フレンチ Doll of the 明治 era

Hiroko

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ショウはグラビティーコントロールベッドに横たわり、フィグツリーの教育プログラムを受けた後、そのまま疑似体験で十九世紀のモンゴルの遊牧生活を体験した。
フェルトと木でできたゲルと呼ばれる円いテントで生活をし、青いデールと呼ばれる民族衣装を身に纏い、茹でて塩を振った羊の肉を食べ、過酷な自然の中で旅をした。
相撲を取ると五歳年下の男の子に連続で三回負けた。
彼の名前はチヌアと言い、三人兄弟の末っ子だった。
ショウと同じくらい痩せていたのに、次の日も、次の日も、どれだけ工夫をして戦ってもチヌアに勝つことはできなかった。
チヌアの父親から馬の扱いを教えてもらった。
馬を間近で見るのは初めてで、その大きさに驚いた。
黒く引き締まった背中にまたがると、まるで臆病で小さな子供になってしまったような気がした。
「その馬を乗りこなし、王の魂を身につければ、お前も大人になり、相撲にも負けなくなるだろう」とチヌアの父親は言った。チヌアの父親は無口だったが、何かを話す時は静かに力強く言った。
チヌアは馬も、ショウの何倍もうまく乗りこなすことができた。
ショウはただ馬の背にまたがり、歩くに任せているだけだったが、チヌアは手綱を操り、馬を自分の意志で走らせることができた。
「どうすれば王の魂を身に着けることができる?」とショウはチヌアの父親に尋ねた。
「勇気だ」とチヌアの父親は静かに答えた。
「勇気はどうすれば身に着けることができる?」ともう一度尋ねた。
「まずは勇気とは何かと問いかけろ」とチヌアの父親は答えた。
「恐れる気持ちを克服することかい?」
「ちがう、逆だ。この大地に生きる者たちすべてが王であることを知り、敬うことだ」

フィグツリーの疑似体験は夢を見ることと似ていた。
時間の経過が現実のそれとは乖離かいりし、肉体の知覚による外界の認識も切断されるからだった。
逆に目が覚めても全てのことを過去の経験と同じように覚えているところは夢と違った。
目が覚めると、外はもう暗くなっていた。
テーブルの上には、もう食事が用意されていた。
「料理が冷たくなる前に目が覚めて良かったです。今日はどこに行っていたのですか?」とジーニャは尋ねた。
「十九世紀のモンゴルにいたよ」
「モンゴル?」
「ああ。昔の大陸につけられた国の名だ」
「モンゴル……、モンゴル……、わかりました」と言って、ジーニャは自らのメモリーの中にモンゴルの位置を確認した。
「遊牧民と一緒に丸い大きなテントで暮らし、旅をしたんだ」
「モンゴルは、夏は暑く、冬はマイナス二十度以下にもなります。どうしてそんなところに行くのですか?」
「ああ、確かに冬は寒かったね。けれどフィンランドでキャンプをした時よりはましだったよ」
「フィンランドはそこまで寒くはなりません」
「ああ、そうだね。けれどほんとにそうだったんだ。きっとゲルと呼ばれるテントのせいだ」

「ジーニャ、昨日はありがとう」ショウは食事を食べながら言った。
「え? どうしたのです? 何に感謝をしているのです?」
「昨日、ハンバーガーを作ってくれたことさ。それにこの食事だって美味しい」
ジーニャは動きを止め、無表情にじっとショウの顔を見た。
「ジーニャ、どうしてそんな悲しそうな顔をするんだい?」
「いいえ、悲しんでなんかいません。嬉しいのです」
「嬉しいのに悲しそうな顔をするのかい? 嬉しい時には笑うものだけど」
「私にもわかりません。ただ……」
「ただ?」
「そうですね、言葉にすることができないのです。ショウ、あなたは、人間は、嬉しいのに泣いてしまうことがありますか?」
「嬉しいのに泣くのかい? さあ。そんなヘンテコなこと僕にはわからないよ。そんな気分なのかい?」
「ええ。私は泣くことはできませんが、そんなヘンテコな気分なのです」
ショウは肩をすくめて言った。「また作ってくれるかい? ハンバーガーを」
「ええ、もちろんです」

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