33 / 52
28 約束
しおりを挟む
またいつもの病院だった。
暮れかけた赤い空を眺めながら、僕は目を覚ました。
「気が付いたみたいね」芹那の声がした。
「ぼ、僕はいったい……」
「土蜘蛛と戦ったのよ」
「土蜘蛛と……」僕は記憶を手探りしたが、ピリピリと頭痛がしただけで、何も思い出すことができなかった。
「土蜘蛛は……、どうなった?」
「死んだわ。和也がやっつけたんでしょ?」
「僕が……」やはり何も思い出せない。
「ねえ。香奈子と、なにがあったの?」
「香奈子? 香奈子に何かあったの?」
「覚えてないのね……。じゃあいいわ」なんだか芹那の態度が素っ気ない。気のせいだろうか。
「よくないよ、どうしたの? 香奈子に何かあったの?」
「和也の横に倒れていたのよ」
「僕の、横に?」
「ええ。息が無かったわ」
僕は胸を押し付けられたように息ができなくなった。
「心配しないで。ちゃんと私が治してあげた。でも……」
「でも?」
「酷い状態だったわ」
「酷いって……?」
「私が駆けつけた時には、すでに病院に担ぎ込まれていて、心肺停止状態でもう蘇生も諦められていた。それを私が無理やり香奈子のところに行って治したの。見た瞬間、駄目だと思った。もう、見ても香奈子とわからないような状態で……、先生は内臓が破裂しているって言って、体中の骨が折れていて、失血も致死量で、でも抱きしめたらまだ温かくて……」そこまで言うと、芹那は手で顔を覆って泣き出した。
「か、香奈子は今どこにいるの?」
「この病院よ。違う部屋に入院してる」
「今、どう言う状態?」
「落ち着いてるわ。私がずっと抱きしめていたもの」
「僕が……、僕が悪いんだ」
「どうして香奈子を連れて行ったりしたの?」
それに対して、僕は何も言い訳ができなかった。
「ごめんなさい。責めるような言い方して。和也だって、命がけで戦ったのよね」
「僕はあの時……、僕はあの時……」
「今日はもう、帰るわね」
「芹那?」
「なあに?」
「ありがとう。香奈子を救ってくれて」
「和也のためじゃないわ」
「そうかも知れないけど、結果として、もし香奈子が死んでいたら、僕は自分を許せなかった」
「そう。そう言う意味なら、さっきのありがとうは頂いておくわ」
「うん」
「和也も、早く元気になってね」
「わかった」
「それじゃあ」
僕はそれから昨日の戦いのことを一から思い出していった。
ハクビシンの雷の音、香奈子が家にやってきたこと、二人で電車に乗って戦いに行ったこと、二人の会話、そして土蜘蛛との戦い……。
僕は酷い頭痛がした。
まるで脊髄に長い釘を打ち込まれたような頭痛だった。
吐き気がした。
そして思い出した。
僕が最後に戦った相手……、それは香奈子だった。
夜中に目を覚ました。
空にはちゃんと星が見えた。
吸い込む空気が少し冷たかった。
窓がほんの少し開いていたのだ。
そこに香奈子がいた。
白い入院服を着て、椅子に座り、僕と同じように窓の外に星空を見ていた。
「香奈子……」
その声に香奈子はゆっくりと振り向いた。
にっこりと、優しい笑顔を向けてくれた。
けれど、僕はその笑顔をまともに見ることができなかった。
僕は、香奈子を殺したんだ……。
芹那のおかげで生き返ったとは言え、一番最悪の結果を招いてしまった。
「和也、やっぱり強かったよ」
「僕は……、その……」僕はもうすべてを思い出していた。香奈子に手をかけ、殺してしまった時のことも。目を閉じて、瞼に力を入れれば入れるほど、その時の記憶が鮮明に瞼の裏に蘇った。
「和也、ありがとう」
「な、なにを……」
「ちゃんと勝ってくれたね、約束通り」
「そんなことより、僕は香奈子を!」
「それは最初から私が覚悟してたこと。それより和也がちゃんと元通りになってくれたことの方が私は嬉しい」
「そんなこと言われても……」
「気にしなくていい。和也は誰よりも、どんな化け物よりも強くいて。そしてまた自分を見失いそうになったら、私が助けてあげる」
「もう、もうそんなことできるわけないよ!」
「できるわ。やらなくちゃいけないの」
「香奈子は、どうしてそんなに優しいんだ? 僕なんかに、僕なんかに……」
「私の聞きたいのはそんなことじゃないの。私、本気の和也に一本取ったんだよ? 褒めてくれてもいいんじゃない?」
「え、うん。やっぱり香奈子には勝てなかった。強かったよ、香奈子」
「それだけ?」
「ありがとう、香奈子。僕のこと、助けてくれて」
「うん。それが一番聞きたかった」そう言って香奈子は椅子から立ち上がると、僕のベッドに横たわり、胸に頭を預けてきた。
「じゃあ、ご褒美に、ちゃんと約束守ってね」
「約束?」
「私を彼女にしてください」
僕は胸を締め付けられ、どうにもやり場のない思いに戸惑いながら、香奈子の細い体を抱きしめ、言った。「わかった。香奈子、大事にするよ」
「うん」香奈子は顔を上げて僕を見た。鼻先が触れ合い、香奈子の吐いた息を吸い込みながら、僕は香奈子にキスをした。
「ねえ?」香奈子はそっと唇を離して言った。
「なに?」
「それだけじゃいや」
「え?」
「私を、抱いてください……」
暮れかけた赤い空を眺めながら、僕は目を覚ました。
「気が付いたみたいね」芹那の声がした。
「ぼ、僕はいったい……」
「土蜘蛛と戦ったのよ」
「土蜘蛛と……」僕は記憶を手探りしたが、ピリピリと頭痛がしただけで、何も思い出すことができなかった。
「土蜘蛛は……、どうなった?」
「死んだわ。和也がやっつけたんでしょ?」
「僕が……」やはり何も思い出せない。
「ねえ。香奈子と、なにがあったの?」
「香奈子? 香奈子に何かあったの?」
「覚えてないのね……。じゃあいいわ」なんだか芹那の態度が素っ気ない。気のせいだろうか。
「よくないよ、どうしたの? 香奈子に何かあったの?」
「和也の横に倒れていたのよ」
「僕の、横に?」
「ええ。息が無かったわ」
僕は胸を押し付けられたように息ができなくなった。
「心配しないで。ちゃんと私が治してあげた。でも……」
「でも?」
「酷い状態だったわ」
「酷いって……?」
「私が駆けつけた時には、すでに病院に担ぎ込まれていて、心肺停止状態でもう蘇生も諦められていた。それを私が無理やり香奈子のところに行って治したの。見た瞬間、駄目だと思った。もう、見ても香奈子とわからないような状態で……、先生は内臓が破裂しているって言って、体中の骨が折れていて、失血も致死量で、でも抱きしめたらまだ温かくて……」そこまで言うと、芹那は手で顔を覆って泣き出した。
「か、香奈子は今どこにいるの?」
「この病院よ。違う部屋に入院してる」
「今、どう言う状態?」
「落ち着いてるわ。私がずっと抱きしめていたもの」
「僕が……、僕が悪いんだ」
「どうして香奈子を連れて行ったりしたの?」
それに対して、僕は何も言い訳ができなかった。
「ごめんなさい。責めるような言い方して。和也だって、命がけで戦ったのよね」
「僕はあの時……、僕はあの時……」
「今日はもう、帰るわね」
「芹那?」
「なあに?」
「ありがとう。香奈子を救ってくれて」
「和也のためじゃないわ」
「そうかも知れないけど、結果として、もし香奈子が死んでいたら、僕は自分を許せなかった」
「そう。そう言う意味なら、さっきのありがとうは頂いておくわ」
「うん」
「和也も、早く元気になってね」
「わかった」
「それじゃあ」
僕はそれから昨日の戦いのことを一から思い出していった。
ハクビシンの雷の音、香奈子が家にやってきたこと、二人で電車に乗って戦いに行ったこと、二人の会話、そして土蜘蛛との戦い……。
僕は酷い頭痛がした。
まるで脊髄に長い釘を打ち込まれたような頭痛だった。
吐き気がした。
そして思い出した。
僕が最後に戦った相手……、それは香奈子だった。
夜中に目を覚ました。
空にはちゃんと星が見えた。
吸い込む空気が少し冷たかった。
窓がほんの少し開いていたのだ。
そこに香奈子がいた。
白い入院服を着て、椅子に座り、僕と同じように窓の外に星空を見ていた。
「香奈子……」
その声に香奈子はゆっくりと振り向いた。
にっこりと、優しい笑顔を向けてくれた。
けれど、僕はその笑顔をまともに見ることができなかった。
僕は、香奈子を殺したんだ……。
芹那のおかげで生き返ったとは言え、一番最悪の結果を招いてしまった。
「和也、やっぱり強かったよ」
「僕は……、その……」僕はもうすべてを思い出していた。香奈子に手をかけ、殺してしまった時のことも。目を閉じて、瞼に力を入れれば入れるほど、その時の記憶が鮮明に瞼の裏に蘇った。
「和也、ありがとう」
「な、なにを……」
「ちゃんと勝ってくれたね、約束通り」
「そんなことより、僕は香奈子を!」
「それは最初から私が覚悟してたこと。それより和也がちゃんと元通りになってくれたことの方が私は嬉しい」
「そんなこと言われても……」
「気にしなくていい。和也は誰よりも、どんな化け物よりも強くいて。そしてまた自分を見失いそうになったら、私が助けてあげる」
「もう、もうそんなことできるわけないよ!」
「できるわ。やらなくちゃいけないの」
「香奈子は、どうしてそんなに優しいんだ? 僕なんかに、僕なんかに……」
「私の聞きたいのはそんなことじゃないの。私、本気の和也に一本取ったんだよ? 褒めてくれてもいいんじゃない?」
「え、うん。やっぱり香奈子には勝てなかった。強かったよ、香奈子」
「それだけ?」
「ありがとう、香奈子。僕のこと、助けてくれて」
「うん。それが一番聞きたかった」そう言って香奈子は椅子から立ち上がると、僕のベッドに横たわり、胸に頭を預けてきた。
「じゃあ、ご褒美に、ちゃんと約束守ってね」
「約束?」
「私を彼女にしてください」
僕は胸を締め付けられ、どうにもやり場のない思いに戸惑いながら、香奈子の細い体を抱きしめ、言った。「わかった。香奈子、大事にするよ」
「うん」香奈子は顔を上げて僕を見た。鼻先が触れ合い、香奈子の吐いた息を吸い込みながら、僕は香奈子にキスをした。
「ねえ?」香奈子はそっと唇を離して言った。
「なに?」
「それだけじゃいや」
「え?」
「私を、抱いてください……」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
救世の魔法使い
菅原
ファンタジー
賢者に憧れる少年が、大魔法使いを目指し頑張るお話です。
今後の為に感想、ご意見お待ちしています。
作品について―
この作品は、『臆病者の弓使い』と同じ世界観で書いたシリーズ物となります。
あちらを読んでいなくても問題ないように書いたつもりですが、そちらも読んで頂けたら嬉しいです。
※主人公が不当な扱いを受けます。
苦手な人はご注意ください。
※全編シリアスでお送りしております。ギャグ回といった物は皆無ですのでご注意ください。
悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第一部
Hiroko
ファンタジー
異世界に行けると噂の踏切。
僕と友人の美津子が行きついた世界は、八岐大蛇(やまたのおろち)が退治されずに生き残る、奈良時代の日本だった。
現在と過去、現実と神話の世界が入り混じる和の異世界へ。
流行りの異世界物を私も書いてみよう!
と言うことで書き始めましたが、どうしようかなあ。
まだ書き始めたばかりで、この先どうなるかわかりません。
私が書くと、どうしてもホラーっぽくなっちゃうんですよね。
なんとかなりませんか?
題名とかいろいろ模索中です。
なかなかしっくりした題名を思いつきません。
気分次第でやめちゃうかもです。
その時はごめんなさい。
更新、不定期です。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる