5 / 44
4 踏切の中
しおりを挟む
僕と美津子は再び踏切のある空き地の前にいた。
公園にいる時から、僕はずっと美津子の手を握っていた。
普段なら、美津子といえど、女の子の手を握って歩くなんてことはしなかった。
けれどなんだか、今日はそれがとても普通で必要なことのような気がしたのだ。
美津子の手を、離しちゃいけない。
ここに来るまで、僕は何度もスマホの画面をチェックした。
正人からのメッセージがないか確かめたのだ。
けれど、正人はまるで息を潜めるようにそこにはいなかった。
「正人、どうしちゃったのかな?」僕の考えを読み取るように、美津子はLINEでそう言ってきた。
なんだか少し心細かった。と同時に、なんだか心配になってきた。今までこんなことはなかったからだ。正人が僕たちの呼びかけに応えないなんて。ふと僕は、もしかしたら正人もいま、僕たちと同じように心細い思いをしているんじゃないかと考えた。実は正人は、三人の中で一番強そうに見えて、本当はずっと心細かったのではないだろうか。
……、僕はいま、なんでそんなことを考えたのだろう。
空き地の雑草林を抜け、僕たちは再び踏切に近づいた。
踏切が見える場所まで近づくと、僕たちは歩を止め、そこに誰かいないか周りの気配を探った。
今日は鎌を持ってはいなかった。
左手に美津子の手を、右手にスマホを握っていた。
「誰もいない。大丈夫だ」僕は自分にそう言い聞かせるように口に出し、美津子の手を引いて踏切の前まで歩いた。
何の前触れもなく、カーンカーンカーンと踏切が鳴り出した。
遮断機が下りる。
僕たちに近い方の線路の上を、すごい速さで電車が駆け抜けていった。
電車がかき分ける空気の圧力で、僕はまるで目に見えない何かに後ろに押されているような感じにした。
「帰れ、帰れ、帰れ……」誰かにそう言われているような気さえした。
「ほんとに、行くの?」僕は美津子にそう聞いた。
美津子はLINEを使わず、僕の目を見つめて頷いた。
黒縁の眼鏡の奥に見える美津子の目は、いつになく力強く、見たこともないほどぎらぎらとしていた。
どうして美津子は、これほどまでにこの場所に引かれるのだろう。
異世界に興味がある、と言うだけにしては、なんだか美津子の意志の強さの説明にはなっていないような気がした。
興味があるだけではない、美津子は異世界に行こうとしているんだ。
なぜ? なぜだなぜだなぜだ?
間違えなら死ぬんだぞ?
美津子に聞けば済む話だった。
けれど僕はなぜか、そうしなかった。
美津子はあまりに真剣だったし、正直僕はそんなに興味がなかった。
けれどそれを美津子に言うことは、酷く美津子を傷つけてしまうことになってしまうような気がしたのだ。
そんな心の温度の差を感じていたから、僕は美津子に何も聞くことができなかった。
再び踏切がカーンカーンカーンと警告音を響かせ始めた。
遮断機が下りた。
美津子の顔を見ると、その横顔が明滅する赤いランプに照らされていた。
次は、向こう側の線路に電車が来るようだった。
あの夜、男が飛び込んだのと同じだ。
唾を飲みこもうとしたけど、口の中がからからだった。
心が空っぽになった。
美津子がスカートを押さえながら遮断機をまたいだ。
僕もその後に続いた。
カーンカーンカーン、と、その音はなんだか水の中で聴くように揺らいでいた。
音は前と後ろから、僕たちを囲むように聞こえてきた。
踏切の中にいると思うと眩暈がした。
電車が近づいてくる。
僕はそちらの方を見ないようにした。
左手の感覚がない。
美津子は本当にそこにいるのだろうか。
瞬きをすると、熱を出した時のように目が熱かった。
電車の音はあっという間に近づいてきた。
すごいスピードだ。
もっとゆっくり来てくれればいいのに。
死んじゃうんだろうか。
すぐ隣にいる美津子の顔を見ることができない。
体の自由がきかなくて、顔をそちらに向けることができないのだ。
小さな電子音が聞こえ、僕は右手に握ったスマホを見た。
正人からだった。
左手が前に引かれた。
不意を突かれたように、思わず僕も前に出た。
下を見ると、僕と美津子は線路の真ん中にいるのがわかった。
電車のライトに照らされ、僕は眩しくて何も見ることができなくなった。
次の瞬間、僕は……。
公園にいる時から、僕はずっと美津子の手を握っていた。
普段なら、美津子といえど、女の子の手を握って歩くなんてことはしなかった。
けれどなんだか、今日はそれがとても普通で必要なことのような気がしたのだ。
美津子の手を、離しちゃいけない。
ここに来るまで、僕は何度もスマホの画面をチェックした。
正人からのメッセージがないか確かめたのだ。
けれど、正人はまるで息を潜めるようにそこにはいなかった。
「正人、どうしちゃったのかな?」僕の考えを読み取るように、美津子はLINEでそう言ってきた。
なんだか少し心細かった。と同時に、なんだか心配になってきた。今までこんなことはなかったからだ。正人が僕たちの呼びかけに応えないなんて。ふと僕は、もしかしたら正人もいま、僕たちと同じように心細い思いをしているんじゃないかと考えた。実は正人は、三人の中で一番強そうに見えて、本当はずっと心細かったのではないだろうか。
……、僕はいま、なんでそんなことを考えたのだろう。
空き地の雑草林を抜け、僕たちは再び踏切に近づいた。
踏切が見える場所まで近づくと、僕たちは歩を止め、そこに誰かいないか周りの気配を探った。
今日は鎌を持ってはいなかった。
左手に美津子の手を、右手にスマホを握っていた。
「誰もいない。大丈夫だ」僕は自分にそう言い聞かせるように口に出し、美津子の手を引いて踏切の前まで歩いた。
何の前触れもなく、カーンカーンカーンと踏切が鳴り出した。
遮断機が下りる。
僕たちに近い方の線路の上を、すごい速さで電車が駆け抜けていった。
電車がかき分ける空気の圧力で、僕はまるで目に見えない何かに後ろに押されているような感じにした。
「帰れ、帰れ、帰れ……」誰かにそう言われているような気さえした。
「ほんとに、行くの?」僕は美津子にそう聞いた。
美津子はLINEを使わず、僕の目を見つめて頷いた。
黒縁の眼鏡の奥に見える美津子の目は、いつになく力強く、見たこともないほどぎらぎらとしていた。
どうして美津子は、これほどまでにこの場所に引かれるのだろう。
異世界に興味がある、と言うだけにしては、なんだか美津子の意志の強さの説明にはなっていないような気がした。
興味があるだけではない、美津子は異世界に行こうとしているんだ。
なぜ? なぜだなぜだなぜだ?
間違えなら死ぬんだぞ?
美津子に聞けば済む話だった。
けれど僕はなぜか、そうしなかった。
美津子はあまりに真剣だったし、正直僕はそんなに興味がなかった。
けれどそれを美津子に言うことは、酷く美津子を傷つけてしまうことになってしまうような気がしたのだ。
そんな心の温度の差を感じていたから、僕は美津子に何も聞くことができなかった。
再び踏切がカーンカーンカーンと警告音を響かせ始めた。
遮断機が下りた。
美津子の顔を見ると、その横顔が明滅する赤いランプに照らされていた。
次は、向こう側の線路に電車が来るようだった。
あの夜、男が飛び込んだのと同じだ。
唾を飲みこもうとしたけど、口の中がからからだった。
心が空っぽになった。
美津子がスカートを押さえながら遮断機をまたいだ。
僕もその後に続いた。
カーンカーンカーン、と、その音はなんだか水の中で聴くように揺らいでいた。
音は前と後ろから、僕たちを囲むように聞こえてきた。
踏切の中にいると思うと眩暈がした。
電車が近づいてくる。
僕はそちらの方を見ないようにした。
左手の感覚がない。
美津子は本当にそこにいるのだろうか。
瞬きをすると、熱を出した時のように目が熱かった。
電車の音はあっという間に近づいてきた。
すごいスピードだ。
もっとゆっくり来てくれればいいのに。
死んじゃうんだろうか。
すぐ隣にいる美津子の顔を見ることができない。
体の自由がきかなくて、顔をそちらに向けることができないのだ。
小さな電子音が聞こえ、僕は右手に握ったスマホを見た。
正人からだった。
左手が前に引かれた。
不意を突かれたように、思わず僕も前に出た。
下を見ると、僕と美津子は線路の真ん中にいるのがわかった。
電車のライトに照らされ、僕は眩しくて何も見ることができなくなった。
次の瞬間、僕は……。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第二部
Hiroko
ファンタジー
奈良時代の日本から戻った和也と芹那。
いつもと変わらぬ風景であるはずの日本。
けれどそこは、奈良時代に変えることのできなかった時の流れがそのまま受け継がれた世界だった。
悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」の第二部です。
写真はphotoACより、TonyG様の、「田村神社 龍神」を頂きました。
約束の子
月夜野 すみれ
ファンタジー
幼い頃から特別扱いをされていた神官の少年カイル。
カイルが上級神官になったとき、神の化身と言われていた少女ミラが上級神官として同じ神殿にやってきた。
真面目な性格のカイルとわがままなミラは反発しあう。
しかしミラとカイルは「約束の子」、「破壊神の使い」などと呼ばれ命を狙われていたと知る事になる。
攻撃魔法が一切使えないカイルと強力な魔法が使える代わりにバリエーションが少ないミラが「約束の子」/「破壊神の使い」が施行するとされる「契約」を阻む事になる。
カタカナの名前が沢山出てきますが主人公二人の名前以外は覚えなくていいです(特に人名は途中で入れ替わったりしますので)。
名無しだと混乱するから名前が付いてるだけで1度しか出てこない名前も多いので覚える必要はありません。
カクヨム、小説家になろう、ノベマにも同じものを投稿しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる