22 / 49
1-22
しおりを挟む
気を失っていたようだった。
横向きになって、川の流れの中に目を覚ました。
寒かった。
凍えるように寒かった。
日は沈んでいた。
西の空がかろうじて赤く染まっていた。
水に浸かっていた方の耳が聞こえなかった。
左足がひどく痛み、怪我をしていたのを思い出した。確かめてみると、血は止まっていたものの、傷は思いのほか深かった。暗くてよく見えなかったが、顔を近づけ、足の指を動かすと、傷口の中に指を動かしていると思われる筋肉が動くのが見えた。
リナはうめき声をあげた。
どうすればいいのかわからなかった。
昼間の暑さが嘘のように寒かった。
寒い……。
寒さは気温だけではなく、身体の中からも感じられた。
寒い……。
けれどなんだか、暑いような気もした。
身体の中が、熱くて寒かった。
眩暈もした。
暗さのせいだと思ったが、そうではなく、目の前に靄がかかったように視界が悪かった。
「水から出た方がいいわ」ソフィにそう言われてなんとか立ち上がった。
けれど、どこに向かえばいいのかわからなかった。
鹿の親子が休んでいた木陰が見えた。
鹿の親子はもういなかった。
そこは酷く心地の良い場所に見えた。
リナは足を引きづり、そこに向かった。
左足に思うように力が入らず、足場を選んで進んだので、目の前に見えるその場所が果てしなく遠かった。
やがてその場所にたどり着くと、リナは再び気を失った。
次に目を覚ますと、もう夜になっていた。
熱にうなされて目を覚ました。
冷たい汗をかいていた。
辺りは暗くて何も見えなかった。
ただ川の流れる音が耳障りなほどうるさかった。
虫の鳴き声も聞こえた。
カエルの声も聞こえた。
けれど右耳からは何も聞こえなかった。
昼間に気を失っていた時、水に浸かっていた方の耳だ。
片耳しか聞こえないのに、すべての音が頭の中で地響きを立てるようにうるさかった。
やがて右耳が痛むことに気が付いた。
聞こえないだけではない。
痛い……。
右耳から血が流れているのではないかと疑った。
右耳を押さえていた手のひらを確かめたが、血は流れてはいなかった。
ただ痛い……。
とてもとても痛い。
何かでふさがれたような感じがした。
水がまだ溜まっているのだと思った。それで聞こえないのだ。
けれど、いくら頭を振ってみても、耳に指を入れてみても、水が出てくることはなかった。
ただ、ひどく痛い……。
熱くて、痛い……。
リナはどうすることもできず、ただ右手で右耳を押さえつけるように塞ぎながら、じっと痛みに耐えた。
そうするうちに、やがて吐き気も襲ってきた。
何かを吐こうとしたが、何も吐き出すことはできなかった。
喉の奥に、なにやら冷たいものを感じただけだった。
リナはフィグツリーに、身体の診断機能があることを思い出し、それにアクセスした。
それを使うのは初めてのことだった。
部屋にいる間、病気も怪我も経験したことがなかった。
頭の中にフィグツリーの声が聞こえた。
フィグツリーがまだ使えることに安堵した。
フィグツリーは、右耳の痛みが外耳炎であること。耳の中がひどく腫れて塞がれ、そのせいで聞こえないのだと言った。また食中毒の症状も出始めていると言った。川の水に含まれるカンピロバクター、大腸菌などが原因と思われる。また、左足の傷による感染症を防ぐため、ただちに治療が必要だとも言った。そして単純に風邪もひいており、それらの総合的な原因により、熱が三十九度を超えており、治療は急を要するとのことだった。
「ねえソフィ、またあの話を聞きたいわ」リナは朦朧とする意識の中で、目を閉じたまま、ソフィに話しかけた。
「あの話?」
「ええ、ミルの話、ヴァレンチンの話を」
「旅の話ね」
「ええ。ミルたちも、こんな苦しい思いをしたのかしら。私は生き残ることができるのかしら」ほんとを言うと、リナはどんな話でも良かった。ただ、ソフィの声を聞いていたかった。
「そうね。ミルたちも、苦しい思いをしたわ。こことは違って、とてもとても寒い場所だったけれど、飲むための水もほとんどなく、ただ歩き続けたの」
「水が……、川はなかったの?」リナは顔を起こし、目を開けたつもりだったけれど、うまく瞼を広げることができなかった。
「あったわ。けれど、川の流れは凍り付いていた。手のひらで掬うことはできなかったのよ」
「そう……、そうなのね……。水は……、水はとても冷たくて、美味しかったわ……」そう言ったきり、ソフィの話を聞くこともなく、リナはまた酷い熱に気を失った。
横向きになって、川の流れの中に目を覚ました。
寒かった。
凍えるように寒かった。
日は沈んでいた。
西の空がかろうじて赤く染まっていた。
水に浸かっていた方の耳が聞こえなかった。
左足がひどく痛み、怪我をしていたのを思い出した。確かめてみると、血は止まっていたものの、傷は思いのほか深かった。暗くてよく見えなかったが、顔を近づけ、足の指を動かすと、傷口の中に指を動かしていると思われる筋肉が動くのが見えた。
リナはうめき声をあげた。
どうすればいいのかわからなかった。
昼間の暑さが嘘のように寒かった。
寒い……。
寒さは気温だけではなく、身体の中からも感じられた。
寒い……。
けれどなんだか、暑いような気もした。
身体の中が、熱くて寒かった。
眩暈もした。
暗さのせいだと思ったが、そうではなく、目の前に靄がかかったように視界が悪かった。
「水から出た方がいいわ」ソフィにそう言われてなんとか立ち上がった。
けれど、どこに向かえばいいのかわからなかった。
鹿の親子が休んでいた木陰が見えた。
鹿の親子はもういなかった。
そこは酷く心地の良い場所に見えた。
リナは足を引きづり、そこに向かった。
左足に思うように力が入らず、足場を選んで進んだので、目の前に見えるその場所が果てしなく遠かった。
やがてその場所にたどり着くと、リナは再び気を失った。
次に目を覚ますと、もう夜になっていた。
熱にうなされて目を覚ました。
冷たい汗をかいていた。
辺りは暗くて何も見えなかった。
ただ川の流れる音が耳障りなほどうるさかった。
虫の鳴き声も聞こえた。
カエルの声も聞こえた。
けれど右耳からは何も聞こえなかった。
昼間に気を失っていた時、水に浸かっていた方の耳だ。
片耳しか聞こえないのに、すべての音が頭の中で地響きを立てるようにうるさかった。
やがて右耳が痛むことに気が付いた。
聞こえないだけではない。
痛い……。
右耳から血が流れているのではないかと疑った。
右耳を押さえていた手のひらを確かめたが、血は流れてはいなかった。
ただ痛い……。
とてもとても痛い。
何かでふさがれたような感じがした。
水がまだ溜まっているのだと思った。それで聞こえないのだ。
けれど、いくら頭を振ってみても、耳に指を入れてみても、水が出てくることはなかった。
ただ、ひどく痛い……。
熱くて、痛い……。
リナはどうすることもできず、ただ右手で右耳を押さえつけるように塞ぎながら、じっと痛みに耐えた。
そうするうちに、やがて吐き気も襲ってきた。
何かを吐こうとしたが、何も吐き出すことはできなかった。
喉の奥に、なにやら冷たいものを感じただけだった。
リナはフィグツリーに、身体の診断機能があることを思い出し、それにアクセスした。
それを使うのは初めてのことだった。
部屋にいる間、病気も怪我も経験したことがなかった。
頭の中にフィグツリーの声が聞こえた。
フィグツリーがまだ使えることに安堵した。
フィグツリーは、右耳の痛みが外耳炎であること。耳の中がひどく腫れて塞がれ、そのせいで聞こえないのだと言った。また食中毒の症状も出始めていると言った。川の水に含まれるカンピロバクター、大腸菌などが原因と思われる。また、左足の傷による感染症を防ぐため、ただちに治療が必要だとも言った。そして単純に風邪もひいており、それらの総合的な原因により、熱が三十九度を超えており、治療は急を要するとのことだった。
「ねえソフィ、またあの話を聞きたいわ」リナは朦朧とする意識の中で、目を閉じたまま、ソフィに話しかけた。
「あの話?」
「ええ、ミルの話、ヴァレンチンの話を」
「旅の話ね」
「ええ。ミルたちも、こんな苦しい思いをしたのかしら。私は生き残ることができるのかしら」ほんとを言うと、リナはどんな話でも良かった。ただ、ソフィの声を聞いていたかった。
「そうね。ミルたちも、苦しい思いをしたわ。こことは違って、とてもとても寒い場所だったけれど、飲むための水もほとんどなく、ただ歩き続けたの」
「水が……、川はなかったの?」リナは顔を起こし、目を開けたつもりだったけれど、うまく瞼を広げることができなかった。
「あったわ。けれど、川の流れは凍り付いていた。手のひらで掬うことはできなかったのよ」
「そう……、そうなのね……。水は……、水はとても冷たくて、美味しかったわ……」そう言ったきり、ソフィの話を聞くこともなく、リナはまた酷い熱に気を失った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
フューマン
nandemoE
SF
フューマンとは未来と人間を掛け合わせたアンドロイドの造語です。
主人公は離婚等を原因に安楽死を選択した38歳の中年男性。
死んだつもりが目を覚ますと35年後の世界、体は38歳のまま。
目の前には自分より年上になった息子がいました。
そして主人公が眠っている間に生まれた、既に成人した孫もいます。
息子の傍らには美しい女性型フューマン、世の中は配偶者を必要としない世界になっていました。
しかし、息子と孫の関係はあまり上手くいっていませんでした。
主人公は二人の関係を修復するため、再び生きることを決心しました。
ある日、浦島太郎状態の主人公に息子が配偶者としてのフューマン購入を持ちかけます。
興味本位でフューマンを見に行く主人公でしたが、そこで15歳年下の女性と運命的な出会いを果たし、交際を始めます。
またその一方で、主人公は既に年老いた親友や元妻などとも邂逅を果たします。
幼少期から常に目で追い掛けていた元妻ではない、特別な存在とも。
様々な人間との関わりを経て、主人公はかつて安楽死を選択した自分を悔いるようになります。
女性との交際も順調に進んでいましたが、ある時、偶然にも孫に遭遇します。
女性と孫は、かつて交際していた恋人同士でした。
そしてその望まぬ別れの原因となったのが主人公の息子でした。
いきさつを知り、主人公は身を引くことを女性と孫へ伝えました。
そしてそのことを息子にも伝えます。息子は主人公から言われ、二人を祝福する言葉を並べます。
こうして女性と孫は再び恋人同士となりました。
しかしその頃から、女性の周りで妙な出来事が続くようになります。
そしてその妙な出来事の黒幕は、主人公の息子であるようにしか思えない状況です。
本心では二人を祝福していないのではと、孫の息子に対する疑念は増幅していきます。
そして次第にエスカレートしていく不自然な出来事に追い詰められた女性は、とうとう自殺を試みてしまいます。
主人公は孫と協力して何とか女性の自殺を食い止めますが、その事件を受けて孫が暴発し、とうとう息子と正面からぶつかりあってしまいます。
異世界召喚でわかる魔法工学
M. Chikafuji
SF
この不思議な世界でも、どこかの神々による超自然的な異世界転生や召喚がみられています。これら魔法現象を調査する召喚士ルークンの日常を通じて、少し変わった魔法工学の旅へあなたを招待します。
異世界ファンタジーを楽しみながら魔法工学がわかる、奇妙な観点で進む物語。全4章構成です。
前半の章ではそれぞれ召喚と転生の事例から魔法工学の概念を紹介し、後半では発展的な内容を扱います。
-注意-
この作品はフィクションです。
スマートフォンによる横書きでの閲覧を想定しています。
2022/5/7 誤字の修正等を行った第二版を小説家になろうに掲載しました。
ハンドアウト・メサイア 滅亡使命の救済者
三枝七星
SF
有休消化中の会社員、神林杏は、ある晩奇妙な夢を見た。正体不明の声から「人類に滅びの救済をもたらす使命を与える」と言われる物だった。夢中で異常を感じた杏はその声を拒絶する。
数日後、「使命を与えられた」と主張する男性を、文部科学省の国成哲夫、浪越テータが問い質す場面に遭遇してしまう。
哲夫とテータに事情を話した杏は、宇宙からの洗脳による侵略、その排除の動きに巻き込まれることになる。
前日譚→https://www.alphapolis.co.jp/novel/519967146/178892910
※10/10サブタイトル追加しました。
※フィクションです。実在する人物、国、団体、事件などには関係ありません。
※関係ありませんので作劇重視で考証などはあまりしておりません。
※心身の不調は医療に相談してください。作中の対応は真似しないでください。
※一部流血、暴力の描写があります。
伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。
実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので!
おじいちゃんと孫じゃないよ!
恋するジャガーノート
まふゆとら
SF
【全話挿絵つき!巨大怪獣バトル×怪獣擬人化ラブコメ!】
遊園地のヒーローショーでスーツアクターをしている主人公・ハヤトが拾ったのは、小さな怪獣・クロだった。
クロは自分を助けてくれたハヤトと心を通わせるが、ふとしたきっかけで力を暴走させ、巨大怪獣・ヴァニラスへと変貌してしまう。
対怪獣防衛組織JAGD(ヤクト)から攻撃を受けるヴァニラス=クロを救うため、奔走するハヤト。
道中で事故に遭って死にかけた彼を、母の形見のペンダントから現れた自称・妖精のシルフィが救う。
『ハヤト、力が欲しい? クロを救える、力が』
シルフィの言葉に頷いたハヤトは、彼女の協力を得てクロを救う事に成功するが、
光となって解けた怪獣の体は、なぜか美少女の姿に変わってしまい……?
ヒーローに憧れる記憶のない怪獣・クロ、超古代から蘇った不良怪獣・カノン、地球へ逃れてきた伝説の不死蝶・ティータ──
三人(体)の怪獣娘とハヤトによる、ドタバタな日常と手に汗握る戦いの日々が幕を開ける!
「pixivFANBOX」(https://mafuyutora.fanbox.cc/)と「Fantia」(fantia.jp/mafuyu_tora)では、会員登録不要で電子書籍のように読めるスタイル(縦書き)で公開しています!有料コースでは怪獣紹介ミニコーナーも!ぜひご覧ください!
※登場する怪獣・キャラクターは全てオリジナルです。
※全編挿絵付き。画像・文章の無断転載は禁止です。
銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に
風まかせ三十郎
SF
宇宙歴一六一九年、銀河合衆国連邦は初の地球外生命体と遭遇する。その名はグローク人。人類の文明を遡ること五千年といわれる遅れた文明レベルの彼らは、ほどなく人類の奴隷と化して過酷な労働に使役されることとなる。だがそんな彼らの中から、人類との対等な共存を目指して独立を指導する者が現れ始めた。そんな折、人類は彼らの解放と隷属を巡って対立、銀河合衆国連邦は中央連邦と辺境同盟に分かれて争う内戦に発展した。中央連邦はグローク人解放を自らの手で為さしめるべく、グローク人で編成した宇宙艦隊を創設した。指揮官は人類の若き名将K・ウォーケン少将。彼は独立の機運に燃えるグローク人将兵と共に勝利の階段を駆け上ってゆく。
※映画「グローリー」に着想を得て執筆しました。その点をご了承の上お読みいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる