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第1部 皇太子殿下との婚約

第6話 鳥籠から抜け出した夜、世界の広さを知る。

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 それを見つけたのはただの偶然であった。
 部屋の片隅に建てつけられてある本棚に、本を戻したときに違和感を感じたのがきっかけである。

「確か、ここら辺だったような」

 薄暗い部屋の中、左右の本を少しどかし、本棚の中の出っ張り棒を引っ張る。
 すると、本棚が動き奥の隠し扉があらわになった。

「よしよし」

 今日、エマさんは非番である。
 いくらなんでも毎日つきっきりなのは良くないと説得し、俺が就寝する夜の間は、他の者に任せる事となった。
 それでも朝に目覚める時には、目の前にいるのだから、本当に恐ろしくて仕方がない……。

「今日は、何が見つかるかなー」

 私は寝巻きを脱ぎ捨て、動きやすい格好へと着替える。
 この服装は初めて探索に入った日に、隠し通路の中の小部屋で見付けたものだ。
 男性用のデザインだがサイズが小さく、ぴったりと身体にあう。
 フードもついてあったので髪を隠すことも出来るが、丁度いいことにカツラも用意されていたのは運が良かった。
 これなら、どっからどうみても俺は男に見えるだろう……多分。

「今度はこっちに行ってみようかな」

 服装のポケットの中に入っていた地図を片手に先に進む。
 この地図のおかげで迷わずに済むし、設置されてある幾つかのトラップも問題なく回避できた。

「んん?」

 地図に従いしばらく進むと、行き止まりにぶち当たる。

「おかしいなぁ、確かこの先に進めるはずなんだけど……あっ!」

 壁に手を触れると、偶然にもそこがスイッチだったのだろう。
 せり上がった壁の先に、外の風景が見えた。

「よしっ!」

 俺は警戒しつつ外へと出る。
 やった! やってやったぞ!!

「んんーっ!」

 深呼吸して外の空気を吸い込む。
 皇宮の中は、自分が想像していた以上に息が詰まった。
 今日だって別に、エスターみたいに何処かに逃げようってわけじゃない。
 ただ、誰にも監視されず羽根を伸ばしたかったのだ。

「で、ここはどこだろう?」

 周囲を見渡すと、皇城と皇宮を取り囲む城壁が見える。
 ちなみに、中央にあるのが皇城で、その東側にあるのが皇宮。
 西側にも建物があり、その三つの建物は通路で繋がっている。
 三つの建物の位置関係からすると、どうもこの通路は皇城の裏手側に繋がっていたようだ。

「す、すこしだけ」

 せっかくなので少し冒険してみようと、目の前の雑木林に入る。
 なぜか、警備の兵士もいないみたいだし、こんなチャンスそうそうないだろう。
 だから、少しくらいいよね?
 雑木林を5分ほど歩くと、綺麗な湖があるところへと抜けた。

「うわぁ!」

 湖の周りは花畑となっており、美しく咲き誇る花々はそれぞれが淡く発光し、光り輝く絨毯のように美しい。
 これは珍しいが、精霊虫と呼ばれる虫が花の蜜を吸う事で発光しているから起きるのだ。
 精霊虫が寄り付く花は珍しく、滅多に見られる光景ではない。
 波一つない湖の上に、それらの光が反射する様はとても幻想的だった。
 だからこそ、俺は油断してしまったのだろう。
 湖の中の小さな岩山の上に居た、こいつの存在に気がつかなかったのだから。

『GRYUUUUUU!』

 人ではない声に思わず振り向く。

「ど、ドラゴン……」

 一瞬、大声を上げそうになったが何とか両手で抑え込む。
 どうして、こんなところにドラゴンがいるのかはわからないが、ドラゴンはとても知能が高い。
 下手に叫ぶのは逆効果で、まずは戦う意思が無い事を示さなければならい。
 俺は両手を広げ、武器がない事をアピールする。

『GRUUU……』

 ドラゴンは低く唸ると岩山から飛び、翼をはためかせゆっくりと俺の前に降り立つ。
 俺は、対峙するドラゴンと視線を交わす。
 ここで少しでもビクついたりしては舐められてしまう。
 まずは対等な相手として、ドラゴンに認識させなければならない。
 ドラゴンは相手を認めれば、その者の理解できる言葉で話しかけてくると言う。
 一体、どれだけこの状況を続ければいいのか。
 ドラゴンから視線をそらさず見つめる俺の頬に、一筋の汗が伝う。

「その辺にしておけ、レヨンドール」

 思わずその声に反応して、視線をそらしてしまう。
 声の主は全身甲冑を纏い、湖のほとりの花畑に尻をつき寛いでいた。
 普通であれば、花畑に似つかわしくない格好なのだが、装飾が施された甲冑のシャープな造形と色合いが夜に映える。
 それまで寝そべっていたのか、気配を消していたのか、俺は今の今まで彼の存在に気がつけなかった。

『よいではないか、少しからかってみただけだ』

 ドラゴンは表情をコロリと変え、俺にも理解できる言葉を喋る。
 男は立ち上がると、こちらに一歩一歩近づいてきた。
 彼の身にまとった全身甲冑は、帝国に生まれた男の子なら皆が憧れる騎士の象徴である。
 騎士の中でも特に人気なのが、近衞や聖騎士、そして竜騎士だ。
 ドラゴンを従えている事からも、彼が竜騎士なのは明白である。

「小僧、お前、何者だ?」

 やばい、甲冑に見惚れている余裕なんてなかった。
 今の俺はどう見ても不審者である。

「えぇっと、僕の名前はエス……テルって言います」

 しまったぁぁぁあああああ!
 エスターと言うのを誤魔化そうとして、思わず本名の方を名乗ってしまった。
 自らの対応能力のなさを、心の中で嘆く。

「エステル、して、お前は何故ここにいる?」

 ダメだ、全然いい案が見つからない。
 皇太子殿下の婚約者(仮)なんて言っても信じてもらえないだろうし、信じてもらえたとして男だとばれちゃうし、一体どうするべきか。

「お、親が王宮で働いていて、その、ちょっと探検してみようかなって……」

 自分で言っていて、ものすごく胡散臭いです。
 その証拠に、騎士の人も僕を疑っているように見える。

「ふむ、その服装は王宮で働く庭師の物だな、それならば、ここに紛れ込んでいてもおかしいわけではない」

 た、助かったぁぁぁあああああ!
 何とか危機を回避したと、ホッと胸をなで下ろす。

「それにしてもエステル、お前、中々やるじゃないか、レヨンドールを前にビビらないとは中々見込みがあるぞ」

 騎士の人は俺の肩を叩く。
 男として認められたような気がして、少し鼻が高くなる。

「細いな、騎士になりたいならもっと鍛えろ」

 ま、まだ成長途中なだけだから!

「はい、わかりました、それじゃ、僕はこの辺で……」

 危機を脱した俺は、ボロを出す前に、そそくさとその場を退散しようとしたが、騎士さんが肩を掴む手を離してくれない。

「待て、まさか、このまま帰るつもりか?」

 ひっ! やっぱり不審者だってバレちゃってます!?

「探検の最中だろ? ふふん、今日は気分がいい、親には内緒にしろよ」

 騎士さんはマントを翻すと、俺の体を抱えあげレヨンドールに飛び乗る。

「軽いな、お前ちゃんと飯食ってるのか?」

 ちょ、ちょっと待って!
 突然の予期せぬ行動に、口を開け抗議しようとしたら、騎士さんの手で口を防がれる。

「むーっ!」

 俺は少し涙目になりつつも騎士さんを睨む。

「喋るな、空中で安定するまで口を閉じておけ、舌を噛むぞ!」

 騎士さんは、レヨンドールに取り付けられた手綱を引く。
 翼をはためかせたレヨンドールは、空へと舞い上がった。
 空を上昇していくにつれ、俺の目が輝く。

「……うわぁ!」

 気がつけば、騎士さんの手は俺の口から離れていた。
 喋ってもいいという事だろうか? 空の上からみる皇都の光が夜を照らす。
 先程みた花畑の光の絨毯も美しかったが、これもまた違った美しさがある。

「どうだ? これはこれで綺麗だろう?」

 してやったり、と笑いかける騎士さんに、コクコクと首を縦に振る。

「よしっ、レヨンドール、軽く散歩するぞ」

 レヨンドールはスピードを上げると、空を照らす星空に向かって直進していく。
 眼下にあった皇都の街並みから遠ざかっていくが、その流れる景色の早さにわくわくが抑えられない。

「はっやーい!」

 思わず両手を上げ、子供のようにはしゃぐ。
 だって、ドラゴンに乗っちゃってるんだよ!
 まるで物語に出てくる勇者の気分である。

『だろう! ほれ、もっとスピードを上げてやろう!!』

 俺の言葉に気を良くしたレヨンドールはスピードを上げる。

「やれやれ、褒められたからといって調子に乗りすぎだ」

 俺の後ろに座っている騎士さんは、片手で手綱を引き、もう片方の手で俺の胴体に手を回して、下に落ちないようにしてくれている。
 丁度、抱え込まれるような状態で、密着して座ってるのは少し恥ずかしいのだけど、仕方ないよね。

「どうした? スピードを上げすぎて酔ったか?」

 照れる俺を騎士さんが心配する。

「いえ、はしゃぎすぎてちょっと恥ずかしくなったというか……」

 俺は誤魔化すために適当な理由をつける。
 そうか、と呟いた騎士さんの横顔にチラリと視線を移す。
 騎士さんの兜につけられた赤の羽飾りと、同色の赤マントは闇夜を彩りとても綺麗だ。
 なんとも言えぬ、その華麗さに少し……ほんの少しだけ見惚れてしまう。
 その後、レヨンドールに乗った俺たちは、ぐるりと迂回し先程の花畑へと戻った。

「今日はありがとうございました」

 地上に降り立った俺は、騎士さんにお礼を述べる。
 光も落ちてこないような深い渓谷、皇都よりもはるかに大きい山脈。
 どこまでも続く長い川、先の見えない海面、そして、どこまでも広がる空。
 初めて見た広い世界の一端は、俺の心を震わせるには十分だった。

「さてと、これで俺とお前は共犯者だ……お互いに今日の事は秘密だぞ、それでいいな」

 腕を組んだ騎士さんは、顔の全てを隠す兜のせいで、その表情は見えなかったものの、とても楽しそうにしているのが見て取れた。

「はい! えーっと……」

 あれ? この人の名前なんだっけ?
 そういえば、自己紹介はしたけど、この人の名前は聞いていなかった。
 良く考えたら、警備兵がいなかったのも、単にこの人がここでサボってただけじゃ……。

「俺の名前は……そうだな、親しいものからはウィルと呼ばれている、お前もそう呼んでいいぞ」

 ウィルといえばウィリアム、ウィリアムズ、ウィリアンなどのが本名として考えられる。
 その中の1つは、俺にとってもよく知っている名前だが、羽飾りの色からして俺の知っている人物とは別人だろう。

「エステル、今日は中々楽しかった、俺はちょくちょくここにいるから、また、散歩したくなったらこい、次はもっと良いところに連れて行ってやる」

 どうやら俺は、ウィルに気に入られたみたいだ。
 俺はお辞儀をして手を振り、来た道を戻り途中で着替え部屋へと帰る。
 部屋の中は変わらず静かで、俺の冒険は誰にもばれてないようだ。
 今夜は興奮して眠れなかったらどうしよう? という心配をよそに、思っていたより疲れていたのか、ベッドに潜ると直ぐに睡魔に襲われる。
 次に会えるとしたらいつかなぁ、そんな事を呑気に考えていたら、いつのまにか眠りについていた。
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