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16章

父親のジレンマ

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「いや、ちょうどいい。ポーションは後で頼む」
「え……」
「腹を割らせようってセナが言ったんだろ」
「そうだけど……」
「陛下、おかわりは?」
「……いいのか?」

 アデトア君は王様をさらに酔わせたいらしい。
 グロッキーになったら困るんだけど……

「セナのせいにはさせないから安心しろ」
「知らないからね」

 ジト目をアデトア君に送りつつ、王様のお皿にフルーツポンチをよそって渡す。すぐに飲ませられるようにポーションもテーブルの上に出しておいた。
 王様は先ほどのアデトア君のセリフは聞こえていなかったみたいで、笑みを浮かべたまま食べ進めている。
 顔の赤みが増してるけど、大丈夫なんかな?

「ふむ。本当にこれは美味しいな。最近アデトアが城の食事を食べていないと聞いていたが、セナ嬢が?」
「あぁー、うん。私達と一緒に食べてるよ」

 若干、目をトロンとさせた王様は私の返答を聞いて、うんうんと頷いた。

「……セナ嬢はアデトアと仲がよいよな?」
「そう、だね。いい友達だと思ってるよ」
「ともだち……友達か……」

 モゴモゴと何か呟いた王様はお皿にスプーンを突っ込んで静止した。視線は床の一点を見つめたまま。
 え、何? 怖いんだけど……ついに限界か?
 私がポーションに手を伸ばしたとき、王様が顔を上げた。

「アデトアと婚約しないか?」
「「は?」」

 私とアデトア君の声が被った。

「今アデトアには婚約者がいない。セナ嬢ならばアデトアを怖がることもないし、魔力の扱いや魔導具について造詣も深い。頭の回転も早く、多才である。仲もよいし、ピッタリだと思うのだ」
「「いやいや、いやいや!」」

 ホニャリと微笑みを浮かべた王様に、私とアデトア君の二人はブンブンと手を振って否定した。

「勘弁してくれ……! オレがグレンとジルベルトに殺される……!」

 アデトア君はさっきまでの余裕のある態度を一変させて頭を抱え、そんなアデトア君の肩をクラオルがしっぽでバシバシと叩いている。精霊達からもブーイングが入り、その声が聞こえていないハズのフラーマ王子も顔を引き攣らせた。

「陛下、それはさすがに……現状、セナ嬢に借金している状態ですし……」
「ダメだろうか? あの魔導具代は分割で支払うことを了承してもらった。いい考えだと思ったのだが……あ、フラーマの方が年齢も近いか」
「た、確かに兄上よりは年が近いですが…………僕はセナ嬢の好みの男性像には該当してないですね。残念ながら」

 残念なんて一欠片も思っていなさそうな顔でフラーマ王子が言い切った。
 好みの男性像って好きなタイプ? それって前にアデトア君に聞かれたやつかな? あれ、特に思い付かなくて適当に言ったんだけど……っていうか、あのお金はそういうことになってたのね。私、今知ったぞ。

「そうか……好みか……そうだな。セナ嬢、失礼した。アデトアもフラーマも母親のことがあるから想い合える人と結ばれて欲しいのだ」
「あ、うん。それはいいことだと思うけど、私以外でお願いしたいかな。私は今の自由な感じが気に入ってるから」
「そうか……そういえばセナ嬢は貴族を好いていないんだったな」
「ハァ……グレンとジルベルトがいなくてよかった……」

 アデトア君、安心してるところ悪いけど、クラオル達と精霊達がいるから筒抜けなんだよね。
 案の定、龍化しているときのようなグレンの唸り声が響き、アデトア君がビクッと反応した。そんな中、王様は気にも留めずに再びフルーツポンチを食べ始めた。

「(セナ……結界張ってるんだよな? グレンに聞こえてないよな?)」
「(結界はちゃんと張ってるよ)」

 小声で確認してきたアデトア君は「そうだよな……勘か?」なんて呟いている。
 残念ながらその呟きも筒抜けなんよ。
 さっさと話題変えちゃおうと思ったら、フラーマ王子が口を開いた。

「陛下は僕と兄上、どちらに王位を継がせるおつもりですか?」

 いきなりぶっ込んできたな……

「……ふむ。どちらか……どちらがなりたい?」
(え……それ聞いちゃうの?)
「陛下は兄上に継いで欲しいわけではないのですか?」
「今は特にそのようなつもりはない。どちらが継いだとてやっていけるだろう」
「「「今は……?」」」

 聞いていた私達三人の声がハモる。
 さすがに内容が内容だからか、王様は手を止め、二人に心境を語った。

「以前ならば妻のこともあって、アデトアと答えただろう。どんなに努力しようとも、アデトアは魔力暴発の危険性があった。だからフラーマにも帝王学を学ばせた。だが、今はセナ嬢のおかげでアデトアもそういった心配はなくなった。フラーマもアデトアに負けず劣らず勤勉である。どちらが継いだとてやっていけるだろう。個人的な欲を言えば二人に継いでもらいたいが……」
「二人に、ですか?」
「あぁ。アデトアは忌み子返上のため、フラーマは境遇から……共に国のために心を砕いてきただろう。私はどちらにも優劣をつけるつもりはない。二人には二人の強みがある。だから実情では難しいと思うものの、二人が手を取り合って継いでくれたら……と思うのだ」

 優しく微笑みかける王様に王子である二人は息を呑んだ。
 初めて聞いた心情に言葉を失っているみたい。

「へぇー、意外とちゃんと見てるんだね。二人から聞いた感じだと、あんまり関わってなさそうだったのに」
「ははっ、そうだな。どちらか一方を気にするともう片側が故、関わりたくとも関われなかったのだ。今思えばもう少し関わっておくべきだったのだろうな……父と呼んでもらえないことになろうとは思っていなかった」
(あ、結局はそこに行き着くのね)

 眉を下げて笑う王様はただの父親に見える。それはフラーマ王子やアデトア君も同じようで、二人は小さく「陛下……」と呟いていた。
 いい話っぽいけど、私としてはちょっと物申したい所存である。

「ねぇ、王様。二人を差別しないようにしていたとしても、アデトア君の部屋のある建物の修繕くらいはしようよ。ヒビは入ってるわ、穴は開いてるわ、雨漏りするわでヒドかったんだよ?」
「それは……」
「それは?」

 私の発言に顔色を悪くさせた王様はモゴモゴと言い淀む。
 言いづらそうに告げたことを要約すると、〝忌み子だから〟。いつ魔力の暴走が起きるかわからず、修繕したとしてもすぐに壊されるかもしれないと反論され、予算が回せなかったらしい。

「王様なんだから、最終的な決定権は王様でしょ? せめて環境くらいは整えてあげようよ。部屋に置かれてた魔導具も状態異常を引き起こすものばかりだったし……あれ、アデトア君じゃなかったら死んでるよ」
「建物が傷んでいたのは知っていたが……状態異常を引き起こす魔導具……?」
「そうだよ。えっと確か……」

 思い出しながら魔導具の効能を羅列していくと、王様はだんだんと目を見開いていった。

「――って感じ。覚えてないのもあると思うけど、ほとんどがそうだったんだよ」
「アデトアは大丈夫なのか!?」
「兄上、不調などは!?」
「以前は常に気を張っていたから、特段体調を崩した記憶はない。今はセナ達のおかげでよく眠れている」

 王様とフラーマ王子の勢いに驚いたアデトア君は心配されたことが嬉しいのか、少しだけ顔を赤らめている。
 聞いた二人はアデトア君の返答に思うことがあるみたい。少し考える素振りを見せた。

「何故そんなことに……」
「いや、王様が変な魔導具買い漁ってたから他国からも集まったんでしょ。もうアデトア君の魔力も心配いらないし、変な魔導具集めないでね」
「承知した。気を付けよう」

 少し顔の赤みが治まった王様は恭しく頷いた。


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