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「培養脳からの信号はあまりにも微弱で、またそれを受け取る側の筋肉や皮膚もまた人工であるために反応が鈍い。だから培養脳から発せられる信号を大きくするための増幅器を内蔵しているんじゃが、それが正常に機能しているかどうかを検査する必要がある。普通のアンドロイドなら体が大きいから自己点検のプログラムと修繕が必要な場合の外部アクセス装置が体内にあるが、ソフィはそれらを入れる容量がなかったため省かれている。だから増幅器を直接検査せねばならん。場所は胸の血液ろ過装置の裏側にあるが……」ラリーによるソフィの治療プログラムの講義は続いた。本来ならフィグツリーの教育プログラムの中にアンドロイドの構造や仕組みについて学ぶことができる。ショウはまだそれを学ぶ年齢には達していなかったものの、本人の希望があればフィグツリーの教育プログラムのどこにでもアクセスすることはできる。けれどソフィに関しては、アンドロイドの技術が使われてはいるものの、固有の構造をしているために一つ一つをラリーから直接学ぶ必要があった。
「そもそもソフィは、それほど永らえることを期待されて作られたものではないんじゃ」
「どういうこと?」
「一般のアンドロイドの寿命は今のところ約100年程度じゃ。これはおよそ人間の子供を五世代育て上げることのできる年齢じゃ」
「どうして百年なの? メンテナンスさえしていれば、もっと長く生きられそうなものなのに」
「ああ、アンドロイドの身体だけならもっと寿命は長い。問題は培養脳じゃ。今のところの技術では、培養脳の老化を防ぐことができん。ものによっては100年持たないものもある」
「そうか……、なるほどね。じゃあ、100年を迎えたアンドロイドはどうなるの?」
「培養脳を入れ替える」
「入れ替えると、どうなるの?」
「メモリー装置に残された記憶はそのまま引き継ぐことができる」
「じゃあ、なにが変わるんだい?」
「そうじゃな。曖昧なことしか言えんが、性格が変わる。違う個性になる。今まで持っていた意識が失われ、新しい意識を持って生まれ変わるわけじゃからな」
雨は降り続いた。
時折弱くなり、見上げた雲の隙間に青い光が見えることもあった。けれどそれはすぐに消え、また違う雨雲が空を覆い隠した。
気のせいか、ジーニャは無口になった。
必要なことしか話さなくなった。
ショウはそれを少し寂しいと感じたが、今はそれどころではなかった。
「ソフィはそれほど永らえることを期待されてなかったと言うのはどういう意味だい?」
「そもそもソフィは何か役目や目的を持って生まれてきたわけではない。ああ、いや、人形として子供の玩具としての役割はある。じゃが培養脳を埋め込み、意識を持たせることになんら目的はなかった」
「じゃあ、なんだったんだい?」
「科学者の戯れじゃよ」
「悪い言い方をすれば、お遊びだったってことだね」
「まあ、そういう事じゃ」
「まあいいさ。けれどそれと命が短いと言うことに、どんな関係があるんだい?」
「リナが大人になるまで持てばいい、と言う考えじゃった。簡単に言えばな」
「大人になるまでか……」
「そう。つまり、人間と同じ寿命を与えられたに過ぎんと言う事じゃ」
夜になり、眠りにつくと、またいつもの夢を見た。
草原の夢だ。
いつもと変わらない、草原の夢だ。
空は青く、暗かった。
同じ色、同じ形の雲が均等に並んでいた。
時折風が吹き、草原の草を揺らした。
ショウはなんとか自分の行くべき方向を見つけ出そうとした。
右も左も、前も後ろも、同じ景色の中で。
人の声が聞こえた気がした。
女の子の声だ。
知らない声だ。
何かを話しかけてくる。
けれど理解することができなかった。
小さな水路を流れ落ちる、水の奏でる音のような声だった。
鼓膜にくすぐったかった。
ショウはその声の主を探した。
「どこにいるんだい?」問いかけたけれど、返事はなかった。
ころころと笑っているように聞こえた。
何度も振り向き、その女の子を探した。
けれど女の子はどこにもいなかった。
やがて声も消えた。
草原はまた、いつもの景色に戻った。
ショウはまた、花も咲かせず生気のない草の群れの中に立ち尽くしていた。
「そもそもソフィは、それほど永らえることを期待されて作られたものではないんじゃ」
「どういうこと?」
「一般のアンドロイドの寿命は今のところ約100年程度じゃ。これはおよそ人間の子供を五世代育て上げることのできる年齢じゃ」
「どうして百年なの? メンテナンスさえしていれば、もっと長く生きられそうなものなのに」
「ああ、アンドロイドの身体だけならもっと寿命は長い。問題は培養脳じゃ。今のところの技術では、培養脳の老化を防ぐことができん。ものによっては100年持たないものもある」
「そうか……、なるほどね。じゃあ、100年を迎えたアンドロイドはどうなるの?」
「培養脳を入れ替える」
「入れ替えると、どうなるの?」
「メモリー装置に残された記憶はそのまま引き継ぐことができる」
「じゃあ、なにが変わるんだい?」
「そうじゃな。曖昧なことしか言えんが、性格が変わる。違う個性になる。今まで持っていた意識が失われ、新しい意識を持って生まれ変わるわけじゃからな」
雨は降り続いた。
時折弱くなり、見上げた雲の隙間に青い光が見えることもあった。けれどそれはすぐに消え、また違う雨雲が空を覆い隠した。
気のせいか、ジーニャは無口になった。
必要なことしか話さなくなった。
ショウはそれを少し寂しいと感じたが、今はそれどころではなかった。
「ソフィはそれほど永らえることを期待されてなかったと言うのはどういう意味だい?」
「そもそもソフィは何か役目や目的を持って生まれてきたわけではない。ああ、いや、人形として子供の玩具としての役割はある。じゃが培養脳を埋め込み、意識を持たせることになんら目的はなかった」
「じゃあ、なんだったんだい?」
「科学者の戯れじゃよ」
「悪い言い方をすれば、お遊びだったってことだね」
「まあ、そういう事じゃ」
「まあいいさ。けれどそれと命が短いと言うことに、どんな関係があるんだい?」
「リナが大人になるまで持てばいい、と言う考えじゃった。簡単に言えばな」
「大人になるまでか……」
「そう。つまり、人間と同じ寿命を与えられたに過ぎんと言う事じゃ」
夜になり、眠りにつくと、またいつもの夢を見た。
草原の夢だ。
いつもと変わらない、草原の夢だ。
空は青く、暗かった。
同じ色、同じ形の雲が均等に並んでいた。
時折風が吹き、草原の草を揺らした。
ショウはなんとか自分の行くべき方向を見つけ出そうとした。
右も左も、前も後ろも、同じ景色の中で。
人の声が聞こえた気がした。
女の子の声だ。
知らない声だ。
何かを話しかけてくる。
けれど理解することができなかった。
小さな水路を流れ落ちる、水の奏でる音のような声だった。
鼓膜にくすぐったかった。
ショウはその声の主を探した。
「どこにいるんだい?」問いかけたけれど、返事はなかった。
ころころと笑っているように聞こえた。
何度も振り向き、その女の子を探した。
けれど女の子はどこにもいなかった。
やがて声も消えた。
草原はまた、いつもの景色に戻った。
ショウはまた、花も咲かせず生気のない草の群れの中に立ち尽くしていた。
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