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カリン+マローブルー(シロップ)
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センセ、が黄金色のカリンの実を手に入れるようになったのはここ数年の事だった。
その香りは置いてあるだけで部屋中を甘く清々しい空気へと変えてくれるのだ。春に咲く愛らしい薄桃色のカリンの花からもふわりとした優しい匂いがするが、それよりも強い香りで楽しませてくれるカリンの実がセンセ、のお気に入りだった。
この黄金色のカリンとの出会いにはちょっとした思い出がある。
少し前、薬草薬局へ客として来ていた患者であるご婦人がいた。
いつも咳をしていて喉の痛みを訴えていて病院に通ってはいるが、良くなったり悪くなったりを繰り返していた。
ご婦人はハチミツ漬けの大根が喉に良いといつも小瓶に入れて持ち歩いていたのだが、飲みにくいとよく愚痴をこぼしていたものだ。
そのご婦人が言うには、子供の頃によく祖母が作ってくれていたシロップが咳に大変よく効いていたそうなのだが、肝心の作り方を聞けないまま祖母が亡くなり、それっきりになってしまったそうなのだ。
甘いくてとろとろしたシロップは、咳ばかりか弱った心も癒していたのだろう。懐かしそうに語るご婦人は寂しそうに「懐かしい」と言っていたのだった。
センセ、はそのシロップが何であるのかとても気になって仕方なかった。甘いシロップ状の薬は色々と知ってはいるが、ご婦人の話によると青みがかった琥珀色に花のようなものが入っていて、それがまた良い香りで見た目も美しかったという。
センセ、は聞き馴染みのないそれをどうにかして調べようにも、ご婦人の記憶も曖昧であるし、手掛かりが少なすぎて行き詰まってしまった。
ある日のこと、商店街の青果店の奥さんがここら辺では珍しい黄金色のカリンをお裾分けしてくれた。奥さんはカリンの特産地の出で、馴染みのある物だった。だがこちらまで出回るのは珍しいとお裾分けしてくれたのだった。
「黄金色のカリンはこの辺では珍しいでしょう?」
「こんなにも発色のいい果実は初めて見ました」
その場に居合わせたご婦人がふと、
「ああ、祖母のシロップもそんな感じの匂いに似ていたわねぇ」
と、ニコニコしながら呟いたのを聞いてセンセ、は、はっとした。
青果店の奥さんの故郷では昔からカリンの実をお酒や砂糖に漬けては、健康食として食していたのを思い出したのだ。そう考えると青みがかった色は何かのハーブであると予想できる。
咳にいいハーブで色の青い……マローブルーだ。
マローブルーは、粘膜を保護し炎症を抑える作用がある。気管支炎には持ってこいのハーブであし、きっとご婦人の祖母はブラックマローやマーシュマローも加えていたのだろう。だから青みがかった琥珀色のシロップになったのだろうと考えた。
子供が飲みやすいものにしようと考えると、きっと砂糖で水分を出すよりもオリゴ糖で浸してシロップにした物だろうと考えた。
「もしかしたらシロップが作れるかもしれない」
「まぁ……センセ、はなにか心当たりがおありなのね」
「ああ、先人の知恵は素晴らしい。三日後にまた来て下さいな」
センセ、は、心のつっかえがとれたかのように気持ちが晴れた。
「これよ……!これだわ。祖母がよく作ってくれたものとおなじシロップに、またあえるなんて!」
三日後にやってきたご婦人はセンセイの作った薬草シロップをみて大変に感動し、涙を滲ませて感謝した。
それからだ、カリンの出回る時期になるとセンセ、がシロップを作り始めるようになったのは。乾燥や咳に備えて今年もカリンとマローブルーのシロップを作る。
丁寧に洗ったカリンを薄くスライスしてマローブルーとよく混ぜ、ブラックマローやマーシュマローもバランスが良くなるように加える。
この一手間が不思議な色味と優しい風味をもたらすのだ。
良く香るようにとカリンの種も混ぜて、それらを消毒したガラス瓶に入れ、ひたひたになるまでオリゴ糖を注いでは蓋をしてゆく。
数日ほど置くとハーブから色がにじみ出て美しいシロップへと仕上がってゆく。
そのまま舐めても良いが、お湯で割ったり、紅茶やハープティーに足したりして飲むのがオススメだ。
風邪で痛めた喉や、喉を酷使してしまった時などによく効くのだ。
「……センセ、去年のシロップって残ってます?」
「あるけれど、凄い声ね。エーリッヒ」
「昨日ちょっと盛り上がりすぎて……ガラガラですよ!」
出勤してきたエーリッヒは保管用の保冷棚を漁ってシロップを探し出すとスプーンですくって湯飲みに移しお湯を注ぐ。
途端に広がるカリンとマローブルーの香りが店内中に広がって空気が甘くなった。
「今年もちゃんと用意しないといけないわ。エーリッヒは喉が弱いから」
「うっ、それはそうですけど!」
「商店街のおじさま達と馬鹿騒ぎも、程ほどに」
エーリッヒは言い返す言葉もなく、薬草シロップの湯割りをすすっていた。
もうすぐ本格的な乾燥の時期が訪れる。
もうすぐ薬草薬局は忙しい時期に差し掛かろうとしていた。
その香りは置いてあるだけで部屋中を甘く清々しい空気へと変えてくれるのだ。春に咲く愛らしい薄桃色のカリンの花からもふわりとした優しい匂いがするが、それよりも強い香りで楽しませてくれるカリンの実がセンセ、のお気に入りだった。
この黄金色のカリンとの出会いにはちょっとした思い出がある。
少し前、薬草薬局へ客として来ていた患者であるご婦人がいた。
いつも咳をしていて喉の痛みを訴えていて病院に通ってはいるが、良くなったり悪くなったりを繰り返していた。
ご婦人はハチミツ漬けの大根が喉に良いといつも小瓶に入れて持ち歩いていたのだが、飲みにくいとよく愚痴をこぼしていたものだ。
そのご婦人が言うには、子供の頃によく祖母が作ってくれていたシロップが咳に大変よく効いていたそうなのだが、肝心の作り方を聞けないまま祖母が亡くなり、それっきりになってしまったそうなのだ。
甘いくてとろとろしたシロップは、咳ばかりか弱った心も癒していたのだろう。懐かしそうに語るご婦人は寂しそうに「懐かしい」と言っていたのだった。
センセ、はそのシロップが何であるのかとても気になって仕方なかった。甘いシロップ状の薬は色々と知ってはいるが、ご婦人の話によると青みがかった琥珀色に花のようなものが入っていて、それがまた良い香りで見た目も美しかったという。
センセ、は聞き馴染みのないそれをどうにかして調べようにも、ご婦人の記憶も曖昧であるし、手掛かりが少なすぎて行き詰まってしまった。
ある日のこと、商店街の青果店の奥さんがここら辺では珍しい黄金色のカリンをお裾分けしてくれた。奥さんはカリンの特産地の出で、馴染みのある物だった。だがこちらまで出回るのは珍しいとお裾分けしてくれたのだった。
「黄金色のカリンはこの辺では珍しいでしょう?」
「こんなにも発色のいい果実は初めて見ました」
その場に居合わせたご婦人がふと、
「ああ、祖母のシロップもそんな感じの匂いに似ていたわねぇ」
と、ニコニコしながら呟いたのを聞いてセンセ、は、はっとした。
青果店の奥さんの故郷では昔からカリンの実をお酒や砂糖に漬けては、健康食として食していたのを思い出したのだ。そう考えると青みがかった色は何かのハーブであると予想できる。
咳にいいハーブで色の青い……マローブルーだ。
マローブルーは、粘膜を保護し炎症を抑える作用がある。気管支炎には持ってこいのハーブであし、きっとご婦人の祖母はブラックマローやマーシュマローも加えていたのだろう。だから青みがかった琥珀色のシロップになったのだろうと考えた。
子供が飲みやすいものにしようと考えると、きっと砂糖で水分を出すよりもオリゴ糖で浸してシロップにした物だろうと考えた。
「もしかしたらシロップが作れるかもしれない」
「まぁ……センセ、はなにか心当たりがおありなのね」
「ああ、先人の知恵は素晴らしい。三日後にまた来て下さいな」
センセ、は、心のつっかえがとれたかのように気持ちが晴れた。
「これよ……!これだわ。祖母がよく作ってくれたものとおなじシロップに、またあえるなんて!」
三日後にやってきたご婦人はセンセイの作った薬草シロップをみて大変に感動し、涙を滲ませて感謝した。
それからだ、カリンの出回る時期になるとセンセ、がシロップを作り始めるようになったのは。乾燥や咳に備えて今年もカリンとマローブルーのシロップを作る。
丁寧に洗ったカリンを薄くスライスしてマローブルーとよく混ぜ、ブラックマローやマーシュマローもバランスが良くなるように加える。
この一手間が不思議な色味と優しい風味をもたらすのだ。
良く香るようにとカリンの種も混ぜて、それらを消毒したガラス瓶に入れ、ひたひたになるまでオリゴ糖を注いでは蓋をしてゆく。
数日ほど置くとハーブから色がにじみ出て美しいシロップへと仕上がってゆく。
そのまま舐めても良いが、お湯で割ったり、紅茶やハープティーに足したりして飲むのがオススメだ。
風邪で痛めた喉や、喉を酷使してしまった時などによく効くのだ。
「……センセ、去年のシロップって残ってます?」
「あるけれど、凄い声ね。エーリッヒ」
「昨日ちょっと盛り上がりすぎて……ガラガラですよ!」
出勤してきたエーリッヒは保管用の保冷棚を漁ってシロップを探し出すとスプーンですくって湯飲みに移しお湯を注ぐ。
途端に広がるカリンとマローブルーの香りが店内中に広がって空気が甘くなった。
「今年もちゃんと用意しないといけないわ。エーリッヒは喉が弱いから」
「うっ、それはそうですけど!」
「商店街のおじさま達と馬鹿騒ぎも、程ほどに」
エーリッヒは言い返す言葉もなく、薬草シロップの湯割りをすすっていた。
もうすぐ本格的な乾燥の時期が訪れる。
もうすぐ薬草薬局は忙しい時期に差し掛かろうとしていた。
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