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4 座敷童(ざしきわらし)
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僕は長野に避難していると言うお父さんに連絡をした。すると明日には迎えに行くと言ってくれた。そのことを芹那と芹那のお父さんに伝えると、「じゃあ今日は泊まっていきなさい」と快く言ってくれた。
「和也、もしかして長野に住んじゃうの?」
夜になって晩御飯をごちそうになりながら、芹那がそんな話をした。
「こっちにもう家はないし、そうなるかも」
「学校とかはどうするの? 向こうで通うの?」
「うーん、できればこっちで通いたいけど、わからないや」
「それより和也の家、いったいどうしてあんなになっちゃったんだろ」
「結界が弱まって、化け物に襲われたんだね」芹那のお父さんがそう説明してくれた。
「結界、ですか?」
「うん。まあそもそも、化け物はみんな、顛倒結界の中に閉じ込められているはずなんだけど、なぜだか最近になって、その結界から抜け出てくる物や、どこからともなく現れる物が出てきたんだ。以前から無かったわけではないけれど、最近特に多いね」
「ねえお父さん、その顛倒結界ってなに?」
んふっ! と芹那のお父さんはそれを聞いて飲んでいたお茶を吹き出した。「芹那お前、知らないわけないだろう。小さい頃から普通に話してたのに」
「知らないよ、だって……」
芹那は今まで向こうの世界にいたことをどう言う風に説明したのだろう。このお父さんの様子を見ていると、あまり詳しくは言っていないようだった。そして未来が変わってしまったことも。たぶんきっと、言っても理解してもらえないと思って、嘘を言ったのだろうけど。
「まあ、和也君もいるから説明してあげるよ。結界って言うのはもともと、宗教なんかで聖域と普通の世界を分けるために作られた境界線なんだ。そこに悪魔なんかが入ってこないようにするためのね。例えばこの神社なんかも、化け物が入ってこられないように強力な結界を張ってある。特に日本は化け物が多いから、それぞれの家や車なんかにも結界を張ってあることが多いんだ」
「じゃあさっき言ってた顛倒結界って言うのは?」芹那が聞いた。
「顛倒って言うのは、逆さまってことだよ。つまり、結界が聖域を守るためにあるとすれば、顛倒結界は化け物や魔物を閉じ込めておくために使う結界なんだ。そう言うところは日本の至る所にある。東京や京都、奈良を始め、出雲や三重県の伊勢なんかにもあるね。まあつまり、むかし都があった場所や、大きな社寺があるところが多い。元からそう言うところは、化け物が多すぎて退治できず、いっそのこと閉じ込めてしまおうと言う考えになったんだ」
「そうなんだ……」僕はその話を聞いて、平城京の羅城門に見た長い塀を思い出した。
「ねえお父さん、和也、ここに住んじゃ駄目?」
「え?」と僕と芹那のお父さんは同時に言った。
「だって、和也、こっちで学校に通いたいんでしょ? でももう住む家無いんでしょ?」
「うん、まあそうだけど……」
「ねえお父さん、いいじゃない。どうせこの家無駄に広いんだし。使ってない部屋もいっぱいある」
「そ、そりゃまあお父さんはいいけど、和也君のご両親が何て言うかだよ。三人で勝手に決められる問題じゃない」
「それじゃあ明日和也のお父さんが迎えに来た時、話してみようよ。ね、和也?」
「え、う、うん、いいの?」僕がそう聞くと、芹那のお父さんは笑顔で「うちはぜんぜんかまわないよ」と言ってくれた。
夜は一階の客間を貸してもらい、布団を敷いて横になった。
考えてみれば、布団で寝るのなんか久しぶりだった。向こうの世界では、いつも地面の上や、木に寄り掛かって寝ていたのだ。
なんだか寝付かれなかった。
目を閉じるといろんなことが思い出され、今こうやって布団の中で寝ている自分と向こうの世界で化け物相手に戦っていた自分が同じ人間だなんて思えなくなるのだ。
僕は……、僕はまた戦えるのだろうか……。
そんなことを考えていた時、ふと隣の部屋からばたばたと足音のようなものが聞こえた。
隣は居間になっている。
芹那も、芹那のお父さんも、二階の自分の部屋で休んでいるはずだ。
ほかに、誰もいるはずがない……。
しばらくすると、きゃっきゃっと小さな女の子がはしゃぐような声が聞こえてきた。
僕は居ても立っても居られなくなり、起きてそっと隣の部屋を覗いたが、もうそこには誰もいなかった。すると今度は台所の方から足音が聞こえてきた。
バタバタ……、バタバタ……。
「ふふふ……、ふふふ……」と、明らかに女の子の声が聞こえる。
僕が台所へ行くと、廊下の方から。僕が居間を覗くと、客間の方から。客間に戻ると、また居間の方からと、まるで僕をからかうように場所を変えてくる。
しばらくすると、二階から芹那のお父さんが降りてきた。
「やあ和也君、騒がしいね」そう言って芹那のお父さんは笑っていた。
「あの、すみません……」僕がそう謝ると、「いやいや、違うんだよ。和也君のせいじゃない」と言って芹那のお父さんはまた笑って言った。「うちにはね、代々座敷童(ざしきわらし)が出るんだよ」
「座敷童ですか?」
「そうさ。我が家の守り神だよ。和也君、気に入られたみたいだね」そう言って芹那のお父さんは、台所でお茶を飲み、トイレに行って自分の部屋に帰って行った。
「座敷、敷童か……」僕はそうつぶやき、客間に戻って布団に入った。
疲れた体に柔らかな布団は心地よく、今度はなんとか寝られそうだ……。と考えながらウトウトしだした時だった。
ズシンッ! と足元に何かが落ちてきた。
僕は顔を上げようと首に力を入れたが、首どころか指一本動かすことができなかった。
ば、化け物……。
そいつは最初足の上に乗っていたが、次第に僕の身体をゆっくりと上に上がってきた。
右手、左手、右足、左足、また右手……、と、ゆっくりゆっくりと僕の身体を這いあがってくる。
そしてついにそいつは僕のお腹の上、そして胸の方までやってきた。
何もできない……、何もできない……、僕はそいつの正体を見ようと、薄く開けた瞼(まぶた)から必死に下を見た。
と、その瞬間、僕の胸の上にいたそいつが「お兄ちゃん! 鬼退治!」と言ってきゃっきゃと笑った。
「こ、コトネ!?」
「お兄ちゃん!」そう言うとコトネは僕の胸の上から降り、すさまじい力で僕の腕を引っ張った。
「こ、コトネ!」僕はコトネに再会できた嬉しさと、肩の関節が外れてしまいそうな痛みに耐えながら、引きずりまわされるようにしてコトネと一緒に客間をぐるぐると回った。
「和也、もしかして長野に住んじゃうの?」
夜になって晩御飯をごちそうになりながら、芹那がそんな話をした。
「こっちにもう家はないし、そうなるかも」
「学校とかはどうするの? 向こうで通うの?」
「うーん、できればこっちで通いたいけど、わからないや」
「それより和也の家、いったいどうしてあんなになっちゃったんだろ」
「結界が弱まって、化け物に襲われたんだね」芹那のお父さんがそう説明してくれた。
「結界、ですか?」
「うん。まあそもそも、化け物はみんな、顛倒結界の中に閉じ込められているはずなんだけど、なぜだか最近になって、その結界から抜け出てくる物や、どこからともなく現れる物が出てきたんだ。以前から無かったわけではないけれど、最近特に多いね」
「ねえお父さん、その顛倒結界ってなに?」
んふっ! と芹那のお父さんはそれを聞いて飲んでいたお茶を吹き出した。「芹那お前、知らないわけないだろう。小さい頃から普通に話してたのに」
「知らないよ、だって……」
芹那は今まで向こうの世界にいたことをどう言う風に説明したのだろう。このお父さんの様子を見ていると、あまり詳しくは言っていないようだった。そして未来が変わってしまったことも。たぶんきっと、言っても理解してもらえないと思って、嘘を言ったのだろうけど。
「まあ、和也君もいるから説明してあげるよ。結界って言うのはもともと、宗教なんかで聖域と普通の世界を分けるために作られた境界線なんだ。そこに悪魔なんかが入ってこないようにするためのね。例えばこの神社なんかも、化け物が入ってこられないように強力な結界を張ってある。特に日本は化け物が多いから、それぞれの家や車なんかにも結界を張ってあることが多いんだ」
「じゃあさっき言ってた顛倒結界って言うのは?」芹那が聞いた。
「顛倒って言うのは、逆さまってことだよ。つまり、結界が聖域を守るためにあるとすれば、顛倒結界は化け物や魔物を閉じ込めておくために使う結界なんだ。そう言うところは日本の至る所にある。東京や京都、奈良を始め、出雲や三重県の伊勢なんかにもあるね。まあつまり、むかし都があった場所や、大きな社寺があるところが多い。元からそう言うところは、化け物が多すぎて退治できず、いっそのこと閉じ込めてしまおうと言う考えになったんだ」
「そうなんだ……」僕はその話を聞いて、平城京の羅城門に見た長い塀を思い出した。
「ねえお父さん、和也、ここに住んじゃ駄目?」
「え?」と僕と芹那のお父さんは同時に言った。
「だって、和也、こっちで学校に通いたいんでしょ? でももう住む家無いんでしょ?」
「うん、まあそうだけど……」
「ねえお父さん、いいじゃない。どうせこの家無駄に広いんだし。使ってない部屋もいっぱいある」
「そ、そりゃまあお父さんはいいけど、和也君のご両親が何て言うかだよ。三人で勝手に決められる問題じゃない」
「それじゃあ明日和也のお父さんが迎えに来た時、話してみようよ。ね、和也?」
「え、う、うん、いいの?」僕がそう聞くと、芹那のお父さんは笑顔で「うちはぜんぜんかまわないよ」と言ってくれた。
夜は一階の客間を貸してもらい、布団を敷いて横になった。
考えてみれば、布団で寝るのなんか久しぶりだった。向こうの世界では、いつも地面の上や、木に寄り掛かって寝ていたのだ。
なんだか寝付かれなかった。
目を閉じるといろんなことが思い出され、今こうやって布団の中で寝ている自分と向こうの世界で化け物相手に戦っていた自分が同じ人間だなんて思えなくなるのだ。
僕は……、僕はまた戦えるのだろうか……。
そんなことを考えていた時、ふと隣の部屋からばたばたと足音のようなものが聞こえた。
隣は居間になっている。
芹那も、芹那のお父さんも、二階の自分の部屋で休んでいるはずだ。
ほかに、誰もいるはずがない……。
しばらくすると、きゃっきゃっと小さな女の子がはしゃぐような声が聞こえてきた。
僕は居ても立っても居られなくなり、起きてそっと隣の部屋を覗いたが、もうそこには誰もいなかった。すると今度は台所の方から足音が聞こえてきた。
バタバタ……、バタバタ……。
「ふふふ……、ふふふ……」と、明らかに女の子の声が聞こえる。
僕が台所へ行くと、廊下の方から。僕が居間を覗くと、客間の方から。客間に戻ると、また居間の方からと、まるで僕をからかうように場所を変えてくる。
しばらくすると、二階から芹那のお父さんが降りてきた。
「やあ和也君、騒がしいね」そう言って芹那のお父さんは笑っていた。
「あの、すみません……」僕がそう謝ると、「いやいや、違うんだよ。和也君のせいじゃない」と言って芹那のお父さんはまた笑って言った。「うちにはね、代々座敷童(ざしきわらし)が出るんだよ」
「座敷童ですか?」
「そうさ。我が家の守り神だよ。和也君、気に入られたみたいだね」そう言って芹那のお父さんは、台所でお茶を飲み、トイレに行って自分の部屋に帰って行った。
「座敷、敷童か……」僕はそうつぶやき、客間に戻って布団に入った。
疲れた体に柔らかな布団は心地よく、今度はなんとか寝られそうだ……。と考えながらウトウトしだした時だった。
ズシンッ! と足元に何かが落ちてきた。
僕は顔を上げようと首に力を入れたが、首どころか指一本動かすことができなかった。
ば、化け物……。
そいつは最初足の上に乗っていたが、次第に僕の身体をゆっくりと上に上がってきた。
右手、左手、右足、左足、また右手……、と、ゆっくりゆっくりと僕の身体を這いあがってくる。
そしてついにそいつは僕のお腹の上、そして胸の方までやってきた。
何もできない……、何もできない……、僕はそいつの正体を見ようと、薄く開けた瞼(まぶた)から必死に下を見た。
と、その瞬間、僕の胸の上にいたそいつが「お兄ちゃん! 鬼退治!」と言ってきゃっきゃと笑った。
「こ、コトネ!?」
「お兄ちゃん!」そう言うとコトネは僕の胸の上から降り、すさまじい力で僕の腕を引っ張った。
「こ、コトネ!」僕はコトネに再会できた嬉しさと、肩の関節が外れてしまいそうな痛みに耐えながら、引きずりまわされるようにしてコトネと一緒に客間をぐるぐると回った。
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