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8 芹那のおじいちゃん
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家に帰ると、「それでこんなに遅くなっちゃったの!?」と言って芹那に怒られた。
「うん、だって……」
「だってじゃないでしょ! 何時だと思ってるのよ。もう夜の八時よ?」
「まあまあ芹那、お説教は後でいいじゃないか。和也君、とりあえず先にお風呂に入りなさい。風邪を引いてしまうよ」芹那のお父さんがそう言って助け舟を出してくれた。
僕は湯船に浸かりながら自分の両手を眺め、あの金色の光の粒子のようなものが出るかやってみた。
明るいとわかりにくいな……。僕はそう思って風呂の明かりを消し、もう一度やってみた。
けれどなかなかうまくいかなかった。
そうなんだ。「信じろ」と言われても、何を信じていいのかわからなければ、信じることなんかできない。それと同じで、何かイメージが必要なんだ。僕はそう思い、目を閉じて雨女が僕に襲い掛かって来た瞬間を頭の中に思い描いた。
なんだかわかってきた……。戦おうと言う意思が必要なんだ。
目を開けると、僕の体からはあの時と同じ、金色の光の粒子が舞い、靄のように体を包んでいた。
やっぱり……、やっぱりそうなんだ。
でも薄い。光も弱々しいし、靄も見えないくらいに薄い。
もしかしたら、これは意思が強ければ強いほど強力になるのかも。僕はスサノオが最後、素手で化け物を倒していた時のことを思い出した。この光の力を纏えば、竹刀や拳でも、化け物を倒せる武器になるんだ。
でもやっぱり……、剣が欲しい。
あの程度の化け物だから竹刀で倒せたのだ。狒狒や苧うにのような強い化け物に、竹刀で勝てるような気はしなかった。
「和也! タオル置いとくよ!」と風呂場の外で芹那の声がした。「って、あれ? 和也? いるの?」と言う声とともに風呂の扉がガラガラガラ……、と開く音がした。
「い、いるよ!」
「え、なにやってんのよ! どうして電気消して入ってるのよ!」そう言って芹那は慌てて風呂の扉を閉めてどこかに行った。
「ねえ和也、さっき話してた香奈子って子、私知ってるかもしれない」風呂から上がり、食事の時間になると、芹那がそう言ってきた。
「え、そうなの?」
「うん。まあ、あんまり覚えてないんだけどさ。同じ剣道教室に通ってた子かも」
「え、芹那も剣道やってたの?」
「うん。少しだけね。すぐやめちゃったけどねー」
「そこの先生が、うちの親戚なんだよ」と芹那のお父さんが言った。
「あーーー、ないしょにしてようと思ったのに!」と芹那が言った。
「あはは、そうだったのか。ごめんごめん」と言って芹那のお父さんは笑い、熱い味噌汁を顔をしかめながらすすった。
「頑固なおじいちゃんでさ、背なんか私より小さいのに、やたら強いの。それでもって厳しいもんだから、新しく入った子もすぐにやめてっちゃうんだよ」
「そんなに?」
「そう。でも香奈子って子は、頑張ってたなー」
「どんな子だった?」
「私はすぐやめちゃったからあんまり覚えてないんだけど、ただすごく負けず嫌いで、気の強い子だった気がする」そう言われて、僕は「ああ、確かにそんな感じだ」と思った。
「そう言えば、よく泣いてたなー。お稽古中、ずっと泣いてた時もあったよ。ぜったいすぐにやめると思ってたんだけど、私の知っている限り、一度も休んだことなかった。大声で泣きじゃくりながら、何度も何度も自分より大きな男の子に向かっていって倒されてた」
「そうなんだ……」僕はその姿を想像し、今の香奈子に重ねてみた。「化け物と戦って、友達を助けるんだ」香奈子はあの日そう言った。その思いは、僕が向こうの世界で、スサノオとともに旅を始めた時の思いと同じだった。けれど勇敢さでは、香奈子の方が上だ。僕はただ、怯えながらスサノオの後について行っただけだった。今の自分があるのは、その結果に過ぎない。
「香奈子、まだ剣道やってるんだ……」芹那が独り言のように言った。
「その剣道教室ってとこに通ってるのかな」
「部活じゃない? だって、学校に防具持ってってたんでしょ?」
「あ、そっか」
「でも、持って帰ってたってことは、教室にも通ってるのかもね。和也、直接聞いてみればいいじゃない」
「うん。まあ……」ちょっと苦手な感じなんだよな。
「それか、明日行ってみる?」
「行ってみるって、剣道教室に?」
「そうよ。どうせ明日は土曜日だし、午前中だけで終わりでしょ?」
「うん」
「予定でもある?」
「ないよ、ぜんぜん」
「じゃあ行きましょう。どうせ私も暇だし」
そんな流れで、僕と芹那は次の日駅で待ち合わせをして、剣道教室の行われている小学校の体育館に行った。
「子供の剣道教室は週に一回、ここの体育館を借りてやってるの。あと、月に一回、警察署の道場でもやってるわ。そこでは大人も一緒にやってる」芹那はそう説明してくれた。
「やっときおったか」剣道の先生、つまり芹那の親戚にあたるわけだが、その人は僕の顔を見るなりそう言った。
コトネの爺様!? ……、の声に聞こえたけれど、知らない人だ。あたり前だけど。でも、「やっときおったか」と言われたのはなぜだ?
「え、なに? おじいちゃん、和也のこと知ってるの?」
「ん? 知らん。何を言っとる。わしが今何か言ったか?」コトネの爺様の声ではなかった。気のせいだったのだろうか。けれど、なんだか雰囲気から目付きからコトネの爺様そっくりだった。まあ、生きたコトネの爺様を見たことはなかったのだけれど。
「おじいちゃんはね、死んだお母さん方の親戚なの。けど小さい頃からずっと親しかったから、おじいちゃんって呼んでるんだ」芹那のそんな話を耳にしながら、目では香奈子の姿を探した。防具でその顔は見えなかったけど、声と雰囲気で見つけることができた。剣道のことはよくわからなかったけど、香奈子は自分より背の高い男の子に強気に飛び込み竹刀を打ち付けていった。防具の向こうの香奈子と一瞬目が合った気がしたが、香奈子は気にする様子もなく声を張り上げ竹刀を振るい続けた。その後休憩に入り、香奈子は防具を外したけれど、どうやら僕のことは無視することに決めたらしく、知らない振りで汗を拭いていた。僕の方も、いきなり訪ねてきてどう香奈子に話しかければいいかわからなかった。
「どうじゃ、お前さんもやらんか」
「え、ぼ、僕ですか?」
「芹那、お前もじゃ」
「え、え、えーーー! わたしも!?」
「冷やかしに来たのか! さっさとせい!」そう言われ、僕と芹那は慌てて防具を身に着け、コトネの爺様……、いや、芹那のおじいちゃんの前に立った。
「うん、だって……」
「だってじゃないでしょ! 何時だと思ってるのよ。もう夜の八時よ?」
「まあまあ芹那、お説教は後でいいじゃないか。和也君、とりあえず先にお風呂に入りなさい。風邪を引いてしまうよ」芹那のお父さんがそう言って助け舟を出してくれた。
僕は湯船に浸かりながら自分の両手を眺め、あの金色の光の粒子のようなものが出るかやってみた。
明るいとわかりにくいな……。僕はそう思って風呂の明かりを消し、もう一度やってみた。
けれどなかなかうまくいかなかった。
そうなんだ。「信じろ」と言われても、何を信じていいのかわからなければ、信じることなんかできない。それと同じで、何かイメージが必要なんだ。僕はそう思い、目を閉じて雨女が僕に襲い掛かって来た瞬間を頭の中に思い描いた。
なんだかわかってきた……。戦おうと言う意思が必要なんだ。
目を開けると、僕の体からはあの時と同じ、金色の光の粒子が舞い、靄のように体を包んでいた。
やっぱり……、やっぱりそうなんだ。
でも薄い。光も弱々しいし、靄も見えないくらいに薄い。
もしかしたら、これは意思が強ければ強いほど強力になるのかも。僕はスサノオが最後、素手で化け物を倒していた時のことを思い出した。この光の力を纏えば、竹刀や拳でも、化け物を倒せる武器になるんだ。
でもやっぱり……、剣が欲しい。
あの程度の化け物だから竹刀で倒せたのだ。狒狒や苧うにのような強い化け物に、竹刀で勝てるような気はしなかった。
「和也! タオル置いとくよ!」と風呂場の外で芹那の声がした。「って、あれ? 和也? いるの?」と言う声とともに風呂の扉がガラガラガラ……、と開く音がした。
「い、いるよ!」
「え、なにやってんのよ! どうして電気消して入ってるのよ!」そう言って芹那は慌てて風呂の扉を閉めてどこかに行った。
「ねえ和也、さっき話してた香奈子って子、私知ってるかもしれない」風呂から上がり、食事の時間になると、芹那がそう言ってきた。
「え、そうなの?」
「うん。まあ、あんまり覚えてないんだけどさ。同じ剣道教室に通ってた子かも」
「え、芹那も剣道やってたの?」
「うん。少しだけね。すぐやめちゃったけどねー」
「そこの先生が、うちの親戚なんだよ」と芹那のお父さんが言った。
「あーーー、ないしょにしてようと思ったのに!」と芹那が言った。
「あはは、そうだったのか。ごめんごめん」と言って芹那のお父さんは笑い、熱い味噌汁を顔をしかめながらすすった。
「頑固なおじいちゃんでさ、背なんか私より小さいのに、やたら強いの。それでもって厳しいもんだから、新しく入った子もすぐにやめてっちゃうんだよ」
「そんなに?」
「そう。でも香奈子って子は、頑張ってたなー」
「どんな子だった?」
「私はすぐやめちゃったからあんまり覚えてないんだけど、ただすごく負けず嫌いで、気の強い子だった気がする」そう言われて、僕は「ああ、確かにそんな感じだ」と思った。
「そう言えば、よく泣いてたなー。お稽古中、ずっと泣いてた時もあったよ。ぜったいすぐにやめると思ってたんだけど、私の知っている限り、一度も休んだことなかった。大声で泣きじゃくりながら、何度も何度も自分より大きな男の子に向かっていって倒されてた」
「そうなんだ……」僕はその姿を想像し、今の香奈子に重ねてみた。「化け物と戦って、友達を助けるんだ」香奈子はあの日そう言った。その思いは、僕が向こうの世界で、スサノオとともに旅を始めた時の思いと同じだった。けれど勇敢さでは、香奈子の方が上だ。僕はただ、怯えながらスサノオの後について行っただけだった。今の自分があるのは、その結果に過ぎない。
「香奈子、まだ剣道やってるんだ……」芹那が独り言のように言った。
「その剣道教室ってとこに通ってるのかな」
「部活じゃない? だって、学校に防具持ってってたんでしょ?」
「あ、そっか」
「でも、持って帰ってたってことは、教室にも通ってるのかもね。和也、直接聞いてみればいいじゃない」
「うん。まあ……」ちょっと苦手な感じなんだよな。
「それか、明日行ってみる?」
「行ってみるって、剣道教室に?」
「そうよ。どうせ明日は土曜日だし、午前中だけで終わりでしょ?」
「うん」
「予定でもある?」
「ないよ、ぜんぜん」
「じゃあ行きましょう。どうせ私も暇だし」
そんな流れで、僕と芹那は次の日駅で待ち合わせをして、剣道教室の行われている小学校の体育館に行った。
「子供の剣道教室は週に一回、ここの体育館を借りてやってるの。あと、月に一回、警察署の道場でもやってるわ。そこでは大人も一緒にやってる」芹那はそう説明してくれた。
「やっときおったか」剣道の先生、つまり芹那の親戚にあたるわけだが、その人は僕の顔を見るなりそう言った。
コトネの爺様!? ……、の声に聞こえたけれど、知らない人だ。あたり前だけど。でも、「やっときおったか」と言われたのはなぜだ?
「え、なに? おじいちゃん、和也のこと知ってるの?」
「ん? 知らん。何を言っとる。わしが今何か言ったか?」コトネの爺様の声ではなかった。気のせいだったのだろうか。けれど、なんだか雰囲気から目付きからコトネの爺様そっくりだった。まあ、生きたコトネの爺様を見たことはなかったのだけれど。
「おじいちゃんはね、死んだお母さん方の親戚なの。けど小さい頃からずっと親しかったから、おじいちゃんって呼んでるんだ」芹那のそんな話を耳にしながら、目では香奈子の姿を探した。防具でその顔は見えなかったけど、声と雰囲気で見つけることができた。剣道のことはよくわからなかったけど、香奈子は自分より背の高い男の子に強気に飛び込み竹刀を打ち付けていった。防具の向こうの香奈子と一瞬目が合った気がしたが、香奈子は気にする様子もなく声を張り上げ竹刀を振るい続けた。その後休憩に入り、香奈子は防具を外したけれど、どうやら僕のことは無視することに決めたらしく、知らない振りで汗を拭いていた。僕の方も、いきなり訪ねてきてどう香奈子に話しかければいいかわからなかった。
「どうじゃ、お前さんもやらんか」
「え、ぼ、僕ですか?」
「芹那、お前もじゃ」
「え、え、えーーー! わたしも!?」
「冷やかしに来たのか! さっさとせい!」そう言われ、僕と芹那は慌てて防具を身に着け、コトネの爺様……、いや、芹那のおじいちゃんの前に立った。
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