悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第二部

Hiroko

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21 三叉戟(さんさげき)

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「おーーーい……、おーーーい……」と、巨大な足音とともに何やら異様にでかいものが近づいてきた。
 な、なんだ? 霧のせいでよく見えない。が、気配だけなら小さな山一つ分くらいはありそうだ。
 やがて「あぁ、いたいたーーー」と言う声とともに、ずどんっ! と目の前に何かが落ちてきた……、何かが……、「え、えええ!? これ、手なの!?」と思わず叫んでしまった。直径二メートルはありそうな丸い石が五つ落ちてきたと思ったのだけれど、それはどうやら巨大な手の指先だったらしい。
「僕の手に乗ってよーーー」と声がするが、その声がどこから聞こえてくるのかわからない。はるか上の方、と言うのだけはわかる。
「あ、あああ!!! バスに乗ってる時、覗き込んできた目はこれかあ!?」と僕は言った。
「そうだねえ、バスを見たよ。須佐乃袁尊、月読尊、いたねえ」
「み、味方なの……か?」
「悪いことはしないよお。神様も人間も好きだからねえ。さあ、早く乗ってよお」
 僕はその言葉に、手の平だけで学校の教室ほどの広さもありそうな手の上に乗った。
「そ、それより、芹那が、月読尊が死にそうなんだ。温かいところに連れてってくれないか?」
「んんんーーー? ほんとだねえ、寒いよねえ、温めるよ」そう言って巨人は手のひらに乗った僕らを顔に近づけ、息を吹きかけた。
「んはあああああ……、どうだい?」
「あっつい!」僕と芹那はその勢いに手のひらを転がった。「でもいいよ、続けて!」
「わかったあ……、はあああああ……、はあああああ……、はあああああ……」と巨人は僕らに息を吐きかけ続けた。
「芹那! 芹那! 大丈夫!?」
「そうだあ、いいものがあるよおおお」そう言って巨人は僕たちを乗せた手の平の人差し指を何かに濡らし、僕たちの目の前に差し出した。なんせ暗いのと、巨人があまりにでかすぎるせいで、巨人が僕たちを乗せた手の平以外の部分で何をやっているのかさっぱりわからなかった。
「こ、これなんだい? 飲ませればいいのかい?」巨人の指先には白く濁った液体が滴り、湯気をあげていた。
「うん。体がねえ、あったまるよおおお」そう言われて僕は巨人の人差し指の先に着いた温かい水を手で受け止めて芹那に飲ませた。って、これって酒かあ! と芹那に飲ませながら匂いで気づいた。
「そうだよおおお、神様にもらったお酒だよおおお。元気出るやつだよおおお。病気や怪我もすぐに治るよおおお」
「それよりさっきの続けてくれ、息を吹きかけるやつ」
「わかったよおおお。はああああ……、はあああああ……、はああああああ……」
「せ、芹那、大丈夫?」
「う、うううん……」と、視線が定まらない様子ではあったけれど、意識が戻った。
「さあ、これ飲んで……」そう言って僕はさらに芹那に酒を勧めた。
「ううん……、美味しい……。もっとちょうだい……」
 もっと? いいけど、美味しいって、え? 味わってる?
「んんん、ああ、和也。なあに、これ?」
「これって、お酒だよ」
「そうなの? なんか美味しい……、体があったまるう……」芹那は顔を赤らめ、溶けるような目つきでそう言ってきた。
 なんだかどうでもよくなってきた……。
「よかったねえ。治ったねえ。はあああああ……、はあああああ……、はあああああ……」
「ねえ、今の声だあれ?」
「巨人だよ。今ぼくら、巨人の手の平にいるんだ」
「きょじんーーー?」芹那まで巨人のような話し方になってきた。
「巨人じゃないよおおお、ダイダラ坊て言うんだよお。はあああああ……、はあああああ……」
「ああ、あったかい! さいっこう!」と芹那は酔っぱらいながら喜んだ。
「さあ、連れてくよおおお。はあああああ……、はあああああ……」
「つ、連れてくってどこに!?」
「話聞いてただろ? 狼が話してたこと」
「狼? なにそれ?」
 ああ、そうだ。芹那、人の話すぐ忘れるんだった……。と思いながら、僕は狼から聞いた話をもう一度一から芹那に説明した。
「わかったわ。その豊玉姫を助けるのね。でもどうしてあなた、ダイダラ坊は、自分で助けないの? それだけ大きな体して、化け物なんかにやられないでしょ」
「怖いよお……、僕は怖いよお……。はあああああ……、はあああああ……」
「そ、そうなのね。わかったわ。じゃあこうしましょう、和也がその剣を手に入れて戦っている間に、私が竜宮洞穴に隠れた豊玉姫を外に出すわ。ダイダラ坊、私と豊玉姫が出てきたら、また手の平に乗せて上に運んでね。これだけ高ければ、化け物たちもそう簡単には追ってこられない」
「わかったよおおお。はあああああ……、はあああああ……」
 そんなわけで僕らは、ダイダラ坊の手の平に乗せられ、あっという間に富士山をまたいで北側麓の樹海へと向かった。

「ここだねえ」と言われて降ろされた場所にあったのは、真っ赤に塗られた鳥居と、そこから山の上へと続く細く急な階段だった。
「ここを上るんだな」僕はそう言って階段を上り始めた。たっぷりと百段はあろうかと言う階段だった。上りきると古く朽ちた拝殿があり、「魔王天神社」と書いてある。
「魔王天神社? 変わった名前の神社だなあ……」と思いながら剣を探そうとしたら、「お待ちなさい」と言葉をしゃべる人ほどの大きさの坊主姿の鼠が声をかけてきた。
「人はねえ、人はねえ、なんどくるんさい?」僕は鼠の言っていることがわからず身構えた。ここはもう、顛倒結界の中なんだなと、その時初めて気づいた。
「なんどくるんさい?」
 と、空から炎を上げる車輪に乗って、女の化け物が現れた。車輪が回っているせいで炎は轟音をあげて燃え上がっている。気が付くと鼠はどこかに消えていた。女の化け物はまだ拝殿のはるか上にいたが、胴を伸ばすようにして僕に近づいてきた。目が油でもさしたようにギラギラとしている。見ると女は裸だった。白い肌が乾いた土のようにひび割れている。それは手の先まで一緒で、伸ばした指は乾いて痛々しく皮がめくれあがっている。爪が長い。頬をひっかかれそうになって僕は飛びのいた。
 早く、早く剣を探さなきゃ。
 僕は逃げるようにして拝殿の裏に回った。
 どこだ? どこだ剣? って、まさかこれか!?
 そこには巨大な三又の槍頭が石の台座に突き立てられていた。
 なんだこれ!? 剣、剣、剣、他にはそれらしきものがない。
 やっぱりこれなのか!? 
 槍だろ、これ!
 剣ですらないじゃないか!
 しかもこの大きさ、僕が腕を広げたくらいあるぞ?
 こ、こんなので……、と、でも僕は、四の五の言ってられない状況にあり、拝殿の屋根を見上げると、さっきの車輪に乗った女がこちらを見下ろし、また腕を伸ばそうとしてきていた。
 僕はその巨大な三叉戟(さんさげき)、つまり三又に分かれた柄のない槍の頭の部分だけを持ち、外れない台座を叩き割るようにして外し、何とか化け物に向けて構えた。途端、体から溢れるほどの光の粒子が立ち昇り、金色の靄が僕の体と三叉戟を包み込んだ。
 けれどその様子は我ながら滑稽で、本気で戦えるようには思えなかった。
「その剣は強いよおおお。剣の神様が作った剣だよおおお」と夜の空の彼方からダイダラ坊の声が聞こえた。
 ほんとかなあ! と僕は半信半疑ながらもその剣を近づいてきた女の化け物に振るった。と、僕は近づいた化け物の腕だけを落としたつもりだったのに、どう言うわけか届くはずのない化け物の首までも落としていた。
「な、なんだ今の……」僕はよくわからないまま三叉戟を肩に担ぎ、さっき上ったばかりの百の階段を駆け足で降りて行った。

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