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第2部 私と貴方の婚約者生活
第4.5話 知らないうちに信者が増える時ほど怖いものはない。
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俺は名もなき帝国貴族の1人。
まぁ貴族といっても上から下までピンキリだ。
今日のチャリティーコンサートを主催するウェストミンスター公爵なんて、同じ貴族でも俺たちからすれば天上の人である。
男爵家の、それも爵位を継げないただの三男の俺には無縁の存在だ。
そんな俺だが、今日は父上と兄上達が来れないからと、公爵主催のチャリティーコンサートに当主代理で参加している。
貴族ならよくある事で、こういうのにももう慣れた。
退屈な挨拶を聞いて、演奏を聞いて、寄付しますーって適当な金額の小切手を渡す、毎回この流れでやる事は変わらない。
ほら、その証拠に周囲の男爵家や子爵家の顔ぶれを見ると、俺の家のように三男や次男だったり次女だったりと派遣しているところがほとんどだ。
「よぉ、久しぶりだな」
「おぉ、元気か」
隣の席に座った男の事を俺はよく知っている。
なぜならこいつも俺と同じ男爵家の三男だからだ。
お互い似たような立場のため、普段からこいつとは仲がいい。
「おい前の席のへん見たか?」
「何がだよ?」
珍しく興奮気味の友人は、前の席に視線を送る。
「今日はリッチモンド公爵やマールバラ公爵、ウィンチェスター侯爵とこの国の上層部が結構きてるぞ」
「は? なんでそんな大物が勢ぞろいしてるんだよ?」
俺は目を凝らし、前の辺の席を確認する。
まだ会場の光が落とされていないおかげで、うっすらとだが公爵らの姿が確認できた。
大法官を務めるウェストミンスター公爵家が主催といえ、この慈善活動はもう何年にもなる。
最初の時は多くの貴族家当主が参加したものの、形式化した今はそこまで重要な行事でもないためどこも代理の者を送るのが普通だ。
現に主催のウェストミンスター公爵家でさえ、今回の慈善活動の執り行いは本人ではなくご令嬢が担当していたはずである。
「それがどうやら、さっきちょいと盗み聞きしたんだが、今日は皇后さまではなく皇太子殿下、それに婚約者であるサマセット公爵家のご令嬢が来るようだ」
「あぁ、そういえば、皇太子殿下って最近婚約したんだっけか」
そういえば婚約の儀から帰ってきた兄上はどこか様子がおかしかったな。
食事中もどこかぼーっとしたような表情で、心ここに在らずといった感じだった。
悪魔にでも取り憑かれたのじゃないのかとさえ思ったぐらいだしな。
「おっ、そろそろ挨拶だぞ」
ウェストミンスター家のご令嬢、モニカ嬢は壇上に立つと恙無く挨拶をこなす。
彼女のピンクがかかったように見えるストロベリーブロンドの髪は美しく、泣きぼくろがとてもセクシーだ。
女性らしい身体つきに優しい声も相まって、婚約者がいるにもかかわらず、彼女に懸想している男性陣は多い。
「はぁ……モニカ嬢はあいかわらずの美人だなぁ」
「つっても俺たちには無縁だけどな」
小声で喋る俺たちは顔を見合わせる。
「ははっ、ちげぇねぇ」
「だろ?」
そうこうしてると次は友人の情報通り、皇太子殿下のお言葉の番になった。
即座に立ち上がった上位貴族たちに合わせて、俺たちも慌ててその場に立ち上がる。
貴族学校時代、皇太子殿下は俺の後輩だった。
とは言っても俺のような木っ端な貴族が直接面識があるわけではなく、友人と共に遠くから眺めていただけである。
サマセット公爵家の次期当主ヘンリー・ボーフォート、近い将来、ウェリントン公爵が内定しているウィルフレッド・フィッツジェラルドの2人を従え、学園の通路を堂々と歩く様は記憶に新しい。
皇太子殿下の挨拶が始まってすぐ、観客席にいた招待客たちは騒めく。
「ちょっと待て、殿下はスラムをお認めになられたのか?」
「そうだと思う、聞き間違いじゃないよな?」
俺も隣にいた友人とヒソヒソと言葉を交わす。
スラムなんて帝国に限らず、どこの国にも存在するものだ。
しかしながらほとんどの国は、スラムの存在を疎み認定すらしないと聞く。
だからこそ、どこの国も対策せずに放置しているし、この帝国もスラムに対して特別な政策を施しているわけではない。
むしろウェストミンスター公爵のように慈善事業を行う貴族がいるだけ帝国はマシだとされている。
「殿下がスラムを改革するのは、婚約者の件が関係しているのかもな」
「あぁ、そういえばさらわれたとかなんとか……」
攫われた公爵家の令嬢が見つかったのはスラム街だったと聞く。
ベッドフォード公爵襲撃事件や、大陸間列車爆破未遂事件などに深く関わっているとされ、ここ数日のスラム街には多くの衛兵がうろついている。
先ほども言及したが、ウェストミンスター公爵の慈善活動などにより、この国のスラムは他国よりはるかにマシだ。
大陸一、物も人も行き交う帝国だからこそ、外の国から帝国のスラムに入る商売まであると聞いた。
「俺は今回の件で、スラムを焼き払うのではないかと思っていた」
俺は友人の言葉に頷く。
実際に他の国じゃそういう事も何度かあったと聞いている。
しかし皇太子殿下の話ぶりからすると、殿下は安易に焼き払い住民を追い出すのではなく、スラムを認め立て直そうとしているのだと感じられた。
「久しぶりに皇太子殿下を見たが、少し落ち着かれたようだな」
「婚約者も決まった事だし、大人になられたという事だろう」
その皇太子殿下は婚約者にベタ惚れらしく、婚約前日の夜に彼女以外とは添い遂げるつもりはないと啖呵を切ったとか……。
その噂を聞いた貴族令嬢の間では、お二人の話で持ちきりだそうだ。
うちの姉さんもほかのご令嬢に習い、2人の話の情報収集に奔走している。
皇太子殿下の次に壇上にあがったのはその噂の婚約者、サマセット公爵家の令嬢であるエスター嬢だ。
エスター嬢を見るのは初めてだが、モニカ嬢と並んでも見劣りしない容姿に、周囲からも思わず感嘆の声が漏れる。
さすがは美形ぞろいのサマセット公爵家だ、その期待を裏切らない。
同じ美形でもモニカ嬢と比べると幼いのだが、これがどうしてか、エスター嬢は大人の女性としての魅力も負けていないのだ。
いっておくがそれは体つきがどうのという単純なお話ではない、
彼女はなにかこう……普通の女性とは違い、言い表せないミステリアスさをその身に纏い、全てを暴いてみたいと、探究心を掻き立たせる何かが溢れている。
「くっそ、ウィリアム、くっそ」
おい、友人よ、本音が漏れているぞ。
皇太子殿下を呼び捨てとか、それ聞かれたらお前の首が飛ぶからな?
もしもの時を想定した俺は、何食わぬ顔で他人のふりを決め込む。
だって自分の首は大切だろ?
エスター嬢は手話を交えつつ俺たちに語りかける。
見た目の可愛らしさとは裏腹に、堂の入った態度と決意の篭った瞳の力強さに思わず圧倒されそうになった。
なるほど、皇太子殿下が彼女を選ぶ理由が少しわかった気がする。
俺は木っ端貴族の三男だが、そんな俺だって社交会に出た事はあるし、幾人もの令嬢を見てきた。
彼女は他の令嬢と比べて、自らの意思がはっきりとしており自信に満ち溢れている。
もちろんモニカ嬢やあのティベリア嬢のように、そういった令嬢は他にもいるのだが、エスター嬢は彼女達ともまた違うのだ。
何故だかはわからないが、未来の皇后様として皇太子殿下の隣に立つエスター嬢の姿は容易に目に浮かぶのだが、前者の2人はそうではない。
そんな彼女が皇太子殿下の婚約者になる事は、俺の心にストンと落ちた。
お互いがお互いに隣にたっても見劣りしない対等の関係。
認めたくはないが、俺のような第三者が見てもお似合いなのである。
「くっそ、ウィリアム、くっそ」
気がついたら、俺と反対側の奴もそう呟いていた。
その後、エスター嬢は無事に演説を終え、代わりに他の貴族が壇上へと上がる。
この時の俺は予想だにしていなかったのだ。
まさか演奏会で更なる驚きが待っているなんて……。
◇
「すごかったな……」
「あぁ……」
語彙力のない友人の感想と、あぁとしか切り返せない自らの引き出しの無さに辟易とする。
曲目である季節の調べは、レヴァーヴを主体として協奏曲では最も有名な曲であり、だからこそ演奏される回数も只管に多いため、よっぽどの演奏でなければ退屈なものでしかない。
そうつまり貴族にとっては聞き飽きているほどの名曲である。
「ほんと……すごかったな」
「あぁ……」
皇太子殿下やラトランド公爵が演奏する事にも驚いたが、それ以上の驚きはやっぱり彼女だろう。
周囲の者達も彼女の話で持ちきりだ。
平民席はもちろんのこと、俺たちよりも良い耳をもった上級貴族の席すらもざわついている。
何せ彼女たちが引いたのはあの鬼才、カノーネが編曲した新たなる季節の調べだったからだ。
原曲からの大胆な再構築にもかかわらず、まるでこれが完成品だとばかりに主張するその圧倒的な才能。
それでもまだ弾く奴が下手糞ならここまでざわめかない。
俺はカノーネの演奏を聞いた事はないが、彼女の演奏は素晴らしかった。
上級貴族の席では立ち上がり、カノーネの再来だと声を荒げた者までいたのだから、実際にカノーネの演奏に近かかったのだと思う。
「なぁ、最後のあれ見たか?」
「あぁ……」
しかも事態はそれだけでは終わらなかったのだ。
演奏が終盤にさしかかり、俺たちは更に驚愕する事になる。
彼女の頭上から、神の祝福があったとばかりに天から光が降り注いだのだ。
その光景たるや筆舌に尽くし難く、俺はただただ見とれれるだけしかできず、隣の友人などは口を開けて間抜け面を晒していたほどである。
「今日、来てよかったな」
「あぁ……」
きっと魔法による演出か、ステンドグラスによる採光の関係で、光の屈折でそう見えただけだろう。
でもそんなのはもうどうでもいいのだ。
俺は帰ったら兄上に自慢してやろうと、鼻を鳴らした。
この後、家に帰って兄上にそれを自慢すると、エスター嬢が来るなら俺が出ていたと、取っ組み合いの子供みたいな喧嘩に発展するのだが、それはまた別の話である。
まぁ貴族といっても上から下までピンキリだ。
今日のチャリティーコンサートを主催するウェストミンスター公爵なんて、同じ貴族でも俺たちからすれば天上の人である。
男爵家の、それも爵位を継げないただの三男の俺には無縁の存在だ。
そんな俺だが、今日は父上と兄上達が来れないからと、公爵主催のチャリティーコンサートに当主代理で参加している。
貴族ならよくある事で、こういうのにももう慣れた。
退屈な挨拶を聞いて、演奏を聞いて、寄付しますーって適当な金額の小切手を渡す、毎回この流れでやる事は変わらない。
ほら、その証拠に周囲の男爵家や子爵家の顔ぶれを見ると、俺の家のように三男や次男だったり次女だったりと派遣しているところがほとんどだ。
「よぉ、久しぶりだな」
「おぉ、元気か」
隣の席に座った男の事を俺はよく知っている。
なぜならこいつも俺と同じ男爵家の三男だからだ。
お互い似たような立場のため、普段からこいつとは仲がいい。
「おい前の席のへん見たか?」
「何がだよ?」
珍しく興奮気味の友人は、前の席に視線を送る。
「今日はリッチモンド公爵やマールバラ公爵、ウィンチェスター侯爵とこの国の上層部が結構きてるぞ」
「は? なんでそんな大物が勢ぞろいしてるんだよ?」
俺は目を凝らし、前の辺の席を確認する。
まだ会場の光が落とされていないおかげで、うっすらとだが公爵らの姿が確認できた。
大法官を務めるウェストミンスター公爵家が主催といえ、この慈善活動はもう何年にもなる。
最初の時は多くの貴族家当主が参加したものの、形式化した今はそこまで重要な行事でもないためどこも代理の者を送るのが普通だ。
現に主催のウェストミンスター公爵家でさえ、今回の慈善活動の執り行いは本人ではなくご令嬢が担当していたはずである。
「それがどうやら、さっきちょいと盗み聞きしたんだが、今日は皇后さまではなく皇太子殿下、それに婚約者であるサマセット公爵家のご令嬢が来るようだ」
「あぁ、そういえば、皇太子殿下って最近婚約したんだっけか」
そういえば婚約の儀から帰ってきた兄上はどこか様子がおかしかったな。
食事中もどこかぼーっとしたような表情で、心ここに在らずといった感じだった。
悪魔にでも取り憑かれたのじゃないのかとさえ思ったぐらいだしな。
「おっ、そろそろ挨拶だぞ」
ウェストミンスター家のご令嬢、モニカ嬢は壇上に立つと恙無く挨拶をこなす。
彼女のピンクがかかったように見えるストロベリーブロンドの髪は美しく、泣きぼくろがとてもセクシーだ。
女性らしい身体つきに優しい声も相まって、婚約者がいるにもかかわらず、彼女に懸想している男性陣は多い。
「はぁ……モニカ嬢はあいかわらずの美人だなぁ」
「つっても俺たちには無縁だけどな」
小声で喋る俺たちは顔を見合わせる。
「ははっ、ちげぇねぇ」
「だろ?」
そうこうしてると次は友人の情報通り、皇太子殿下のお言葉の番になった。
即座に立ち上がった上位貴族たちに合わせて、俺たちも慌ててその場に立ち上がる。
貴族学校時代、皇太子殿下は俺の後輩だった。
とは言っても俺のような木っ端な貴族が直接面識があるわけではなく、友人と共に遠くから眺めていただけである。
サマセット公爵家の次期当主ヘンリー・ボーフォート、近い将来、ウェリントン公爵が内定しているウィルフレッド・フィッツジェラルドの2人を従え、学園の通路を堂々と歩く様は記憶に新しい。
皇太子殿下の挨拶が始まってすぐ、観客席にいた招待客たちは騒めく。
「ちょっと待て、殿下はスラムをお認めになられたのか?」
「そうだと思う、聞き間違いじゃないよな?」
俺も隣にいた友人とヒソヒソと言葉を交わす。
スラムなんて帝国に限らず、どこの国にも存在するものだ。
しかしながらほとんどの国は、スラムの存在を疎み認定すらしないと聞く。
だからこそ、どこの国も対策せずに放置しているし、この帝国もスラムに対して特別な政策を施しているわけではない。
むしろウェストミンスター公爵のように慈善事業を行う貴族がいるだけ帝国はマシだとされている。
「殿下がスラムを改革するのは、婚約者の件が関係しているのかもな」
「あぁ、そういえばさらわれたとかなんとか……」
攫われた公爵家の令嬢が見つかったのはスラム街だったと聞く。
ベッドフォード公爵襲撃事件や、大陸間列車爆破未遂事件などに深く関わっているとされ、ここ数日のスラム街には多くの衛兵がうろついている。
先ほども言及したが、ウェストミンスター公爵の慈善活動などにより、この国のスラムは他国よりはるかにマシだ。
大陸一、物も人も行き交う帝国だからこそ、外の国から帝国のスラムに入る商売まであると聞いた。
「俺は今回の件で、スラムを焼き払うのではないかと思っていた」
俺は友人の言葉に頷く。
実際に他の国じゃそういう事も何度かあったと聞いている。
しかし皇太子殿下の話ぶりからすると、殿下は安易に焼き払い住民を追い出すのではなく、スラムを認め立て直そうとしているのだと感じられた。
「久しぶりに皇太子殿下を見たが、少し落ち着かれたようだな」
「婚約者も決まった事だし、大人になられたという事だろう」
その皇太子殿下は婚約者にベタ惚れらしく、婚約前日の夜に彼女以外とは添い遂げるつもりはないと啖呵を切ったとか……。
その噂を聞いた貴族令嬢の間では、お二人の話で持ちきりだそうだ。
うちの姉さんもほかのご令嬢に習い、2人の話の情報収集に奔走している。
皇太子殿下の次に壇上にあがったのはその噂の婚約者、サマセット公爵家の令嬢であるエスター嬢だ。
エスター嬢を見るのは初めてだが、モニカ嬢と並んでも見劣りしない容姿に、周囲からも思わず感嘆の声が漏れる。
さすがは美形ぞろいのサマセット公爵家だ、その期待を裏切らない。
同じ美形でもモニカ嬢と比べると幼いのだが、これがどうしてか、エスター嬢は大人の女性としての魅力も負けていないのだ。
いっておくがそれは体つきがどうのという単純なお話ではない、
彼女はなにかこう……普通の女性とは違い、言い表せないミステリアスさをその身に纏い、全てを暴いてみたいと、探究心を掻き立たせる何かが溢れている。
「くっそ、ウィリアム、くっそ」
おい、友人よ、本音が漏れているぞ。
皇太子殿下を呼び捨てとか、それ聞かれたらお前の首が飛ぶからな?
もしもの時を想定した俺は、何食わぬ顔で他人のふりを決め込む。
だって自分の首は大切だろ?
エスター嬢は手話を交えつつ俺たちに語りかける。
見た目の可愛らしさとは裏腹に、堂の入った態度と決意の篭った瞳の力強さに思わず圧倒されそうになった。
なるほど、皇太子殿下が彼女を選ぶ理由が少しわかった気がする。
俺は木っ端貴族の三男だが、そんな俺だって社交会に出た事はあるし、幾人もの令嬢を見てきた。
彼女は他の令嬢と比べて、自らの意思がはっきりとしており自信に満ち溢れている。
もちろんモニカ嬢やあのティベリア嬢のように、そういった令嬢は他にもいるのだが、エスター嬢は彼女達ともまた違うのだ。
何故だかはわからないが、未来の皇后様として皇太子殿下の隣に立つエスター嬢の姿は容易に目に浮かぶのだが、前者の2人はそうではない。
そんな彼女が皇太子殿下の婚約者になる事は、俺の心にストンと落ちた。
お互いがお互いに隣にたっても見劣りしない対等の関係。
認めたくはないが、俺のような第三者が見てもお似合いなのである。
「くっそ、ウィリアム、くっそ」
気がついたら、俺と反対側の奴もそう呟いていた。
その後、エスター嬢は無事に演説を終え、代わりに他の貴族が壇上へと上がる。
この時の俺は予想だにしていなかったのだ。
まさか演奏会で更なる驚きが待っているなんて……。
◇
「すごかったな……」
「あぁ……」
語彙力のない友人の感想と、あぁとしか切り返せない自らの引き出しの無さに辟易とする。
曲目である季節の調べは、レヴァーヴを主体として協奏曲では最も有名な曲であり、だからこそ演奏される回数も只管に多いため、よっぽどの演奏でなければ退屈なものでしかない。
そうつまり貴族にとっては聞き飽きているほどの名曲である。
「ほんと……すごかったな」
「あぁ……」
皇太子殿下やラトランド公爵が演奏する事にも驚いたが、それ以上の驚きはやっぱり彼女だろう。
周囲の者達も彼女の話で持ちきりだ。
平民席はもちろんのこと、俺たちよりも良い耳をもった上級貴族の席すらもざわついている。
何せ彼女たちが引いたのはあの鬼才、カノーネが編曲した新たなる季節の調べだったからだ。
原曲からの大胆な再構築にもかかわらず、まるでこれが完成品だとばかりに主張するその圧倒的な才能。
それでもまだ弾く奴が下手糞ならここまでざわめかない。
俺はカノーネの演奏を聞いた事はないが、彼女の演奏は素晴らしかった。
上級貴族の席では立ち上がり、カノーネの再来だと声を荒げた者までいたのだから、実際にカノーネの演奏に近かかったのだと思う。
「なぁ、最後のあれ見たか?」
「あぁ……」
しかも事態はそれだけでは終わらなかったのだ。
演奏が終盤にさしかかり、俺たちは更に驚愕する事になる。
彼女の頭上から、神の祝福があったとばかりに天から光が降り注いだのだ。
その光景たるや筆舌に尽くし難く、俺はただただ見とれれるだけしかできず、隣の友人などは口を開けて間抜け面を晒していたほどである。
「今日、来てよかったな」
「あぁ……」
きっと魔法による演出か、ステンドグラスによる採光の関係で、光の屈折でそう見えただけだろう。
でもそんなのはもうどうでもいいのだ。
俺は帰ったら兄上に自慢してやろうと、鼻を鳴らした。
この後、家に帰って兄上にそれを自慢すると、エスター嬢が来るなら俺が出ていたと、取っ組み合いの子供みたいな喧嘩に発展するのだが、それはまた別の話である。
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