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4巻

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   ◇ ◆ ◇


 今日もコテージに入ると、クラオル達とは別行動になった。いや、いいんだけど……ちょっと寂しいよね。自由が一番って言っているのは私なんだけどさ……こう、いつも一緒だったのにスゥッと離れられると余計に寂しさを感じる。これでも日本ではお一人様が好きだったんだよ。変わったもんだ。いや、可愛いモフモフに好かれて嫌な気はしないからクラオル達が特別なんだろうな。
 さて、本日はキッチンデーの予定です。グレンへのご褒美として、食べたがっていたパンケーキ作りに取りかかった。パパ達やクラオル達の分もとなると結構な量だ。同じ枚数だとご褒美にならないかなと、グレンのだけ三段にしておいた。パパ達の分はご飯ロッカーへ入れ、私は木工部屋へ移動。お皿が足りなくなったのよ。急ぎでお皿やドンブリなどを作ったら、キッチンアゲイン。昨日、スープの話をしていて思い付いたモノを料理アプリでチェックしてみたら発見したのです。
 よっしゃ、やったるで! と気合を入れ、大きな寸胴鍋に無限収納インベントリで解体したオークの骨を入れる。そう、豚骨スープでっせ。鍋に入りきらなくて、イグねぇから受け継いだ短剣でブツ切りすることになった。武器のハンマーだと粉砕しちゃいそうじゃない?
 獣臭にさらされながらもアプリのおかげで順調に工程を進めていると、問題が発生した。長時間煮込まなきゃいけなかったのだ。

「そうだよ……頭から抜けてたわ。どうしよう……」

 私は昼食で戻らないといけないんですよ。
 ない頭をなんとか働かせた私はダメ元で空間魔法を頼ってみることにした。以前テレビのインタビューで見たラーメン屋さんの言葉に従って、十時間ほど煮込むイメージで魔力を注ぐ。ポワァッと光った豚骨スープはみるみるうちに白濁していき、水かさが半分以下になった。骨を取り出してを確認したところ、空洞となっていた。成功したっぽい。本来は途中途中で水を足して煮ていくみたいなので、水を足して二回ほど繰り返す。仕上げに骨と香味野菜を取り出してせば完成!

(これを地道にやるなんて……アプリに載せてくれた人とラーメン屋さん、マジで尊敬するわ。私、魔法使えてよかった。パパ、空間魔法のスキル付けてくれてありがとう)

 残りの時間はタルト用のアーモンドプードルを量産し、頃合いを見てクラオル達に念話で声をかけた。戻ってきた瞬間、クラオルに『くぁ⁉ クサッ! 主様くさいわ‼』と思いっきり叫ばれ、何回も【クリーン】をかけるハメになったよ……そんなに拒否らなくても……


 お昼休憩時に、嬉しい話を聞いた私は機嫌よくキッチンに入った。午後はちょっと存在を忘れかけていたゴボウのあく抜き作業だ。すぐに使えるように、ささがき、千切り、四つ割り、斜め切り、乱切り……と、思い付くままにカットしたものを水にさらしていく。アクの状態を確認しつつ、空間魔法で時間を経過させれば完了。本日の学び、空間魔法、料理にめちゃくちゃ使える。
 この世界のゴボウは木。太い大根ほどの太さがあるから、慣れ親しんだ大きさにしてしまったわ。それぞれ、寸胴鍋一杯分は切ったので、しばらくは持つでしょう。
 ブラン団長に早めに声をかけると言われていたので、作業を終えた私は早々にクラオル達を呼んで馬車に戻った。

『……主様どうしたの? 何かあった?』
「んーん。特に何も~。モフモフは嫌?」
『嫌なわけないでしょ。変な主様』

 首を傾げたクラオルはいつもと同じようにモフモフさせてくれている。毎晩モフモフしているとはいえ、ここ連日の別行動がちょっと寂しかったなんて言えない。


 ノック音で気持ちを切り替えた私はマジックバッグを装着して馬車を降りた。馬車は森に横付けされている。お昼のときに森に寄ってくれるって言ってたんだよ。道中、一回も魔物と遭遇せず、予定より距離を稼いでいるんだって。だから私が望むなら、森に寄ってもいいよって。話題を振られたときに食い付いたせいか、ものすごく微笑ましいと言わんばかりの顔を向けられた。

「……ククッ。準備万端だな」
「うん! 馬車周辺は結界張っておくから安心してね」
「……助かる。大丈夫だとは思うがあまり遠くには行かないように」
「はーい! いってきます‼」

 ブラン団長達に見送られ、私達は森に足を踏み入れた。少し馬車から離れたところで、クラオルとグレウスを肩から下ろす。

「さて、私は食材探しに向かいます。お昼にも言った通り、手伝ってくれたら嬉しいけど、強制じゃないから遊びに行っても大丈夫だよ。ただ、声をかけたら、私のところに戻ってきてね」

 元気よく返事をしてくれたメンバーに手を振って、【サーチ】を展開した。
 キノコとハーブをメインに採取しつつ森を進んでいくと、ミソの実とショユの実がなる木の群生地を発見した。

(ふぉぉぉぉぉぉぉぉ‼ いっぱいなってるぅぅぅ!)

 パパ達が無限収納インベントリに送ってくれて在庫は少し増えてはいたけど、呪淵じゅえんの森以来見てなかったから嬉しい。木に登ってもいだり、手が届かない場所は風魔法を使ったり……ルンルンと機嫌よく無限収納インベントリに入れていく。廃教会の神様像の修理で木登りが鍛えられたかもしれない。

『きゃあああああぁぁぁ‼』

 三本目の木の枝の上で腕を伸ばしていると、クラオルの悲鳴がすぐ近くで聞こえ、危うく落ちるところだった。

「ビッ、クリした……どうしたの?」
『んもう、主様ったら! 「どうしたの?」じゃないわよ、危ないでしょ‼』
「収穫してるだけだよ? 落ちても大丈夫な高さだし」
『教会のときにも言ったでしょ! 言ってくれたら手伝うわよ!』
「像と違って枝もあるし大丈夫だよ?」
『いいから下りなさい!』
「はーい」

 樹上からストンと下りたものの、クラオルはプリプリと怒ったまま。

『主様ったら、いつもなんでも一人でやろうとするんだから! …………って、これ、もしかして、全部、採る気、だったの?』

 既に採り尽くした二本の木に顔を向けたクラオルは、物言いたげな視線を私に送ってきた。短い単語で区切り、引いていますと言わんばかりの声色が解せない。

「うん。呪淵じゅえんの森以来だし、あって困るものじゃないから、採れるときに採っておこうと思って」
『なるほどね。でも一本の木にいくつかの実と、この中の何本かはそのままにしておいた方がいいと思うわ』
「そうなの?」
『全部採ったら実がならなくなるかもしれないわよ』
「そうなんだ。じゃあほどほどにしておく」

 クラオルはつるで私を木の実の近くまで持ち上げてくれつつ、別のつるで木の実を収穫している。器用すぎません? 一人でやっていたときの何倍ものスピードで収穫されていくんですけど。

「そういえばクラオルは何か用があったんじゃないの?」
『あぁ、ちょっと珍しい匂いの木を見つけたのよ』
「珍しい匂いの木? 食材⁇ それともひのきとか樫とかけやきとからしい木かな?」
『わからないわ。主様が興味ありそうだなって思ったのよ』
「うん。気になるから、これが落ち着いたら行ってみよう!」

 クラオルはさらにつるを増やし、驚きのスピードで収穫を終えることになった。
 いつものポジションである、肩に乗ったクラオルの案内で森の中を進んでいく。着いた場所には見覚えのある植物があちらこちらに生えていた。

「これ……竹?」

 見た目は完全に茶色い竹。そのとき、ある香りがフワッと鼻をくすぐった。

「ん⁉ この匂いって……これ、かつお節じゃない⁉」

 ズンズンと竹に近付き、鼻を寄せてクンクン。短剣で少し削ってみると、先ほどよりも強く香りが立った。味見に少量齧った私はテンションがブチ上がり、クラオルを両手で持ち上げた。

「クラオル! すごいよ、かつお節だよ、かつお節‼」
『ちょっ、もうっ! …………ふふふっ、興奮しすぎよ』
「待ち望んでたかつお節だよ! さすがクラオル、ありがとう‼」

 あまりの嬉しさにクルクルと回っていた私はクラオルを抱きしめ、キスを送る。驚いたのは一瞬で、キスを返してくれるクラオルがたまらなく可愛い。

『カツオブシって、主様が前に言ってたダシがどうのってやつのこと?』
「そうそう、それそれ。これこそ、ギリギリまで収穫しよう!」
『ふふっ。んもぅ、お目目がキラッキラじゃないの』
《セナちゃーん……ってあら?》

 私を呼ぶ声が聞こえて振り返ると、戻ってきたプルトンが首を傾げた。

《これ、ふしの木? あら、やっぱり。こっちにも生えてるのね》
「フシノキ? こっちにもって?」
《この木の名前よ。これ、精霊の国にいっぱい生えてるの。邪魔なくらい》

 あ、興奮してて鑑定するどころじゃなかった。それより!

「これ、精霊の国にいっぱい生えてるの⁉」
《切っても切ってもすぐ成長するのよ。光が前に増殖が速すぎるって文句言ってたもの。あ、光っていうのは精霊帝せいれいていとして、精霊達をまとめている精霊のことね》
「マジ? 私が買い取るって言ったら、ふしの木もらえたりする?」
《お金なんかいらないからあげるって言われると思うわよ? これ、何かに使えるの?》
「超重要な食材だよ! 料理のかなめ。これがあるのとないのだと美味しさがかなり違うんだよ」
《食材……私達は基本的に食べないから、食材になるなんて考えもしなかったわ》

 ふしの木に関してはプルトンが精霊帝せいれいていに聞いてくれることになったんだけど、それはそれとしてしばらくの分は確保しておきたい。切っても切ってもすぐ成長すると言っていたから、全部切っちゃっても大丈夫でしょう。
 クラオルに協力してもらい、ふしの木を切り倒していく。十七本ものふしの木を伐採したら、適当な大きさにブツ切りに。この作業はプルトンが手伝ってくれることになった。切ってからわかったことは、中は空洞じゃないってこと。見た目は竹なのにね。
 何本かまとめて風魔法を乱発させていると、斜め後ろからメキメキと音が聞こえてきた。私が振り返るのとほぼ同時にパン! と竹が弾け飛んだことに驚きが隠せない。

「え……プルトンさん、何をしてらっしゃるの?」
《ん? セナちゃんが適当な大きさにするって言ってたから、こう、やって……折ってたの》

 プルトンは結界魔法か、空間魔法か、はたまた両方なのか……わからないけど、魔法を駆使して竹を折り曲げ、割る手段を取っていたらしい。見間違いじゃなかった。目の前で再びバキッ! と折れた竹は大きさのバラつきが激しい。顔のすぐ横を欠片が飛んでいったよ……曲げたものの折れずにU字を描いている竹まであった。まさかプルトンがこんな豪快なことするとは予想外だ。

「(コワ……)」

 肩に乗ったクラオルは私の呟きが聞こえたのか『゛ン』と声を漏らした。

「そ、それだと大きさがバラバラになっちゃうから私やるね」
《あら、そう?》

 特に異論はないようなので、急いで風魔法で処理して全部無限収納インベントリにぶち込む。プルトンには今のやり方をやる際には私に言ってからにしてほしいことを頼んでおいた。
 果実水でひと息ついた私はみんなに念話で声をかけた。みんな採取をしてくれていたそうで、それぞれが集めている場所に動き出す。そもそも、プルトンも集めた薬草やハーブを回収してほしくて私のところに来たみたい。合流しつつ、無限収納インベントリに入れていく。この短時間で薬草やハーブがいっぱいだった。素晴らしく優秀で頼りになる優しい仲間である。


   ◇ ◆ ◇


 いつもより早く起こしてもらい、日課のストレッチをコテージの空間内で終わらせる。馬車から降りると、見張りで起きていたのはフレディ副隊長だった。まだ日が昇りきる前だったから驚かれたものの、採取に行くことは止められなかった。イェイ。
 採取もした。朝食も食べた。クラオル達はコテージの空間に入るとどこかに遊びに行った。昨日森でアレを見つけちゃった私は新たな道具を作らねばならない。そう、かつお節用のカンナ……というか削り器である。ついでにデタリョ商会では売ってなかったから、キッチンスライサーとピーラーも作っておきたいところ。
 作るものが決まっているので最初は木工部屋。作業スピードが上がっていることに、我ながら慣れを感じるね。スムーズに部品を作り終えた私は意気揚々と錬金部屋へと移動した。だがしかし、ここで問題が発生。神銀ミスリルねたまではよかったのに、肝心な〝刃〟の薄さと角度にかなり手間取ることになった。木工部屋で思い付いたピザカッターが一番最初に完成するっていう……
 途中、お昼休憩を挟み、午後もスライサーと格闘。何回も何回も微調整を繰り返し、試し切りしたかつお節と人参が小山を作っていく。なんとか夕食前に完成したものの、私は神経をすり減らしたせいでヘロヘロになっていた。


 夕食を作る段階で、何も考えたくなかった私は「過去に食べたスープの中で何がいい?」と聞いてみた。見事にバラバラだったため、順番に作ることに決定。今日はパブロさんリクエストの野菜たっぷりポトフだ。
 リクエストしただけあって、パブロさんはすごい勢いでおかわりに走っていく。一人で鍋の半分くらいは食べたんじゃなかろうか……満足そうで何よりです。
 ブラン団長達と雑談に興じているとグレンの気配が近付いてきていることに気が付いた。

「……どうした?」
「グレンが帰ってきたみたい。あ! グレーン‼」

 出発時と同じように人型の姿のまま飛んでくるグレンに向かって手を振る。それに気が付いたグレンはスピードを上げ、羽を羽ばたかせて私の前に降り立った。それを見ていたブラン団長が気を利かせてくれ、私達は馬車に引っ込むことになった。

〈セナ、われはメシが食べたい〉

 コテージの空間に入った瞬間にグレンから発せられたセリフである。

「あれ? ごめん。パン、足りなかった?」
〈いや、パンはまだ残っている。メシに間に合うかと思ったが間に合わなかった〉
「そっかそっか。温かいご飯食べたいよね。何がいい?」

 頑張ってくれたグレンのためなら、ちょっと面倒なものでも作るよ。

〈セナが作った腹に溜まるものならなんでもいい〉
「おなかに溜まるものか……豚丼食べる?」

 見たことがないとわからないかなと、コテージのダイニングに座ったグレンの前に豚丼の鍋を出して見せると、〈肉だ!〉と目が輝いた。無限収納インベントリに収納していた寸胴鍋は温かいまま。その場でご飯をよそい、豚丼を作る。クラオル達や精霊達も珍しく食べると言うので、私もちょっとだけ。夜ご飯食べたんだけどね。

〈む……もうなくなった……〉

 いただきますと食べ始めてから、五分も経たずにグレンが丼をからにしたことに目を疑う。ちゃんと噛んでる? 吸い込んでない? よくお米詰まらせないね?

「えっと、おかわりあるよ?」
〈おかわり!〉

 間髪容れずに要求してくるグレンに笑ってしまう。そんなにおなかがいてたのねと思うと同時に、契約したら食事は取らなくても支障はないんじゃなかったっけ? と疑問に思う。まぁいいか。
 グレンにおかわりを求められるままよそい続け、既に十杯目。

〈おかわり!〉
「あ……ごめん。お肉はあるけど、ご飯のほうがからになっちゃったんだよね。お肉だけ食べる?」
〈セナが言うご飯とは肉の下にあったモチャモチャしたやつのことか?〉
「モチャモチャって……好きじゃなかった?」
〈いや、肉の汁がみ込んで美味かった!〉

 うん、素晴らしい笑顔ですこと。そんなグレンはお肉だけでも食べるそうで、もう好きなだけ食べてくれと寸胴鍋を出してあげた。ちゃんとドンブリによそっているのはエライ。グレンは汁まで飲み干し、文字通りにお鍋はすっからかんになった。

〈ブタドン、気に入った! 肉はオークか?〉
「そうそう、前に狩ったピンクオーク。珍しいだけあっていいお肉だったよね」
〈ピンクオークだと⁉ あいつらにも食べさせたのか⁉〉

 身を乗り出してくるグレンに戸惑う。剣幕がちょっと怖い。あいつらってブラン団長達のこと?

「え、ううん。ご飯っていうかお米を嫌がるかなって出してないよ。パパ達はお米大丈夫だから渡したけど……」
〈うむ、そうか……ピンクオークはわれが食べるから、あいつらにはダメだ〉
「そんなに気に入った? それなら家族だけにしようね」
〈気に入ったというか……いや、そうだな。気に入ったから、あいつらにはダメだからな!〉

 念を押してくるあたり相当気に入ったことが窺えるね。


 ――――〈((おい、セナは効能を知らないのか?))〉
 ――――『((知らないのよ……主様ってまだ子供でしょ? 説明の仕方に困ったのか、ギルドでは教えてもらえなかったの。説明しようと思ったんだけど、食材全てに疑いを持ったり、料理そのものを止めたり……なんてことになりそうで神達ですら言えずじまいよ。お肉ならワタシ達や神達が食べたところで害はないし、誰かマズい人に食べさせようとしたときにワタシ達が止めるってことになったの。グレンが上手く説明できるなら、してくれてもいいのよ?))』
 ――――〈((あぁ……なるほどな。神ができないことをわれができるわけがないだろう))〉
 ――――『((やっぱりそうよね。まぁ、今回のグレンの発言のおかげで大丈夫そうだけれど))』


 もしくは珍しくて高いお肉だから食べさせたくないのかもしれない、なんて考えていた私はグレンとクラオルが念話で会話をしていたなんて微塵みじんも思っていなかった。

「あ、今のうちにお米炊いちゃおうかな」
〈さっきも言っていたが、もしかしてオコメとはシラコメのことか?〉
「そうそう、私がいた世界の私の国では国民食って言えるくらいだったんだよ。パパ達が魔道具を作ってくれたおかげで美味しく食べられるようになったの。パパ達もお気に入りだよ」
〈そ、そうか……(神自ら魔道具を作ってやるのか。気に入られているのはセナだろう……)あ、気に入っているで思い出した。セナに土産みやげがあるぞ〉

 お土産みやげ? と思ったのも束の間、グレンに促され、移動することになった。連れていかれたのは建物前の広場。着くなり、〈出すぞ〉と声がかかって、ドン! ドン! と音を立てながら置かれた何かが地面に山を作っていく。慌てて生活魔法の【ライト】を飛ばし、視界を確保すると目に飛び込んできたのは魔物だった。パッと見ただけでもバカでかいそれが十匹以上なことは確か。

「鳥?」
〈これはホットホークス。飛んでる最中に群れと遭遇してな、セナが料理をすると言っていたから肉が傷まないように狩ってきた。これはピリッとして美味いぞ。特に脚の辛さがイイ〉

 ホークスって鷹と鷲どっちだっけ? なんて考えつつ、グレンが言う脚を注視する。くだんの脚は鳥の図体にふさわしく大根よりも太くて、その先には大きな人参サイズの赤い爪が三本伸びていた。

(ん? んん⁇ 赤い爪? もしかして……)

 ピンと閃いた私は鳥の爪に【クリーン】をかけ、短剣で少し削ったものをペロッと舐めてみた。

〈どうだ? 美味いだろ?〉
「これ、鷹の爪だ‼ 鷹の爪だよ、鷹の爪! ホークスって鷹か! まさに鷹の爪じゃん!」

 大声を上げて服をグイグイ引っ張る私にグレンは困惑顔を浮かべている。

〈気に入ったということでいいのか?〉
「うん! すごいよ、グレン! ちょうど欲しかったんだよ~! 鷹の爪使う料理で簡単にできるやつあるかなぁ~?」

 興奮冷めやらぬ私はクラオルから『寝る時間よ!』とカミナリが落ちるまで、レシピアプリとにらめっこしていた。


   ◇ ◆ ◇


 グレンがたくさん食べることがわかったので、朝食時はグレン用の鍋も作ることにした。その代わりに労力をってことで、串焼きの火の番を担当してもらった。フレディ副隊長とパブロさんはカットなどの準備のお手伝い。二人はグレンをチラチラと確認していて、気になるみたい。暴れたりしないから大丈夫なのに。
 食後、コテージの空間に入った私達は広場に集合。グレンが樽を出していくのをワクワクしながら見守っていた。渡した四つの樽はなみなみと透明な液体で満たされていて、期待度が否が応にも高まっちゃうよね。この世界ではお酒に年齢制限がない。つまり、転生時に子供になった今の私がたらふく飲んでも怒られないのである。

「では、確認します!」

 私がそんな調子だからか、グレンどころかクラオル達までシーンと静まり返っている。

「ふぁぁぁぁ! 日本酒だぁぁ‼ しかも美味しい美味しい大吟醸だいぎんじょう……恋しかったよ、日本酒……」
『主様……』

 樽に抱き付いてスリスリと樽に頬ずりしていると、クラオルからドン引きしたような声が聞こえてきた。だってさ、グレンが気に入ってたみたいだから、テキーラとかウォッカとかジンとかの可能性もあると思ってたんだよ。それはそれで嬉しいけど、一番欲しかったのは日本酒――清酒なのだ。あとはやっぱりお酢が是が非でも欲しいところ。

〈う、うむ。そんなに喜ばれると、頑張ったかいがあるというものだ〉
「うん、本当にありがとう! そんなグレン君にはパンケーキを用意しているぞ。食べるかね? ちなみにみんなの分も焼いてあるよ~」

 芝居がかった私のセリフに食いついたのはクラオルとグレウス。ご褒美にと望んでいたグレンよりも喜んでいた。
 ダイニングに移動し、クラオルとグレウスとポラルの前にパンケーキを配膳していく。

「エルミスとプルトンも食べない?」
《いい香りだ。もらおう》
《私も食べる! 美味しそうだもん》

 いているスペースに移動した二人の前にもパンケーキを置く。

「最後はグレンの特別バージョンね」
〈おぉ、われのだけ重なっているな!〉
「功労者だからね」

 フルーツも甘いメレンゲも多めにトッピングしてあるのに、そこには触れられない悲しさ。まぁいいんだけどさ。
 グレンは甘いものも大丈夫みたいで三段パンケーキを誰よりも早く食べきった。ポラルも精霊の二人も美味しい美味しいと食べ進めている。そんな中、クラオルとグレウスは朝ご飯も食べた影響か、半分ほどで手が止まっていた。その姿にれたのか、グレンがクラオルとグレウスのお皿に残っていたパンケーキに手を伸ばして食べてしまった。

『あ゛ぁ゛ー‼ ちょっと! 何勝手に食べてるのよ⁉』
『ボクのパンケーキ……』
〈いらないんだろ?〉
『いらないなんて言ってないわ! 主様にお願いして取って置いてもらおうと思ってたのに! あんた三枚も食べたじゃないの!』
『ボクのぱんけぇきぃ……』

 クラオルは怒ってテーブルの上に置かれていたグレンの腕をゲシゲシと蹴りながら抗議しているし、グレウスは今にも泣き出しそうな表情でからになったお皿を見つめている。

「あらら……クラオル、グレウスおいで~」

 呼ぶと、かたやプリプリ、かたやウルウルのまま近寄ってきてくれたところを確保。二人を膝の上に乗せ、撫でて落ち着かせる。

「グレン、人のご飯は勝手に食べちゃダメだよ。食べたいならちゃんと許可をもらわないと」
〈すまん〉
「クラオルとグレウスは許してあげられる?」
『主様が言うから許してあげてもいいわ』
『はい……』

 ちょっと不満げだけど、この場は抑えてくれるみたい。

「エライ! 我慢できた二人には後でお楽しみを作ってあげるね」
『……お楽しみ? 主様が言うなら楽しみにしてるわ!』
『ボクも!』

 コロッと機嫌を直した現金な二人に笑ってしまう。私の天使達が今日も可愛い。わだかまりがなくなったので、私は今日の作業に移ることにした。グレンには手伝ってもらいたいことがあるため、連れ立ってキッチンへ向かう。他のメンバー? 今日も別行動みたいです。毎度土まみれになるまで何やってるんだろうね?

「さて、グレンにはかつお節を削ってもらいます」
〈カツオブシ?〉
「そう、それがあれば昨日の豚丼がもっと美味しくなるよ」
〈やる〉

 すごい食い気味に返すじゃん……
 やり方を実演し、見本のかつお節を見せる。薄く削るのは難しいとこぼすグレンに豚丼をチラつかせ、私は昨日想定外に大量生産することになったスライス人参でお味噌汁作り。出汁だしにはこれまた試しスライスでいっぱいできたボロボロのかつお節の残骸を使う。もったいないでしょ?

「あぁ~、いい香り。和食が食べたくなるね……」
〈それはこれか? 腹が減るな〉

 あなた朝一人で寸胴鍋一杯分の塩スープ飲んだじゃない。しかもついさっきクラオルとグレウスのパンケーキの残りにまで手を出してたよね? 古代龍エンシェントドラゴンって胃袋無限大なの? 恐ろしいほどの食欲に乾いた笑いが漏れる。

「うん。これはかつお節から取った出汁だしでかつお出汁だしっていうの。豚丼が好きでこの匂いでおなかが減るならグレンも和食好きそうだよね」
〈ワショク?〉
「私の国の代表的な料理だよ。日本っていう国名だから日本食ともいうんだけどね。グレンの故郷にはそういう代表的な料理はないの?」
〈ないな。そもそもわざわざ調理をすることのほうが少ない。そのままか丸焼きが多かった。調理されたものが食べたいやつは人里まで食べに行くと聞いた〉
「そ、そうなんだ。そのまま……ワイルドだね」

 まだドラゴン姿なら丸呑みっていうのも納得できるけど、人型だったら怖すぎる。解体した肉だよね? 頭とか骨とかはさすがに食べないよね? 藪蛇やぶへびになったら困るので深くは聞かない。話題を変えるために削ったかつお節をチェック。見事な厚削りだったので薄削りになるように頼んだ。
 グレンが削ったかつお節で出汁だしを取りまくっているだけで午前は過ぎていった。出汁だしを取ったあとのかつお節はおかかとして使うつもりである。
 お昼休憩を挟み、私とグレンはキッチンに戻ってきた。グレンには再びかつお節を量産してもらい、私はまたも出汁だし取り。気が済むまで出汁だしを取ってから、約束したお楽しみ作りに取りかかる。魔女おばあちゃんに格安で売ってもらった耐熱グラスを使ってプリンでございます。その後はグレンが気に入った豚丼だ。出汁だしがあるため、日本にいたときに作っていたやり方。お肉は身内用なのでピンクオークを使う。工程が進むにつれ、グレンが目に見えてソワソワし始めた。

「もうすぐ夜ご飯だし、今日のご飯はグレンが食べたことのないやつだよ」
〈む……なら我慢する……〉

 そんな未練タラタラに鍋を見つめてもこれは渡しません。


 夕食のビシソワーズも気に入ったみたいで、グレンは〈パンが進むな〉なんて、私が作ったパンも食べまくっていた。黒パンのブラン団長達の前で遠慮なく食べるもんだから、ごめんねと全員にパンを配ることになった。
 食後、早々に馬車に引っ込んだ私達は、それぞれお風呂を済ませて、リビングへ。全員が集まったところで、お楽しみのプリンタイムだ。ご褒美なのでクラオルとグレウスは二つずつで他のメンバーは一つずつである。このお楽しみのためにクラオルとグレウスは夕飯を少ししか食べなかったんだよ。

『んん~! 美味しい!』
『はわぁ……甘いですぅ』

 二人の機嫌は完全に直ったっぽい。幸せそうに頬張っている姿が大変可愛らしい。みんな気に入ったみたいで一安心。中でもプルトンが特に《口の中でとろけるわ!》《なんて柔らかさなのかしら!》《この茶色い部分と一緒に食べるとまた違った味になるのね!》と、グルメリポーターばりに食レポを披露していらっしゃる。彼女の中で何があったんだろうか……


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