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第2部 私と貴方の婚約者生活

第16話 毎日薬を飲んでいると飲み忘れる事が結構あるよね。

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「どうでしょう? どこか儀式的に変な所はありませんか?」

 私は鏡の前で自分の姿を確認する。
 ドーバーに滞在して2日目。
 今日は公務の一つである神事を執り行う日です。
 この神事は男女1名づつが代表となり、寒い時期に海が荒れないように1人が祝詞を奏上し、1人が舞を捧げる行事である。
 今回はウィルが祝詞を、私が舞を担当しますが、男性が舞を、女性が祝詞を捧げた事もありました。

「よく似合っておりますよ姫さま」

 ケイトはそういって私を褒めてくれるけど、どれを着てもそういってくれている気がします……。
 今の私は神事のために、透け感のある踊り子用の衣装の上に、純白のローブを羽織り頭にはヴェールを被っている。
 幾重にも折り重ねられた重たい純白のローブは私の全身を包み隠し、金の刺繍が縁取りされています。
 ヴェールも同じく純白のものに金糸で刺繍されたものが使われており、外からは私の顔以外は全く見えない状態だ。
 それにしてもこの衣装……重い、重すぎる。
 でも重いのは衣装だけではありません。

「宝飾品の方も問題ありませんね」

 エマはポートランド伯爵より借り受けた宝飾品を、一つづつチェックしていく。
 とはいってもこの宝飾品、元々の所蔵先は皇族のものらしいです。
 ですが毎回儀式のたびに使うので、皇族の代理でポートランド伯爵が保管し、使用許可を出す形をとっている。
 装飾品は、まず首元に大きな金のネックレスが3重に巻かれ、耳には装飾の入った金のイヤーカフを左右に3つづつ。
 右手の薬指と人さし指、左手の中指と小指に様々な宝石が散りばめられた指輪が嵌められている。
 ちなみに金がやたらと使われているのは、他と比べて錆びにくいという理由からだとか。
 まぁ、見ての通りこのジャラジャラとした首にかけたネックレスが、ローブとの加算で相まって異常に重い。
 おまけにこの靴、先端に金があしらわれているため、上に反り返って非常に歩きにくいのである。

「か、髪型も大丈夫です」

 神事では三つ編みをしなければならないのですが、今の私では髪の長さが足りません。
 故に足りない分の髪の毛は付け毛をつけ対処しました。
 髪型を整えてくれたアマリアは大変だったと思います。
 チラリと横を見ると、額の汗をぬぐっていました。

「化粧も完璧にしあがっておいでです」

 アマリアと同じく、オリアナも疲れた顔を見せる。
 今回は化粧した上に、筆を使って朱色の塗料で私の顔に文様を施しています。
 ミスが許されないために、その緊張感はかなりのものだったでしょう。

「みんないい仕事をしましたね。お屋敷から私を見送った後は、貴女達はここでゆっくり休んでいていいわ」

 お屋敷を出た私は、ラタが御者を務める1人乗り用の屋根のない馬車に乗り込む。
 その左右を馬に乗ったティベリアとアルお兄様が並走する。
 ウィルとの合流までは私1人です。
 お屋敷を出発した私達は、街の大通りを通り浜辺へと向かう。
 大通りでは今年の巫女の姿を見ようと多くの人が詰めかけている。
 本来であれば笑顔を見せ手を振る所ですが、儀式中はそういった事をしてはいけないそうです。
 ただ厳かに正面を見据えるだけなのですが、この間、顔を拭う事もできません。

「見た事のない顔だが、どこの娘だ?」

「知らないのかあんた、なんでも皇太子殿下の婚約者だそうだぞ」

 何もする事もないので耳を済まして、人々の会話に耳を傾けます。
 どうやら私の話をしているようですね。

「綺麗、本物のお姫様みたい」

「みたいじゃなくて、本物のお姫様よ」

 ごめんなさい、お姫様どころか元は男なんです……。
 私は居た堪れない気持ちになった。

 ……あれ?

 そういえばこの神事って男女一組だけど、私がやっていいのかな?
 今は薬を使って女性の体になっていますが、元は男の体である。
 一抹の不安がよぎります。
 でも今更どうしようもないし、本当にやばかったらお父様かお兄様が止めてるはずよね?
 まさかここまでだれも気がついていない、なんて事はないでしょう。
 うん……うん、多分大丈夫、私は深く考えるのをやめた。

「そろそろ到着いたします」

 そうこうしている間に、馬車が浜辺へと着きました。
 ここにも多くの人たちが詰めかけ、堤防の向こう側からこちらを見つめる。
 時刻はもう夕刻、浜辺の中央では火が焚かれています。
 そしてその前には、神事の衣装を着たウィルが立っていた。
 いつもと違う服装に、いつもと違う髪型。
 そして夜の闇が火の灯りに照らされ、ウィルの顔に影を落とし込む。
 不覚にも私はウィルの顔を見て固まってしまいました。
 ウィルはそんな私を見てポツリと呟く。

「エスターは何を着ても可愛いな、俺はどうしたらいいと思う?」

 もう! もう!
 汗をかいても、今は額を拭えないんですよ?
 ウィルのせいで顔が熱くなったじゃないですか。
 でも、そのおかげで少し緊張が解けた気がします。

「そ、それを言うなら、ウィルもなかなか似合ってますよ。まぁ、いつものウィルも良いんですけど……」

 って、私は私で何を言っているんでしょう!?
 私は再びチラリとウィルの顔を見る。
 今日のウィルは髪を上げて整えているためか、いつもより色気を感じてドキドキしました。
 額を見せると若く見えるといいますが、ウィルの場合は逆に大人びて見えます。

「お二人とも衣装がよくお似合いです、ではこちらへ」

 正装したポートランド伯爵が、私とウィルを、浜辺から浮き出た砂の道の入り口へと案内する。
 この砂の道は孤島に繋がっており、神事を行うのはその孤島にある祠の中にある祭壇です。

「これより先、お2人のみで進んで頂きます。護衛も連れて行けませんのでご注意を」

 孤島の中は事前にウィルの護衛達。
 つまりはヘンリーお兄様達によって確認がなされ、その後は誰も足を踏み込まないようにしているそうです。
 私達は2人並んで砂でできた道を歩く。
 ここはこの時期だけ、つまり神事がある時だけ海に道が現れるそうだ。
 道筋には人の手によって灯りが落とされ、まるで光でできた道筋を歩いているように見える。
 孤島があるのは結構遠く、私達は会話を楽しみながら道を歩いた。
 それが縁で、神事を行った未婚の2人が結婚する事もあると聞きます。
 ちなみに一連の流れで基本的に気を遣うのは大衆のいる場所と、神事の最中だけで、あとは普通通りに行っていいそうだ。
 なぜなら神事が終わって浜辺に帰るのは、日付が変わる頃になる。
 まぁ、そうじゃなきゃ、こんな長い神事耐えられないよね。

「漸く着いたな」

「そうですね、祠はこの階段を登った先でしたっけ?」

 私達は石畳の階段を見上げる。

「長いな」

「長いですね」

 化粧に入れた文様は、特殊な塗料を使っているので汗で落ちる事はないでしょうが……それにしても気が重いし足取りも重い。
 衣装と宝飾品が重いのもあるのですが、砂場をずっと歩くのって結構疲れるんですね。
 この後、舞なんて踊れるんだろうか……コケちゃったらどうしよう。

「エスター、きつくなったら言えよ、いつでも俺が抱き上げてやるからな」

 ウィルの気遣いに私は微笑み返す。
 まだ大丈夫だけど、もしもの時はお願いしよう。
 それからしばらく、私達は階段を登り終え祠へとたどり着く。
 ふぅ……祠に入って10分ほど歩くと、なんとか祭壇のある所までこれました。

「では、神事を始めよう」

 ウィルと私は祭壇の手前で跪き祈りを捧げる。

「天上から地上へと舞い降りた海神様」

 ウィルによる海神様に捧げる祝詞が始まると、私は立ち上がりローブをその場に落とし。舞を踊る場所へと向かう。

「全ての海を治められる海神様を奉り、我ら海の子はこの身を捧げお仕え申し上げます」

 私は再度お辞儀して、舞を始める。
 舞自体は緩やかで、そう難しくないので間違う事はありません。

「愚かなる我々の心を戒め、罪穢れをお祓いください」

 祝詞の意味はいたって単純。
 ようは海神様に祝詞と舞を捧げるから、その代わり海を守ってね。
 そう言う内容の事を歌っている。

「この大地と民に降りかかる様々な厄災をお祓いください」

 私が大きく手を広げると、袖につけられた鈴の音が鳴った。
 これもまた舞の一部です。

「我らが祝詞と舞をもって、人々の願いが成就される事を、恐れ多くもお祈り申し上げます」

 最後に私も跪いて海神様にお礼を述べる。
 このあと1時間の休憩を挟みつつ、あと二度ほど同じことを繰り返すだけです。
 ちなみに休憩の間も神事のため、2人とも無言で祈りを捧げる。

「ふぅ、終わったな」

「はい……流石にクタクタです」

 祠から出る帰り道。
 私達は違和感に気がつく。

「ん? なにやら風の音が強いな」

 嫌な予感がします。
 私たちが祠の入り口に戻ると、外は嵐でした。

「エスターはここで待っていろ、道筋がどうなっているか少し見てくる」

 ウィルは走って階段の所へと向かうと、下の様子を見て直ぐにこちらに戻ってきました。

「ダメだ、嵐のせいで通ってきた道が海の中に消えている」

 あれ? もしかしてこれって、やっぱり私が男だったから罰が下ったんじゃ……。

「しっ、仕方ありません、嵐が収まるまで暫く祠の中で待ちましょう」

 ま、まぁ大丈夫でしょう。
 もうみんな気がついているはずでしょうし、待ってたら助けに来てくれますよね……?

「そうだな……それに、待っている間、エスターと2人っきりだと思えば中々悪くはない」

 うっ、最悪夜明けまでウィルと2人で過ごさなくてはいけません。
 もしもの事を考えて、薬を飲み足しておかないと……。
 ……って、あ、あれ?
 私の顔から血の気が引いて行く。

 し、しまったぁぁぁああああああ。

 この衣装、ポケットとかないから薬置いてきたんだった!
 私が薬を補給したのって何時間前だっけ? あと何時間もつんだっけ? それよりもどうしよう……。
 もうこうなったら神頼みしかありません。
 海神様! 今すぐに怒りを鎮めてください!!
 お願いします、こんな形でバレるわけにはいかないんですよおおおおおお!
 ……私の願いは虚しく、より一層嵐は勢いを増し、ゴロゴロピシャーンと雷まで降ってきました。
 だ、だれか、早く助けにきて……。
 私の隣で、ウィルだけがこの状況にニコニコ笑っていました。
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