津子が、美津子が……」そう訴えようとしたが、声がかすれて男に聞こえたかどうか心もとない。
「それにしてもお前、変わった着物を着ているな」そう言う男の方は、元の色がわからないくらいうす汚れ、ボロボロになった茶色い布を紐で巻いただけのような変わった着物を着ていた。
「違う、違うんだ、美津子が、美津子が!」僕はそう伝えようとしたが、脇腹の痛みにうまく呼吸をすることができず、声を出すことができなかった。
「飲め」と言われて渡された分厚い茶碗には、お湯に見知らぬ草が浮いていた。
その茶碗もまた割れていた。
お湯を飲んだが何の味もしない。
ただ、温かいものが胃の中に入って来たことに安堵した。
「あんなところに倒れて何があった?」
男にそう尋ねられたが、自分でもいったい何がどうなったのか頭の整理ができていなかった。
「まあいい。もう少し寝ていろ」僕が何も答えられずにいると、男はそう言った。
僕は痛みに呻きながら再び横になり、目を閉じた。
けれどすぐに眠りはやってこなかった。
僕は閉じた瞼の裏側に、朝の出来事をゆっくり思い出してみた。
今日の朝、僕はぐっすり寝込んでいて、いつ夜が明けたのかもわからなかった。
腕を何かに無理やり引っ張られるような気がして目を覚ました。
次の瞬間、耳に美津子の悲鳴が飛び込んできた。
何が何だかわからず目を覚ますと、五人の男たちが美津子をさらおうとしているのを知り、無我夢中で一人の男の足にしがみついた。だがすぐにほかの男に脇腹を蹴り上げられ、僕は動けなくなった。
男たちが走り去って行くのが見えた。その一人の肩に美津子が担がれているのが見えた。僕はわけがわからず、ただ何やら尋常じゃないことが起きていることだけを理解し、痛むわき腹を押さえながら男たちの後を追った。
けれども大人の男たちの足にかなうわけもなく、僕はただ息を喘がせふらふらと力尽き、その後のことは覚えていなかった。
次に目を覚ますと、もうすっかり夜となっていた。
まだ少し雨の音が聞こえる。
湿気た冷たい風が首筋に絡みつき、体を震わせた。
大きな蝋燭が一本灯され、その炎の揺らめきに男の脂ぎった顔が浮かび上がっていた。
僕は男に尋ねた。「ここは、どこですか?」脇腹はまだ痛んだが、声を出せる程度にはなっていた。
「どこ? 相模国だ」男は顔を上げ、言った。
「サガミノクニ?」
「知らんのか?」
「日本、ですよね」
「そうだ」
「い、いま、何年ですか?」
「天平宝字弐年だ」
「テンピョウホウジ?」
「そうだ」
僕はサガミノクニと言う名をどこかで聞いたものの思い出すことができず、テンピョウホウジと言う言葉も初めて聞くものだった。
僕はバッテリーの残量を気にしながらスマホを起動し、その二つの言葉を調べた。
サガミノクニと言うのは、どうやら神奈川県の昔の呼び名らしい。そう言えば、社会で習ったような気がした。テンピョウホウジと言うのは……、元号? 聞いたことがない。西暦757年から765年? どうやら奈良時代を細かく区切った元号であるらしいことがわかった。
この男の言っていることが本当だとすると、僕と美津子が飛ばされた先は、異世界ではなく過去の日本と言うことになる。つまりタイムスリップか。
LINEに美津子からのメッセージは届いていなかった。
正人からはいくつかメッセージがあったが、僕はバッテリーを気にしてとりあえず電源を切った。
どうすればいい? どうすればいい?
スマホが使えなくなれば、美津子との連絡もできなくなる。
それ以前に、電波はどうなる?
「お前、いったいどこから来た?」男は訝し気な目で僕を見ながら言った。
僕はどう答えていいかわからなかった。
千三百年後の未来から……、なんて言えるわけがない。言っても理解してもらえるわけがない。
「他の……、国から」僕は苦し紛れにそう言った。
「他の国? 信じられんな。あそこでいったいなにをやっていたんだ」
「友達の、友達の美津子と一緒に眠ってたんです。森を歩いて、湖に出て、喉が渇いたからキュウリを食べて……」
「キュウリ? あの長い実のことか? あれを食ったのか? まずかっただろ」
「いえ、美味しかったです」
「ほんとにか? あんな黄色くてでかいものを?」
「あ、それは食べてないです。緑で小さい奴を食べました」
「ミドリってのはなんだ?」
「緑は、色のことです」
「色?」
過去の世界では、緑色と言うのがないのだろうか?
「小さくて固いやつです」
「青いやつのことか? まだ熟してないのを食べたのか?」
「ええ。僕らの国では、青くて小さいのを食べます」
「ほんとか、それは知らなかった。今度俺も試してみよう。あれはなあ、俺が植えたんだ」
「あなたが?」
「ああ。遣唐使が持ち帰った唐の食い物だと聞いてな、さぞかしうまいんだろうと思って種を盗んで育ててみたが、なーんにもうまくなかった。お前さんは、唐の人かい? いや、そんなわけないな。そんな人がこんな山奥に来るわけない。それに言葉も達者だ」
「それよりあの……、美津子が、美津子がどこに行ったか知りたいんです」
「美津子? そりゃ名前か? お前さんの連れだな。そいつあ、女かい?」
「ええ、そうです」
「若い、女だな?」
「はい」
「そいつはもう駄目だ」
「駄目?」
「ああ。人さらいだ。おそらく平城京の方に連れていかれた。生贄にな」
「生贄?」平城京とは、確か奈良の方だったと歴史で習った気がする。
「そうさ。平城京では最近、化け物が出ると言う噂でな、その化け物が夜な夜な若い娘を食いに街に出るらしい。それに困った都の者は、これ以上都の女が食われてはたまらんと、外でさらってきた女を生贄に差し出しているって言う噂だ。お前さんの連れも、今ごろ化け物の前に差し出されているだろう」
「そんな……、救い出す手はありませんか?」
「化け物退治でもしてみるかい」と男はいたずらに目を輝かせて言った。
「そんな、僕が化け物退治だなんて……」
「そうかい。じゃあ無理だな。自分の女をさらわれて、助け出す勇気もないんなら、何をしようったって無理な話だ」
男の言うことはもっともだった。もっともすぎて、僕は落ち込んだ。
けれど、それで諦めるわけにはいかなかった。
僕には……、今の僕には美津子しかいない。そしてそれは美津子にとっても同じだろう。美津子にとっても、この世界で頼れるのは僕だけだ。
「行くよ……」
「行く?」
「化け物退治だよ。教えてよ、行き方を」
「おいおい、本気で言ってるのか?」
「もちろんだ。だって僕には……」そう話している途中で、男の背後に何かがうごめくのが見えた。
夜の暗い部屋の中、蝋燭一本の灯りではほとんど何も見えない。
けれど、絶対に何かが動いた。
巨大なものだ。
ズズズ……、ズズズ……。と何か米俵でも引きずるような音もする。
人や犬や、そんな穏やかなものではない。
クマやイノシシや、そう言う感じのものともまた違う。
ズズズ……、ズズズ……。
じりじりと近づいてくる。
こちらの様子を窺っている。
なにか、巨大で異質なものだ。
ズズズ……、ズズズ……。
そいつは男のすぐ後ろに迫っていた。
危ない……、危ない……、僕は必死に声を出そうとした。
けれど呼吸を忘れるほど怯えていたので、声など出せるわけもなかった。
そしてそいつは現れた。
闇を吸い込んだような暗い銀色のうろこにびっしりと覆われ、赤くするどい目を持っていた。
そして時折口の隙間から二股の舌を長く伸ばした。
滑らかで巨大な体躯はぬらぬらと蝋燭の光を受けて鈍く光った。
そしてさらにそいつは……、そいつは一匹ではなく、少なくとも僕の見る限り、男の周りを囲むように七匹いる。
な、なんだいったい……。
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