裏腹少女2

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21.おかえりと始まり

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「雅人、お腹空いた。プリン買って来て」

「嫌だよ。こんな遅い時間に」

 長旅の疲れをベッドの上で癒す。ホテルではなく落ち着ける自室で。

「なんでよ。可愛い私がこんなにもお願いしてるんだから普通買って来るでしょ?」

「自分の食べたい物ぐらい自分で買ってきなよ。子供じゃないんだしさ」

「あっそ。そういう事言うんだ。やっぱり私、向こうの親戚の家に行っちゃおうかなぁ~」

「ひ、卑怯者……そんな気なんかこれっぽっちもないクセに」

 反発の言葉に対して訪問者の表情が意地の悪そうな物へと変化。腕を腰に当てて偉そうな態度全開だった。

「……プリンだけで良いの?」

「あれ? まさか本当に買ってきてくれるの?」

「食べたいんでしょ? それに買って来ないと怒るし」

「やった。なら後は冷凍みかんもお願い」

「へいへい…」

 財布とケータイを持って部屋を出る。ドアを開けると廊下へ出た。

「コンビニ行ってくるけど何かいる?」

「ん? こんな時間に?」

「お兄ちゃん、パシりやねん。めっちゃコキ使われてるねん」

「……どうしたの。頭でも打ったの」

 ついでにリビングに寄って声をかける。テレビを見ていた両親や香織に。

 用件を聞いた後は靴を履いて自宅を出発。昼間と違って涼しい住宅街を歩いた。

「めんどくさ…」

 祭りの翌日、華恋と2人で墓地に寄り道。当分は出来ない母親の墓参り目的で。

 別れの挨拶を済ませた後は電車に乗って地元へと帰還。修学旅行に行く時のようなハイテンションで帰って来た。

 無事に目的も果たせて、仲直りも出来て。全てが丸く収まった結末。ただ1つだけ自分達の間柄が以前と変わっていた。

「ほら、買って来たよ」

「ん、サンキュー。お疲れ様」

 買い物を済ませた後はのんびりペースで帰宅する。綺麗な星空を眺めながら。

「遅い時間に甘い物食べたら太るよ。ほどほどにね」

「だってお腹空いたんだから仕方ないじゃん。ダメだって言うなら最初から買って来ないでよ」

「そっちが買って来いって言ったんじゃないかああぁぁっ!!」

 購入品をワガママ姫に献上。鬱憤を晴らすように怒りの声で叫んだ。

「……はぁ」

 いつも通りの会話。他愛ないやり取り。こんな日常に戻れた事に安堵していた。同時に爆弾みたいな不安も抱えていた。

「あ~あ…」

 華恋を連れ戻せたとはいえこれからは今までと違う関係を築いていく事になる。それは同時に家族や友達に隠し事を増やすという事。

 バレたら言い訳なんか通用しない。問答無用で叱責を喰らう。唯一の救いは目の前で幸せそうにプリンを頬張っている妹だった。

「美味しい?」

「おいひぃよ。雅人も食べる?」

「なら一口だけ貰おうかな」

「はい、あ~ん」

「あ~ん」

 プラスチックのスプーンが目の前に差し出される。プルプル震える黄色い物体に向かって大きく口を開けた。

「……何してんの」

「あ…」

 しかしその光景を運悪く第三者に目撃される羽目に。開いたドアの先にもう1人の妹が立っていた。

「相変わらず仲良いね。まるで恋人同士みたいじゃん」

「そ、そうかな。香織とだってよくやったりしたでしょ?」

「え? ないよ。私がそういう事するといつも嫌がってたじゃん」

「え~と……覚えてないや」

 必死に言い訳を繰り広げる。そのおかげか訪問者は大した追及もなく退散してしまった。

「……はああぁぁぁ」

 2人して盛大に溜め息をつく。静かになった空間で。

「まさか見つかっちゃうとはなぁ…」

「私も油断してたわ。いつもなら階段を上がってくる音で気付くのに」

「抱きついたりしてなくて良かったよ。さすがにそこまでやってたらごまかしきれない」

「迂闊に家の中でイチャついたり出来ないわね。これは死活問題だわ」

「そ、そこまで言いますか…」

 これからは今まで以上に気を張り巡らしておかなくてはならないらしい。自宅でも学校でも。

 そしてもう1つだけ懸念材料が存在。ずっと休み続けていたバイト先の状況が気がかりだった。



「……どうしてまた顔を合わせちゃうかなぁ。もう二度と会わないみたいな事を言ったのに」

 バイトの暇な時間、隣に立っている同僚に声をかける。背の低い女の子に。

「そんなの私に聞かれても。先輩が勝手にそう解釈しただけじゃないですか」

「もしかしてこの数日間、ほぼ毎日働いてらっしゃったんですか?」

「えぇ、そうですよ。何でもバイト学生が急に連休をとってしまったとかで」

「す、すいません…」

 続けて頭の位置を下に移動。申し訳ない気持ちを精一杯に込めて謝った。

「はぁ…」

 店長からは予想通り愚痴文句のような説教を受けた。ただしクビという事態は回避。それは恩赦ではなく新しく入ってきてくれた新人の子のおかげだった。

「む…」

 どうやら紫緒さんに誘われてまたこの店で働く事になったらしい。優奈ちゃんが復帰してくれたので自分のいない間もお店は通常通りに回っていた。

「あの、やっぱり迷惑でした?」

「ふぇ? 何が?」

「だから私がまたこのお店で働く事になった事…」

「いや、そんな事はないんじゃないですかね…」

 萎縮していると今度は彼女の方が俯いてしまう。申し訳なさそうに。

「……先輩が辞めろっていうならそうします。私の顔なんか見たくないっていうなら」

「いやいや、そんな事は絶対に言わないから! 人手も足りないんだし残っておくれよ」

「じゃあ人手が足りてきたら頃合いを見計らって辞めますね」

「そ、それもちょっと…」

 やはり負い目を感じているらしい。彼女の口からはワザとであろう意地悪な発言が飛び出した。

 とはいえここで強気な態度を出して機嫌を損ねられても困る。必死な弁明を繰り返して何とか軌道修正を図った。

「……分かりました。先輩がそこまで言うのなら続けます」

「それは良かった」

「ただ正直な気持ちを言わせてもらえば後悔はしています」

「またこの店で働き始めた事?」

「はい。先輩にはもう会えないって言われたし、一度辞めてしまってるから格好悪いし」

「そんなの気にしなくて良いって。店長も優奈ちゃんが戻って来てくれた事を喜んでたぐらいだからさ」

 恐らく全てのパート、バイト従業員を含めた中で一番有能なのは瑞穂さんか彼女だろう。店長が諸手を挙げて再採用した決断にも納得出来た。

「ありがとうございます。でも先輩と顔を合わせるのだけはちょっと」

「そ、そんなに見たくないですか……この顔が」

「はい、とっても」

「えぇ…」

 本気で言ってるのか冗談なのかは分からない。ただ気まずい空気が漂っている事だけは理解出来た。

「前にさ、大切な人がいるからもう会えないって言ったの覚えてる?」

「はい?」

「あれ、妹の事なんだよね」

「妹…」

 仕方ないのでここ数日に起きた出来事を打ち明ける。華恋の家出から始まった一連のエピソードを。告白や交際の件に関しては伏せて説明。言い訳を繰り広げるように会話を進めた。

「……というわけで、ここ数日はバイトを休んでいました」

「そうだったんですか。私はてっきり好きな女の子を追いかけてたんだとばかり」

「いや、え~と…」

 好きな女の子を捜しに行ったのは事実。けれどそれを口にする訳にはいかない。

「妹さんを捜しにわざわざバイトを休むなんてよっぽどの心配性なんですね。先輩は」

「そ、そうなのよ。メンタル弱くて」

「なら私がこれから先輩と会っても何も問題はないんですね。良かった」

「いや、それは…」

 問題ない事はない。むしろ大問題だった。

 別の女性と密会してる現場を華恋に目撃されたら半殺しにされてしまうだろう。そして再び家出をして破局。気を遣って下した決断が余計に状況を悪化させてしまっていた。

「あの、聞いてほしい話があるんだけど!」

「はい? 何ですか?」

「実は僕、超が付くぐらいのシスコンなんだよね!」

「は、はぁ?」

「ずっと隠してたんだけど妹の事が大好きで大好きで、もう力いっぱい抱き締めてやりたいぐらいに愛してるんだよ」

「え、え…」

「今回の家出の件で気付いたんだ。もう妹以外の女の子を可愛がる事は出来ないって。だからゴメン! 2人っきりでプール行く話は無かった事に」

 咄嗟に思い付いた理屈を振りかざす。大袈裟な動作も付け加えながら。

 華恋との関係をバラす訳にはいかない。かといって目の前にいる後輩と遊びに行く訳にもいかない。それならば妹大好きのシスコン変態兄貴でいる方がマシだった。

「……それ何の冗談ですか」

「冗談じゃないんだよ。マジエピソード」

「だ、だって前はそんな素振り見せてなかったじゃないですか。いつも引っ付いてきて鬱陶しいとか言ってたし」

「うぐっ…」

「確かに仲が良いなぁとは思ってましたけど、だからってそんな…」

 しかし話の流れは期待とは違う方向へと向いてしまう。面倒な事情聴取へと。

「や、やっぱり信じられないですか?」

「当たり前です。先輩はそういう人間じゃないと思ってたのに。私と遊びに行くのが嫌だから嘘をついてるとしか思えない…」

「ち、違うってば! 別にそういうつもりじゃ…」

「なら私とどこか遊びに行ってくれても良いじゃないですか。どうして拒むんですか」

「それはその…」

 思考回路の混乱がますます進行。シスコン説は否定されるし、デートの件は諦めてくれないし。かといってここで素直に要望に応じる訳にもいかなかった。

「……分かりました。では一緒にどこかに出掛けましょう」

「本当ですか!?」

「今度の休みの日で良いかな? 詳しい場所や時間については後日連絡するって事で」

「はい。楽しみにしていますね」

「えへへ…」

 必死で考え出した作戦を口にする。ボロが出ないように気を付けながら。

 ようは2人きりの状況を作らなければ良かった。華恋以外の女の子と密接になる展開を。



「行ってきま~す」

 そしてバイトが休みの日に早速外出。それはずっと約束していた夏休みの思い出作りの為。無事に華恋と帰って来る事が出来たので智沙と香織を加えてのお出掛けだった。

 電車に乗ると計画通りに県内のテーマパークへ移動。当初の予定と違っているのはメンバーが3人追加された点だった。

「いやぁ、晴れて良かったわねぇ」

「だね~、天気予報だと降水確率30パーセントって言ってたけど。そういえばちーちゃん髪切った?」

「あ、気付いちゃった? 汗でうなじにくっ付くからバッサリいっちゃった」

「へぇ、でも印象あんまり変わんないよね」

「そんなバカな」

 電車の中で各自が自由に騒いでいる。香織は智沙と、颯太は紫緒さんと。そして自分は華恋と優奈ちゃんに挟まれながら吊革に掴まっていた。

「……いやぁ、遊園地楽しみだなぁ」

 周りの4人はずっとお喋りをしている。それなのに両サイドの2人だけは終始無言。

「はぁ…」

 メンバーが追加されたのは主催者権限を使って彼らを誘ったから。せっかくの夏休みなんだし人数が多い方が楽しいからという理由で。

 そしてついでに優奈ちゃんも連れ出してしまえば約束を果たせると計算。騙してしまったみたいで申し訳ないが、これ以外に上手く切り抜けられる方法が思い浮かばなかったのだ。

「う~ん…」

 ただ今回の件で1つだけ懸念したのはメンバーの構成。初対面同士の組み合わせによる不安。親しくもなければ苦手同士な者もいる。残念な事にそれらの問題を解決させる前に約束の日を迎えてしまっていた。

「み、皆テンション高いね。やっぱり遊園地っていくつになっても楽しみなのかな」

「む…」

「颯太なんか昨夜はなかなか寝付けなかったとか言ってたし。寝坊しなかったから良かったけどさ」

「……ん」

「いやぁ、楽しみだな~。向こうに着いたらまず何に乗ろう」

「はぁ…」

 必至で場を取り繕おうと奮闘する。しかし結果は全て空振り。それはまるで嫁姑問題に悩まされる旦那のような環境。針の筵そのものだった。

「あの、さ…」

「へ?」

 逃げ出してしまおうかと考えていると無言だったメンバーの片方が口を開く。朝からずっと不機嫌だった妹が。

「前にビンタしちゃった事あるじゃん。ゴメンね…」

「……いえ。あれは私が全面的に悪かったですから」

「でも叩くのはさすがにやりすぎだったかなぁと。ゴメン」

 自分を挟んで2人が会話を開始。ただしどちらもトーンが暗かった。

「頭を下げなくてはいけないのは私の方です。すみませんでした」

「別にもう気にしてないから謝らなくても良いわよ」

「いえ、まだちゃんと謝罪していなかったので。アナタと先輩には多大な迷惑をかけてしまった訳ですし」

「反省してるのは分かってんだからもう良いってば」

「騙すような真似してごめんなさい」

 言葉を交わしているがお互いに目は合わせていない。華恋は窓の外を、優奈ちゃんは床を見るように俯いた姿勢を維持。

「私の方だって悪かったなぁって思うわよ。後から考えたら年下相手に大人気なかったなって」

「そんな事はないです。アナタの言う事は正しかったです。私が間違えていました」

「……あのさ、そこまで卑下されると逆にムカつくんだけど」

「ごめんなさい…」

「あーーっ、もう! 謙遜のし合いはおしまい。せっかく遊びに行くんだからやめましょ」

「そうですね。反省ばかりしてても楽しめないですし」

 そして何かが吹っ切れたように華恋が大きな声を出す。車内は騒がしかったので周りの乗客は誰も反応していなかった。

「もう私は何とも思ってないから。雅人を騙したり利用したりさえしなければそれで構わない」

「そんな事しません……絶対に」

「……なら良いけど」

「今度からはちゃんと誘います。自分の意志で堂々と」

「は?」

 話し合いが和平を結び始めるが途中で不穏な物に突入する。避けたかったデッドゾーンへと。

「あ~、そういえば優奈ちゃんね。またうちの店で働く事になったんだ」

「ふ~ん。でもどうしてまた?」

「紫緒さんに誘われたんだって。戻ってきて一緒に働かないかって言われたらしいよ」

「あぁ。確かアンタ達、同じ学校って言ってたわね」

「そうそう」

 すかさず割り込んで話の方向性を転換。せっかく修復しかけた関係を再び壊す訳にはいかなかった。

「ふぅ…」

 ちなみに丸山くんも誘ってみたのだが、まだ実家にいるという事でキャンセル。鬼頭くんに関しては華恋と優奈ちゃんからのダブルNGが出てしまったので声をかける事すら叶わなかった。

 仲間外れにしてるようで少々心苦しい。今頃は家で1人孤独に過ごしているのだろうか。

「あ、次の駅で降りるよ」

 電車とバスに揺られながら目的地を目指す。去年、香織と遊びに来てケンカした場所を。

「んーーっ、良い天気だぁ……ってか暑っ!!」

 しばらくすると人で賑わう施設に到着。バスから一歩降りた瞬間に智沙がノリツッコミともとれる台詞を叫んだ。

「元気だなぁ…」

 元々この計画は失恋して落ち込んでいた彼女を励ます為のもの。けれど本人はその素振りを全く見せていない。完全に吹っ切れたのかもしれない。

 おおざっぱな性格に似合わない一世一代の告白は自分達だけの秘密。恋をしていた事も見事に玉砕した事も全部ひっくるめて胸の中に仕舞っておこう。そう1人で勝手に心の中で誓っていた。

「……あ、どうも」

「小さくて可愛いですね。触っても良いですか?」

「え? いや、あの……はぁ」

 香織と優奈ちゃんが並んでお喋りをしている。同い年同士の組み合わせコンビが。

 この2人は今日が初対面。だがそこには大きな隔たりが無い。お互いに頭を撫でまくっていた。

「なぁ、雅人。あの小さい子誰だよ?」

「バイト先の後輩だよ。昨日、言わなかったっけ?」

 ペットボトルに口をつけていると颯太が隣に近付いて来る。周りに聞こえないように耳打ちしながら。

「あの子がそうなのか。最初、小学生かと思っちゃったぜ」

「それ本人の前で言わないでね。結構気にしてるみたいだし」

「了解。大きくなったら美人になりそうなタイプだな」

「……頼むから変な真似はしないでおくれよ」

 頭の中である光景を思い浮かべた。友人が光源氏計画を実行している姿を。

 とはいえ彼女は既に高校2年生。これから体が成長する確率はほぼゼロに近い。大人の女性への階段を既に上り終えてしまった状態だった。

「先輩、先輩」

「ん?」

「今日、男女比率悪くないすか?」

「あ~、そういえばそうだね」

「先輩がイケメンを連れて来てくれると思って楽しみにやって来たのに。うちのワクトキ返してくださいよ!」

「君は合コン感覚で参加したのかい?」

 颯太と入れ違いに紫緒さんが話しかけてくる。露骨な仏頂面を浮かべながら。

「仕方ないなぁ。先輩で我慢しておきますか」

「嬉しくない妥協やめてくれよ。僕じゃなくても颯太がいるじゃないか」

「モッサリ先輩は友達としてなら良いんですけど、男としての魅力が壊滅的に無いので」

「……電車の中であんなに楽しそうにお喋りしていたというのに」

「あ、チョコバー食べます? うちの食べかけっすけど」

「い、いらないよ。自分で食べなって」

 顔の前に差し出されたお菓子を全力で拒否。暑さのせいでドロドロに溶けていた。

「うん…」

 心の中で小さく頷く。皆が上手くコミュニケーションをとってくれていたのが嬉しくて。

 全員が顔見知りという訳ではないし、年齢や学校もバラバラ。だから少々不安ではあった。

 しかしよく考えたら自分以外は人見知りしないタイプばかり。なのでそこまで心配する必要は無かったのかもしれない。親しげに会話している友人達を見ながらそう確信していた。

「人が多いからね、はぐれないように皆気をつけてよ」

「は~い」

 智沙が先頭に立って皆を仕切っている。引率の先生のように。

「あっつ…」

 夏休みだからか園内には数多くの来場者が存在。先日の夏祭りを彷彿とさせる混雑具合だった。

 ただその弊害を堪えてでも来る価値がこの場所にはある。それはあちこちに設置された施設ではなく、ここでしか作れない思い出の数々。

 周りを見れば皆が猛暑を吹き飛ばしてしまそうな笑顔だった。約1名を除いては。

「さっきから怒ってる感じがするんだけど気のせい?」

「……べっつにぃ~」

 隣を歩く人物に声をかける。不機嫌感満載の妹に。その理由は何となく察知。初めてのテーマパークなのにデートとして来られなかった事に彼女は苛立っていた。

「あんまり変な顔するのやめようよ。せっかくの外出なのに楽しめなくなっちゃう」

「それは分かってるんだけどさぁ…」

「口を尖らせてアヒルみたいだ。いや、どちらかというとタコかな」

「おうおう。あんまり変な発言すっと、この尖った口でチューすんぞ」

「こ、この場所では勘弁…」

 手を振りながら後退する。人にぶつかないように気を付けて。

「はぁ~あ、どうせなら2人で来たかったなぁ」

「たまには良いじゃん。こうやって大人数で遊びに行くのも」

「そうだけどさぁ。せっかく付き合い始めたのに何か…」

「不満?」

「……うん」

 問い掛けに対して彼女の表情が変化。ハムスターのように頬を膨らませた。

「ねぇ。私達って本当に付き合ってんの?」

「ん? 形式上はそういう事になってるんじゃない。一応、告白はした訳だし」

「それにしちゃあ扱い酷くない? 彼女より他の友達を優先するなんて」

「いやいや、優先はしてないじゃないか。こうして華恋も誘ってるんだし」

「でも私が一番って訳じゃないでしょ? 智沙やバカ男と横一線扱いじゃない」

「あの……もしや常に自分が特別扱いされてないと気が済まないタイプ?」

「当たり前じゃん。いつだって雅人の一番でいないと納得しないよ、私は」

「それちょっと怖いんですが…」

 相変わらず面倒くさい理屈で生きている。融通の利かないワガママな性格で。

「はぁ…」

 今の自分には華恋以上に優先する物はこの世に存在していない。だがその気持ちを口でも行動でも伝えていないから不満なのだろう。彼女はしっかりとした確信が欲しいのだ。自分が愛されているという証が。

「華恋」

「……何よ」

 思えば随分と遠回りしてしまった気がする。出逢ってから1年以上。その間に告白して、別れて、再会して、そしてまた告白して。

 歪な関係だった。そしてそれはこれからも変わらない。生まれ変わりでもしない限り永遠に。

 その運命を恨んだりもした。けど今は感謝している。もし別々の場所に誕生していたのなら、きっと自分達は巡り会っていなかったのだから。

「ん…」

「……っ!?」

 覗き見るように華恋の口元に顔を近付ける。そのまま潤んでいる唇に向かって優しく触れた。

「え、え……なに急に!」

「ごめん。こうでもしないと納得してくれない気がして」

「ビックリしたじゃない! 不意打ちすぎ!」

「悪かった悪かった。謝るから怒らないでくれ」

 予想に反して慌てふためくリアクションが返ってくる。頬を真っ赤に染める反応が。

「とりあえず納得してくれた? 華恋の事が一番大事だって」

「ま、まぁ……うん。好きでいてくれてるんだなぁっていうのは伝わった」

「なら良かった」

 心の中には照れ臭さが充満。ついでに清々しい達成感も。

「良い思い出が出来たかな。雅人とのファーストキス…」

「え? 華恋からしてきた事は何度かあるから初めてではないよね?」

「うぅん、初めてだよ。今までのは全部練習だから」

「……凄い自分勝手な理屈」

「えへへ…」

 彼女が人差し指を口元に移動。今のやり取りを想起するように何度も触れていた。

「んっ…」

 これから先の人生を考えると怖くなる。家族だけではなく目の前を歩いている大切な人達との繋がりが途切れてしまうのではないかと。

 それでも今この時だけは楽しもうと決めていた。現実逃避ではなく未来に進む為の決断として。

「雅人」

「なに?」

「大好きだよ」

「……ありがと」

「しししし…」

 考え事をしていると目の前に手を差し出される。心の底から笑っている笑顔と共に。

「うん…」

 二度と離したくはない。この胸に抱いた感情も温もりも。

 空を見上げれば青々しい世界が存在。夏の成長を実感しながら大好きな人の手を握り締めた。
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