3 / 49
1-3
しおりを挟む
「私は一緒に行くことができません」ターシャが言った。
「いいわ、大丈夫」
「重力コントロール装置の調整に三分ほどかかります。そのまま待ってください」
「わかった」リナはそう言って目を閉じた。
眠るつもりはなかったのだけれど、いつもの習慣か、リナは意識する間もなく微睡んだ。
リナは夢を見た。
胸に抱いた壊れたアンドロイドが動き出し、リナに話しかけてくる夢だ。
あなたは可哀想。
わたしが? どうして?
あなたは可哀想。
なぜそんなことを言うの?
あなたは可哀想。
私は……、私は……。
あなたは可哀想……、なにも知らないから。
微睡は続いたけれど、アンドロイドが話しかけてくることはもうなかった。
そこはただ眠りと言う何もない空間だった。
闇の中にいるわけでも、光に包まれているわけでもない。
上も下もない。
落ちることも上ることもない。
原始の海の底で生命が始まった瞬間のように。
引き寄せられ、押し戻され、何かを感じることさえなく、ただいつまでも漂っていた。
目を覚ますと、そこはもう研究施設の一室だった。
薄暗い、四角い部屋。
そんなに広くはない。
リナが暮らしている部屋と、同じくらいの大きさだ。
けれどここは、四角い。
壁は透明ではない。
雨の音は聞こえない。
その真ん中に、重力コントロール装置があり、そこにリナは浮かんでいた。
「やあ……、お、起きたかい」ノイズ交じりのその声のする方に目を向けた。
ホログラムの老人が立っていた。
色調調整機能がおかしいのか、老人は緑色をしていた。
「よ……、よく……、schafen……」
「何を言っているのかわからないわ」
老人は何も言わず、手のひらをこちらに見せて「待ってくれ」とジェスチャーで示した。
何かを調整しているのか、老人は自分の両手の平を見つめたまま、動きを止めた。
そしてやがて動き出すと、口を開いた。
「これでいい……、うん、大丈夫なはずじゃ」
「ええ、そうみたい」
「うん。よく来たね。今日はあれかい?」
「ええ、六歳になったの」
「そうか、それはおめでとう」
「わからないわ」
「何がかな?」
「おめでとうの意味が」
「失われた習慣じゃよ。歳を取るごとに、そこまで生きてこられたことを祝福するんじゃ」
「そう。生きてこられたこと……、それもよくわからない」
「まあいいさ。今はもう、意味のないことじゃ」
「そうみたいね」
「その手に持っているものは何かな?」
「壊れたアンドロイドよ」
「アンドロイド? そうは見えないが……」
「直してもらおうと思って持ってきたの」
「わかった。あとで見てみよう」
「ええ、ありがとう」
「じゃあ、とりあえずあずけてくれるかな?」
「いいわ」そう言ってリナが老人にアンドロイドを渡すと、老人はそれをまるで子猫を抱くようにふわりと抱え、部屋の片隅に置いた。
「さあ、フィグツリーの交換をしよう。下を向いてくれるかな」
「いいわ」そう言ってリナは、横になったまま体を下に向けた。
子供たちはみな、生まれた時に、小脳のすぐ下にフィグツリーと呼ばれるコンピューターを埋め込まれる。
これは埋め込まれると、身体に負担の無いよう、時間をかけて脊髄に巻き付くように枝を伸ばし、やがて小脳へと達する。
六歳になると、子供たちはこのフィグツリーのメイン回路の交換のために施設を訪れた。
赤ん坊の頃に埋め込まれたフィグツリーは小型のもので、主に健康管理と運動機能の向上が目的だったが、六歳になるとそれに教育管理プログラムが追加された中型の回路を埋め込まれる。
これによって、昔は十六年もかけて外的に教育されていた内容を、一週間ほどで習得することができる。
フィグツリーの交換は、さらにもう一度ある。
十八になってからだ。その時に埋め込まれる大型のものは、それまでのインプット型ではなく、主に子供たちが成長する過程で進化させた思想や哲学、芸術的思考など、コンピュータではできない発展、創造に関するものなどを収集するのが目的だった。
「眠りたければ眠ってくれていい」
「ええ、けど、もう眠くはないわ」
「そうかい。けれど少し、時間がかかるよ。フィグツリーの交換と、身体の負担をモニターする必要がある」
「できれば何かお話が聞きたいわ」
「お話? 珍しいことを言うね」
「そう? ほかの子供たちは、そう言うことをいわないものかしら」
「そうだね……、みんな必要のないことは口にしないものじゃよ」
「確かにそう、必要のないことを言うなんて、つまらないことね」
「もしかしたらもうすでに、君の中で思考の発展が始まっているのかも知れないね」
「思考の発展? それはいいことなの?」
「ああ。とても素晴らしいことじゃよ」
「ならよかったわ」
「よし、じゃあ、お話をしよう」
「ありがとう。できれば、そうね、あのアンドロイドについて聞きたいわ。さっきあなたが、アンドロイドに見えないと言った理由が知りたい」
「そうかい。よし、そのお話をしよう」
「いいわ、大丈夫」
「重力コントロール装置の調整に三分ほどかかります。そのまま待ってください」
「わかった」リナはそう言って目を閉じた。
眠るつもりはなかったのだけれど、いつもの習慣か、リナは意識する間もなく微睡んだ。
リナは夢を見た。
胸に抱いた壊れたアンドロイドが動き出し、リナに話しかけてくる夢だ。
あなたは可哀想。
わたしが? どうして?
あなたは可哀想。
なぜそんなことを言うの?
あなたは可哀想。
私は……、私は……。
あなたは可哀想……、なにも知らないから。
微睡は続いたけれど、アンドロイドが話しかけてくることはもうなかった。
そこはただ眠りと言う何もない空間だった。
闇の中にいるわけでも、光に包まれているわけでもない。
上も下もない。
落ちることも上ることもない。
原始の海の底で生命が始まった瞬間のように。
引き寄せられ、押し戻され、何かを感じることさえなく、ただいつまでも漂っていた。
目を覚ますと、そこはもう研究施設の一室だった。
薄暗い、四角い部屋。
そんなに広くはない。
リナが暮らしている部屋と、同じくらいの大きさだ。
けれどここは、四角い。
壁は透明ではない。
雨の音は聞こえない。
その真ん中に、重力コントロール装置があり、そこにリナは浮かんでいた。
「やあ……、お、起きたかい」ノイズ交じりのその声のする方に目を向けた。
ホログラムの老人が立っていた。
色調調整機能がおかしいのか、老人は緑色をしていた。
「よ……、よく……、schafen……」
「何を言っているのかわからないわ」
老人は何も言わず、手のひらをこちらに見せて「待ってくれ」とジェスチャーで示した。
何かを調整しているのか、老人は自分の両手の平を見つめたまま、動きを止めた。
そしてやがて動き出すと、口を開いた。
「これでいい……、うん、大丈夫なはずじゃ」
「ええ、そうみたい」
「うん。よく来たね。今日はあれかい?」
「ええ、六歳になったの」
「そうか、それはおめでとう」
「わからないわ」
「何がかな?」
「おめでとうの意味が」
「失われた習慣じゃよ。歳を取るごとに、そこまで生きてこられたことを祝福するんじゃ」
「そう。生きてこられたこと……、それもよくわからない」
「まあいいさ。今はもう、意味のないことじゃ」
「そうみたいね」
「その手に持っているものは何かな?」
「壊れたアンドロイドよ」
「アンドロイド? そうは見えないが……」
「直してもらおうと思って持ってきたの」
「わかった。あとで見てみよう」
「ええ、ありがとう」
「じゃあ、とりあえずあずけてくれるかな?」
「いいわ」そう言ってリナが老人にアンドロイドを渡すと、老人はそれをまるで子猫を抱くようにふわりと抱え、部屋の片隅に置いた。
「さあ、フィグツリーの交換をしよう。下を向いてくれるかな」
「いいわ」そう言ってリナは、横になったまま体を下に向けた。
子供たちはみな、生まれた時に、小脳のすぐ下にフィグツリーと呼ばれるコンピューターを埋め込まれる。
これは埋め込まれると、身体に負担の無いよう、時間をかけて脊髄に巻き付くように枝を伸ばし、やがて小脳へと達する。
六歳になると、子供たちはこのフィグツリーのメイン回路の交換のために施設を訪れた。
赤ん坊の頃に埋め込まれたフィグツリーは小型のもので、主に健康管理と運動機能の向上が目的だったが、六歳になるとそれに教育管理プログラムが追加された中型の回路を埋め込まれる。
これによって、昔は十六年もかけて外的に教育されていた内容を、一週間ほどで習得することができる。
フィグツリーの交換は、さらにもう一度ある。
十八になってからだ。その時に埋め込まれる大型のものは、それまでのインプット型ではなく、主に子供たちが成長する過程で進化させた思想や哲学、芸術的思考など、コンピュータではできない発展、創造に関するものなどを収集するのが目的だった。
「眠りたければ眠ってくれていい」
「ええ、けど、もう眠くはないわ」
「そうかい。けれど少し、時間がかかるよ。フィグツリーの交換と、身体の負担をモニターする必要がある」
「できれば何かお話が聞きたいわ」
「お話? 珍しいことを言うね」
「そう? ほかの子供たちは、そう言うことをいわないものかしら」
「そうだね……、みんな必要のないことは口にしないものじゃよ」
「確かにそう、必要のないことを言うなんて、つまらないことね」
「もしかしたらもうすでに、君の中で思考の発展が始まっているのかも知れないね」
「思考の発展? それはいいことなの?」
「ああ。とても素晴らしいことじゃよ」
「ならよかったわ」
「よし、じゃあ、お話をしよう」
「ありがとう。できれば、そうね、あのアンドロイドについて聞きたいわ。さっきあなたが、アンドロイドに見えないと言った理由が知りたい」
「そうかい。よし、そのお話をしよう」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
フューマン
nandemoE
SF
フューマンとは未来と人間を掛け合わせたアンドロイドの造語です。
主人公は離婚等を原因に安楽死を選択した38歳の中年男性。
死んだつもりが目を覚ますと35年後の世界、体は38歳のまま。
目の前には自分より年上になった息子がいました。
そして主人公が眠っている間に生まれた、既に成人した孫もいます。
息子の傍らには美しい女性型フューマン、世の中は配偶者を必要としない世界になっていました。
しかし、息子と孫の関係はあまり上手くいっていませんでした。
主人公は二人の関係を修復するため、再び生きることを決心しました。
ある日、浦島太郎状態の主人公に息子が配偶者としてのフューマン購入を持ちかけます。
興味本位でフューマンを見に行く主人公でしたが、そこで15歳年下の女性と運命的な出会いを果たし、交際を始めます。
またその一方で、主人公は既に年老いた親友や元妻などとも邂逅を果たします。
幼少期から常に目で追い掛けていた元妻ではない、特別な存在とも。
様々な人間との関わりを経て、主人公はかつて安楽死を選択した自分を悔いるようになります。
女性との交際も順調に進んでいましたが、ある時、偶然にも孫に遭遇します。
女性と孫は、かつて交際していた恋人同士でした。
そしてその望まぬ別れの原因となったのが主人公の息子でした。
いきさつを知り、主人公は身を引くことを女性と孫へ伝えました。
そしてそのことを息子にも伝えます。息子は主人公から言われ、二人を祝福する言葉を並べます。
こうして女性と孫は再び恋人同士となりました。
しかしその頃から、女性の周りで妙な出来事が続くようになります。
そしてその妙な出来事の黒幕は、主人公の息子であるようにしか思えない状況です。
本心では二人を祝福していないのではと、孫の息子に対する疑念は増幅していきます。
そして次第にエスカレートしていく不自然な出来事に追い詰められた女性は、とうとう自殺を試みてしまいます。
主人公は孫と協力して何とか女性の自殺を食い止めますが、その事件を受けて孫が暴発し、とうとう息子と正面からぶつかりあってしまいます。
異世界召喚でわかる魔法工学
M. Chikafuji
SF
この不思議な世界でも、どこかの神々による超自然的な異世界転生や召喚がみられています。これら魔法現象を調査する召喚士ルークンの日常を通じて、少し変わった魔法工学の旅へあなたを招待します。
異世界ファンタジーを楽しみながら魔法工学がわかる、奇妙な観点で進む物語。全4章構成です。
前半の章ではそれぞれ召喚と転生の事例から魔法工学の概念を紹介し、後半では発展的な内容を扱います。
-注意-
この作品はフィクションです。
スマートフォンによる横書きでの閲覧を想定しています。
2022/5/7 誤字の修正等を行った第二版を小説家になろうに掲載しました。
ハンドアウト・メサイア 滅亡使命の救済者
三枝七星
SF
有休消化中の会社員、神林杏は、ある晩奇妙な夢を見た。正体不明の声から「人類に滅びの救済をもたらす使命を与える」と言われる物だった。夢中で異常を感じた杏はその声を拒絶する。
数日後、「使命を与えられた」と主張する男性を、文部科学省の国成哲夫、浪越テータが問い質す場面に遭遇してしまう。
哲夫とテータに事情を話した杏は、宇宙からの洗脳による侵略、その排除の動きに巻き込まれることになる。
前日譚→https://www.alphapolis.co.jp/novel/519967146/178892910
※10/10サブタイトル追加しました。
※フィクションです。実在する人物、国、団体、事件などには関係ありません。
※関係ありませんので作劇重視で考証などはあまりしておりません。
※心身の不調は医療に相談してください。作中の対応は真似しないでください。
※一部流血、暴力の描写があります。
伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。
実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので!
おじいちゃんと孫じゃないよ!
恋するジャガーノート
まふゆとら
SF
【全話挿絵つき!巨大怪獣バトル×怪獣擬人化ラブコメ!】
遊園地のヒーローショーでスーツアクターをしている主人公・ハヤトが拾ったのは、小さな怪獣・クロだった。
クロは自分を助けてくれたハヤトと心を通わせるが、ふとしたきっかけで力を暴走させ、巨大怪獣・ヴァニラスへと変貌してしまう。
対怪獣防衛組織JAGD(ヤクト)から攻撃を受けるヴァニラス=クロを救うため、奔走するハヤト。
道中で事故に遭って死にかけた彼を、母の形見のペンダントから現れた自称・妖精のシルフィが救う。
『ハヤト、力が欲しい? クロを救える、力が』
シルフィの言葉に頷いたハヤトは、彼女の協力を得てクロを救う事に成功するが、
光となって解けた怪獣の体は、なぜか美少女の姿に変わってしまい……?
ヒーローに憧れる記憶のない怪獣・クロ、超古代から蘇った不良怪獣・カノン、地球へ逃れてきた伝説の不死蝶・ティータ──
三人(体)の怪獣娘とハヤトによる、ドタバタな日常と手に汗握る戦いの日々が幕を開ける!
「pixivFANBOX」(https://mafuyutora.fanbox.cc/)と「Fantia」(fantia.jp/mafuyu_tora)では、会員登録不要で電子書籍のように読めるスタイル(縦書き)で公開しています!有料コースでは怪獣紹介ミニコーナーも!ぜひご覧ください!
※登場する怪獣・キャラクターは全てオリジナルです。
※全編挿絵付き。画像・文章の無断転載は禁止です。
銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に
風まかせ三十郎
SF
宇宙歴一六一九年、銀河合衆国連邦は初の地球外生命体と遭遇する。その名はグローク人。人類の文明を遡ること五千年といわれる遅れた文明レベルの彼らは、ほどなく人類の奴隷と化して過酷な労働に使役されることとなる。だがそんな彼らの中から、人類との対等な共存を目指して独立を指導する者が現れ始めた。そんな折、人類は彼らの解放と隷属を巡って対立、銀河合衆国連邦は中央連邦と辺境同盟に分かれて争う内戦に発展した。中央連邦はグローク人解放を自らの手で為さしめるべく、グローク人で編成した宇宙艦隊を創設した。指揮官は人類の若き名将K・ウォーケン少将。彼は独立の機運に燃えるグローク人将兵と共に勝利の階段を駆け上ってゆく。
※映画「グローリー」に着想を得て執筆しました。その点をご了承の上お読みいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる