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17章
閑話:【裏】訝しがる騎士
しおりを挟む◆ ◇ ◆
サーシャが書類を片付け始めたころ、男性騎士は騎士団本部へと戻ってきた。その足はまっすぐとある部屋へと向けられている。騎士団長室でも自室でもなく、騎士達もあまり寄り付かない場所にある会議室だった。その会議室の中にはすでに先客がいた。セナ達を丘に迎えにいったもう一人、女性騎士である。
「遅い!」
「うわっ。なんだよ、いきなり大声出すなよ」
男性騎士は入るなり飛んできた怒声にわかりやすく肩を窄めて見せた。
「お前が遅いのがいけないんだろう」
「あの子達が部屋に戻るところまで確認してきたんだからしょうがないだろ。むしろ早い方だと思うけど?」
「……チッ」
男性騎士の発言通り、まだ寝るには早いと言える時間である。
反論できず、舌打ちした女性騎士は「で?」と報告を促した。
相手の不服そうな態度も気にした様子のない男性騎士は考える素振りを見せた。
「……」
「おい、報告」
「んー、説明は難しいから……やるワ」
「は?」
「まず、今日は朝から全員で商業ギルドに向かいましたー。で、ギルマス達に迎えられましたー。んで、あの子が説明するからって向かったのはギルド内の調理室でしたー。ここまでが前提な」
「あぁ」
「えーっと、確か……『いつも料理を担当してもらってますが、野営などの時間がないときも素早く作ってくれますよね? 何かコツなどあるんですか?』」
「……は?」
「『それはねー、オレっちの実力! って言いたいところなんだけどー、今のオレっちには魔法みたいな便利道具があるんだよねー』」
「???」
そう、今日のセナ達の様子を再現し始めたのだ。ジュード達がやっていた、あの売込みの小芝居である。
いきなり声色を変えて一人何役もし始めた男性騎士を見て、女性騎士は呆気に取られた。
呆然としている間も、一人寸劇は続いている。実物はないのに、身振り手振りでガルドやコルトの不器用さ加減まで再現する徹底ぶりである。セナ達が見れば爆笑したであろうが、実際目にしていなかった女性騎士には面白さは理解できなかった。
だんだんとイラ立ってきた女性騎士は三十分ほど経ったところで、辛抱ならんと口を開いた。
「…………ふざけているのか?」
「ん?」
「ふざけているのかと聞いている」
「いや。いたって真面目だけど?」
「どこからどう見てもふざけてるだろうが!」
バンッと手の平を机に叩きつけて立ち上がった女性騎士に、男性騎士はコテりと首を傾げた。内心では「コイツにしては我慢した方だな」なんて思っていたが、そんな様子はおくびにも出さずに。
「実際にギルドであったやり取りなんだから、どこからどう見ても今日の報告だろ?」
「は……?」
「だからー、今日ギルドで見てきたまんまなんだって」
「……今のが、か?」
「そう。説明が難しいって言ったろ? ちなみに、昼過ぎまでこんな感じだった」
「……」
「んで、終わった後は〝そろばん〟っていう道具の使い方の勉強会。【黒煙】のパーティも『丁度いいから教えてくれ』って、あの子と少年にただ使い方を教わってただけ。本当にただの勉強会」
「勉、強会……」
気が抜けた女性騎士は脱力したようにポスンとイスに腰を下ろした。
「……そんなことから何がわかると言うんだ……」
「んー……説明があった道具類全てがすげー便利ってことと、料理がめちゃくちゃ美味かったってことくらい? …………いや、本当に美味かったんだって。特に夕食の肉。サーシャ様も二回おかわりしてたんだぞ」
睨みつけていた女性騎士はそんなことが聞きたかったワケではないと、溜め息をついた。
「……ハァ。なんのために付いて行かせたと思ってるんだ……」
「そりゃ、サーシャ様の安全確保とあの子達を探るためだけど?」
「わかっているなら何故……!」
「それがなーんも怪しい素振りなんてなかったんだよ。ドラゴンも暴れる素振りなん……て……」
途中で言葉を止められ、女性騎士が眉を寄せる。何か重要なことを思い出したのか? と姿勢を正して促した。
「……なんだ?」
「いや、大したことじゃない」
「言え」
「そういえばあのドラゴン、あの子に『ほらラスクあげるから』ってなんか食べ物渡されてたんだけど、見たことないやつだったなーって思い出しただけ。きっとアレも美味いんだろうなー」
「………………ハァァァ」
事と次第によっては騎士団を動かすことになる、と構えた女性騎士は男性騎士の言葉を咀嚼し、脱力感から机に突っ伏した。
「……また食べ物か。もっとこう、重要なことがあるだろう……」
「だから、さっき見せたやつくらいだったんだって。サーシャ様と個人的な会話もほとんどなかったし」
「ほとんど、ということはあったんだろう?」
「そりゃあるにはあったよ。『おなかいっぱいになった?』とか『疲れは大丈夫?』とか『わかんないところがあったら遠慮なく言ってね』とか」
「……」
「んな睨まれてもそれくらいしか会話してなかったんだって。あとは……自慢?」
「自慢?」
「そう。『セナっちのレシピすごいでしょー?』っていうセナ様自慢。言われてる本人が話題変えようと四苦八苦してたのが笑えた」
聞いても聞いても何も出てこないことに女性騎士は頭を抱えたくなった。
いきなり中央からの連絡がくることになった原因である。この街に来たのは絶対に理由があるハズなのだ。それが何であるか判明しなければ安心できないし、その内容によっては対策を講じなければならない。
「それにしても、あんな怪しい輩共を連日泊めさせるなんて……サーシャ様はヤツらを信用したというのか?」
「んー、どうだろうな? 信用に値すると思ったのかもしれないし、近くに置いておいて探ってるのかもしれないだろ」
今日の様子を見た限りでは後者の可能性は低いと思いつつ、思考が一辺倒な女性騎士が何かしでかさないようにと男性騎士はセリフを選ぶ。
一応血縁上では宰相と遠い親戚にあたるくせに、サーシャ様のことになると見境なくなるんだよなァ。もうちっと柔軟に対応してほしいもんだ……と呆れ気味の男性騎士の視線にも気付かず、女性騎士は「そうか……そうだな……」と頷いていた。
「まぁ、明日も探ってみるよ」
「当たり前だ。サーシャ様に指名されたのがお前じゃなければ私が直接調べられたのに……!」
「へいへい、指名されてすみませーん」
男性騎士は「お前のその暴走癖をわかってるから、お前と同期の俺をわざわざ指名したんだよ。いきなり古代龍に喧嘩をふっかけるなんてことになりかねないからな」とは言わず、流すに留めた。
◇
騎士団長室での報告を経て、自室へと戻った男性騎士が考えるのはあの少女達のこと。
サーシャは朝から「彼女達は大丈夫だ。そうだな……見て、話せばわかるだろう」と笑うばかりで、情報の開示はほとんどなかった。説明も釈明もないのには何かしらの理由があるのだろうと察せられた。
実際話してみれば、普通すぎるほど普通で、そこへあの寸劇だ。警戒心を持っているのがバカらしく思えるほど。
彼女らは……一言で言えば面白い。だが、それだけではないのは間違いない。あの便利道具類を考案したのがあの少女らしいことから、頭の中は常人とは一線を画していることは自明の理であった。
人柄もよく、話しやすい。古代龍と従者は少々クセがあったが。
しかし、その彼女達がこの街に来た理由がわからないのだ。流石に、ただアレらを売込みに来ただけとは考えにくい。なんせこの街は中央から離れている。仮にそうだったとして、何故売込み先がこの街だったのか……と新たな疑問が浮かぶ。
先ほどは誤魔化したが、サーシャは彼女達をいたく気に入ったようだった。気持ちはわからなくもない。が、いかんせん理由が判明するまでは「はい、そうですか」と簡単にはいかないし、するつもりもない。
「サーシャ様も人が悪いよなぁ……俺には説明くらいしてくれてもいいのに。…………ま、明日も美味いメシが食えそうってことだけは確かか」
サーシャには動けるようにしておくと言ったものの、彼女達が夜中に何か仕掛けてくることはないだろう。それは今日一日行動を共にしていただけの男性騎士にも理解できた。
セナに寝る時間だと、寝不足になるだろうと、古代龍が有無を言わさず抱えて部屋に入っていったのだから。
翌日の予定を考え、早めにベッドへ入ろうと動き出した男性騎士を監視している者がいた。プルトンだ。
プルトンはサーシャとのやり取り時から付いてきていたため、先ほどの女性騎士とのやり取りも全て見ていた。ジュード達の寸劇が再現されていたときなんて、騎士二人に聞こえないことをいいことに、爆笑していたし、それをエルミスに実況中継していた。セナに怪しまれぬよう、エルミスが笑いを堪えることになるのもお構いなしに。
《(うーん、ムダに警戒してるみたいだけど、思ってたよりコイツは大丈夫そうね)》
男性騎士よりも女性騎士の方が問題そうだと判断したプルトンは、簡単にエルミスに念話を飛ばし、女性騎士の部屋を目指して壁をすり抜けた。
2,006
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