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第2部 私と貴方の婚約者生活

幕間 降誕祭 前編 (本編11話と12話の間)

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「なんだかいつもより騒がしいですね?」

 皇宮で働く侍女達が、数日前から何時もより忙しなく仕事をこなしている気がします。
 すれ違う皇宮を警護する女騎士さん達も、どこかそわそわとしていて様子がおかしい。
 その疑問に、侍女であるケイトが答えてくれた。

「ええ、みな降誕祭に浮き足立っているのですよ」

「降誕祭?」

 降誕祭とは、トレイス正教会の崇める主神が生まれた日を祝う祭事の事である。
 ちなみに降誕祭自体は、サマセット公爵家の領地でも行われています。
 しかしサマセット公爵家で行われる降誕祭は、何というかその、ものすごく地味なんですよね。
 この点に関しては、お父様が宗教侵略を防ぐために、わざとそうしているものだと思われます。
 それなのに正教会側には、厳かにお祝いしているのですと原点回帰的な主張をしている
 よって教会側からは敬虔な信徒だと思われているのだから、お父様はほんとうに人が悪い。
 あの人畜無害そうな顔つきと優しい声色に一体、どれだけの人間がだまされているのか……。

「皇都の降誕祭は、どこの領地よりも派手だと言われていますね」

「へぇ」

 そういえば、サマセット公爵領に居た同世代の女の子達も、こんな地味なのじゃなくて、皇都の降誕祭に行ってみたいと話していた気がします。

「それに皇都の降誕祭は、恋人達のお祭りとしても人気でございますから」

 ケイト曰く、降誕祭では恋人と過ごし、お互いに贈り物を交換するのが最近の流行だとか。
 降誕祭は家族で食事をするものとばかり思っていたのですが、どうやらこちらの流儀は違うようです。

「姫様は、坊っちゃまに何を贈られるのです?」

「えっ?」

 私は自然と、斜め後ろに控えるエマへと視線を送る。
 たとえ私が何も用意していなくとも、エマならきっと何かを用意してくれているはず……。
 って、露骨にすぅっと視線を逸らしましたねエマ。
 くっ、今の今までそんな事知らなかったのに、私が何かを用意してるわけがありません。

「えっ? じゃ、ありませんよ姫様、何か用意してあげないと坊っちゃまは絶対に拗ねますよ」

 年の瀬なのにそれで仕事が滞って、私の足に縋り付いて泣きつくヘンリーお兄様の情けないお姿が、安易に想像できました。
 家族の分と従者達の労いの分は例年の様に準備していたのですが、ウィルの分を早急にどうにかしなければならない様ですね。

「さてどうしたものでしょう……ウィルって何でも持っていそうですし、あの人に手に入らないものってあるのでしょうか……」

 宝石類、装飾品、武器に鞍。
 皇太子であるウィルの立場で手に入らない物が、私の立場で手に入るとは思えません。

「大丈夫ですよ姫様、坊っちゃまなら多分そこらに生えている雑草を摘んだとしても、姫様からの贈り物であれば大喜びですよ」

 ケイト……。
 流石にそこら辺に生えている雑草をウィルに贈るのはどうかと思いますよ。
 それはあまりにも可哀想すぎます。

「もういっそのこと、エスター様自身をプレゼントなさればよろしいのでは?」

 思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになりました。
 まったくエマは、油断も隙もありません。

「今すぐ大きな赤いリボンを用意しましょう」

 エマのこの笑顔は、完全に楽しんでる時の顔です。

「エマ、それでは姫様も困惑しますよ」

 さすがですケイト。
 将来の侍従長になるエマを、ちゃんと教育してあげてくださいませ!

「いいですか姫様、初めての時は驚く事も多いでしょうが、恐ければ坊っちゃまにちゃんと言うんですよ」

 ちっがーう!
 そうじゃなくって!!

「それと、皇后様が坊ちゃんを出産した時も私が取り上げたんですよ。だから姫様もご安心してくださいね」

 気が早いよ!
 もうね、展開が全部が早い!!

「あわわわ……」

 ほら! アマリアなんて顔を真っ赤にして!!
 これはもう完全にセクハラ案件ですよ!

「まぁ、冗談はこれくらいにして……装飾品でも食べ物でもなんでもいいからご用意下さいませ」

 もう! 本当に冗談が過ぎますよケイト。
 まぁ、私はこういうケイトのノリの良いところ、嫌いではありませんけどね。

「うーん、改めて考えると色々と悩みますね」

 ケイト曰く、当日はかなり豪華な料理が振舞われるようです。
 この時点で私の中から食べ物は除外されました。
 いっぱい食べた後、それも一流のシェフが作ったデザートの後に、自分の作ったお菓子を出すとかやっぱり気が引けます。

「やっぱり……」

「却下!」

 諦めてくださいエマ。
 その提案だけは絶対になしです。
 だからその手にもったリボンを、今すぐどこかに置いてください。

「あの……」

 隣にいたアマリアが口を開く。
 どうやら先程の状況から、なんとか立ち直ったようです。

「手袋と揃いのマフラーはどうでしょう?」

 おぉ、素晴らしい案です。

「まぁ、無難なところではありますね」

 いやいやいや、無難でいいんですよ。
 そんな悔しそうな顔してもダメですからねエマ。
 あと何度もいいますが、その手に持った真っ赤なリボンはしまってくださいませ!

「いいですね、それでいきましょう」

 私は有無も言わさず押し切った。
 だってこのままじゃ、本当にリボンつけられて差し出されそうだもん。

「ちっ」

 舌打ちしてもだめですよ、もう!

「それでは編み物の準備をお願いします」

 そうと決まれば後は私が空いた時間で編み物をすれば良いだけです。
 マフラーならそんなに時間もかからないでしょう。

「ところで降誕祭っていつでしたっけ?」

「今日ですよ?」

 あれ? 聞き間違えかな?
 私はもう一度ケイトに聞き返す。

「え? 今、なんて……」

「だから、今日です」

 なんという事でしょう……。
 地味な行事だと思っていたので、完全に気を抜いていました。
 これでは今から編んだとして、絶対に間に合いません。
 それどころか、贈り物だけに時間をかけている場合ではなくなりました。
 降誕祭の規模が私の想定していたものより大きいのであるなら、それ以外の準備を整えなければなりません。

「申し訳ございません、降誕祭は例年の事なので、わかっているものだと思って特に連絡は……」

 まぁ、そうですよね。
 ただその内容に齟齬が生じているというだけの話です。
 エマも知らなかったみたいですし、私も確認すべき案件だったのですが、どこかで気の緩みがあったのでしょう。
 今回ばかりは仕方ありません。
 反省は後日すれば良いだけです。

「わかりました、贈答品に関しては私に考えがあります」

 こうなったら奥の手を使うしかありません。
 子供の頃、お金がない時によくやっていた事ですが、これならばすぐに用意できます。

「エマ、紙とペンを用意してください」

「なにかとてつもなく嫌な予感が……殿下が胃を痛めなければよろしいのですが」

 エマが何やらポツリと呟く。

「? 何かいいましたかエマ?」

「いいえ、すぐにご用意させていただきます、エスター様」

 よし、これでウィルへの贈り物は問題ないとして……。

「ケイト、降誕祭の詳しい規模を教えてもらえるかしら?」

 やはり私の思っていた通りでした。
 降誕祭には食事会があるとは聞いていましたが、用意していたドレスではその規模に見合いません。
 今から新たに仕立てる事は無理でしょう。
 しかし私の立場では欠席する訳にもいかず、至急どうにかする必要があります。

「アマリア、今すぐヴェロニカに事情を説明して、真紅のドレスと人材を手配して貰ってください」

 公爵家ともなれば大規模な公の場で、毎回同じドレスを着ていくわけにはいけません。
 故にヴェロニカの所には、私がデザインしたドレスの幾つかをストックしています。
 その中でも、真紅の艶やかなドレスであれば問題ないのではないかと考えました。

「ラタ、至急アマリアをヴェロニカの商会に運んでください」

 竜騎士のラタが送り届ければ、移動でかなりの時間を省略する事が可能です。

「会食まであと半日ほど、みなで協力しなんとか間に合わせましょう」

 さて、忙しくなってきましたね。
 何とか食事会までに間に合えば良いのですが……。
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