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魂抜き地蔵 【終話】
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目がさめると、どこかの畳の部屋に布団を敷いて寝かされていた。
どこか懐かしいような、心地の良い匂いのする部屋だ。
カーテン越しに眩しい太陽の光が見える。
どこだろう……。
私はまだ眠気に意識を引っ張られながら、昨日の夜のことを夢のように思い出していた。
私、あれから……。
どこからともなく、焼き魚と味噌汁の匂いがしてきた。
お母さん……。
あの時……。
お母さんの声……。
「お母さーん! いま持って行くから、先にご飯食べちゃって!?」
昌代さんの声だ。
じゃあここは……。
私は微睡みながら下の部屋から聞こえる音を聞いていた。
そしてしばらくして、襖の開く音に目を覚ました。
「あら瑞希ちゃん、起きてた?」
「昌代さん……。私、あの……」そう言いながら、体を起こした。
「戻ってきてしもたんやね」昌代さんのその声には、どこか包み込むような優しさを感じた。
「昨日の夜……」
「そんな気はしてたんよ?」
「ごめんなさい……」
「気になったからね。様子見に行ってよかったわ」
「でも……、でも……」私はわけもなく泣いてしまいそうになった。
「ええよええよ、瑞希ちゃんにもそれなりの想いがあったんやろ?」そう言って昌代さんは私の元に座り込むと、温かく私を抱きしめてくれた。
吸い込んだ息を吐き出す瞬間、ああ、泣いてしまう……、と私は思った。
そして涙がとめどなく溢れ、赤ん坊のように声をあげて泣いた。
昼頃になってお父さんが迎えに来てくれた。
昌代さんが連絡をしてくれたのだ。
「すみませんでした」お父さんはそう言うと、昌代さんに深々と頭を下げた。
「そんなん、気にせんといて!」
私も一緒になって頭を下げた。
「瑞希ちゃん、あの時はごめんな? 帰って何もかも忘れ、なんて言うてしもて」
「そ、そんな……、私の方こそ」
「けどな、独りで来たらあかんで。次もし来るんやったら、ちゃんとお父さんも連れておいで? 声かけてくれたら私も一緒について行ってあげるさかい」
「そんな……」
「私にはなんもわからへんけど、今朝の瑞希ちゃん見てたら、なあ、もう大丈夫なんやろ?」
「はい……」
「これから大切なんは、瑞希ちゃんがちゃんと幸せになること。それ以外はもうあらへんよ?」
「はい」
「私のとこにはね、またいつでも遊びに来てちょうだい? なんか、また娘でもできたようで嬉しかったわ」
「そんな……」私は照れくさかった。照れくさかったけど、なんだか私も、きっとお母さんがいたならこんな感じなんだろうなあと思っていた。
「さあ、帰ろう」お父さんが言った。
「うん」
昌代さんに背中を向けて、玄関から出て行くのがなんだか無性に寂しかった。
あの……、「あの!」私は思わず振り返って声を出した。
昌代さんはにっこりと温かい笑顔で私を見ていた。
「また、来たいです……、その、昌代さんに会いに」
「うん。私も瑞希ちゃんにまた会いたい」
そう言われ、私は頭を下げて昌代さんの家を後にした。
帰りの新幹線で、私とお父さんはほとんど何も話さなかった。
本当は、話すことは山ほどあったはずなのに。
ただ、あと五分ほどで静岡に着こうとした時、お父さんがふと「お母さんに、会いたいか?」と私に聞いてきた。複雑な思いではあったけど、私は「うん」と言って首を縦に振った。
「そうか。わかった」とお父さんは言った。
お母さんが亡くなったのは、その三日後のことだった。
私は魂抜き地蔵のところで最後に聞いたお母さんの言葉が、お母さんの最後の気持ちであってくれたらと、冷たくなったお母さんの顔を見ながら心で祈った。
どこか懐かしいような、心地の良い匂いのする部屋だ。
カーテン越しに眩しい太陽の光が見える。
どこだろう……。
私はまだ眠気に意識を引っ張られながら、昨日の夜のことを夢のように思い出していた。
私、あれから……。
どこからともなく、焼き魚と味噌汁の匂いがしてきた。
お母さん……。
あの時……。
お母さんの声……。
「お母さーん! いま持って行くから、先にご飯食べちゃって!?」
昌代さんの声だ。
じゃあここは……。
私は微睡みながら下の部屋から聞こえる音を聞いていた。
そしてしばらくして、襖の開く音に目を覚ました。
「あら瑞希ちゃん、起きてた?」
「昌代さん……。私、あの……」そう言いながら、体を起こした。
「戻ってきてしもたんやね」昌代さんのその声には、どこか包み込むような優しさを感じた。
「昨日の夜……」
「そんな気はしてたんよ?」
「ごめんなさい……」
「気になったからね。様子見に行ってよかったわ」
「でも……、でも……」私はわけもなく泣いてしまいそうになった。
「ええよええよ、瑞希ちゃんにもそれなりの想いがあったんやろ?」そう言って昌代さんは私の元に座り込むと、温かく私を抱きしめてくれた。
吸い込んだ息を吐き出す瞬間、ああ、泣いてしまう……、と私は思った。
そして涙がとめどなく溢れ、赤ん坊のように声をあげて泣いた。
昼頃になってお父さんが迎えに来てくれた。
昌代さんが連絡をしてくれたのだ。
「すみませんでした」お父さんはそう言うと、昌代さんに深々と頭を下げた。
「そんなん、気にせんといて!」
私も一緒になって頭を下げた。
「瑞希ちゃん、あの時はごめんな? 帰って何もかも忘れ、なんて言うてしもて」
「そ、そんな……、私の方こそ」
「けどな、独りで来たらあかんで。次もし来るんやったら、ちゃんとお父さんも連れておいで? 声かけてくれたら私も一緒について行ってあげるさかい」
「そんな……」
「私にはなんもわからへんけど、今朝の瑞希ちゃん見てたら、なあ、もう大丈夫なんやろ?」
「はい……」
「これから大切なんは、瑞希ちゃんがちゃんと幸せになること。それ以外はもうあらへんよ?」
「はい」
「私のとこにはね、またいつでも遊びに来てちょうだい? なんか、また娘でもできたようで嬉しかったわ」
「そんな……」私は照れくさかった。照れくさかったけど、なんだか私も、きっとお母さんがいたならこんな感じなんだろうなあと思っていた。
「さあ、帰ろう」お父さんが言った。
「うん」
昌代さんに背中を向けて、玄関から出て行くのがなんだか無性に寂しかった。
あの……、「あの!」私は思わず振り返って声を出した。
昌代さんはにっこりと温かい笑顔で私を見ていた。
「また、来たいです……、その、昌代さんに会いに」
「うん。私も瑞希ちゃんにまた会いたい」
そう言われ、私は頭を下げて昌代さんの家を後にした。
帰りの新幹線で、私とお父さんはほとんど何も話さなかった。
本当は、話すことは山ほどあったはずなのに。
ただ、あと五分ほどで静岡に着こうとした時、お父さんがふと「お母さんに、会いたいか?」と私に聞いてきた。複雑な思いではあったけど、私は「うん」と言って首を縦に振った。
「そうか。わかった」とお父さんは言った。
お母さんが亡くなったのは、その三日後のことだった。
私は魂抜き地蔵のところで最後に聞いたお母さんの言葉が、お母さんの最後の気持ちであってくれたらと、冷たくなったお母さんの顔を見ながら心で祈った。
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