フレンチ Doll of the 明治 era

Hiroko

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ユリは七歳、コバは十六歳だった。
ユリはコバのことをお兄ちゃんと呼んだが、血のつながりがあるわけではなかった。
一年前、ユリはグラビティーコントロールベッドの火災から逃れるため、やむなく部屋の外に出た。
フィグツリー交換のためのワープ転送中、グラビティーコントロールベッドが故障したのだ。
なんとか部屋に戻れたものの、グラビティーコントロールベッドから上がる煙と爆発を止める手立てがなかった。一酸化炭素で吐き気と眩暈に意識を失いそうになるユリを、世話役のアンドロイド、デージが外へ運び出したのだ。
デージはその数日後、機能を停止した。ユリを助ける時に脚に負った傷が深く、人工血液の流出を抑えられなかったのだ。
ユリは川の水を飲みながら、数日さまよったのちにコバの部屋にたどり着いた。
コバは部屋の外にユリを見つけ話しかけたが、ユリはしばらく何も話さなかった。ユリはまるで自分を外の世界に誘う亡霊のように見えた。部屋の強化ガラスの向こう、三メートルほど向こうにユリはじっと立ったままコバを見つめていた。やがて「お兄ちゃん……」と、ユリはなぜか自分のことをそう呼んだ。
「なぜ僕のことをお兄ちゃんだなんて呼ぶんだい?」コバは問いかけたが、ユリは何も話さなかった。
「お兄ちゃん……」ユリはじっと部屋の中のコバを見つめながら、そう口にした。
「おそらくじゃが、ユリは転送中の事故で、脳の一部に損傷を受けたのだろう」ラリーはそう言った。
「それと僕をお兄ちゃんと呼ぶのとどういう関係があるんだい?」
「混乱しているんだ」
「混乱?」
「フィグツリーで得た知識の中に、兄妹というものが存在したのかもしれん。あるいは……」
「あるいは?」
「遠い過去の記憶の中にある、ユリの兄の記憶がよみがえったのかもしれん」
「遠い過去の記憶って?」
「ユリの遺伝子に刻まれた記憶さ」
「そんなもの、あるわけない。記憶は脳に刻まれるものだ」
「ああ、そうじゃったな」
「なぜそんなおとぎ話みたいなことを言い出すんだい?」
「わからなくなってきたからじゃよ」
「わからない? なにがわからなくなってきたんだい?」
「戦争が起き、すべてが破壊された。そして新たな科学技術の発展で、今まで空想でしかなかったことが次々と現実のものになっていった。それと同時に、それまで常識だと思われてきたことが失われ、ありえないと考えられていたものが受け入れられるようになってきた」
「それが、遺伝子に刻まれた記憶だというの?」
「おとぎ話じゃよ」
「でも、ラリーはほんの少しそれを信じているんだね」
「否定できないものに対しては、可能性を探るのがわしの信念でな」
「きりがないよ」
「ありがたいことに、わしの寿命もきりがないんだよ」
「じゃあ、ずっと退屈しないですむね」
「ありがたいことにな」
コバは肩をすくめてその会話を終わらせた。

「ほら、魚が焼けたよ」そう言ってコバは、焚火で焼いた魚をユリに手渡した。
ユリは少し眠そうな顔をしてそれを受け取った。火をつけるのに時間がかかったから、ユリは眠くなってしまったんだな。コバはそう思った。
ユリは小骨を気にしながら、香ばしく焼かれた魚の身を噛み締めた。
頬を照らす焚火の熱が心地よかった。
時おり湿気た薪の爆ぜる音がした。そのたびに、火の粉がゆらゆらと宙を舞い、消えていった。
辺りを見ると、うっすらと雪が積もり始めている。
「寒くないか?」コバが聞いた。
ユリは「うん」と言ったつもりだったが、うまく声が出せなかったのでコバに聞こえたかどうかわからない。
それぞれ魚を二匹ずつ食べ終えると、「これ以上外にいると凍えちまう。中に入ろう」とコバは言った。
ユリはそれほど寒さを感じなかったし、もう少し雪の降る暗闇を見ていたかったから、本当はそのままでいたかった。けれど、立ち上がろうとして脚に力が入らずそのまま気を失うように倒れてしまった時に初めて、自分は寒さに命を奪われそうになっていることに気が付いた。
「そら、言わんこっちゃない。早く中に入ろう」コバはそう言ってユリを毛布にくるんだまま抱え上げると、部屋への階段を上がった。部屋の中は暖かいとは言えなかったが、肺を凍らせるほどに空気は冷たくはなかった。
コバとユリはいつも一緒に寝た。特に寒い夜は、コバがユリを包み込むようにして、その上から毛布をかぶった。
ユリは眠りに落ちる瞬間、夢の中で誰かに話しかけられた気がして目を開けた。
視線を感じ、暗い部屋に目をさまよわせると、椅子に置いた小さなアンドロイドががこちらを見つめていた。
あなた、いま私を呼んだ? 心の中でそう問いかけた。
小さなアンドロイドはそれに答えることはなかった。
ただじっと、何かを思うような深く青い瞳でじっとユリを見つめていた。







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