悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第二部

Hiroko

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6 雨

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 僕は芹那の家に下宿することになって二日後からもう学校に戻ることになった。
 神社から山道を歩いて下り、そこからバスに乗って二十分、そこからまた歩いて学校に通うことになる。
「いい? 歩こうとなんてしないで、帰りはちゃんとバスを使うのよ?」電車に乗り換えるために、先にバスを降りて行った芹那はそう言った。
「それは芹那じゃないか。いってらっしゃい。気を付けて」そう言って僕は手を振った。
「和也もね! じゃあまた!」
 学校に着くと、久しぶりに登校してきた僕に、みんな好奇の目を向けた。
「和也、お前大丈夫だったのか?」
「和也、和也じゃん!」
「ほんとマジで? 生きてたのか、お前!」
 と反応はみんな様々だった。けれどそんなことより、なにより僕を驚かせたのは、クラスの生徒の数だった。
 十五人しかいない……。
 前は、僕のクラスは三十一人だったはずだ。それがどうして……。
 けれど、そんな疑問に答えられる奴なんているはずがなかった。だってここにいるみんなは、ずっとこれが普通である時間の中で生きてきたのだから。

 放課後、暗くなる前に正人の家に寄ってから帰ろうと考えていたのだけれど、校門を出ようとしたところでクラスメイトの女の子に呼び止められ、学校に引き返すことになった。
 女の子の名前は香奈子と言った。目つきが鋭く、一年生だと言うのにもう生徒会の役員をしていると聞いた。剣道部に入っていると聞いたことはあるけど、ほんとかどうか知らなかった。つまり、クラスメイトではあったけど、そんなに親しい部類の子ではなかった。
「ねえ和也、あなたが二か月前にいなくなったとき、美津子と正人も一緒だったんでしょ?」
「え、いや、そんなことないよ。どうしてそんなこと聞くの?」
「その何日か前に、踏切に向かう三人を見たって子がいるの」
「踏切?」
「とぼけないでよ。知ってるはずよ? 美津子に踏切のこと聞かれたって子がいるの」
「いや、ほんとに知らないよ。ごめん、ちょっと用事があって急いでるから。また明日ね」僕はそう言って逃げるようにして学校を出た。

 正人の家に着くと、呼び鈴を押した。「今から家に行くよ」とラインで何度か話しかけたけど、やはり既読が着くことはなかった。
 空を見ると、なんだか雲行きが怪しかった。まだ昼の三時過ぎだと言うのに、辺りはもう暗い。
 外から見た感じ、正人の部屋の電気は消えていたけれど、一階の部屋には全部明かりがついていた。
 二度目の呼び鈴を押しても反応がない。
 しばらく待って、もう一度呼び鈴を押そうとした時、「なんだ?」と言って正人のお父さんが出てきた。目が据わり、酒に酔っているようだ。正人のお父さん、こんなだったっけ……。あまり顔を合わせたことはないけど、以前はもっと普通だったような気がする。声もしわがれ、赤い顔に刻まれた皺は深く、鬼のように見えた。
「あ、あの、こんにちは。正人君に会いに来ました」
「正人? 知らねーよ。どっかに行っちまった」
「どっかに、って、どこですか?」
「知るかよそんなこと! ここには俺しかいねーよ!」そう言って正人のお父さんは扉を閉めてしまった。
 俺しかいねー、と言うのは、どう言うことだろう。正人のお母さんまでどこかに行ったと言うことだろうか。僕は何もわからないまま正人の家を後にしようとした。と、振り向きざまに玄関の脇に何か光るものを見つけた。
「なんだろうこれ……、どこかで見たことあるような……」拾って見ると、長さ五センチほどの、薄い楕円形をした何かだった。見る角度によって、真珠のように白にも銀にも見えた。金属でもプラスチックでもない。けれどそのどれよりも固い。
 あっ、これって!?
「なにしてるの?」その声に振り向くと、香奈子がいた。
「え、か、香奈子、どうしたの?」僕の後をつけてきたんだろうか。
「私が聞いてるの。こんなところで何してるの? ここって正人の家よね。やっぱり和也、正人がいなくなったことに関係してるんじゃないの?」
「そ、そんなことないよ」
「でもあなた、正人と一番親しかったじゃない」
「そうだけど……」
 ぽつぽつと雨が降り出した。傘は持っていなかった。目の前の香奈子もどうやら傘を持っている様子はない。空はさっきよりも暗さを増していた。まるで夜が早く訪れようとしているように思えて、僕は少し焦った。けれど目の前の香奈子は、恐らく僕が満足のいく答えを言うまで譲りそうにない雰囲気だった。
「あ、雨降ってきたよ」
「そんなこと聞いてないわ」
「あの、本当に正人のことは知らないんだ。だから今、そのことを聞きにここまで来たんだよ」
「じゃあ美津子のことはどうなの? 今どこにいるの?」
「そ、それは……」
「何か知っているんでしょ?」
 そんな短い会話のうちに、雨は瞬く間に激しさを増し、僕と香奈子を濡らしていった。
「とにかく場所を変えようよ。濡れちゃうよ」そう言って駅の方に走り出そうとした僕を、逃げると勘違いしたのか「待ちなさいよ」と言って香奈子は道を塞ごうとしたので、僕は思わずその手を取って、引っ張るようにして走り出した。
「ちょ、ちょっと!」香奈子はそこから何も言わず、僕に手を引っ張られるまま一緒に走った。手には大きな荷物を三つも持っていた。長細いカバンと大きなやつは剣道の道具かな、と思いながら、僕は「ほら早く」と言ってその荷物を無理やり持ち、視界を遮る滝のような雨の中を必死に走った。
「無理だ無理!」僕は息を切らしながら言った。駅まではまだまだ遠い。まだ半分も戻らないうちにびしょ濡れだった。「とりあえず雨宿りしよう」と言いながら僕はたまたま見つけたお寺に入った。
 そこはそんなに広いところではなかったけれど、生垣に囲まれ、門を入ると左手に鐘の吊るされた鐘楼があり、その奥に本堂が見えたので僕は香奈子の手を引きそこまで走った。
「ちょっと、放してよ!」香奈子は息を切らしながらそう言って僕の手を振り払った。
「あ、ごめん……」僕はそう言って香奈子の荷物も返した。
 香奈子は濡れて寒いのか、少し震えているようだった。九月とは言えまだ夏服だ。
「大丈夫? 寒い?」
「平気よ……。ほっといて」
「うん。ごめん……」
「それより私の聞きたいのは……」香奈子はそこまで言って、口を止めた。「あ、あれ……」
「え?」そう言って僕は香奈子の視線の先を追った。
 激しい雨のせいでよく見えないが、寺の門のところに誰かが立っている。
「どうしてまだこんな時間なのに化け物がいるのよ……」香奈子が言った。顔が白く、唇も色を失っている。
「あ、あれ、化け物なの?」僕はよく見えなかったけど、目を細めてみると、なるほど人の雰囲気ではない。
「ここ、お寺なのに、入ってくるの? 結界どうなってるのよ……。無理、無理よ私……」香奈子はそう言いながら、持っていた長細いカバンから竹刀(しない)を取り出し、前に構えた。けどその手は、声は、雨の寒さか恐怖の為か、大きく震え、化け物どころか子犬一匹倒せそうにはなかった。







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