505 / 538
16章
準備は念入りに
しおりを挟む翌日にお餅関係のレシピ登録を済ませた。それからはカリダの街の第二騎士団、タルゴーさんのいるピリクの街、シュグタイルハン国の王都(タルゴー商会)、ジィジの国(商業ギルド)……とお餅パーティー三昧だった。
ヌイカミさんやネルピオ爺、シュグタイルハン国のサフロムの街の領主であるルシールさん、ルィーバ国の南パラサーのギルマスには「新しいレシピを登録したから試食してみて」と〝きな粉餅〟と〝あんころ餅〟を送ってみた。きっと気に入れば取り寄せてくれるでしょう。
麦茶も好評で、これもレシピ登録となり、感謝を綴られた手紙がナノスモ国から届いた。私関係のところにはショシュ丸も含めて安く売ってくれるらしいよ。
その他にもいろいろとバタバタした日々を終えたのは、家族で餅つき大会をしてから優に半月を超えていた。
◇
もろもろの準備が整った私はジルとグレンと一緒に王城へやってきた。クラオルとポラルとユピテルの三人にはとあるモノの製作をお願いしているから別行動だ。
本格的な旅に出る前に懸念事項は払拭しておかないとね。
王様の執務室を目指して廊下を曲がったとき、ちょうどいい人物が前を歩いているのを発見。
「あ! 王様! じゃなかった、元王様。グッドタイミング!」
「ん? ……あぁ、セナ殿、久しいな……また何か問題でも……?」
眉を下げて聞いてくるあたり、この元国王は前の貴族一斉摘発がトラウマ化しているらしい。
「違う、違う。アーロンさんに話があって、転移門を使わせて欲しいんだよね。開けてもらえるだけでいいから、今ヒマならお願いできないかな?」
「なるほど。それくらいなら構わんぞ」
「ありがとう!」
あからさまにホッとした元王様は抱えていた書物をそのままに、転移門を開いてくれた。
――バタン。
「何者か!? 本日は予定――あ! セナ様でしたか」
扉が閉まる音で武器を構えて部屋に飛び込んできた兵士さんは、私を見てすぐに武器を下ろした。
「うん、アーロンさんに用があって。いきなり来ちゃってごめんね」
「いえいえ、セナ様方でしたら大歓迎です。今の時間だと……陛下は執務室にいると思います」
「ありがとう!」
二人の兵士さんに手を振って別れたら、アーロンさん目指して執務室へ。
兵士さんが言っていた通り執務室にいたんだけど……机の上にはいつになく書類の山ができていた。
明らかにお仕事真っ只中なのに、アーロンさんは私を見ると笑顔で迎えてくれる。
こういうところは尊敬できるし、素敵なところだよね。
「久しぶり……でもないか。どうした?」
「ちょっとヴィルシル国に行くことにしたんだけど、アーロンも一緒にどうかなって」
「……ほう。オレを呼ぶってことは何かあるのか?」
「あるかもしれないし、ないかもしれない。ただ、アーロンさんはアデトア君と会っておいて損はないかなって」
「アデトア……確か第一王子だったか?」
「そうそう、一応肩書きは王太子だよ」
「一応……か」
ソファで話を聞いていたアーロンさんは考えるように、隣にいるレナードさんに目配せした。
「出発は明々後日。最速でも戻ってくるまでに一週間、余裕をもって二週間はみて欲しいんだ。だから残りの今日と明日と明後日の三日間でその分の仕事を終わらせて欲しいの」
「……あー…………随分と急だな。面白そうだが今は仕事が立て込んでいる」
それはこの部屋に入ったときにちょっと思った。そしてそれは日数が経っているとはいえ、松本城で連泊したツケなんじゃないかってことも。
……でもね、渋られたとき用にもう交渉の材料は用意してあるのだよ。
「もし一緒に来てくれるなら、新しく登録したレシピと、まだ登録していないドライカレーを使った新しいレシピを三日間で料理人さん達に仕込んであげる」
「!」
「さらになんと道中は古代竜であるグレンが運んでくれます」
「なんだと!?」
〈うむ、セナの要望だからな〉
カッと目を見開いたアーロンさんにグレンが明言。それを聞いたアーロンさんはグルンと効果音が鳴りそうな勢いでレナードさんに顔を向けた。横顔でも目を輝かせているのがわかる。
絶対グレンの背中に乗るのを想像してるな……
「はぁ……仕方ありませんね。急を要する案件だけ片付けてしまいましょう」
「おぉ! 流石わかって……」
「先に言っておきますが、戻ってきたときに地獄を見るのは陛下ですからね」
感動した様子のアーロンさんに被せてレナードさんが言い放った。
アーロンさんは顔を引き攣らせているものの、行かないって選択はしないらしい。
アーロンさんの執務室を出た私達は兵士さん達の訓練場、リシータさんのいるタルゴー商会、商業ギルドを経由して、ボンヘドさんを連れてお城のキッチンへ赴いた。
厨房では料理長を筆頭に大歓迎を受け、今回もドライカレーが出てきた。
この後のことを考えたら、とてもじゃないけど食べていられない。味見でおなかがいっぱいになるに違いない。受け取ったドライカレーはグレンに任せ、本題に入る。
「今日は新しいレシピの話で来たの。とりあえずコレ、食べてみて」
料理長はゴクリと喉を鳴らしてから、きつね色に魅入るようにゆっくりと一口齧った。
渡されてすぐに口を開けたボンヘドさんとはえらい違いだ。
「おおおおふ! 美味しいですネ! 食べたことのない食感デス!」
「ん!? ん゛ん゛!? ゔまい、う゛ま゛す゛ぎる゛ぅぅぅぅぅ! ……こ、こりゃカレー、か……?」
「そう、大正解。ドライカレーを使ったカレーパンだよ」
「パン? 普通のパンとはだいぶ違いますヨ?」
「パン!? これがパン? パンだとぉ!? 信じられん!」
面白いくらいに反応してくれる料理長とボンヘドさんを見た他の料理人さん達から期待の眼差しを向けられる。
作ってあった二十個ほどのカレーパンを渡せば、またも拳を突き上げて革命コールが起こった。
「はいはーい! ちゅうもーく! 他にもあるから、チャキチャキ覚えてもらうよー!」
パンパンと手を叩き、そう声を張り上げれば料理人さん達の雰囲気は一変。
真剣な様子に打って変わった料理人さん達にカレーパン、きな粉、こしあんの作り方を教えていく。
あまりにも大変そうだったから、夜にはちょっとだけアーロンさんの書類のお手伝いもした。国家機密レベルのものは流石に無理だから、主に計算系や一覧表にまとめる仕事だ。
リシクさんが「何もかも陛下より仕事が早い……仕える主を間違えましたかね……」と呟いていたのは聞こえなかったことにした。
翌日はタルゴー商会に用意してもらった杵と臼を使って、兵士さん達を巻き込んだ餅つき合戦。
三日目の夜は教えたレシピの試食兼発表会。休憩も兼ねて呼んだアーロンさんが餅つきを「訓練の一環として日課にさせるのもいいな」なんて言っていたよ。
お供として出していた麦茶も気に入ったみたいで、すぐにリシータさんに購入する旨を伝えていた。行動が早いね。
553
お気に入りに追加
24,718
あなたにおすすめの小説
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな
しげむろ ゆうき
恋愛
卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく
しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ
おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
★恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
連載希望のコメントをいただきましたので、
連載に向け準備中です。
*他サイトでも公開中
日間総合ランキング2位に入りました!
スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~
白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」
マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。
そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。
だが、この世には例外というものがある。
ストロング家の次女であるアールマティだ。
実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。
そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】
戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。
「仰せのままに」
父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。
「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」
脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。
アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃
ストロング領は大飢饉となっていた。
農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。
主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。
短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。