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「あなたは人形だとラリーは言ったわ」
「私は今でも人形よ」
「よくわからない。人と、アンドロイドと、そして人形。どう違うの?」
「入れ物が違うわ」
「入れ物?」
「視覚を頼りに自分を自分と認識しているもの、それが入れ物よ」
そう言われてリナは自分の手のひらを見つめた。「これのことね」
「ええ。あなたの肉体はたんぱく質でできている。そしてターシャ、彼女の肉体は機械よ。そして私は磁器でできている」
「ジキ?」
「今はもう存在しないわ。土を高温で焼いてガラス化させたもの」
「ガラスはわかるわ」
「私の肉体は、土から生まれているの」
「土から?」
「ええ、そうよ」
「部屋の外にあるものね」
「そのようね」
「目の前に見えるのに、私はまだ一度も土に触れたことがない」
「ええ、知っているわ」
「どんな感じがするものなのかしら」
「温かくて、軟らかい」
「温かくて、軟らかい。それは人間の皮膚のようなものかしら」
「いいえ、少し違うわ。土には様々なものが含まれている。石やガラスや金属、朽ちた植物や動物の死骸、ありとあらゆるものが砕け、混ざり合ったものが土よ。そして混ざり合ったもののバランスにより、命を育む役割をしたり、物を作り出す材料になったりするの」
「ソフィの肉体は、その土でできているのね」
「ええ、そうよ」
「じゃあソフィ、あなたが一番、命の起源に近い存在のような気がするわ」
「ファンクション・インプルーブメントの時間です」ターシャが言った。
「ええ、わかったわ、ターシャ。ソフィ、少しの間待っててね」そう言ってリナはソフィを椅子に残し、ベッドに横たわるようにして宙に浮いた。
やがてリナの身体は徐々に小さな痙攣を始めた。フィグツリーから発せられる電気信号で、身体の各部分の筋肉が刺激され、痙攣を始めるのだ。電気信号の神経経路や周波数によって、動かす筋肉の部位や、その大きさが変わった。これはずっと部屋で過ごす子供の身体機能の維持、向上や、成長を促すために必要なものだった。
ファンクション・インプルーブメントは、毎日およそ一時間続いた。
リナはその間、眠ることが多かった。
眠ると言う表現が正しいのかどうかわからなかった。
意思とは関係なく、勝手に動き続ける身体を他所に、心をどこか別の場所に移動させると言うイメージだった。
リナはそこで夢を見るのが好きだった。
あるいは、夢と考えているだけで、フィグツリーの中を探検しているようなものだったのかもしれない。
フィグツリーには、あらゆる知識が詰め込まれていた。
とくに六歳になって回路を交換してからは、まるで百階建ての図書館に収められた本の山を頭の中に詰め込まれたようなものだった。
リナはまだ見ぬ本を開くように、その膨大な知識の中を探索した。
見知らぬ世界を覗き見るはずだった。
けれど、リナはなぜかまた、草原の真ん中に、独り立ち尽くしていた。
そこには色を添える花も、次の命を宿す種も見つからなかった。
ただ、腰ほどの高さに生えた、生気のない緑をした草が、一面に地面を覆っていた。
ここはどこなの?
リナは知っていた。
それがどこかにあることを。
夢が作り出した精神世界の投影などではなく、それは確実に存在する、どこかにある現実の草原なのだと。
その景色は、リナを不安な気分にさせた。
右も、左も、前も後ろも、すべて同じ景色だった。
時折風が方向を変えた。
けれどそこに含まれる匂いはいつも同じだった。
ここから抜け出したい。
けれどリナはどちらに向かって歩けばいいのかわからなかった。
右を向けば、どちらが左だったかわからなくなった。
後ろを振り返ると、前がどこだったかわからなくなった。
空を見上げると、雲は同じ方向に向かって流れていた。
けれど、ここを抜け出すためには、雲を辿ればいいのか、逆らえばいいのかわからなかった。
私は……。
私は……。
「私は今でも人形よ」
「よくわからない。人と、アンドロイドと、そして人形。どう違うの?」
「入れ物が違うわ」
「入れ物?」
「視覚を頼りに自分を自分と認識しているもの、それが入れ物よ」
そう言われてリナは自分の手のひらを見つめた。「これのことね」
「ええ。あなたの肉体はたんぱく質でできている。そしてターシャ、彼女の肉体は機械よ。そして私は磁器でできている」
「ジキ?」
「今はもう存在しないわ。土を高温で焼いてガラス化させたもの」
「ガラスはわかるわ」
「私の肉体は、土から生まれているの」
「土から?」
「ええ、そうよ」
「部屋の外にあるものね」
「そのようね」
「目の前に見えるのに、私はまだ一度も土に触れたことがない」
「ええ、知っているわ」
「どんな感じがするものなのかしら」
「温かくて、軟らかい」
「温かくて、軟らかい。それは人間の皮膚のようなものかしら」
「いいえ、少し違うわ。土には様々なものが含まれている。石やガラスや金属、朽ちた植物や動物の死骸、ありとあらゆるものが砕け、混ざり合ったものが土よ。そして混ざり合ったもののバランスにより、命を育む役割をしたり、物を作り出す材料になったりするの」
「ソフィの肉体は、その土でできているのね」
「ええ、そうよ」
「じゃあソフィ、あなたが一番、命の起源に近い存在のような気がするわ」
「ファンクション・インプルーブメントの時間です」ターシャが言った。
「ええ、わかったわ、ターシャ。ソフィ、少しの間待っててね」そう言ってリナはソフィを椅子に残し、ベッドに横たわるようにして宙に浮いた。
やがてリナの身体は徐々に小さな痙攣を始めた。フィグツリーから発せられる電気信号で、身体の各部分の筋肉が刺激され、痙攣を始めるのだ。電気信号の神経経路や周波数によって、動かす筋肉の部位や、その大きさが変わった。これはずっと部屋で過ごす子供の身体機能の維持、向上や、成長を促すために必要なものだった。
ファンクション・インプルーブメントは、毎日およそ一時間続いた。
リナはその間、眠ることが多かった。
眠ると言う表現が正しいのかどうかわからなかった。
意思とは関係なく、勝手に動き続ける身体を他所に、心をどこか別の場所に移動させると言うイメージだった。
リナはそこで夢を見るのが好きだった。
あるいは、夢と考えているだけで、フィグツリーの中を探検しているようなものだったのかもしれない。
フィグツリーには、あらゆる知識が詰め込まれていた。
とくに六歳になって回路を交換してからは、まるで百階建ての図書館に収められた本の山を頭の中に詰め込まれたようなものだった。
リナはまだ見ぬ本を開くように、その膨大な知識の中を探索した。
見知らぬ世界を覗き見るはずだった。
けれど、リナはなぜかまた、草原の真ん中に、独り立ち尽くしていた。
そこには色を添える花も、次の命を宿す種も見つからなかった。
ただ、腰ほどの高さに生えた、生気のない緑をした草が、一面に地面を覆っていた。
ここはどこなの?
リナは知っていた。
それがどこかにあることを。
夢が作り出した精神世界の投影などではなく、それは確実に存在する、どこかにある現実の草原なのだと。
その景色は、リナを不安な気分にさせた。
右も、左も、前も後ろも、すべて同じ景色だった。
時折風が方向を変えた。
けれどそこに含まれる匂いはいつも同じだった。
ここから抜け出したい。
けれどリナはどちらに向かって歩けばいいのかわからなかった。
右を向けば、どちらが左だったかわからなくなった。
後ろを振り返ると、前がどこだったかわからなくなった。
空を見上げると、雲は同じ方向に向かって流れていた。
けれど、ここを抜け出すためには、雲を辿ればいいのか、逆らえばいいのかわからなかった。
私は……。
私は……。
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