薬草薬局より

かんのあかね

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薬草薬局・終

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「エーリッヒ、イランイランのチンキがもうない。補充しておこう」
 タガログという言語で「花の中の花」を意味するイランイランはその名の通り枝から垂れ下がるようにして黄色、ピンク、藤色の美しい花を咲かせる。
 特に花から漂う甘く濃厚で人を誘うような香りは風に乗って遠くまでも香るほどで「パフュームツリー」とも呼ばれている。
 香水の原料にもなるそれを、精油として加工すると髪の成長を促す作用がある、ヘアケアにもってこいの整髪料になるのだ。
「イランイランってーと、センセと外国に行った時にに新婚夫婦と間違われてベッドに撒かれたあの花ですよね?」
「……いい加減忘れてくれないかな、その話は」
 エーリッヒのからかい口調にセンセ、はムッとしながら答える。
「確かに効能として催淫効果も期待はできるが、必要のない事」
「あ?怒りました?」
「キミと夫婦に見られたのがとても屈辱だったのでね」
「センセ、……意外と根に持ってるじゃないですか」
「いいから、さっさと作業に入りましょうか?」
 センセ、はもうこの話は終わり、とばかりに止めて作業の準備に取り掛かる。

 チンキは長期保存をするものであるから容器の消毒が肝心である。エーリッヒは大なべに水を汲んで湯を沸かす。煮沸消毒の為だ。
 雑菌が入っては台無しなのでチンキの漬け込みようのガラス瓶は念入りに消毒する。
 エーリッヒが消毒をしている間にセンセ、はアコルコールの準備をしていた。
 チンキはハーブの有効成分をアルコールで抽出する方法だ。水溶性と脂溶性の両方の成分を取り出せるのが特徴だ。
 アルコールを使用する事で体内への吸収が早い、長期保存ができる利点もある。同じチンキを目的に応じて内用と外用に利用できるのも魅力の一つだった。
 イランイランのチンキは主に外用で泡立てた石鹸に数滴混ぜて使えば乾燥肌などにも使える。
 消炎作用もあるのでシップにもいいのだ。

「消毒できましたよー」
「分量通りにハーブを入れた後に、アルコールを注ぐ。手早く蓋を閉める」
「はい、はい」
 流れ作業でも一つ一つ丁寧に、愛おしそうに作るセンセ、を見てエーリッヒは、この人は本当に「薬草が好き」なのだな、と感じた。
 そつない手つき、でもどこか優しく愛しさを感じる作業を見ているとそう思わずにはいられない。
 この人の弟子になれてよかった、とエーリッヒは思いながら作業を手伝って、三十瓶ばかりのチンキが出来上がった。
「足りますかね?このチンキ。街の親父どもに人気でしょ? 育毛剤として」
「しばらく漬け込むまでは使えないのだし、その間にまた作った方が在庫を抱えなくて済むでしょう? それに濃いものを使えば効果があるってものでもないのだし」
「そんなもんですかね?」
「ウチはそんなに大きい薬店ではないし、このくらいがちょうどよ」
 センセイは作ったチンキたちを日のあたらない棚の奥へと並べながらそう言った。
「相変わらず商売気はないですよね。センセ、って」
「まあ、趣味ですから」
 しまい終わったセンセ、は、ふふふ、と楽しそうに笑って見せた。


 ここは「薬草薬局」である。
 この街の片隅にある小さな薬屋であった。
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