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「和也……、起きてちょうだい、和也……」私はそう言って抱き上げた和也の体を揺さぶった。
月の力で体の傷は癒したはずだった。
けれど和也は数日の間起きなかった。
もっとも、太陽が昇らないこの場所で、何を始めに一日と呼んでいいのかわからなかったけど。
傷はそんなに深くはなかった。いやむしろ、ほとんど無傷だった。私の力など使わずとも、数日で治るほどのかすり傷だった。けれど……。
「こ、ここはどこだい?」
「気が付いたのね」
「うん。でも、やけに体がだるいんだ。フワフワしてるよ」
「いいの、いいのよ。心配しないで」
「それより、君はいったい誰だい?」
「私は芹那よ。覚えてないの?」
「う、うん。ごめんよ。僕と君は、その……、友達だったのかな?」
「ええ、そうよ。いまでも友達よ? だから安心して」
「うん……」和也はそう言って、また眠りに落ちるように目を閉じた。疲れているのかも知れない。私はそう思って和也を寝かしておくことにした。
「ここはどこだい?」次に和也は目を覚ますと、また同じ質問をした。力のない、幼い子供のような声だった。
「ここは日本よ」
「二ホン……」
そう教えたものの、日本と呼べる場所は、もう存在していなかった。どれだけ遠くを見渡しても、山の一つもない。ただ空と地面が交わる地平線が、三百六十度続いているだけだ。
「ついでと言っちゃなんだけど……」
「なあに?」
「僕の名前も……、教えて欲しいんだ」
「あなたは和也よ」
「カズヤ?」
「そう。スサノオと言う神の魂を宿した、和也と言う人間よ」
「スサノオ……、カズヤ……」
「思い出せないのね。いいわ、そのうち思い出す」
「僕は、ここで何をしていたんだい?」
「戦っていたのよ、最強の化け物と」
「最強の、化け物?」
「ええ。勝てなかったみたいだけどね」
「その化け物は、どこにいるの?」
「それは私にもわからない」
「なんだか怖いよ……」
「私もよ」
「それになんだか……、とても悲しいんだ」
「それも私も同じ……」
「君は……、芹那は、どこにもいかないかい?」
「ええ。ずっと一緒にいてあげる」
「よかった……」そう言うと、和也はまた眠りに落ちた。
眠りに落ちると、和也は夢の中でだけ記憶を取り戻すのか、うわごとのように言った。「僕は……、僕はこんなことを望んでいたんじゃないんだ……。香奈子……、香奈子……」
私はそんな和也を、どうすることもできずに抱きしめた。
「やあ芹那、ちゃんと一緒にいてくれたんだね?」和也は目を覚ますとそう言った。
「ええ、もちろんよ」
「これから僕たち、どうすればいいんだい?」
「体の方は大丈夫なの?」
「うん、まって……」そう言って和也はフラフラと立ち上がった。「ほらね、大丈夫だ」
「ええ、そうみたい。良かったわ」
「それで、僕たちこれから、いったいどうするんだい? ここにはその……、何もない」
「ええ、そうね。ここには何もないわ」
「じゃあ……」
「和也、行きましょう」
「行くってどこに?」
「踏切よ」
「踏切……。なんだか……、懐かしいな。どうしてそんなこと思うんだろう?」
「おかしいわね……。私もそう思う。踏切が……、懐かしいなんて」私は必死に涙をこらえた。
「とにかく、わからないけど、そこへ行こう」
「ええ、そうね。こうしていても仕方ないわ。歩きましょう」
「歩くのは、得意さ。ずっと歩いていたからね」
「ええ、私もよ。歩くのは得意」
「なんだかおかしいね」和也はそう言って力なく笑った。「でも、どこを歩いていたのか思い出せないな……」
「それもきっと思い出す。歩いているうちにね」
「芹那、面白いね」和也はそう言ってまた笑った。
「さ、行くわよ」
「うん。行こう。道はわかるのかい?」
「ええ。道なんてないけどね。踏切も残ってないでしょうけど、方向はわかる。なんだか呼ばれている気がするの。あっちよ」
「わかった。行こう、二人で」
「行きましょう。もう一度、あの踏切へ」
月の力で体の傷は癒したはずだった。
けれど和也は数日の間起きなかった。
もっとも、太陽が昇らないこの場所で、何を始めに一日と呼んでいいのかわからなかったけど。
傷はそんなに深くはなかった。いやむしろ、ほとんど無傷だった。私の力など使わずとも、数日で治るほどのかすり傷だった。けれど……。
「こ、ここはどこだい?」
「気が付いたのね」
「うん。でも、やけに体がだるいんだ。フワフワしてるよ」
「いいの、いいのよ。心配しないで」
「それより、君はいったい誰だい?」
「私は芹那よ。覚えてないの?」
「う、うん。ごめんよ。僕と君は、その……、友達だったのかな?」
「ええ、そうよ。いまでも友達よ? だから安心して」
「うん……」和也はそう言って、また眠りに落ちるように目を閉じた。疲れているのかも知れない。私はそう思って和也を寝かしておくことにした。
「ここはどこだい?」次に和也は目を覚ますと、また同じ質問をした。力のない、幼い子供のような声だった。
「ここは日本よ」
「二ホン……」
そう教えたものの、日本と呼べる場所は、もう存在していなかった。どれだけ遠くを見渡しても、山の一つもない。ただ空と地面が交わる地平線が、三百六十度続いているだけだ。
「ついでと言っちゃなんだけど……」
「なあに?」
「僕の名前も……、教えて欲しいんだ」
「あなたは和也よ」
「カズヤ?」
「そう。スサノオと言う神の魂を宿した、和也と言う人間よ」
「スサノオ……、カズヤ……」
「思い出せないのね。いいわ、そのうち思い出す」
「僕は、ここで何をしていたんだい?」
「戦っていたのよ、最強の化け物と」
「最強の、化け物?」
「ええ。勝てなかったみたいだけどね」
「その化け物は、どこにいるの?」
「それは私にもわからない」
「なんだか怖いよ……」
「私もよ」
「それになんだか……、とても悲しいんだ」
「それも私も同じ……」
「君は……、芹那は、どこにもいかないかい?」
「ええ。ずっと一緒にいてあげる」
「よかった……」そう言うと、和也はまた眠りに落ちた。
眠りに落ちると、和也は夢の中でだけ記憶を取り戻すのか、うわごとのように言った。「僕は……、僕はこんなことを望んでいたんじゃないんだ……。香奈子……、香奈子……」
私はそんな和也を、どうすることもできずに抱きしめた。
「やあ芹那、ちゃんと一緒にいてくれたんだね?」和也は目を覚ますとそう言った。
「ええ、もちろんよ」
「これから僕たち、どうすればいいんだい?」
「体の方は大丈夫なの?」
「うん、まって……」そう言って和也はフラフラと立ち上がった。「ほらね、大丈夫だ」
「ええ、そうみたい。良かったわ」
「それで、僕たちこれから、いったいどうするんだい? ここにはその……、何もない」
「ええ、そうね。ここには何もないわ」
「じゃあ……」
「和也、行きましょう」
「行くってどこに?」
「踏切よ」
「踏切……。なんだか……、懐かしいな。どうしてそんなこと思うんだろう?」
「おかしいわね……。私もそう思う。踏切が……、懐かしいなんて」私は必死に涙をこらえた。
「とにかく、わからないけど、そこへ行こう」
「ええ、そうね。こうしていても仕方ないわ。歩きましょう」
「歩くのは、得意さ。ずっと歩いていたからね」
「ええ、私もよ。歩くのは得意」
「なんだかおかしいね」和也はそう言って力なく笑った。「でも、どこを歩いていたのか思い出せないな……」
「それもきっと思い出す。歩いているうちにね」
「芹那、面白いね」和也はそう言ってまた笑った。
「さ、行くわよ」
「うん。行こう。道はわかるのかい?」
「ええ。道なんてないけどね。踏切も残ってないでしょうけど、方向はわかる。なんだか呼ばれている気がするの。あっちよ」
「わかった。行こう、二人で」
「行きましょう。もう一度、あの踏切へ」
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