上 下
476 / 538
15章

堕ちしドラゴン

しおりを挟む


 倒れたところでプルトンが結界を解除した。
 そのまま少し様子を見ていたけど、問題の人物はピクリとも動かない。

「全く……答えになってないじゃないの。もっと耐えられるかと思ってたのに、口ほどにもないわね」
「どうするんだ?」
「起こすしかないわ」
「起きたとしても、ちゃんと答えるー?」
「でも他に方法がなくない? 何かある?」

 ドラゴンを放置してニキーダとガルドさん達が相談し始めてしまったため、彼は大丈夫かとそろそろと近付いてみる。

『キキッ』
「わかった。あんまり近づいちゃダメなんだね」
『キッ』

 注意するように鳴く小猿の意図がわかった私は呼ばれた場所で立ち止まった。
 うつ伏せではあるものの、バンザイしていたさっきとは違って彼の手はおなかのあたりにある。
 そりゃそうだよね……叫ぶくらいだもん。相当な腹痛だったに違いない。

「あとでクリーンかけてあげよう。それにしても……」
『主様どうかしたの?』
「魔法陣が描いてあったからかもしれないけど、なんかここモヤモヤするんだよね」
『え!? ちょっと離れなさいよ!』
「ここにいる分には大丈夫だと思う。この――!?」

 この下に何かありそうだと言いたかった私の足首が何かにギュッと掴まれた。
 人の手だ。腕の主を辿れば先ほど気を失っていたハズのドラゴンだった。
 目があったドラゴンはほの暗い瞳をボワりと赤く光らせ、声色を変えて喋りだした。

――お前はオレ様の……
「ひぃやああああああああぁぁぁ!」

 その声に、耳どころか全身にドロドロとした不快感が走った私は、咄嗟に握られている腕を逆の足で思いっきり踏んづける。オマケに風魔法を叩きつけてから、ダッシュでグレンの足に抱きついた。

〈セナ!? 何された!? 大丈夫か!?〉
「あの人気持ち悪いよ! 魔力が腐呪ふじゅの森の沼よりひどい! 生ゴミと肥溜めを足したにおいの数十倍の気持ち悪さだよ! 両方触ったこともないけど……うぅ……」
「もう、セナちゃん。近付いちゃダメでしょ?」
腐呪ふじゅの森の沼……」
「生ゴミと肥溜め……」
「「数十倍……」」

 私の感想にニキーダ、ガルドさん、ジュードさん、最後にモルトさんとコルトさんが順番に反応した。
 みんなは想像したのかドン引きした顔で後ずさる。そんな状況でもジュードさんはアデトア君の手をしっかりと握っている。
 ジルは私が話している間、何回もクリーンとヒールをかけてくれていた。

〈クソ! アレを飲み込んでしまった……おい、痛いだろうが! しかも気持ち悪いだと!? 撤回しろ!〉
「ヤダ。だって気持ち悪いもん。あ、鼻血出てるよ」
〈撤回しろと言ってるだろ! オレ様はかっこいい、な男。そこにいる弱龍とは格が違うんだぞ!〉
「うん。グレンとは全然違うね」
〈セナ……〉
〈そうだろう、そうだろう! オレ様は最強の男になる古代龍エンシェントドラゴンだからな!〉
「うん。気持ち悪さはだよ。一緒にするなんてグレンに失礼すぎ。グレンは安心する温かい魔力だもん。……っていうか、って言葉がこっちにもあることに驚きだわ」
〈セナ……!〉
〈…………は? ……は? はぁぁぁ!? どういう意味だ!〉

 と聞いて思い浮かぶのはあの一曲しかない。名曲だけど、今の若い子は知らない子もいるだろう。

 苦しんでいた姿が嘘のようにドラゴンは声を荒らげた。
 そのドラゴンが喋るだけで不快感がフラッシュバックし、私は少しでも紛らわせようと抱きついたグレンの足にグリグリと頭を押し付ける。

「うぅ……気持ち悪い。もうヤダ。お風呂入りたい。もう帰る」
「そうですね。セナ様のためにも帰りましょう」
「お、おい! はどうなる?」
「そうねぇ……〝埋めました〟って報告すればいいんじゃないかしら?」

 賛同してくれたジルにアデトア君が焦る。そんなアデトア君にニキーダが軽く言ってのけたとき、聞き覚えのある笑い声が火口内に響き渡った。
 声の主はどこだとキョロキョロと見回すと、空中に浮かんでいる生首と目が合った。

「うひっ!? ビックリした……インプさん、怖い登場の仕方止めて……」
「イーッヒッヒ! それは失礼しました。に言われまして急いだのですが、少々遅かったようですねぇ……イッヒッヒ」
「それはどういう意味?」
「セナ様は純粋でな魔力ですからね、ああいった者の魔力は体が拒否するんですよ。えぇ、えぇ。そう睨まなくてもちゃんと持って来ましたよ。イーッヒッヒ! セナ様はこちらをどうぞ」

 全身を現したインプが私に手を伸ばす。
 その手が開かれ、フワフワと漂ってきたのは棒付きキャンディー。色も形もコンビニで売ってたあのまんま。
 口に入れてみれば、大好きないちごミルク味だった。
 口の中から幸せが体に広がっていく。

「ん! 美味しい!」
「イーッヒッヒ! それはようございました。さて、皆さんはもう少し下がっていただけますか? ……はい、はい。その辺で大丈夫です。少々揺れますので、結界を張ることをオススメしますよ」

 インプのセリフに素早く反応したプルトンが結界を張り、さらに私達を守るように精霊達が周りを囲む。
 それを見て満足そうに頷いたインプはドラゴンに顔を向けた途端、放つ雰囲気が一変した。

「調べた際に見つけられなかった落ち度はありますが……カイザーコング、あなたも同罪ですね。後ほど一緒にお叱りを受けましょう」
『キキィ……』
「さてさて、悪しき力に魅せられし古代龍エンシェントドラゴン。いけませんねぇ、魔言まげんを使ってセナ様を操ろうとするなど……あなたにその力は扱いきれませんよ」
〈その魔力……お前は何者だ〉
「イッヒッヒ。答える義理はありませんねぇ」
〈やめろ!〉

 インプが古代龍エンシェントドラゴンに手のひらを向けると、グラグラとが揺れ始めた。
 それと同時にくだんの人物を中心にボコボコと土が盛り上がり、ポンッと何かが飛び出してきた。その数五つ。

〈ぐぅぅ……〉
「これは……ふむ。なるほど。事態は想像を超えて厄介ですね。イッヒッヒ」

 インプの手のひらの上に浮かぶそれは五センチほどの魔石に見える。
 気持ち悪いオーラを放ってはいるものの、インプが言うほどヤバそうな感じはしない。
 その玉は宙に浮かんだまま燃えるように一つずつ消えていった。

「あなたにはこれをプレゼントしましょう。イーッヒッヒ!」

 笑いながらインプがどこからか取り出したのは一升瓶。
 そして透明の液体が詰まった瓶をドラゴンの口に突っ込んだ。
 いつの間にか手も土中に埋められ、抵抗のできないドラゴンはその液体をグビグビと飲み込んでいく。
 全て飲み切ったのを見届けたインプが両手を広げると、再びグラグラと揺れ始めた。

「うわわ!」

 グレンの足にしがみついていた私は目の前で起こった現象がにわかには信じがたかった。
 揺れと時を同じくして、マグマが徐々に引き始めたのだ。
 島の高さは変わらないのに、ふちのすぐ近くまできていたマグマは二メートルほど下に下がってしまった。

「どう、なってるの……?」
「イーッヒッヒ! 任務完了ですね。セナ様、浄化をお願い致します。後ほどから連絡が入るそうですよ。そうそう、ここのを見てみてください。おそらく、シノノラーがあなたを導いた理由はそこにあるでしょう。イッヒッヒ」
「え!? ちょっと待っ……!」

 言うなり溶けるように消えていくインプを引き止めようと手を伸ばしたけど、意味をなさなかった。
(ちょっとおばあちゃん! モヤモヤの正体はわかったけど、全然解決してないよ!)


しおりを挟む
感想 1,797

あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな

しげむろ ゆうき
恋愛
 卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく  しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ  おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~

白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」 マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。 そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。 だが、この世には例外というものがある。 ストロング家の次女であるアールマティだ。 実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。 そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】 戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。 「仰せのままに」 父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。 「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」 脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。 アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃 ストロング領は大飢饉となっていた。 農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。 主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。 短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。