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第1部 皇太子殿下との婚約

第13話 密室の中の2人、そして私と貴方は仕切り直す。

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「おっと……すみません、本日から臨時で配属された竜騎士のウィルフレッドと申します」

 エマさんの背中に咄嗟に隠れたはいいが、この状況は非常にマズイ。
 俺の顔から滝のように汗が流れ落ちる。
 やばいやばいやばい、なんで、よりにもよってウィルがこんなところにいるんだ!!

「……ここは立ち入り禁止区間ですが?」

 エマさんの言う通りだ。
 皇宮の警備を増やすと言っても、俺の私室に近いここら辺一帯に、男性が配置されるとは考えられない。

「……恥ずかしながら、少し道に迷ってしまったのです」

 エマさんは剣呑な目で、ウィルをじとーっと睨みつけた。
 当然だよね、いい歳して迷子って……ウィル、流石の俺もそれは少し恥ずかしいよ……。

「まさか貴方、それが言い訳になるとでも?」

 だよねー、普通なら超怪しいもん、そう、普通ならね。

「面目無い、自分でも貴女の立場なら胡散臭いことこの上ないだろうと思う」

 ウィルは両手を挙げ、降参の姿勢を見せる。

「はー……申し訳ありませんが、兜を取っていただけますか?」

 エマさんは眉間にしわを寄せ、大きくため息を吐いた後、ウィルに兜を脱ぐように促す。
 ウィルはエマさんの指示に従い、兜を脱ぎその素顔をさらけ出した。
 俺はウィルが兜を脱ぐその一瞬の隙の間に、エマさんの背中から、直ぐ横の通路の柱に移動し姿を隠す。
 これで少しはバレる危険性も減ったはず……。
 それにしても前回、闘技場で見た時は距離があったけど、こうやって間近でウィルの顔を見るのは初めてである。
 危険だとわかっていても、俺は興味本位から柱からチラリと顔を出す。

「……良いでしょう、私の知っている竜騎士のウィルフレッド様と相違ないようですし……今後はこういう事がないようにお願いします」

 エマさんは丁寧な言葉遣いとは裏腹に、ウィルをキッと睨みつける。

「失礼、私と面識がおありでしたか?」

「えぇ、先日のジョストではお見事でしたよ」

 さっきまでと違って少し表情の解れたエマさんは、ウィルに軽く微笑みかける。
 その反応も当然だろう、あの試合でエマさんは結構な大金をせしめたらしい。
 後ろでめちゃくちゃ拳振り上げてたの見ちゃったもんね。

「そうでしたか、ありがとうございます」

 少し照れた表情をみせたウィルは、照れ隠しから顔を背ける。
 おっと、俺は慌てて柱の陰に再び引っ込む。
 危ない、危ない、もうちょっとで顔を背けたウィルと目が合う所だった。
 ……それにしてもこのウィル、何かちょっと違和感があるんだよね。
 俺の気のせいかもしれないけど、丸で別人のような……そんな事を考えていると、先程ウィルが来た道から別の足音が聞こえてきた。

「おい、ウィルフレッド!」

 聞き覚えのある声に思わずビクッとなる。
 当然だ、俺はこの声の主をよく知っているのだから。

「ヘンリー! 良かった、どうしようかと思ってたんだ」

「全く、お前の迷子癖はどうにかならんのか、貴族学校時代もお前のせいで敵に遭遇……って」

 エマさんの方をチラリと見た兄貴の顔が固まる。

「お久しぶりです、ヘンリー坊っちゃま」

「エ……エマさん、お久しぶりです……という事は」

 という事は、そういう事です。
 俺は柱の陰から、ほんの少しだけ顔を出した。

「お……お兄様、お久しぶりで御座います」

 念のために扇子で口元も隠しているのでたぶん大丈夫だろう。

「あ、あぁ、久しぶりだな、エステ……ター」

 くっそ、ポンコツ兄貴め。
 ちんちくりんなものを見るような目で此方を見るんじゃない!
 うまく隠したつもりが、余計に不審者に見えるじゃないか。

「エスターお嬢様」

 思わず体がビクッと反応する。
 しまった、ご令嬢らしからぬ行動に対してこの人が反応しないわけがない。

「さすがにそれは失礼ですよ」

 やばい、このままではエマさんに引っ張られて、柱の陰から引きずり出されてしまう。
 もしウィルに俺がエステルだと気づかれれば、大変な事になりかねない。
 エマさんに対する恐怖心からか、柱の陰から後ずさりしたその時だった。
 後ろから伸びてきた手によって俺は口を塞がれる。
 俺は抵抗する間も無く、そのまま通路にあった部屋の一つに引きずり込まれた。







「エスターお嬢様!!」

 慌てたエマさんは、鍵のかかった部屋のノブをガチャガチャと回す。
 むぐーっ、俺は今、謎の男に後ろから口元と両手を押さえられている。

「エスター嬢の侍女、確かエマだったか、少しでいい、2人で話したい事があるからエスター嬢を借りるぞ」

 この男は俺の事も、エマさんの事も知っている。
 かなり周到に準備しているのであれば、下手な事はできない。
 俺は鼻で深く息を吸い込みスイッチを切り替える。
 この人がどこまで状況を理解しているのはわかりませんが、私の正体がバレるわけにはいきません。
 さぁ、どうやってこの状況を脱しましょうか。

「い……一体何を言っているのですか!? 貴方、その人が誰かーー

「ヘンリー、いるか?」

 男はエマさんの言葉を遮るように声を被せた。
 少し落ち着いて状況を整理したせいか、私はこの男の声に聞き覚えがある事に気がつく。

「はいはい、いますよ」

「そちら側の面倒な事情説明はお前に任せる」

 お兄様はこの人を知っている……嫌な予感がしてきました。
 どうやら私の口元を押さえているこの男……いいえ、このお方は、誘拐犯よりも会ってはいけない人かもしれません。

「さてと、今度は此方だ」

 男は私の口元から手を離すと、両手を上で握ったまま私の体をくるりと反転させました。
 その反動でバランスを崩し、扉にもたれかかる形となった私は顔を上げ、私を攫った男と目を合わせる。

「その様子だと、俺が誰だか気がついたようだな、中々冷静で話が早い」

 ええ、そのお顔、よく存じ上げてますよ。

「こうやって面を合わせるのは初めてだな、エスター嬢、いや婚約者どの」

「はじめましてウィリアム様、まさかこういう形で顔を合わせるとは思ってもいませんでしたわ」

 ニヤリと口角を上げる皇太子殿下に対して、私も嫌味いっぱいに微笑み返す。
 だって、両手を抑えら壁に押し付けられているのですもの。
 これくらいはいいんじゃないでしょうか。

「ほう、それにしてもこうやって近くで見ると……」

「え……あの、ちょっと……」

 皇太子殿下は、まじまじと私の顔を覗き込む。
 至近距離でジロジロと見られるのは危険です。
 それに加えこの状況なので、ほんのちょっと、ちょっぴりですよ? こそばやういというか何というか……恥ずかしいので、そんなジロジロ見ないでください!

「やはり双子だけあって似ているな」

 エッッッ? 戸惑っている私の耳元で皇太子殿下が囁く。

「あぁ、心配するな、エステルの事なら誰にも言うつもりはない」

 一瞬、時が止まったのかと錯覚しました。
 もしかしなくても、これって、完全にばれてます?

「あいつは俺に庭師だと言っていたが、庭師の子供にエステルなどという名前の子供はいない」

 んん? 話の流れがおかしいですね。
 庭師のエステル……それを知っているのは1人しかいません。

「さしずめお前に会いに城に忍び込んでいたのだろう? 中々やるではないか」

 逆です、エステルは城から抜け出していたのですよ。
 勿論そんな事は口が避けても言えません。

「ただ、お前の弟は少し詰めが甘い、俺を騙すならもっと上手くやらないとな」

 状況を整理しましょう。
 私自らがエステルだと言う事が、殿下にばれたのだと思ったのですが、これは大きな勘違いでした。
 殿下はエスターに双子の弟、エステルが居る事を把握し、そのエステルが庭師と偽って城に出入りをしているという事をおっしゃっておられるのです。
 ここから推測するに、導かれる答えは一つしかありません。
 そう、この人こそが本当のウィルの正体、エステルの知る竜騎士ウィルそのものなのです。
 うん……声の段階で薄っすらと気づいてましたけどね。
 少しくらい、現実逃避したっていいじゃないですか……。

「どうした? 顔色が悪いが、体調不良からは復帰したのではないのか?」

 スーハー、スーハー、一旦心を整え……いいでしょう。
 まったくもって全てが予想外ですが、この状況は悪くありません。
 ウィルはどうやら、私とエステルが別人であると認識しているようなので、このまま勘違いしてもらいましょう。

「い、いえ大丈夫です……その……エステルがご迷惑をおかけしたみたいで、申し訳ございません」

 しかしウィルは、エステルの事をちゃんと調べてたのですね。
 まぁ、一国の皇太子なら当然でしょうか。
 どう見ても、初めて出会った時の私は不審者でしたしね。
 それにしてもどうしてあの時、ウィルはウィルフレッド様の鎧と兜を着ていたのでしょう?
 あんなの、誰だって勘違いするに決まってるじゃないですか。

「問題ない、あいつは俺の正体を知らないしな」

 そう言えば、この人はエスター2でしたね。
 帝国の常識であれば、皇太子殿下が自らより身分で劣る、他家の象徴である羽飾りやマントがついた物を着るなどありえません。
 ですがエスターに常識が通用しないように、この人にも常識が通用しないのでしょう。

「言っておくがエステルには内緒だぞ? 今後も気兼ねなくあいつとは会いたいからな」

 皇太子殿下は人差し指を唇に当て、悪戯っぽく笑う。
 ああ、やっぱり彼が私の知っているウィルなのだと、ストンと落ちてきました。
 ウィルは大人なのだけど、少し子供っぽいところがあって、そこが憎めないのです。

「……エスター嬢、今のその笑顔、先程の嫌味ったらしい笑みよりよっぽどいいぞ」

 ウィルの言葉に慌てて取り繕います。
 何時もの雰囲気に流されて気が抜けたのか、自然と笑みが溢れてしまったのでしょう。
 危ないところでした……って!

「ふへっ、いっひゃいなにを」

 ウィルが私の両頬を抓る。

「その顔は辞めろ……エステルの奴に距離を置かれているみたいで気に食わぬ」

「わ、わひゃりましたから!」

 ウィルは私の両頬から手を離す。
 まったく、私だからいいものの、他のご令嬢の頬を抓ってはいけませんからね!
 私は頬をさすりながら、ジトーッとウィルを睨みつける。

「それで良い、エステルの所為か、貴女とは初対面とは思えなくてな……距離が近すぎるのだとしたら謝罪する」

 ふふ、ウィルも中々ポンコツですね。
 なぜなら私達は初対面ではないのですから。

「ふふ、大丈夫ですよ、殿下の事はエステルから竜騎士ウィルとして聞いております、ですから私にとっても殿下とは完全に初対面というわけでもないのです」

 そう、だからこそ、私達はここから一歩を踏み出さないといけません。
 エステルに対して殿下が竜騎士ウィルの兜を被ったように、私も自らにエスターの仮面をつける。
 さぁ、エスターとウィリアムの関係を始めましょうか。
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