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18 富士山と弁当

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 僕は名古屋へ向かう新幹線の中、車窓に富士山を眺めながら芹那に佐藤の話をした。
「その子も、神様の生まれ変わりだってこと?」
「うん。そうみたいだ。体から、僕と同じように光の靄を出してた」
「前世の記憶を持ってて、自分がこの世に何のために生まれて来たか知ってるやつ、か……。私たちが知らないだけで、いるのかもね、そう言う人たちって」
「うん。それにこっちの世界のことも知らされたよ。クラスメイトが化け物に襲われて次の日からいなくなるなんて普通のことだ、って」
「私も似たような話聞いたわ。知ってる? 小学生、中学生ってね、入学した時から卒業までの間に、生徒数が半分以下になっちゃうんだって」
「半分? どうして?」
「化け物に襲われちゃうから」
「そ、そんな……」
「高校生になるとね、少しマシになるみたい。まあ単純に、逃げ足が速くなるとか、それまでの経験で知恵をつけてるから、生き延びる可能性が上がるわけよ。でも、中学生までの子供は簡単に化け物の餌食になっちゃうの」
 まさか、それがクラスの人数があんなに少ない理由なのか……。
 僕のクラスは十五人しかいなかった。他のクラスも似たようなもんだ。と言うことは、本来あの学校に通うはずだった他の子供たちは、みんな幼い時に化け物に殺されたと言うことなのか……。
「さっき和也、その佐藤君って子、もとの世界ではいじめられてたって言ってたでしょ? わたしそれ聞いて思ったの。こっちの世界ではみんなきっと、仲悪くしたり、いじめたりなんてできないのよ。だって、その相手が明日には死んでいるかもしれないんですもの。そんな悲しいことできるわけないよね。だからきっと子供なりに、今日生きていることをお互い必死に喜びあっているのかも、ってね」

 僕たちは明るいうちに観光の振りをして熱田神宮に入ると、本殿の裏手にある林に隠れ、夜を待つことにした。
「化け物、出るかな」
「大丈夫でしょ。結界張ってあるだろうし。それに和也がいれば、化け物出ても関係ないじゃん」
「でも何も武器を持ってないよ。竹刀すらない」
「そう言えばそうね。持ってくればよかったわね」
「剣なんか持ってちゃ、怪しくて新幹線乗れないよ」
「私の剣道の道具入れがあるわ。あれなら神璽剣も入りそうだけど」
「そ、そうなの?」てか芹那、来る前にそれ気づいてよ、と僕は思ってしまった。
「それよりこれ見て、ねえ」と言って芹那は暇つぶしに駅の売店で買ってきた新聞を僕に見せてきた。
 そこにはまるで、戦争で空爆にでも遭ったような街の写真が載せられていた。
「なにこれ? どこ? 日本?」
「もちろんよ。諏訪市だって。見てこれ、ここが諏訪湖よ、きっと」
「諏訪市って、どこにあるの?」
「馬鹿ねえ、長野の方よ。例のほら、鵺が抜け出してきたかも知れない顛倒結界がある場所よ」
「それがどうしてこんなことに……」
「わからない。わからないけど、あきらかにこれ、誰かに無差別に攻撃されてるわよね」
「人間の仕業?」
「違うんじゃない? だって原因がわからないって書いてあるもの。人がやったことなら、どうやってやったかくらいわかるでしょ」
「でもじゃあ、いったい何が起こったんだろう」
「気味が悪いわね。顛倒結界を含む諏訪市全域がこの状態だって書いてある」
「つまり、人もたくさん死んだってこと?」
「それはないんじゃないかしら。だって顛倒結界の近くには、どこでもあまり人は住まないわ」
「じゃあこれって、逆に考えれば顛倒結界を狙ったってことかな」
「その可能性はある。この様子じゃ、生き残ってる化け物なんていないんじゃないかしら」

 夜になると、僕らは本殿へと忍び込み、天叢雲剣を探した。
「ねえ、あったわよ。こっちこっち」芹那の呼び声に近づくと、芹那は巨大な木箱を前に座っていた。
「きっとこれよね。思ったより大きいわ。開けるわよ?」そう言って芹那は持っていた金鋸で鍵を削り始めた。が、五分ほどやって力が続かなくなったのか、僕に「和也、交代」と言って金鋸を渡した。結局僕らがその箱を開け、さらに中の石箱を壊すのに一時間の時を要した。
「ち、違う……、これじゃない」僕は出てきた剣を見てそう言った。
「違うって、天叢雲剣じゃないってこと?」
「うん。これじゃない……」見間違うはずがなかった。スサノオとともに、この手に取って幾度となく化け物と戦ってきた剣だ。
「そう……、まあ、予想はしてたことだけどね……」そう言いながらもやはり、芹那は失望の表情を隠せなかった。
「当たって欲しくはなかったけどね」
「その剣、どうする? せっかくだから持って帰る?」
「いや、やめとくよ。僕の物じゃないからね。本当に泥棒になってしまう。それに、神璽剣があれば、これは必要ない」
「それもそうね。それによくよく考えれば、こんなの持って新幹線乗れないわ」芹那はあっけらかんと言った。
 そ、それなら、もしこれが本物の天叢雲剣だったら、どうやって持って帰るつもりだったんだろう……、と言う疑問はあえて口にしなかった。

 朝になると僕たちは観光客に紛れてまた外に出た。
 新幹線に乗り、来る時は右手に見ていた富士山が、今度は左手に見え始めた。
「ねえ和也、せっかくだから、観光して帰ろうか」
「えっ?」と僕はまだ半分も食べていない弁当にむせてしまった。また芹那の悪い癖が始まったぞ……。
「そうしましょうよ。せっかくここまで来てさ、山で野宿して新聞読んで帰るだけなんてあんまりよ」
 と言うかもう半分帰ってきてるよ。それに弁当……。
「そうと決まったらさあ、新富士駅で降りるわよ! ねえ、富士山よ富士山!」
「べ、弁当……」
「そんなの早く食べて!」
「ま、待って……、ぐふっ!」
 なんだこの芹那の切り替えの早さは。さっきまで失恋した女の子みたいに窓の外見てたくせに! そんなことを考えながら、僕は残った弁当を口の中に一気にかき込んだ。

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