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芹那の話 其の陸
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「こいつはほんとに強いんだな。いや、私がまだまだ弱いと言うことか」ヤエさんは和也の寝顔を見ながらそう言った。
「いえ、和也は特別なんです」
「それは私にとってなんの慰めにもならん言葉だな。剣士を計る尺度は強さだ。そこに特別もなにもない」
「でも和也は言うはずです。ヤエさんの方が強いと」
「なぜそう思う」
「和也は、香奈子と言う女の子を、いつもそう言う目で見ていました。香奈子は勇敢で、相手がどんなに強くても立ち向かっていくと。自分はいつまでたっても香奈子のようになれないと」
「強者だからこそ言える言葉だな。私にはまだそれを言える資格はない」ヤエさんはそう言って立ち上がると、「さ、出発するぞ。先に外で待つ」と言って表へ出た。
歩いている途中で川を見つけたので、その畔で休憩を取ることにした。陽はまだ高い。水の流れる音を聞き、目を閉じているだけで、いろんなことを忘れられそうだった。
和也は「香奈子のために魚を捕ってくる」と言って川の方に行った。やはりまだ、記憶と現実と妄想が入り混じり、ヤエさんのことを香奈子だと信じ切っているようだ。
「ヤエさん?」
「ん? なんだ」
「ヤエさんの行こうとしているのは、どこですか?」私は思い切って気になっていたことを聞いた。気にはなっていたけれど、あまり平和な場所に行こうとしているようには見えなかったので、ずっと聞きづらかったのだ。
「奈良の方だよ」
「平城京、ですか?」
「そうだ」
やっぱり。なんだかそんな気はしてた。
「どうしてそこに行こうと思ったんですか?」
「全ての鬼を一掃するためだ」
「そんな、簡単なことじゃないですよね」
「ああ。わかっている。けど、こうして村に現れる鬼を一匹いっぴき倒していても、何も解決はしない。それどころか、最近では現れる鬼の数も増えている。あの村だって、苧うにを一匹倒したところで、また明日には違う鬼に襲われるかもしれない」
「平城京に、その原因があると考えているのですか?」
「ああ、間違いない。あそこが鬼の温床となっている」
「でも……」
「なにが言いたい」
「無理です」
「わかっている。私ではかなわないと言うのだろう」
私は頷いた。
「だが私は剣士だ。たとえ負けるとわかっていても、戦うべき相手から引くことはできぬ」
こういうとこ、やっぱり香奈子だ。
「いいんじゃねえのか?」
えっ? と思い、私は振り向いた。その声!?
「平城京に行くってんだろ。俺がついてってやるよ」
「正人!」
「やっと追いついたぜ」
「お前は何者だ」ヤエさんは警戒するように言った。
「あの、私たちの友達です」
「あっはっは、ありがたいな。俺が香奈子を放り投げた時は、俺を殺しそうな目をしてたくせにな」
「忘れたわけじゃないわ。許すわけじゃないけど、今はもういい。それどころじゃないはずだから」
「物分かりがいいんだな」
「それより、ヤエさんについて行くって、どう言うこと?」
「そのままの意味じゃねえか。俺が守ってやるって言ってんだよ。だからお前はさっさと和也を連れて、美津子を探し出せ」
「正人が? ヤエさんを守るの?」
「信じられないかい?」
「ええ。あなたが強いのは知ってる。けれど、何をしでかすかわからない」
「まあ、もっともだな」
「私は元よりお前の助けなど必要としていないぞ」ヤエさんは言った。
「そりゃあわかってるがな。だが犬死するのをわかってて、はいそうですかと行かせるほど俺らも薄情じゃないんだ。それにもし俺がついて行くと言わなければ、そこにいる芹那と和也が嫌でもお前さんについて行こうとするぜ。そうだろ、芹那」
私は見透かされた気持ちを隠すように目を逸らした。
「だがそれは困るんだよ。そいつらにはそいつらの行くべき場所がある。そこにちゃんと行ってもらわねえと、何も治まらねえんだ」
「知ったような口を利くやつだな」
「でも正人、あなた天逆毎を倒すのは私と和也って言ったじゃない」
「まあな。でも別に、天逆毎を倒すのは誰でもいい。前にも言ったが、問題はその裏にいる奴だ」
「ヤエさんと正人で、天逆毎を倒してくれるって言うの?」
「そう言うことだ。お前、平城京に住む化け物の主を倒したいんだろう?」正人はヤエさんに向かって言った。
「お前の力など借りぬ」
「威勢がいいだけが勇気じゃねえぜ。それで命を落としちゃなんにもならねえ。前にもそういう奴がいたがな、お前さんにそっくりの奴が」
「気にくわぬ言い方だ」
「じゃあどうすれば気に入るよ? 戦って俺が勝てば、俺を認めるか?」
「よかろう。だが素手の相手に剣を構えるほど……、いや、剣は持っているようだな」
「ああ。俺のじゃないがな」そう言って正人は、背負った天叢雲剣を右手に持った。「あいつの落とし物だ」
「最上の剣だな。見るだけでわかる」
「ああ。神の力を持った剣だからな。こいつを使えば、今まで相手にできなかった化け物も切れるようになるぜ。使ってみるかい」
「その前に、私と戦うのではなかったのか?」
「そうだったな。じゃあこうしよう。もしお前が勝てば、この剣をやるよ。だが俺が勝てば、平城京に行くのをいったんやめろ」
「どう言うことだ?」
「時期が悪い。いま行っても勝てねえよ」
「待てば勝てると言うのか」
「そうだ。相手の名前は天逆毎と言う。この世界を滅ぼすほどの力を持った化け物だ。そして、あいつがやられた相手だ」そう言って正人は川で魚を捕る和也を顎で指した。
「あいつは、平城京へ行ったのか?」
「ああ、そうだ。それも二度もだ。そしてそのどちらも、天逆毎を倒すことはできなかった」
「やつがああなったのはそのせいか?」
「そうだ」
「それが、時期を待てば勝てると言うのか」
「保証はできねえ。だが好機ではある」
「よかろう。では手合わせ願おう」そう言ってヤエさんは正人に剣を振り上げた。
「いえ、和也は特別なんです」
「それは私にとってなんの慰めにもならん言葉だな。剣士を計る尺度は強さだ。そこに特別もなにもない」
「でも和也は言うはずです。ヤエさんの方が強いと」
「なぜそう思う」
「和也は、香奈子と言う女の子を、いつもそう言う目で見ていました。香奈子は勇敢で、相手がどんなに強くても立ち向かっていくと。自分はいつまでたっても香奈子のようになれないと」
「強者だからこそ言える言葉だな。私にはまだそれを言える資格はない」ヤエさんはそう言って立ち上がると、「さ、出発するぞ。先に外で待つ」と言って表へ出た。
歩いている途中で川を見つけたので、その畔で休憩を取ることにした。陽はまだ高い。水の流れる音を聞き、目を閉じているだけで、いろんなことを忘れられそうだった。
和也は「香奈子のために魚を捕ってくる」と言って川の方に行った。やはりまだ、記憶と現実と妄想が入り混じり、ヤエさんのことを香奈子だと信じ切っているようだ。
「ヤエさん?」
「ん? なんだ」
「ヤエさんの行こうとしているのは、どこですか?」私は思い切って気になっていたことを聞いた。気にはなっていたけれど、あまり平和な場所に行こうとしているようには見えなかったので、ずっと聞きづらかったのだ。
「奈良の方だよ」
「平城京、ですか?」
「そうだ」
やっぱり。なんだかそんな気はしてた。
「どうしてそこに行こうと思ったんですか?」
「全ての鬼を一掃するためだ」
「そんな、簡単なことじゃないですよね」
「ああ。わかっている。けど、こうして村に現れる鬼を一匹いっぴき倒していても、何も解決はしない。それどころか、最近では現れる鬼の数も増えている。あの村だって、苧うにを一匹倒したところで、また明日には違う鬼に襲われるかもしれない」
「平城京に、その原因があると考えているのですか?」
「ああ、間違いない。あそこが鬼の温床となっている」
「でも……」
「なにが言いたい」
「無理です」
「わかっている。私ではかなわないと言うのだろう」
私は頷いた。
「だが私は剣士だ。たとえ負けるとわかっていても、戦うべき相手から引くことはできぬ」
こういうとこ、やっぱり香奈子だ。
「いいんじゃねえのか?」
えっ? と思い、私は振り向いた。その声!?
「平城京に行くってんだろ。俺がついてってやるよ」
「正人!」
「やっと追いついたぜ」
「お前は何者だ」ヤエさんは警戒するように言った。
「あの、私たちの友達です」
「あっはっは、ありがたいな。俺が香奈子を放り投げた時は、俺を殺しそうな目をしてたくせにな」
「忘れたわけじゃないわ。許すわけじゃないけど、今はもういい。それどころじゃないはずだから」
「物分かりがいいんだな」
「それより、ヤエさんについて行くって、どう言うこと?」
「そのままの意味じゃねえか。俺が守ってやるって言ってんだよ。だからお前はさっさと和也を連れて、美津子を探し出せ」
「正人が? ヤエさんを守るの?」
「信じられないかい?」
「ええ。あなたが強いのは知ってる。けれど、何をしでかすかわからない」
「まあ、もっともだな」
「私は元よりお前の助けなど必要としていないぞ」ヤエさんは言った。
「そりゃあわかってるがな。だが犬死するのをわかってて、はいそうですかと行かせるほど俺らも薄情じゃないんだ。それにもし俺がついて行くと言わなければ、そこにいる芹那と和也が嫌でもお前さんについて行こうとするぜ。そうだろ、芹那」
私は見透かされた気持ちを隠すように目を逸らした。
「だがそれは困るんだよ。そいつらにはそいつらの行くべき場所がある。そこにちゃんと行ってもらわねえと、何も治まらねえんだ」
「知ったような口を利くやつだな」
「でも正人、あなた天逆毎を倒すのは私と和也って言ったじゃない」
「まあな。でも別に、天逆毎を倒すのは誰でもいい。前にも言ったが、問題はその裏にいる奴だ」
「ヤエさんと正人で、天逆毎を倒してくれるって言うの?」
「そう言うことだ。お前、平城京に住む化け物の主を倒したいんだろう?」正人はヤエさんに向かって言った。
「お前の力など借りぬ」
「威勢がいいだけが勇気じゃねえぜ。それで命を落としちゃなんにもならねえ。前にもそういう奴がいたがな、お前さんにそっくりの奴が」
「気にくわぬ言い方だ」
「じゃあどうすれば気に入るよ? 戦って俺が勝てば、俺を認めるか?」
「よかろう。だが素手の相手に剣を構えるほど……、いや、剣は持っているようだな」
「ああ。俺のじゃないがな」そう言って正人は、背負った天叢雲剣を右手に持った。「あいつの落とし物だ」
「最上の剣だな。見るだけでわかる」
「ああ。神の力を持った剣だからな。こいつを使えば、今まで相手にできなかった化け物も切れるようになるぜ。使ってみるかい」
「その前に、私と戦うのではなかったのか?」
「そうだったな。じゃあこうしよう。もしお前が勝てば、この剣をやるよ。だが俺が勝てば、平城京に行くのをいったんやめろ」
「どう言うことだ?」
「時期が悪い。いま行っても勝てねえよ」
「待てば勝てると言うのか」
「そうだ。相手の名前は天逆毎と言う。この世界を滅ぼすほどの力を持った化け物だ。そして、あいつがやられた相手だ」そう言って正人は川で魚を捕る和也を顎で指した。
「あいつは、平城京へ行ったのか?」
「ああ、そうだ。それも二度もだ。そしてそのどちらも、天逆毎を倒すことはできなかった」
「やつがああなったのはそのせいか?」
「そうだ」
「それが、時期を待てば勝てると言うのか」
「保証はできねえ。だが好機ではある」
「よかろう。では手合わせ願おう」そう言ってヤエさんは正人に剣を振り上げた。
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