悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第二部

Hiroko

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33 香奈子の戦い

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 伊吹山には結局、その日のうちには行くことができなかった。新幹線が名古屋までしか走っていなかったのだ。
「これって、八匹目の八岐大蛇が伊吹山に向かった、って言うのと何か関係があるのかな?」芹那はネットで調べたニュースを僕と香奈子に見せながら言った。
 ニュースには、伊吹山で火山の噴火が始まり、滋賀県、岐阜県の広範囲の地域で避難指示が出されたと書かれていた。またそれにともない、新幹線は京都名古屋間が運休となり、高速道路を始めとした一般道路の乗り入れも全面禁止となっていた。
「でもなんとか大垣市までは行けそうよ? まだJRが使えるみたい。そこからは、そうね……」
「もう言わなくてもわかってるよ」僕はうんざりしながら言った。
「わかってるってどう言うこと?」香奈子が聞いた。
「歩くのよ」「歩くんだよ」と、僕と芹那は同時に言った。
 大垣市からは距離的に三十キロくらいだろうか。けれど伊吹山に登らなければいけない分、距離で計算する以上の時間がかかることが予想された。
「そんな暇がないことはわかるんだけど、少し休みましょう……」大垣市から歩き、関ヶ原まで来たところで芹那がそう言った。
「それは賛成だけど、どこで?」僕は眠気と疲労で顔を上げることもできずそう聞いた。豊玉姫の一件から、僕と芹那はほとんど睡眠をとっていない。香奈子にしても、歩き慣れていない分、僕たち以上に疲れていてもおかしくないはずだ。
「あそこなんかどうかしら?」芹那が指さしたのは、池のほとりにあるレストランのような場所だった。
「でも、開いてるかな……」
「開いてるもなにも、誰もいないわよ。さっきから人っ子一人いないわ。この辺の人はみんな避難していないのよ」
「それもそうか。じゃあ……」
「勝手に入って休みましょう。トイレも水もあるだろうし、誰も文句は言わないわ」
 そんなわけで、僕と芹那と香奈子は誰もいなくなったレストランで休憩を取ることにした。
 中に入るとそこは、レストランと言うよりも、レストランが併設した広いお土産物屋になっていた。
「もう駄目、わたし寝る……」そう言うが早いか、芹那はレストランのソファーにぐったりと横になり、僕と香奈子が自販機で飲み物を買って戻ってくる頃にはもう寝息を立てていた。
「和也も、横になって。疲れてるんでしょ?」
「うん。でも……」僕はなんだか疲れを通り越して、すぐには眠れそうも無かった。
「なんだか少し、寒くなって来たね」香奈子は僕の隣に座り、肩に頭をあずけながらそう言った。
「うん。もう十一月だ」僕はペットボトルの温かいお茶を飲みながら、香奈子の腰に手を回し、そっと抱き寄せた。
 香奈子の温もり、その匂い、声、目を閉じていても感じられるそれらのすべてが、僕の昂った気持ちを落ち着け、安らぎを与えてくれた。
 体から力が抜け、眠りに落ちる意識の中で、僕は本気で香奈子を守りたい、一緒にいたいと心に願った。

 異質な気配に目を覚ました。
 辺りはまだ暗い。
 見慣れない場所だ。
 あまりに深い眠りを貪っていたせいで、自分がどこにいるのかわからなかった。
 それどころか、周りの景色を見ても、頭の中をぐるぐるといろんな記憶が回るだけで、どれが夢で、どれが妄想で、どれが現実の出来事なのかを選別することさえできなかった。目を開けているつもりが、再び眠りの中に引き戻されそうになった。
 頭に美津子の顔が思い浮かんだ。正人もいる。三人で教室で笑い合っている。その夢を見ながら自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。はずなのにそれは夢で、寝ぼけながら目を覚ます僕をスサノオが笑いながら見下ろしている。「和也、腹減ったろ? 魚が焼けてるから食え!」そんな声を聞きながら目を覚ましたはずなのに……。
 起き上がってみると、窓の外で誰かが戦っていた。
 体が白い靄で覆われ、微かだが金色の光を放っている。
 体が「ドスンッ!」と窓に叩きつけられる。
 どこだ、ここは……。
 だれだ、あれは……。
 三匹の河童に襲われていた。
 女の子だ……。
 か、香奈子……、「香奈子!!!」
 僕は慌てて飛び起き、天叢雲剣を手に外に飛び出した。
 竹刀を持った香奈子は、一匹に脇腹を噛みつかれながらも飛び掛かってくる一匹の攻撃をよけ、すかさず首を切り落とした。だがその隙にもう一匹の河童に首元を噛みつかれ、悲鳴を押し殺しながらその一匹を力づくで引き剥がした。脇腹に噛みつく河童を両手に持った竹刀で突き刺し、さらに体制を立て直して飛び掛かってきたさっきの一匹を真っ二つに切り裂いた。
 香奈子は何とか三匹の河童に勝ったものの、力尽きてその場に倒れてしまった。
「香奈子!」僕は泣きそうな思いで香奈子に駆け寄り、その体を抱きしめた。
「香奈子、怪我は? 首は、首は大丈夫なのか?」そう言って僕は香奈子の首元に触れた。手に血はつかない。
「和也……、私……、もう……」そう言って香奈子は目を閉じようとした。
「香奈子!」
「ねえ、最後にキスして……」
「そ、そんな……、香奈子、香奈子!」そう叫んだところで、目を閉じた香奈子が笑っていることに気が付いた。
「か、香奈子?」
「もうっ! どうしてキスしてくれないの?」香奈子はそう言って目を開けた。
「な、なんだよ……、僕は……、僕は……」
「ちょっと和也、そんな顔しないで」
「どうして起こさないんだよ!」
「起こしたくなかった」
「だからって、怪我でもしちゃ」
「和也は心配し過ぎなのよ。まあ、大切な彼女ですものね? それくらい心配してくれてもいいけど」
「なに言ってんだよ……」
「それより私、ちゃんと戦えた。見ててくれた? やっぱり震えちゃったけど、和也が八岐大蛇の鱗で私を強くしてくれたんだって信じたら、ちゃんと戦えたよ? 最初に和也の戦いを見た時みたいに、竹刀でも化け物に勝てたよ?」
「うん。うん、そうだね」僕は香奈子のその言葉を聞き、やっと肩の力が抜けてきた。
「ちゃんと褒めて」
「よくやった、香奈子。強くなった。ありがとう」そう言って僕は香奈子の頭を何度も撫でた。
「ねえ和也?」香奈子は僕の胸の中で安心したように目を閉じ、言った。
「なに?」
「少し、デートしたい」
「デート?」
「そう。この池を、一周でいいから、和也と手を繋いで歩きたい」
「うん。歩こう」僕はそう言って香奈子の手を引っ張って立たせ、ゆっくりと池の周りを歩き始めた。
 やはり僕はまだ眠りから覚めていないのか、夢の中にいるように足がふわふわした。
 ただ、横を歩く香奈子の温もりは本物で、目に映る笑顔や耳に聞こえる笑い声はキラキラとしていたし、なにより重ねた唇の柔らかさは決して夢の中で感じることのできないものだった。






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