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第2部 私と貴方の婚約者生活

第3話 トラブルを起こさなくても、向こうからやってくる。

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 ウィルと入れ替わりに壇上に立った私は視線を上げる。
 今日の招待客は貴族が大半ですが、平民の中でも商いで財を成した者達も招待されています。
 私もウィルと同様、一通りの始まりの挨拶を終え本題を切り出しました。

「先ほどウィリアム皇太子殿下からもお言葉を頂きましたが、現在、私たちは市民生活の改善のために平民議会の準備を急ぎ整えております」

 私は声だけではなく手話を交えて、できるだけ多くの人に語りかける。

「しかし議会を整え、議員を集め、議論を交わし、実際に行動を移し、平民のもとに還元するにはそれ相応の時間を要するでしょう」

 すでに議会場は建築に取り掛かり、各地から議員を志望する優秀な平民を集めています。
 設立を急がすために、お父様やウィンチェスター侯爵以外にも、ラトランド公爵やリッチモンド公爵も暇な時に教鞭をとってくれる様でとても助かりました。
 しかし自分たちも手伝うのだから、その代わり私にも教鞭を取るようにと言われ、少し困惑しております。
 だって私、まだ学生ですよ……。

「その間、スラムの子供達は放置されたままなのでしょうか?」

 大人達であるならばまだしも、子供達は体力がなく病気にもなりやすい。
 こうやってチャリティーコンサートをやっている裏で、皮肉にもスラムでは子供が1人死んでいます。
 それが現実であり、私たちが直視しなければいけない問題でしょう。

「いいえ、私たちにもできることがあります」

 私は身体を大きく使い言葉に力を込める。

「現にウェストミンスター公爵家は、どの貴族家よりもいち早く行動を起こし、この取り組みも一度や二度ではありません」

 主催であるウェストミンスター公爵家を持ち上げておく事は重要です。
 トレイス正教会の敬虔な信徒であるウェストミンスター公爵家は、炊き出しや医者による無料診断などの慈善事業の他、孤児院への資金提供など、その行動に余念がありません。

「私たちサマセット公爵家は、ウェストミンスター公爵の10年に渡るこの素晴らしい行いに賛同いたします」

 私の言葉に対して、会場からウェストミンスター公爵家に拍手を返される。

「すでにご存知の方もおられるでしょうが、我がサマセット公爵家もこの活動に習い、スラムの子供達、その中でも最も苦しい状況にある孤児達に救いの手を差し伸べるために、リッチモンド公爵家と共に新たな孤児院を設立し8年の月日が経ちました」

 ウェストミンスター公爵家が援助している孤児院は、トレイス正教会が主体として立ち上げたものです。
 しかしお父様達が立ち上げた孤児院は、正教会との繋がりはなく、個人的な私費によって賄われている。
 実際は慈善事業を目隠しに、正教会の勢力を削ぐ目的が垣間見えますが、正教会自体も布教を目的とした慈善事業なのでどっちもどっちと言えるでしょう。
 それにこういうのはやる事が重要なので、この際、理由などは二の次でも良いのです。
 ちなみにこの孤児院には、それとは別にもう一つの目的がありますが、それについてはまぁいいでしょう。
 孤児院を巣立った者達の中には、貴族の侍従や大商会に勤める者もいれば、騎士団に入団したり、文官補佐になった者もいますし、成果はちゃんとでていますしね。

「慈善活動とは、その国の真の豊かさを示す指標だと、さる有名な経済学者の先生はおっしゃいました」

 つい最近までは、戦争に強い国こそ強国、豊かな国であるとされてきました。
 しかし最近になって、その指標も変わりつつあります。

「世界に比肩なき大国となった帝国は先頭に立ち、大国としてのあり方を世界に示す必要があります」

 もはやこの大陸に、我が帝国と並ぶだけの強国は存在しません。
 圧倒的な武力で拡大していった我が国は、多くの領土を手中に収め、それに合わせて人口も拡大していきました。
 広大な土地で農業や畜産を行い、多くの人を使い天然資源を掘り起こし、大陸中心部を牛耳っている利点を生かし流通の主権を握り、海港を用いて他国と貿易を行う。
 我が国は自国の発展とともに、それに比例するかのように更に豊かになっていきました。
 その恩恵を生まれてきた時から享受してきた帝国臣民の1人である私は、その歴史を安易に否定する権利はありません。

「私も帝国の豊かな歴史を紡いできた先達に習い、ウィリアム皇太子殿下のお側で、こういった慈善活動を継続していきたいと思っております」

 しかし私たち若者には、これから先の帝国の未来をどうにかする事ができます。
 だからこそウィルは、よりよい未来のために動きました。
 その行動力には私も尊敬しています。
 例え私がエスターじゃなくなったとしても……私はこの帝国を誰よりも一番変えられる地位にいるウィルを支えたい。
 そういう意味ではウィルに引き合わせてくれた家族には感謝しています。

「だからこそ殿下と共に、スラムの改善に一石を投じ、この国をより豊かにしていく事をここに誓います」

 さぁ、これで後戻りができなくなりました。
 これでスラムの改革に失敗すれば、その批判はウィルや私だけではなく、皇族やサマセット公爵家にまで及ぶでしょう。
 しかし、言葉にするという事は重要なのです。
 私は拍手が鳴り止むのを待ってから、締めの挨拶を送り来賓客にお辞儀をしました。

「以上を持ってサマセット公爵家、エスター様のご挨拶を終了させていただきます、続きまして……」

 挨拶を終えた私は、観客からの再びの拍手で見送られ壇上から降りました。
 少し緊張しましたが、なんとか成功して良かったです。

「良くやった、それでこそ俺の婚約者だ」

「ありがとうございます……でも、次からはちゃんと私かヘンリーお兄様に、どうするか明かしておいてくださいね」

 笑顔で迎えてくれたウィルに思わず流されそうになりましたが、そういうわけにはいきません。
 こういうのを注意するのが、そもそもの私の仕事です。

「踏み込んだ発言をする時は、必ず周りに相談してください、私もヘンリーお兄様達も殿下の味方ではないのですか?」

 だからこそ何事も相談して欲しいです。
 私たちは同じ道を行く者なのですから。

「そうだな、エスターならどうするだろうかと試すような事をしてしまった、すまなかった、次からは相談するように努力しよう」

「約束ですよ?」

「あぁ」

 もう、仕方ありませんね。
 他にも色々言っておこうかと思いましたが、今日はこのぐらいにしておきましょう。

「どうしたエスター、折角だからもっと言ってやれ」

 お兄様はこの時とばかりに、私の耳元で囁く。

「そもそもそれを注意するのは、1番の侍従である貴方の仕事ではないのですか、ヘンリー殿」

「うっ……」

 さすがですティベリア。
 私が言って欲しかった事を良くぞ言ってくれました。
 先ほど簡単に許してしまった私も甘いですけど、お兄様はウィルを甘やかしすぎです。

「まったくもって情けない、妹であるエスター様を頼るよりもまずは貴方が……」

 しゅんとした表情で叱られるヘンリーお兄様がなんともいえません。
 エスターになる前は、かっこいいヘンリーお兄様しか私は知りませんでした。
 ここ1ヶ月、私の中でぐんぐんとヘンリーお兄様の評価が下がっています。

「ははっ、見ろよウィルフレッド、ヘンリーの奴、いい歳して叱られてるぞ」

「いや、殿下もさっき叱られてましたよ!?」

 ウィルフレッド様、的確なツッコミありがとうございます。
 やっぱりもうちょっとウィルには、色々言った方が良かったのかもしれません。
 これでは私もヘンリーお兄様に甘いと言えないですね。

 ふと、通路の方からバタバタという足音が聞こえてきました。

「少し外が騒がしいですね、何かあったのかもしれません」

 外の様子に違和感を覚えたエマが私に囁く。
 ちらりと通路の方を見ると、慌ただしく移動するモニカの姿が見えました。

「ウィル、どうやら何かあったようです」

「あぁ、何かあったみたいだな、モニカの行った先に向かってみよう」

 私たちは外の通路に出ると、モニカが走っていった控え室の一室に向かいます。

「モニカ、どうかしたのか?」

 私たちが部屋に入ると、中に居た全員の視線がこちらに集中する。
 ウィルは慌てた様子のモニカに事情を問いかけました。

「実は楽団員が乗った馬車が事故にあい、命には別状がないものの数人が軽傷を負ったようなのです」

 部屋の中を見渡すと、楽団員とは別に運んでいた楽器は無事に揃っているようですが、明らかに人数の方が足りていませんね。

「そうか、怪我をした者達の命が無事であるならば幸いだが、その者達の担当楽器は?」

「予備の人員を回してもレヴァーヴが2人、バスローネが1人、セローが1人足りません、レヴァーヴの1人を私が務めるとしてもあと3人揃えないといけません」

 三つとも弦楽器ですが、肩に当てて弓を弾くレヴァーヴと違い、バスローネやセローは楽器の軸を床につけて弾きます。
 故に大きさで言えばバスローネが一番大きく、レヴァーヴが一番小さい、セローはその中間というよりバスローネの大きさの方に近いでしょうか。

 なんにせよ、このままではせっかくのチャリティーコンサートが中止になってしまいます。
 そうなるとウィルと私の頑張りも無駄になるでしょう。
 このようなトラブルが最後に待ち受けているとは想定しておりませんでしたが、このままおとなしく指を咥えて中止にさせるわけにはいきません。
 いいでしょう、私も覚悟を決めました。
 私は意を決し、一歩前へと出る。

「事情はわかりました、それでは私が怪我をした者の代わりにをレヴァーヴを弾きましょう」

 私の提案にその場にいたみなが驚きました。
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