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正人の話 其の弐壱
しおりを挟む「たどり着いたのだな、平城京に」ヤエは平城京を見下ろす山の中腹でそう言った。
「ああ。しばらくここで過ごすぜ」そう言うと俺は、ちょうど腰を下ろせる草むらを見つけ、そこに寝転がった。
「ここまで来たと言うのに、しばらくと言うのはどれくらいだ?」ヤエも俺の横に座ると言った。
「俺にもわからねえ」
「正人殿、いったい何を待たれる」
「天逆毎の、片割れが来るのをさ」
「天逆毎の片割れ?」
「ああそうさ。天逆毎と言うのは、一人の神が二つに分かれた姿なんだ。その片割れがこの世界から消えた時、それが天逆毎を倒す唯一の好機となる」
「正人殿の強さでも、今の天逆毎を倒すのは無理と申すか」
「ああ。あいつは神の世界をも滅ぼしかけた神の片割れだ。俺なんかじゃ歯が立たねえよ。それに、あいつの首を切るのはヤエ、お前さんだ」
「私が?」
「そうだ」
「私に倒せるのか」
「倒せるかどうかは問題じゃねえ。ただ、あいつはお前さんの大切な者の命をたくさん奪った。誰が倒せるかじゃねえんだ。誰が倒すべきかなんだ」
「わかった。それが正人殿の優しさなんだな」
「好きに思え」
「正人殿」
「なんだ」
「この戦いが終わったら、どうされる?」
「俺はあいつらの後を追うよ」
「それは、私を置いてと言う意味か」
「ヤエの戦いは、この平城京で終わりだ。そう言ったじゃねえか」
「私に……、私にこの戦いで剣士をやめろと言うのなら、私は女として、正人殿、そなたについてまいりたい」
「駄目だ」
「どうしてもか?」
「ああ。俺にはまだ、やらなけりゃいけないことがある」
「それは、わたしがいてはできぬことなのか」
「そうだ。それにそれが終れば、どのみち俺はこの世界から立ち去ることになる。ヤエ、お前を連れては行けねえのさ」
それを聞いてヤエは黙り込んだ。ヤエの中で、今まで自分を支えてきた剣士としての強さと、新しく芽生えた女としての弱さが葛藤しているのがわかる。
「鈴鹿御前に頼んである」
「鈴鹿御前に? 何をだ?」
「この戦いが終わったら、ヤエ、お前は鈴鹿御前の元に戻れ」
「戻れとは、なぜだ?」
「二人でそれぞれの子を守り、育てるんだ」
「別れ際、正人殿が耳打ちしていたのはそのことだったのか」
「そうだ。俺は一緒にいてやれねえが、幸せになれ」
「私は……、私は……、正人殿、そなたと……」
「言うんじゃねえよ。お前はまだ剣士だろうが」
「くっ……」ヤエは俺の隣で唇をかみしめた。「わたしをこのようにしておいて、都合のいいもんだな」
「ああ。俺のことなんか、忘れちまえ」
「そんなことなど! できるわけがなかろう!」ヤエは目に涙をため、唇を震わせながらそう言った。
「剣士が泣くんじゃねえよ、ばかやろう」俺はそう言ってヤエを抱き寄せると、唇を重ねた。
一匹の鳶が、そこにはまるで戦いの気配など微塵もないと言うように平城京の方へ飛んで行った。陽はまだ高く、静かにその温もりを地上に降り注いでいる。
「そなたは、わたしをどんどん弱くしてどうする」ヤエは首筋を撫でる風に身を震わせながらそう言った。
「それもそうだな」俺はそう言った。ヤエの背中を撫でると、服の上からでも今までの戦いで受けた傷がどれほど深かったかその感触でわかる。
「正人殿、一つ願いがある」俺の胸の中で、ヤエはポツリとそう言った。
「なんだよ」
「正人殿の話を聞かせてはもらえぬか」
「俺の話?」
「そうだ。わたしの知らぬ世界の話を、正人殿のことを、私の遠い子供のことを、もっとたくさん教えて欲しい。そしてその話を、生まれてきた子供に聞かせようと思う」
「話か……、ああ、そうだな。こんな気持ちのいい空だもんな」俺は森の木々が風に揺れる音に目を閉じ、遠い未来の話をヤエに話し始めた。
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