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「ソフィ、あなたの話をもっと聞きたいわ」リナは暗闇の中、森の木々の間に空を見上げながら、膝に抱いたソフィにそう言った。空には満天の星が見えた。そこはあまりに遠く、冷たい場所に見えた。
夜の空には時折赤や黄色に大きく光る流れ星が見えた。
これはゴミ処理衛星が、宇宙に散らばるゴミを見つけ、大気圏に放り込んで燃やしているのが見える現象だった。
人類はすでに、太陽系の外に旅する科学力を有していた。
それを可能にしたのは、意識をデータ化して保存するメンテバンクによるものだった。
宇宙旅行で一番の壁となっていたのは人間の寿命と肉体の脆さだった。
最初、宇宙を旅するためには莫大な時間が必要で、人間の寿命がそのまま旅の限界となった。
そしてワープ航法の技術が開発されると、今度は光の速さを超える物体の移動に人間の肉体は耐えることができなかった。
けれども、メンテバンクによって肉体の寿命や脆さから解放された人間の意識に、それらの限界を論じることはナンセンスだった。
人間は肉体を置き去りにし、意識のみの存在となって(あるいはアンドロイドと言う身体に意識をインストールすることで実体を持つことができた)、無限に宇宙を旅することができた。
夜の空は暗黒ではなかった。
見知らぬ銀河や広がるガス星雲、星々のきらめきによってさまざまな色を持った。
木々の間に見える夜空は、まるで天井にいびつに開けられた窓のようだった。
「ちょうどあなたと同じ年の女の子と旅をしていたことがあったわ」ソフィは話を始めた。
「私と同じ? 六歳ってことかしら」
「ええ、そうよ。彼女の名前はミルと言った。あなたと同じ、日本で生まれた子だった」
「その子と一緒に、日本に住んでいたのね?」
「いいえ、違う土地を旅していたわ。大陸と呼ばれる、大きい土地よ。寒い寒い場所。冬には土も木々も凍り付き、いつも雪が降っていた」
「なぜそんなところに行ったの?」
「過去の日本は移民の数をどんどん増やし、気が付いた時には土地を奪われ、日本人は追い出されていったの。戦争の前には、東京を中心に、純粋に日本と呼べる場所は三分の一ほどの大きさになった」
「ソフィとミルは、追い出されてしまったの?」
「ええ、そうよ。船で大陸に渡り、ヴァレンチンと呼ばれる場所にたどり着いたわ。海の景色は日本とよく似ていた。けれど日本よりも何倍も寒く、あと一か月到着するのが遅ければ、港が凍り付いて近づけなかったかも知れない」
リナはその景色を想像した。
土や木々さえも凍り付く場所。
雪に閉ざされた港。
その空気の冷たさを鼻腔に感じようとした。
それはフィグツリーを使えば簡単なことだった。目を閉じて、脊髄に絡みつくフィグツリーのメモリー回路に頼れば、どんな時代の景色であろうとリアルに経験することができた。
けれど今、リナはあえてそれを自らの想像に頼った。
あるいは星空から、目を離したくなかったのかも知れない。
それを察したのか、ソフィは言った。「同じ星空よ」
「え?」
「あの時、ヴァレンチンにたどり着き、そこから北に向かって旅をした。そのとき見ていた星空と同じだわ」
「どれだけ時間が過ぎても、星空は変わらないと言うこと?」
「そのようね。私たちが過ごしている時間と、星たちが過ごしている時間はまったく別のものだわ」
リナは、星たちが過ごしている時間と言うものを感じようとした。
心を無にして、夜空に意識を集中した。
向こう側に意識が吸い込まれるような気がした。
海に垂らした一滴のインクのように、呼吸も鼓動も無くなり、身体の感覚が霧散していく。
そしてやがて、意識が凝縮されて核となり、むき出しとなって無防備に漂っていく。
それはとても恐ろしいことだった。
同一性を失いつつも、「そこにある何か」として存在していた。
それはとても恐ろしいことだった。
それは、とても恐ろしいことだった。
夜の空には時折赤や黄色に大きく光る流れ星が見えた。
これはゴミ処理衛星が、宇宙に散らばるゴミを見つけ、大気圏に放り込んで燃やしているのが見える現象だった。
人類はすでに、太陽系の外に旅する科学力を有していた。
それを可能にしたのは、意識をデータ化して保存するメンテバンクによるものだった。
宇宙旅行で一番の壁となっていたのは人間の寿命と肉体の脆さだった。
最初、宇宙を旅するためには莫大な時間が必要で、人間の寿命がそのまま旅の限界となった。
そしてワープ航法の技術が開発されると、今度は光の速さを超える物体の移動に人間の肉体は耐えることができなかった。
けれども、メンテバンクによって肉体の寿命や脆さから解放された人間の意識に、それらの限界を論じることはナンセンスだった。
人間は肉体を置き去りにし、意識のみの存在となって(あるいはアンドロイドと言う身体に意識をインストールすることで実体を持つことができた)、無限に宇宙を旅することができた。
夜の空は暗黒ではなかった。
見知らぬ銀河や広がるガス星雲、星々のきらめきによってさまざまな色を持った。
木々の間に見える夜空は、まるで天井にいびつに開けられた窓のようだった。
「ちょうどあなたと同じ年の女の子と旅をしていたことがあったわ」ソフィは話を始めた。
「私と同じ? 六歳ってことかしら」
「ええ、そうよ。彼女の名前はミルと言った。あなたと同じ、日本で生まれた子だった」
「その子と一緒に、日本に住んでいたのね?」
「いいえ、違う土地を旅していたわ。大陸と呼ばれる、大きい土地よ。寒い寒い場所。冬には土も木々も凍り付き、いつも雪が降っていた」
「なぜそんなところに行ったの?」
「過去の日本は移民の数をどんどん増やし、気が付いた時には土地を奪われ、日本人は追い出されていったの。戦争の前には、東京を中心に、純粋に日本と呼べる場所は三分の一ほどの大きさになった」
「ソフィとミルは、追い出されてしまったの?」
「ええ、そうよ。船で大陸に渡り、ヴァレンチンと呼ばれる場所にたどり着いたわ。海の景色は日本とよく似ていた。けれど日本よりも何倍も寒く、あと一か月到着するのが遅ければ、港が凍り付いて近づけなかったかも知れない」
リナはその景色を想像した。
土や木々さえも凍り付く場所。
雪に閉ざされた港。
その空気の冷たさを鼻腔に感じようとした。
それはフィグツリーを使えば簡単なことだった。目を閉じて、脊髄に絡みつくフィグツリーのメモリー回路に頼れば、どんな時代の景色であろうとリアルに経験することができた。
けれど今、リナはあえてそれを自らの想像に頼った。
あるいは星空から、目を離したくなかったのかも知れない。
それを察したのか、ソフィは言った。「同じ星空よ」
「え?」
「あの時、ヴァレンチンにたどり着き、そこから北に向かって旅をした。そのとき見ていた星空と同じだわ」
「どれだけ時間が過ぎても、星空は変わらないと言うこと?」
「そのようね。私たちが過ごしている時間と、星たちが過ごしている時間はまったく別のものだわ」
リナは、星たちが過ごしている時間と言うものを感じようとした。
心を無にして、夜空に意識を集中した。
向こう側に意識が吸い込まれるような気がした。
海に垂らした一滴のインクのように、呼吸も鼓動も無くなり、身体の感覚が霧散していく。
そしてやがて、意識が凝縮されて核となり、むき出しとなって無防備に漂っていく。
それはとても恐ろしいことだった。
同一性を失いつつも、「そこにある何か」として存在していた。
それはとても恐ろしいことだった。
それは、とても恐ろしいことだった。
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