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3巻
3-2
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ガルダさんがはい! っと手を上げるので、ガルダさんにもかけてあげる。ついでにこの前ほどじゃないものの、今日もちょっと汗臭いのでヤーさんにもかけちゃった。うん。全体的に汗臭かった馬車の中がいい匂いになった。フォスターさんが目線で俺もって言ってる気がするけど、立つとよろけるから後ででお願いします!
【クリーン】って生活魔法だからみんな使えるんじゃないのかと聞くと、使えるけどこんなにキレイにならないんだって。多分イメージの違いじゃないかな? 【黒煙】のみんなも騎士団のみんなも臭くなかったからね!
話をしている間に湖の近くの森に着いた。木に馬車を繋いで、ここからは歩いて湖に向かうらしい。馬車を降りたところで拗ねていたフォスターさんにも【クリーン】をかけてあげた。機嫌が治ったみたい。嬉しそうにお礼を言われた。
話題が落ち着いたところで、歩き始めた。私は頭の中にマップを出して場所を確認する。
うん。この先に湖があるけど、辺り一帯、魔物の気配がわんさかだ。
先頭にヤーさんとガルダさん。真ん中にロナウドさん。一番後ろにフォスターさん。みんなに遅れないように小走りで付いていく。
途中でフォスターさんが近寄ってきて、なんだろうと首を傾げた。
「お前アイテムボックス持ちなんだろ?」
何故バレた? マジックバッグを使ってるように見せてたのに。
「俺の兄が王都で魔法を研究している。その影響で俺も魔法が得意だ。魔力の使用法でわかる。他のやつらはわからないくらいの微々たる違いだけどな。そのままこれから先もずっとマジックバッグを使ってるように見せた方がお前のためだ」
「え?」
「レアなスキルを持っているやつと子供を作ると、そのスキルを受け継いだ子供が生まれると根拠のないことを信じているやつらが未だにいる。権力を使って囲い込もうとする貴族もいる。気を付けるに越したことはない」
なんですと!? そんなこと聞いてない! 貴族ろくなもんじゃねぇぇぇ! そもそも恋愛なんかするつもりもないし、貴族に絡まれるとか邪魔でしかない。その情報を知ってるのと知らないのって大きな違いだよ!
「わかったみたいだな。俺も知らないことにするから安心しろ」
フォスターさんはフッと笑って私の頭を撫でた。
「フォスターさん、ありがとう!」
ニッコリとお礼を言うと若干顔を赤くしてまた頭を撫でてくれた。
それからしばらく、私が小走りなことに気付いたロナウドさんがヤーさんに言って、ヤーさんの肩に乗せられた。ギルドのときと同じで、肩車じゃなくて右肩に。全く重みを感じていないかのように平然としているところがプロレスラーっぽい。
「あとどれくらいだ?」
「あと一キロってところだな」
ヤーさんがフォスターさんに聞き、フォスターさんが答える。
うん。一キロないくらいだね。
「なら走るか」
そう言うなり、メンバーの意見も聞かずにヤーさんは走り始めた。
ふぉぉぉ! ジェットコースターみたい! 楽しい!
数分で湖の手前に到着。湖の周りは少し開けていて、その周りには森が広がっている。湖の周りをプルンとしたボディを震わせながら大中小とさまざまなスライムが蠢いていた。色の濃さや透明度は違うが全て紫色で、大きめなのは三十センチ以上、小さいのは五センチくらい。
「ポイズンスライムじゃねぇか! しかも想像以上の数だぞ……」
ヤーさんが驚きの声を上げた。
ポイズンスライムか。色から想像できるね。わかりやすい。毒を使うのかな? 触れなければ大丈夫なのかな?
「((ねぇ、クラオルは毒やばい?))」
『((大丈夫よ。ガイア様が耐性強化してくれたから無効のハズだわ。安心してちょうだい))』
クラオルは大丈夫かどうか念話で確認する。
よかった。もし毒の攻撃をされても大丈夫ってことだね。
「スライムは真ん中らへんにある核を攻撃して倒すんだぞ」
ヤーさんが私を肩から降ろしながら教えてくれた。
なるほど。あの色が濃いやつかな? プルンプルンしてるし、こんなジメジメした場所に生息しているあたり水分を好むのかな……そしたら水魔法は使わない方がよさそうだね。
「全員準備はいいか?」
ヤーさんの言葉にパーティメンバーは武器を構えて頷いた。
「とりあえず数を減らす。お前はケガしないように隠れてろ。毒はロナウドが解毒できるからな。行くぞっ!」
ヤーさんとガルダさんが突っ込んでいった。そのすぐ後ろにはロナウドさん。フォスターさんは木に登って弓で援護するらしい。
んー、私はどうしようかな?
とりあえずフォスターさんの近くの木に登って、フォスターさん同様、弓を構えて援護する。
パパ達からもらったこの弓は魔力で矢を形成する魔法武器。ちゃんと矢がある弓もあるけど、こっちの方が何本も一気に放てるので楽だ。ただ単に無限収納で弓! って思って出てきたのがコレだったってオチなんだけど。持った瞬間使い方がわかるとか素敵なチート!
ヤーさん達は結構危ない戦い方をしていた。目の前の敵をひたすら倒していくスタイル。つまり力押し。ヒーラーと言っていたロナウドさんも杖でスライムを殴っている。まさかの物理攻撃! フォスターさんがいなければ、まだ五分も経っていないのに確実にケガをしていただろう。フォスターさんは弓がとても上手い。さすがエルフ! ハーフだけど。フォスターさんが大変にならないように援護していく。
しばらくして、核を引っこ抜いたらスライムはどうなるんだろうとふと気になった。
「((ねぇ、核を攻撃して倒すのはわかるんだけど、スライムから核を引っこ抜いたらどうなるの?))」
『((また不思議なことを考えるわね。そんな話は聞いたことがないわ))』
クラオルに念話で聞いてみてもわからないらしい。
ふーむ。わからないなら試してみればいいじゃない! ってことで早速フォスターさんに任せることを伝えて木を下りた。だいぶ減らしたからフォスターさんの腕があればもう大丈夫でしょう。
さてさてスライムは……いたいた。
発見したスライムに近付くと、一メートルくらい手前でモヤッとした紫色の煙を出してきた。
「これは毒かな?」
効かないから毒かどうかはわからない。ただ視界が悪くなっただけだった。
気にせずにスタスタと近付いてズボッとスライムのボディに手を突っ込む。勝手に動くゼリーに手を突っ込んでいるような感覚だった。モニャモニャと動いている。核と思しき石みたいなものをズボッと引き抜くとゼリーは溶けてなくなってしまった。
核は紫色に光る石みたい。地面に置いてつんつんしてみても復活しない。水魔法で水をかけてみても復活しない。ちゃんと倒せたらしい。
さっき弓でフォローしていたときに見たのは、普通の石ころみたいな色の核だった気がする。
『何よコレ。こんなの見たことないわ! 魔力がそのままじゃないの』
「そうなの? なんでだろうね? 今のスライムだけかもしれないから他にも取ってみようか」
クラオルと話してからスライムを探すとすぐ見つかった。さすが大量討伐依頼。
またズボッとスライムのボディに手を突っ込んで核を引き抜く。モヤモヤと毒の煙を吐きまくるため、周りが見にくい。風魔法でモヤを飛ばしていく。引き抜いた核を見てみると、やっぱり紫色に光っていた。
何匹も試して、核は十個ほどになったけど、全部紫色に光っている。比較のために普通に倒した核も集めよう。
弓を構えてパシッパシッと射り、倒し終わった核を拾い集める。普通に倒したのはやはり灰色で普通の石ころみたい。
なんで色が違うんだろうと思いつつ、とりあえずヤーさん達のところへ戻ることにした。
「どこに行ってた?」
私を見つけて木から飛び下りたフォスターさんが聞いてきた。
「ちょっとあっちに……」
――ドスンッ!
話している途中で、突然地面が波打つようにグラグラ揺れ始めた。
「ひゃっ!」
「おわっ! っと大丈夫か?」
ガシッと抱きしめられて倒れずに済んだ。
「ありがとう……」
近くで見つめるとますますイケメン。うわぁ……お肌キレイ! 眼福です。
私が見つめているとどんどん顔が赤くなっていくフォスターさん。恥ずかしがり屋さんですね。
「――っ! 大丈夫なら離れてくれっ!」
フォスターさんにバッと身体を離された。
あ、すみません。美顔に夢中でした。
「しかし、なんだったんだ?」
遠くから強そうな魔物が近付いてきていたせいなんだけど、途中で止まったんだよね。ただ彼らは気付いていないみたいだし、教えたら戦いに行くと言いそうだからやめておく。力押しの彼らが勝てるかどうかはわからない。これ以上近付いてこないみたいだし、言わなくてもいいだろう。
「さぁ? なんだろうね」
誤魔化していたら、ヤーさん達が戻ってきた。
「大丈夫か!?」
「フォスターさんが支えてくれたから大丈夫だったよ!」
「ならよかった。結構倒したからもういいだろう。スライムの核集めを手伝ってくれ」
ヤーさんに言われて彼らが倒したスライムの核を拾って集める。これが討伐依頼の証明になるらしい。今回の依頼は数を減らすことで殲滅じゃないから、そこそこ倒したらそれでいいんだって。そんな楽な依頼もあるのね。ちなみに、私が参加できなかったんじゃないかと心配したヤーさんによって、討伐レクチャーがあったよ。
キチンと全部拾い終えてから馬車に戻る。時間がお昼を過ぎていたため、街に向かう前に馬車の近くで昼食になった。
私は作ってもらったお弁当。ヤーさん達は黒パン数個と干し肉だった。黒パンは食べたことがない。申し訳ないが、硬そうでとてもじゃないけど美味しそうには見えない。干し肉も料理で出汁に使っているものの、日本のジャーキーより硬いんだよね。
この世界の冒険者のご飯はだいたいこの二つらしく、泊まりなんかになると焚き火で串焼きとかを作るそう。冒険者の顎の強靭具合に驚きだよ。
この世界に来てから一番最初に会ったガルドさん達【黒煙】のみんなは別格だったことを知り、最初に会ったのが【黒煙】のみんなでよかったと心から実感した。
朝食の半分とはいえ、お弁当も多いのでみんなにも食べてもらう。みんなは私の食べる量を気にしていたけど、黒パンと干し肉じゃ足りなかったのか、ちょっと嬉しそうだった。
食べ終わったら出発だ。帰りの御者はガルダさんみたい。
「さっきは助かった。お前……いや。セナは弓が上手いんだな」
「フォスターさんも弓上手だね!」
「俺は……こいつらのフォローで鍛えられたからな……」
遠い目をしながらフォスターさんが言う。
うん。なんとなくそうだろうなって思ってた。大変だね。頑張ってください!
帰りの道中はガルダさんとヤーさんの言い争いがなかったため、いろいろと話せた。みんなは幼なじみなんだって。
いいね! そういう関係! そのうちガルダさんを取り合うのかもしれない。ぐふふ。
美味しいパン屋さんの話になったので、パン作りを教えてくれたクライン少年の実家【パネパネ】を教えてあげた。新商品が出たんだよって。今度みんな行ってみるらしい。
ワイワイと話していると北門に到着。またギルドカードを提出してから街の中に入った。行きは大丈夫だったのに、石畳の段差で辻馬車に乗ったときみたいに体がポンッポンッと跳ねる、跳ねる。
「おい、ガルダ。もっと丁寧に操縦しろ」
「はぁ? いつも通りでしょうが!」
フォスターさんが注意すると、ガルダさんが嚙みついた。ガルダさんはケンカっ早いみたい。ケンカ腰で返すことが多い。
「……ハァ。こっちにこい」
フォスターさんはため息をついて私を膝の上に横座りさせた。
「これなら跳ねずに済むだろう」
しっかりと腰を支えてくれて安定している。お礼を伝えると頭を撫でられた。
フォスターさんは御者も上手いのか。確かに行きは普通に座ってられたもんね。
話している間にギルドに到着。ヤーさんとフォスターさんがギルドで報告し、ガルダさんとロナウドさんは馬車の返却に行くらしい。私はもちろんギルドに付いていく。
ちょうど帰りの時間なのか、中は混み合っていた。
職員にヤーさんが話しかけ、ジョバンニさんを呼んでもらう。すぐに来てくれたジョバンニさんは私の前でしゃがんで手を広げた。今回も運んでくれるってことですね。遠慮なく抱きついた私の行動にヤーさんとフォスターさんは驚いた表情のまま付いてきた。
ジョバンニさんは執務室のソファに私を下ろすとすぐに紅茶を淹れてくれた。私はニコニコと紅茶に舌鼓を打つ。
「な、なんだこの対応は……」
ヤーさんは緊張しているらしい。強張った強面が迫力を増している。
「いつもこうだよ? ね?」
「はい。セナ様は一階ですと他の冒険者に埋もれてしまいますので。紅茶は落ち着くようにと。お二人もどうぞ」
「では遠慮なくもらおう」
ヤーさんとは違って、フォスターさんはすぐに落ち着きを取り戻し、紅茶を飲み始めた。
「依頼はどうでしたか?」
「あ、あぁ。済ませてきた。討伐証明はフォスターのマジックバッグに入っている」
ジョバンニさんの質問に答えたのはヤーさん。気を取り直したみたい。
「ではコチラの箱にお願いいたします」
ジョバンニさんが部屋に準備してあった箱を示すと、フォスターさんがマジックバッグからガラガラとスライムの核を箱に出していく。
「すごい量ですね。それにコレは……ポイズンスライム……全てポイズンスライムでしたか?」
「あぁ。全部ポイズンスライムだった。だが殲滅には至っていない。結構数は減らせたと思う。セナのおかげだ」
フォスターさんが私を見ながら言う。
「へ? 私? スライムに突撃して蹴散らしてたのはヤーさん達だよ?」
「こいつらがいつも通り突っ込んでいったのをフォローしてたんだ。セナの弓は大したもんだな」
フォスターさんってこういうキャラなの? クール系で人を褒めたりしないかと思ってたよ!
「セナ様は弓も扱えるのですね」
ジョバンニさんが感心したように呟いた。
「弓がすごいのはフォスターさんだよ! 百発百中!」
フォスターさんを褒めると「それは言いすぎだ」と顔を赤くしていた。
「ふふっ。ではコチラを鑑定に出してきますので少々お待ちください」
ジョバンニさんはスライムの核の入った箱を抱えて出ていった。
「なぁ、ヤーさんってオレのことか?」
ん?
「さっき言ってただろ?〝スライムに突撃して蹴散らしてたのはヤーさん達だ〟って」
あ。心の中で勝手に呼んでいたまま言っちゃったのか。
「ダメだった?」
ダメならちゃんと呼ぶように気を付けよう。
「いや、構わねぇよ。ヤーさんか……初めて呼ばれたな」
おそらく嬉しいんだろう。でもね、そのニヤニヤ顔は〝どう拷問してやろうか〟って考えてる顔だよ! 子供泣いちゃうよ!
「ヤークス、顔がヤバい」
「なんだと!?」
フォスターさんが引いた顔で告げた言葉にヤーさんが反応したとき、部屋にノック音が響いた。
「お待たせいたしました。鑑定が終わりま……どうかなさいましたか?」
「「いえ!」」
取り繕うように同じ返事をする二人に笑ってしまう。確かに説明しづらいもんね。
「そうですか……では。ポイズンスライム二百六十七匹でした。こちら報酬の金貨五枚と追加報酬の金貨二枚になります。分け方はどうなさいますか?」
「私は別にいらないよ。馬車とか用意してくれたのもヤーさん達だし、大したことしてないもん。本当に付いていっただけだからね」
「ダメだ」
揉める原因になりそうだと思って私が言うと、間髪を容れずにフォスターさんが答えた。
何故? 普通、報酬増えるって喜ぶもんじゃないの?
「セナがいなければヤークス達はケガをしていた。弓三発同時撃ちしていただろ」
あぁ……一気に撃てば楽じゃん! って撃ってたのバレてる……
「ドウダッタカナー」
「下手な誤魔化し方するな。だから報酬なしなんてありえない。そうだな……セナが少なめだとして金貨一枚と銀貨二枚でどうだ?」
目を逸らした私にフォスターさんが提案してきた。
「そんなにもらえないよ!」
「決定だな。サブマス、それで頼む。俺達はいつも通り四人で割ってくれ」
「かしこまりました。ではえぇと……」
ジョバンニさんがブツブツと計算し始めたものの、なかなか終わらない。
「……五万八千を四等分したら一万四千五百だから、一人につき金貨一枚と銀貨四枚と銅貨五枚だよ」
あまりに悩んでいるので口を出してしまった。
「お前計算できるのか!?」
ヤーさんがすごい勢いで驚いた。フォスターさんは口を開けたまま固まっている。そんな驚くこと⁇
「本当に私が金貨一枚と銀貨二枚もらって大丈夫なら、残りのお金を計算するとそうなるよ」
「さすがセナ様ですね。ではギルドカードをお預かりいたします。はい。【ガーディアン】の四名様のとセナ様のものを確かに受け取りました。【ガーディアン】の皆様はいつも通りカードに入金でよろしいでしょうか?」
「「あぁ」」
二人は放心状態のまま。大丈夫かな?
「セナ様はどうなさいますか? 現金にいたしますか?」
「うん! さすがジョバンニさん!」
ジョバンニさんはニッコリと笑みを浮かべ、カチカチと機械をいじりながらギルドカードを差し込んだ。
「はい。皆様の依頼達成と入金の処理が終わりました。こちら【ガーディアン】四名のギルドカードで、こちらがセナ様のカードと報酬になります」
「はーい。ありがとう!」
「以上で終わりになりますが、セナ様はランクアップの件で少し残っていただきたいです」
「わかった」
ちょうどいいから、さっきの森とスライムの核の話をしちゃおう。
ヤーさんとフォスターさんは二人を待たせているから帰るらしい。またねぇ~! と手を振ってバイバイした。
ヤーさんとフォスターさんが退室すると、ジョバンニさんが新しく紅茶を淹れてくれた。
「さて、セナ様は今回、Cランクパーティと合同とはいえ、Dランクの依頼を受けたことになります。セナ様の実力を考えてランクアップしませんか?」
「ランクアップして絡まれたりしない?」
「セナ様のランクアップはとても早いですが、先ほどの発言から【ガーディアン】に認められたということになりますので」
ん? どこを取ったらそうなるの?
「フォスターさんが〝セナがいなければヤークス達はケガをしていた〟と言っていたでしょう。そして報酬もセナ様はいらないとおっしゃいましたが、フォスターさん達自らほぼ同額を指定しました。この二点からです」
マジか……
「実力も申し分ありませんし、セナ様にはそもそもランクアップを勧めようと思っていたのです」
マジか……
「ランクアップしませんか?」
「うーん……そこまで言うならいいよ」
「ありがとうございます。Cランクパーティのお墨付きがありますので、冒険者に絡まれることは少ないと思います」
冒険者にね。まぁ、まだ低ランクで貴族が出てくることはないだろうし大丈夫かな? フォスターさんに衝撃の事実を聞いちゃったから貴族とお金持ちには要注意しないと。
「ではまたギルドカードをお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「はーい」
「……はい、できました。これからはGランクになります」
「ありがとう」
森のこととスライムの核の話をしたいんだけど、誰かドアの前で聞いてるんだよね。防音の結界張ろうかな? その前にジョバンニさんに教えなきゃだよね。
無限収納から紙とペンを出して書いていく。
「ねぇねぇ。ジョバンニさんはパン好き?」
――普通に話しながらこれ読める?
「はい、好きですよ」
ジョバンニさんは声色は穏やかなのに真剣な様子で頷いた。器用だな……
「ナッツとドライフルーツは好き?」
――ドアの外で誰かが聞いているの。防音の結界を張ってもいい? 報告があるの。
「はい。両方とも好きですね。甘いものも好きですので」
再び頷いたジョバンニさんを見て、私は結界を二種類張った。防音と防護だ。前にパブロさんが盗聴の話をしてたからね。ぶっつけ本番で完璧とは断言できないけれど。キィンッと音が鳴り、発動したことは確実だ。
「ふぅ。もう大丈夫。多分成功したと思う」
「ありがとうございます。まだ聞いているんでしょうか?」
「ううん。結界魔法を張った瞬間、バレたとわかったみたいですぐにいなくなったよ」
「そうですか……ちなみにどんな人かわかりますか?」
「うーん……大して魔力量は多くなさそうだけど……」
『オークみたいなやつよ!』
「え? オーク?」
『そうよ! 主様がオークの肉を見てブタニクって言ってた、あのオークよ!』
「えっと……クラオルが言うにはオークみたいなヤツらしいです」
「オーク……オーク……なるほど。ありがとうございます」
え……通じちゃうの?
「それで、報告というのを聞いてもよろしいでしょうか?」
「あ、うん。えっとね、あの湖に狩った数の三倍以上のスライムがいたことと、森の奥の方にすごく強そうな気配がしたの。近付いてきたら戦うことになったんだけど……こっちに向かってきたと思ったら、途中で止まって動かなかったからそのまま放置しちゃったんだよね」
「三倍ですか……なるほど。危険だと判断したということですね。そして【ガーディアン】では厳しいかもしれないと」
「そう。初心者が何言ってんだって思うだろうけど、ヤーさん達は力押し。フォスターさんのフォローがなかったらあのスライム相手でもケガしてたと思う。ただ、仲よしだから仲間割れするようなことは言いたくなくて」
「そうですね……【ガーディアン】は物理率が高いですからね……彼らは依頼を受ける際、よく相談の上、フォスターさんの助言を聞いて決めているので、突発的に何か起きない限りは大丈夫だと思います。彼らは幼いころから地道にランクを上げてきているのです」
ジョバンニさんもわかってたのか……彼らは脳筋集団だと。
「しかし、何かあった際はわかりませんのでセナ様の判断に感謝いたします」
頭を下げたジョバンニさんに焦る。そんなことをさせたかったワケじゃないんですよ。
「いやいや。大したことしてないから! その強いやつがいたから、あの依頼書を貼るときに気を付けてほしいってことと、もう一つあって……」
私はスライムの核二種類をテーブルの上に載せる。
「これは……先ほどと同様のスライムの核ですね。ですが、こっちは……?」
「これ、二つともスライムの核なの」
「こちらもですか?」
「そう」
「どうやって手に入れたか聞いてもよろしいでしょうか?」
「んとね、スライムの体に手を突っ込んで核だけ引き抜いたの」
「はい?」
ジョバンニさんは理解できないとばかりに首を傾げた。
「こうズボッと突っ込んで、核を掴んで勢いよく引き抜いたの」
ジェスチャーをしながら再度説明する。
【クリーン】って生活魔法だからみんな使えるんじゃないのかと聞くと、使えるけどこんなにキレイにならないんだって。多分イメージの違いじゃないかな? 【黒煙】のみんなも騎士団のみんなも臭くなかったからね!
話をしている間に湖の近くの森に着いた。木に馬車を繋いで、ここからは歩いて湖に向かうらしい。馬車を降りたところで拗ねていたフォスターさんにも【クリーン】をかけてあげた。機嫌が治ったみたい。嬉しそうにお礼を言われた。
話題が落ち着いたところで、歩き始めた。私は頭の中にマップを出して場所を確認する。
うん。この先に湖があるけど、辺り一帯、魔物の気配がわんさかだ。
先頭にヤーさんとガルダさん。真ん中にロナウドさん。一番後ろにフォスターさん。みんなに遅れないように小走りで付いていく。
途中でフォスターさんが近寄ってきて、なんだろうと首を傾げた。
「お前アイテムボックス持ちなんだろ?」
何故バレた? マジックバッグを使ってるように見せてたのに。
「俺の兄が王都で魔法を研究している。その影響で俺も魔法が得意だ。魔力の使用法でわかる。他のやつらはわからないくらいの微々たる違いだけどな。そのままこれから先もずっとマジックバッグを使ってるように見せた方がお前のためだ」
「え?」
「レアなスキルを持っているやつと子供を作ると、そのスキルを受け継いだ子供が生まれると根拠のないことを信じているやつらが未だにいる。権力を使って囲い込もうとする貴族もいる。気を付けるに越したことはない」
なんですと!? そんなこと聞いてない! 貴族ろくなもんじゃねぇぇぇ! そもそも恋愛なんかするつもりもないし、貴族に絡まれるとか邪魔でしかない。その情報を知ってるのと知らないのって大きな違いだよ!
「わかったみたいだな。俺も知らないことにするから安心しろ」
フォスターさんはフッと笑って私の頭を撫でた。
「フォスターさん、ありがとう!」
ニッコリとお礼を言うと若干顔を赤くしてまた頭を撫でてくれた。
それからしばらく、私が小走りなことに気付いたロナウドさんがヤーさんに言って、ヤーさんの肩に乗せられた。ギルドのときと同じで、肩車じゃなくて右肩に。全く重みを感じていないかのように平然としているところがプロレスラーっぽい。
「あとどれくらいだ?」
「あと一キロってところだな」
ヤーさんがフォスターさんに聞き、フォスターさんが答える。
うん。一キロないくらいだね。
「なら走るか」
そう言うなり、メンバーの意見も聞かずにヤーさんは走り始めた。
ふぉぉぉ! ジェットコースターみたい! 楽しい!
数分で湖の手前に到着。湖の周りは少し開けていて、その周りには森が広がっている。湖の周りをプルンとしたボディを震わせながら大中小とさまざまなスライムが蠢いていた。色の濃さや透明度は違うが全て紫色で、大きめなのは三十センチ以上、小さいのは五センチくらい。
「ポイズンスライムじゃねぇか! しかも想像以上の数だぞ……」
ヤーさんが驚きの声を上げた。
ポイズンスライムか。色から想像できるね。わかりやすい。毒を使うのかな? 触れなければ大丈夫なのかな?
「((ねぇ、クラオルは毒やばい?))」
『((大丈夫よ。ガイア様が耐性強化してくれたから無効のハズだわ。安心してちょうだい))』
クラオルは大丈夫かどうか念話で確認する。
よかった。もし毒の攻撃をされても大丈夫ってことだね。
「スライムは真ん中らへんにある核を攻撃して倒すんだぞ」
ヤーさんが私を肩から降ろしながら教えてくれた。
なるほど。あの色が濃いやつかな? プルンプルンしてるし、こんなジメジメした場所に生息しているあたり水分を好むのかな……そしたら水魔法は使わない方がよさそうだね。
「全員準備はいいか?」
ヤーさんの言葉にパーティメンバーは武器を構えて頷いた。
「とりあえず数を減らす。お前はケガしないように隠れてろ。毒はロナウドが解毒できるからな。行くぞっ!」
ヤーさんとガルダさんが突っ込んでいった。そのすぐ後ろにはロナウドさん。フォスターさんは木に登って弓で援護するらしい。
んー、私はどうしようかな?
とりあえずフォスターさんの近くの木に登って、フォスターさん同様、弓を構えて援護する。
パパ達からもらったこの弓は魔力で矢を形成する魔法武器。ちゃんと矢がある弓もあるけど、こっちの方が何本も一気に放てるので楽だ。ただ単に無限収納で弓! って思って出てきたのがコレだったってオチなんだけど。持った瞬間使い方がわかるとか素敵なチート!
ヤーさん達は結構危ない戦い方をしていた。目の前の敵をひたすら倒していくスタイル。つまり力押し。ヒーラーと言っていたロナウドさんも杖でスライムを殴っている。まさかの物理攻撃! フォスターさんがいなければ、まだ五分も経っていないのに確実にケガをしていただろう。フォスターさんは弓がとても上手い。さすがエルフ! ハーフだけど。フォスターさんが大変にならないように援護していく。
しばらくして、核を引っこ抜いたらスライムはどうなるんだろうとふと気になった。
「((ねぇ、核を攻撃して倒すのはわかるんだけど、スライムから核を引っこ抜いたらどうなるの?))」
『((また不思議なことを考えるわね。そんな話は聞いたことがないわ))』
クラオルに念話で聞いてみてもわからないらしい。
ふーむ。わからないなら試してみればいいじゃない! ってことで早速フォスターさんに任せることを伝えて木を下りた。だいぶ減らしたからフォスターさんの腕があればもう大丈夫でしょう。
さてさてスライムは……いたいた。
発見したスライムに近付くと、一メートルくらい手前でモヤッとした紫色の煙を出してきた。
「これは毒かな?」
効かないから毒かどうかはわからない。ただ視界が悪くなっただけだった。
気にせずにスタスタと近付いてズボッとスライムのボディに手を突っ込む。勝手に動くゼリーに手を突っ込んでいるような感覚だった。モニャモニャと動いている。核と思しき石みたいなものをズボッと引き抜くとゼリーは溶けてなくなってしまった。
核は紫色に光る石みたい。地面に置いてつんつんしてみても復活しない。水魔法で水をかけてみても復活しない。ちゃんと倒せたらしい。
さっき弓でフォローしていたときに見たのは、普通の石ころみたいな色の核だった気がする。
『何よコレ。こんなの見たことないわ! 魔力がそのままじゃないの』
「そうなの? なんでだろうね? 今のスライムだけかもしれないから他にも取ってみようか」
クラオルと話してからスライムを探すとすぐ見つかった。さすが大量討伐依頼。
またズボッとスライムのボディに手を突っ込んで核を引き抜く。モヤモヤと毒の煙を吐きまくるため、周りが見にくい。風魔法でモヤを飛ばしていく。引き抜いた核を見てみると、やっぱり紫色に光っていた。
何匹も試して、核は十個ほどになったけど、全部紫色に光っている。比較のために普通に倒した核も集めよう。
弓を構えてパシッパシッと射り、倒し終わった核を拾い集める。普通に倒したのはやはり灰色で普通の石ころみたい。
なんで色が違うんだろうと思いつつ、とりあえずヤーさん達のところへ戻ることにした。
「どこに行ってた?」
私を見つけて木から飛び下りたフォスターさんが聞いてきた。
「ちょっとあっちに……」
――ドスンッ!
話している途中で、突然地面が波打つようにグラグラ揺れ始めた。
「ひゃっ!」
「おわっ! っと大丈夫か?」
ガシッと抱きしめられて倒れずに済んだ。
「ありがとう……」
近くで見つめるとますますイケメン。うわぁ……お肌キレイ! 眼福です。
私が見つめているとどんどん顔が赤くなっていくフォスターさん。恥ずかしがり屋さんですね。
「――っ! 大丈夫なら離れてくれっ!」
フォスターさんにバッと身体を離された。
あ、すみません。美顔に夢中でした。
「しかし、なんだったんだ?」
遠くから強そうな魔物が近付いてきていたせいなんだけど、途中で止まったんだよね。ただ彼らは気付いていないみたいだし、教えたら戦いに行くと言いそうだからやめておく。力押しの彼らが勝てるかどうかはわからない。これ以上近付いてこないみたいだし、言わなくてもいいだろう。
「さぁ? なんだろうね」
誤魔化していたら、ヤーさん達が戻ってきた。
「大丈夫か!?」
「フォスターさんが支えてくれたから大丈夫だったよ!」
「ならよかった。結構倒したからもういいだろう。スライムの核集めを手伝ってくれ」
ヤーさんに言われて彼らが倒したスライムの核を拾って集める。これが討伐依頼の証明になるらしい。今回の依頼は数を減らすことで殲滅じゃないから、そこそこ倒したらそれでいいんだって。そんな楽な依頼もあるのね。ちなみに、私が参加できなかったんじゃないかと心配したヤーさんによって、討伐レクチャーがあったよ。
キチンと全部拾い終えてから馬車に戻る。時間がお昼を過ぎていたため、街に向かう前に馬車の近くで昼食になった。
私は作ってもらったお弁当。ヤーさん達は黒パン数個と干し肉だった。黒パンは食べたことがない。申し訳ないが、硬そうでとてもじゃないけど美味しそうには見えない。干し肉も料理で出汁に使っているものの、日本のジャーキーより硬いんだよね。
この世界の冒険者のご飯はだいたいこの二つらしく、泊まりなんかになると焚き火で串焼きとかを作るそう。冒険者の顎の強靭具合に驚きだよ。
この世界に来てから一番最初に会ったガルドさん達【黒煙】のみんなは別格だったことを知り、最初に会ったのが【黒煙】のみんなでよかったと心から実感した。
朝食の半分とはいえ、お弁当も多いのでみんなにも食べてもらう。みんなは私の食べる量を気にしていたけど、黒パンと干し肉じゃ足りなかったのか、ちょっと嬉しそうだった。
食べ終わったら出発だ。帰りの御者はガルダさんみたい。
「さっきは助かった。お前……いや。セナは弓が上手いんだな」
「フォスターさんも弓上手だね!」
「俺は……こいつらのフォローで鍛えられたからな……」
遠い目をしながらフォスターさんが言う。
うん。なんとなくそうだろうなって思ってた。大変だね。頑張ってください!
帰りの道中はガルダさんとヤーさんの言い争いがなかったため、いろいろと話せた。みんなは幼なじみなんだって。
いいね! そういう関係! そのうちガルダさんを取り合うのかもしれない。ぐふふ。
美味しいパン屋さんの話になったので、パン作りを教えてくれたクライン少年の実家【パネパネ】を教えてあげた。新商品が出たんだよって。今度みんな行ってみるらしい。
ワイワイと話していると北門に到着。またギルドカードを提出してから街の中に入った。行きは大丈夫だったのに、石畳の段差で辻馬車に乗ったときみたいに体がポンッポンッと跳ねる、跳ねる。
「おい、ガルダ。もっと丁寧に操縦しろ」
「はぁ? いつも通りでしょうが!」
フォスターさんが注意すると、ガルダさんが嚙みついた。ガルダさんはケンカっ早いみたい。ケンカ腰で返すことが多い。
「……ハァ。こっちにこい」
フォスターさんはため息をついて私を膝の上に横座りさせた。
「これなら跳ねずに済むだろう」
しっかりと腰を支えてくれて安定している。お礼を伝えると頭を撫でられた。
フォスターさんは御者も上手いのか。確かに行きは普通に座ってられたもんね。
話している間にギルドに到着。ヤーさんとフォスターさんがギルドで報告し、ガルダさんとロナウドさんは馬車の返却に行くらしい。私はもちろんギルドに付いていく。
ちょうど帰りの時間なのか、中は混み合っていた。
職員にヤーさんが話しかけ、ジョバンニさんを呼んでもらう。すぐに来てくれたジョバンニさんは私の前でしゃがんで手を広げた。今回も運んでくれるってことですね。遠慮なく抱きついた私の行動にヤーさんとフォスターさんは驚いた表情のまま付いてきた。
ジョバンニさんは執務室のソファに私を下ろすとすぐに紅茶を淹れてくれた。私はニコニコと紅茶に舌鼓を打つ。
「な、なんだこの対応は……」
ヤーさんは緊張しているらしい。強張った強面が迫力を増している。
「いつもこうだよ? ね?」
「はい。セナ様は一階ですと他の冒険者に埋もれてしまいますので。紅茶は落ち着くようにと。お二人もどうぞ」
「では遠慮なくもらおう」
ヤーさんとは違って、フォスターさんはすぐに落ち着きを取り戻し、紅茶を飲み始めた。
「依頼はどうでしたか?」
「あ、あぁ。済ませてきた。討伐証明はフォスターのマジックバッグに入っている」
ジョバンニさんの質問に答えたのはヤーさん。気を取り直したみたい。
「ではコチラの箱にお願いいたします」
ジョバンニさんが部屋に準備してあった箱を示すと、フォスターさんがマジックバッグからガラガラとスライムの核を箱に出していく。
「すごい量ですね。それにコレは……ポイズンスライム……全てポイズンスライムでしたか?」
「あぁ。全部ポイズンスライムだった。だが殲滅には至っていない。結構数は減らせたと思う。セナのおかげだ」
フォスターさんが私を見ながら言う。
「へ? 私? スライムに突撃して蹴散らしてたのはヤーさん達だよ?」
「こいつらがいつも通り突っ込んでいったのをフォローしてたんだ。セナの弓は大したもんだな」
フォスターさんってこういうキャラなの? クール系で人を褒めたりしないかと思ってたよ!
「セナ様は弓も扱えるのですね」
ジョバンニさんが感心したように呟いた。
「弓がすごいのはフォスターさんだよ! 百発百中!」
フォスターさんを褒めると「それは言いすぎだ」と顔を赤くしていた。
「ふふっ。ではコチラを鑑定に出してきますので少々お待ちください」
ジョバンニさんはスライムの核の入った箱を抱えて出ていった。
「なぁ、ヤーさんってオレのことか?」
ん?
「さっき言ってただろ?〝スライムに突撃して蹴散らしてたのはヤーさん達だ〟って」
あ。心の中で勝手に呼んでいたまま言っちゃったのか。
「ダメだった?」
ダメならちゃんと呼ぶように気を付けよう。
「いや、構わねぇよ。ヤーさんか……初めて呼ばれたな」
おそらく嬉しいんだろう。でもね、そのニヤニヤ顔は〝どう拷問してやろうか〟って考えてる顔だよ! 子供泣いちゃうよ!
「ヤークス、顔がヤバい」
「なんだと!?」
フォスターさんが引いた顔で告げた言葉にヤーさんが反応したとき、部屋にノック音が響いた。
「お待たせいたしました。鑑定が終わりま……どうかなさいましたか?」
「「いえ!」」
取り繕うように同じ返事をする二人に笑ってしまう。確かに説明しづらいもんね。
「そうですか……では。ポイズンスライム二百六十七匹でした。こちら報酬の金貨五枚と追加報酬の金貨二枚になります。分け方はどうなさいますか?」
「私は別にいらないよ。馬車とか用意してくれたのもヤーさん達だし、大したことしてないもん。本当に付いていっただけだからね」
「ダメだ」
揉める原因になりそうだと思って私が言うと、間髪を容れずにフォスターさんが答えた。
何故? 普通、報酬増えるって喜ぶもんじゃないの?
「セナがいなければヤークス達はケガをしていた。弓三発同時撃ちしていただろ」
あぁ……一気に撃てば楽じゃん! って撃ってたのバレてる……
「ドウダッタカナー」
「下手な誤魔化し方するな。だから報酬なしなんてありえない。そうだな……セナが少なめだとして金貨一枚と銀貨二枚でどうだ?」
目を逸らした私にフォスターさんが提案してきた。
「そんなにもらえないよ!」
「決定だな。サブマス、それで頼む。俺達はいつも通り四人で割ってくれ」
「かしこまりました。ではえぇと……」
ジョバンニさんがブツブツと計算し始めたものの、なかなか終わらない。
「……五万八千を四等分したら一万四千五百だから、一人につき金貨一枚と銀貨四枚と銅貨五枚だよ」
あまりに悩んでいるので口を出してしまった。
「お前計算できるのか!?」
ヤーさんがすごい勢いで驚いた。フォスターさんは口を開けたまま固まっている。そんな驚くこと⁇
「本当に私が金貨一枚と銀貨二枚もらって大丈夫なら、残りのお金を計算するとそうなるよ」
「さすがセナ様ですね。ではギルドカードをお預かりいたします。はい。【ガーディアン】の四名様のとセナ様のものを確かに受け取りました。【ガーディアン】の皆様はいつも通りカードに入金でよろしいでしょうか?」
「「あぁ」」
二人は放心状態のまま。大丈夫かな?
「セナ様はどうなさいますか? 現金にいたしますか?」
「うん! さすがジョバンニさん!」
ジョバンニさんはニッコリと笑みを浮かべ、カチカチと機械をいじりながらギルドカードを差し込んだ。
「はい。皆様の依頼達成と入金の処理が終わりました。こちら【ガーディアン】四名のギルドカードで、こちらがセナ様のカードと報酬になります」
「はーい。ありがとう!」
「以上で終わりになりますが、セナ様はランクアップの件で少し残っていただきたいです」
「わかった」
ちょうどいいから、さっきの森とスライムの核の話をしちゃおう。
ヤーさんとフォスターさんは二人を待たせているから帰るらしい。またねぇ~! と手を振ってバイバイした。
ヤーさんとフォスターさんが退室すると、ジョバンニさんが新しく紅茶を淹れてくれた。
「さて、セナ様は今回、Cランクパーティと合同とはいえ、Dランクの依頼を受けたことになります。セナ様の実力を考えてランクアップしませんか?」
「ランクアップして絡まれたりしない?」
「セナ様のランクアップはとても早いですが、先ほどの発言から【ガーディアン】に認められたということになりますので」
ん? どこを取ったらそうなるの?
「フォスターさんが〝セナがいなければヤークス達はケガをしていた〟と言っていたでしょう。そして報酬もセナ様はいらないとおっしゃいましたが、フォスターさん達自らほぼ同額を指定しました。この二点からです」
マジか……
「実力も申し分ありませんし、セナ様にはそもそもランクアップを勧めようと思っていたのです」
マジか……
「ランクアップしませんか?」
「うーん……そこまで言うならいいよ」
「ありがとうございます。Cランクパーティのお墨付きがありますので、冒険者に絡まれることは少ないと思います」
冒険者にね。まぁ、まだ低ランクで貴族が出てくることはないだろうし大丈夫かな? フォスターさんに衝撃の事実を聞いちゃったから貴族とお金持ちには要注意しないと。
「ではまたギルドカードをお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「はーい」
「……はい、できました。これからはGランクになります」
「ありがとう」
森のこととスライムの核の話をしたいんだけど、誰かドアの前で聞いてるんだよね。防音の結界張ろうかな? その前にジョバンニさんに教えなきゃだよね。
無限収納から紙とペンを出して書いていく。
「ねぇねぇ。ジョバンニさんはパン好き?」
――普通に話しながらこれ読める?
「はい、好きですよ」
ジョバンニさんは声色は穏やかなのに真剣な様子で頷いた。器用だな……
「ナッツとドライフルーツは好き?」
――ドアの外で誰かが聞いているの。防音の結界を張ってもいい? 報告があるの。
「はい。両方とも好きですね。甘いものも好きですので」
再び頷いたジョバンニさんを見て、私は結界を二種類張った。防音と防護だ。前にパブロさんが盗聴の話をしてたからね。ぶっつけ本番で完璧とは断言できないけれど。キィンッと音が鳴り、発動したことは確実だ。
「ふぅ。もう大丈夫。多分成功したと思う」
「ありがとうございます。まだ聞いているんでしょうか?」
「ううん。結界魔法を張った瞬間、バレたとわかったみたいですぐにいなくなったよ」
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「うーん……大して魔力量は多くなさそうだけど……」
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「え? オーク?」
『そうよ! 主様がオークの肉を見てブタニクって言ってた、あのオークよ!』
「えっと……クラオルが言うにはオークみたいなヤツらしいです」
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「それで、報告というのを聞いてもよろしいでしょうか?」
「あ、うん。えっとね、あの湖に狩った数の三倍以上のスライムがいたことと、森の奥の方にすごく強そうな気配がしたの。近付いてきたら戦うことになったんだけど……こっちに向かってきたと思ったら、途中で止まって動かなかったからそのまま放置しちゃったんだよね」
「三倍ですか……なるほど。危険だと判断したということですね。そして【ガーディアン】では厳しいかもしれないと」
「そう。初心者が何言ってんだって思うだろうけど、ヤーさん達は力押し。フォスターさんのフォローがなかったらあのスライム相手でもケガしてたと思う。ただ、仲よしだから仲間割れするようなことは言いたくなくて」
「そうですね……【ガーディアン】は物理率が高いですからね……彼らは依頼を受ける際、よく相談の上、フォスターさんの助言を聞いて決めているので、突発的に何か起きない限りは大丈夫だと思います。彼らは幼いころから地道にランクを上げてきているのです」
ジョバンニさんもわかってたのか……彼らは脳筋集団だと。
「しかし、何かあった際はわかりませんのでセナ様の判断に感謝いたします」
頭を下げたジョバンニさんに焦る。そんなことをさせたかったワケじゃないんですよ。
「いやいや。大したことしてないから! その強いやつがいたから、あの依頼書を貼るときに気を付けてほしいってことと、もう一つあって……」
私はスライムの核二種類をテーブルの上に載せる。
「これは……先ほどと同様のスライムの核ですね。ですが、こっちは……?」
「これ、二つともスライムの核なの」
「こちらもですか?」
「そう」
「どうやって手に入れたか聞いてもよろしいでしょうか?」
「んとね、スライムの体に手を突っ込んで核だけ引き抜いたの」
「はい?」
ジョバンニさんは理解できないとばかりに首を傾げた。
「こうズボッと突っ込んで、核を掴んで勢いよく引き抜いたの」
ジェスチャーをしながら再度説明する。
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