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15章

招かれざる人族

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 翌朝、見事に筋肉痛になったアデトア君はガルドさんにおぶわれることになった。

「イーッヒッヒ!」
「この歳になってこんな格好をさせられるとは……! 赤子じゃないか……!」
「俺達以外には見られないんだから諦めろ」
「クソッ……! なんでセナは平気なんだ……!」
「あはは。セナっちは特別だからねー。はい、これで大丈夫だと思うよー」

 悪態をつくアデトア君は朝食でスプーンすらも持ち上げられなかったため、クラオルのつるで落ちないように支えられている。
 まぁ、いくら身長が低いとはいえ、二十歳でおんぶ紐は嫌だよね……しかもシラフだし。多分インプの怪しげな笑い声が余計にそう思わせてるんだろうけど……

「イッヒッヒ。最後が大変ですからねぇ、それでいいと思いますよ。では行きましょうか」

 インプの先導で昨日の道へと戻り、そこから道沿いを走る。
 道とは言ってもけもの道。ところどころ手を使わなければいけないくらいの荒れた道だ。
 時々迂回するように道を外れては戻る……を繰り返すこと数時間、ようやくインプが言っていた最後の難関に辿り着いた。

「……これ、登るのか?」
「イーッヒッヒ。そうですよ。頑張ってくださいねぇ。イッヒッヒ」
「マジか……」

 私達の前には断崖絶壁……ではなく、反り返すようにせり出た岩場。ただ登るだけならまだしも、途中で重力に逆らうようにひっくり返らなければいけない。私達に蜘蛛になれとでも言うのか……プロのロッククライマーもボルダリングの選手も驚くこと請け合いだ。
 アデトア君に精霊達のことは話していないから、精霊達には頼めない。

『これはアタシ達でもキツいわよ……』
「だよねぇ……手を引っかけられる場所があれば登れなくはないんだろうけど……。グレンにたの……ん? どうしたの?」
〔ゴシュジンサマ、マッテテ!〕
「え、ポラル?」

 上を見上げていた私のおなかをツンツンしたポラルが、スチャッと手を上げてから登っていってしまった。
 そういえばポラルってクモだったね。
 五分も経たずにポラルから連絡が入り、ポラルの糸でクラオルが上へ。そのクラオルが上からつるを伸ばしてくれた。
 自分の重みでプラプラと揺れるとはいえ、まともに登るよりは確実に楽だ。
 うんしょ、うんしょと登り終え、全員なんとかせり出ていた岩場に到着。

 少し円を描くように道なりに進むと、塔のようにそびえる岩山にくっ付くように巨大な丸い岩が現れた。
 その岩には魔法陣がびっしりと刻まれている。

「イッヒッヒ。お疲れ様でした。ここが入口です。グレンさん魔力を通してください」

 インプに促されたグレンが右手を伸ばして岩に触れる。すると、赤く色付いた魔法陣がグルグルと動き出し、一瞬強く光った後、ゴゴゴゴと音を立てて横にた。

「おおお! すごい仕掛けだねぇ」
「イーッヒッヒ! セナ様、お先にどうぞ」
「いいの!? やった! 一番乗り! ジル、行こ!」

 仕掛けに興奮した私はジルの手を引き、トンネルのような道を小走りで進む。トンネルから奥の明るい場所に出た瞬間、何かポワンと弾力を感じた。

「ん?」
「いかがいたしました?」
「イーッヒッヒ! 流石セナ様、これでも手出しできます」

 どういうことかと聞けば、結界のせいでの様子が思うように探れず……私に結界を壊させるために先に入れと言ったらしい。
 インプいわく、「ヴィエルディーオ様が神として降臨するわけにもいかなかった」んだそう。小声で教えてくれた。

「壊した感じはしなかったんだけど……」
「これは少々特殊な結界ですからねぇ。普通に壊すのとは違うのですよ」
――グオオオオオ!

 話していた途中でドラゴンの鳴き声が響き渡った。

「え? 怒ってる……?」
〈セナ、われの後ろへ。ガルド達とニキーダは警戒しろ。来るぞ!〉

 グレンは早口で言いながら私の腕を引き、背中に庇う。
 言い終わるのとほぼ同時に上からドン! ドン! ドン! と降りて来たのは三匹のドデカいドラゴンだった。

――グオオオオオオオオオ!
〈くっ……〉
「うわわ!」

 真ん中のドラゴンが咆哮を上げた瞬間、私達に威圧と衝撃波が襲いかかってきた。
 グレンの服にしがみつき、念話でプルトンとウェヌスに頼んで一緒に結界を張ってもらう。

――はみ出し者がなんの用だ!――
――人族を連れてくるなど言語道断!――
――恥を知れ、恥を!――

 矢継ぎ早に言い募るドラゴン達は怒りを隠そうともせず、私達に殺気を浴びせてくる。
 成龍とは格が違うと言っていただけあって、グレンは汗を滲ませて顔色が悪い。

――八つ裂きにしてくれるわ!――
――グオオオオオオオオオオ……
――なんだと!? これは人族だぞ!?――
――そんなこと知らん! 殺せ!――
〈なりません〉

 遠くから鳴き声が聞こえてきたと思ったら、ドラゴン達がさらに殺気を増幅させた。
 そのことにも何があったのかと驚いていたのに、ドラゴンの後ろから現れた濃い紅髪の二十代と思わしき男性に首を傾げる。
 え……どちら様?

〈兄者……〉
〈久しいな。もう戻って来ないと思っていたよ〉
われも戻るつもりはなかったが、ジジイに呼ばれたのだ〉
〈うん、らしいね。先ほどの族長の言葉を聞いただろう? この方達は賓客である。手出しは無用。まさか族長に歯向かう気はないだろう? いいね?〉

 グレンが兄者と呼ぶ男性が睨み付けるように言うと、盛大に舌打ちしてドラゴン達は去って行った。
 縦社会が浸透しているらしい。
 殺気と威圧がなくなった私達は揃ってふぅっと息を吐いた。

〈全員離れずに付いてきてくれ〉

 スタスタと歩き出してしまった男性を慌てて追いかける。
 グレンの記憶の中では川沿いは森のようになっていたけど、歩けども歩けども岩や石だらけで木はおろか、草すら見当たらない。
 いや、実際には一応あるにはある。ただ、枯れ木や倒木、枯れ草ばかり。青々しくないのだ。
 さらに進めば進むほど寒さを感じる。
 標高が高いからかね?

 里と聞いていたから、てっきり人と同じように家のある暮らしだと思っていたけど、住民であるドラゴン達はドラゴン姿でそこら辺でくつろいでいた。
 巣っていうよりもコロニー……またはなんだっけ? ルッコラみたいな名称だったと思うんだけど……とりあえずそんな感じなのね。
 私達に気が付いたドラゴンはもれなく突き刺さるような視線を送ってくるため、歓迎されていないことは明らかだった。

「ふむふむ。なるほど。人族嫌いはかなり浸透しているようですねぇ。イッヒッヒ」
「お、おい。大丈夫なんだろうな?」
「セナ様とグレンさんがいれば大丈夫だと思いますよぉ。まぁ、皆さんは御二方から離れない方がよろしいでしょうが。ケガなら治せますが、死んだら終わりですので死なないでくださいね。イーッヒッヒ」

 緊張感のないインプにコソッと話しかけたガルドさんは、返答を聞いて背負ったままのアデトア君共々顔を引き攣らせていた。


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