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14章

過去最大級の悪臭の男

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 グレンは昨夜出した生クリームでデコレーションしたベビーカステラタワーを食べたせいか朝から機嫌がよかった。
 午前中は昨日思い付いたものを制作して、お昼ご飯を食べた後、私達はギルドを訪れた。
 依頼書が貼られた掲示板を見ながら悩む。

「んー……どれがいい? 明日は授業があるから今日中に終わるやつね」
〈ふーむ……あまりいいのは残ってないな〉
『うっ!』
「ぐぁっ!」

 話している間にドカドカと入ってきた冒険者達から漂ってきた刺激臭に咄嗟に鼻をつまむ。
 汗とアンモニアと何かすえたようなにおいは肌を粟立たせるほど不快感がハンパない。
 当の本人達は周りの反応も気にせず、そのまま酒場のテーブルに着いた。
 堪らず自分達の周りに結界を張って浄化をかけると、グリグリと私に鼻先を押し付けていたクラオルとグレウスがホッと息を吐いた。

「酷いにおいですね……」
「うん……」
「早く決めてしまいましょう」
〈そうだな〉

 促されたグレンとジルが依頼書を選考している間、ヒマな私はさっきの人達を見やる。
 よくあることなのか、他の人達や職員はあの悪臭も特に気にならないみたいで慣れた様子だ。
 においの大元である冒険者達は大声でステーキを頼んでいた。
(腐呪の森よりくさい中ご飯食べるとかすごいな……)

 悩んでいたグレンが〈なら、これだな〉と手を伸ばした瞬間、後ろから切羽詰まったような声が聞こえてきた。

「ア、アニキ!? しっかりしてくだせぇ!」

 騒ぎの原因はくだんの冒険者達だ。
 一番大柄な坊主が苦しそうに唸りながら倒れてしまい、ギルド内は騒然となった。
 連れ合いが叫ぶように呼ぶ中、誰かが「神父を呼べ!」と声を張り上げた。

〈なんだ? セナ、関わるなよ〉
「あ! マズイ!」
〈おいっ! セナ!?〉

 グレンの腕の中から飛び降りて坊主の下へ急ぐ。

「う……結界張ってるのにくさい……あぁ! もう!」

 【クリーン】と【浄化】を三回ずつかけてから、坊主の上半身を起こす。
 息をしていない坊主の後ろから胸部を圧迫しようとして、手が届かないことに気が付いた。

〈全く。捨て置けばいいものを……〉
「お優しいセナ様は放っておけないのでしょう」
〈フンッ〉

 そんなグレンとジルの会話が聞こえたけど、今はスルーさせてもらおう。人命第一よ!

「ちょっとそこのお兄さん泣いてないで手伝って!」
「アニ……は? おれ?」
「いいから支えて!」

 戸惑う連れ合いに坊主を支えさせ、私は坊主の……おなかにパンチをお見舞いする。
(あ……今ピシピシっていった)

「グフォ……! ガハッ……」
「ギャッ! ばっちぃ!」

 アバラを何本か折ってしまったぽい私が内心焦っていると、坊主が吐き出した肉の塊が腕に飛んできた。同時に口からダラダラとヨダレまで垂れてきてゾワッと鳥肌が立つ。
 いくら結界を張っていても気持ち悪いものは気持ちが悪い。

 坊主はグッタリとしたまま背中を預けているけど、詰まっていた原因の肉片は取り除けたからもう大丈夫だろう。
 とりあえずアバラを治させるためにポーションを出したところで、体が浮遊感に襲われた。

「うひ!? ってグレン?」
〈セナが穢れる! 帰るぞ!〉
「え、あ! お兄さん! コレ! 飲ませてあげてぇぇぇぇ!」

 有無を言わさぬグレンの様子に、私は咄嗟にポーションの小ビンをもう一人の仲間に投げ渡し、走るグレンの腕の中から声を張り上げるしかなかった。

 宿に着いたグレンはそのままお風呂場に直行し、お湯の張られた浴槽に私を落とした。
 ウェヌス達が先回りしてお湯を溜めていたらしい。
 ウェヌス……ホント万能だな……
 ドボンと落とされた私はすぐにグレンとジルによって泡まみれにされた。
 眉間にシワを寄せていつになく不機嫌そうなグレンは無言で服を着たままの私を洗っていく。

「……グレンさん。自分で入れるよ?」
〈ダメだ〉
「唾かかったのは腕だけだよ?」
〈最初アレに抱きついただろ〉

 ……なるほど。胸部圧迫したかっただけなんだけど、あの体勢が抱きついたように見えたのね。

「……グレンさん。結界張ってたから大丈夫だったし、今も意味ないよ?」

 実際、私は見た目が泡まみれでも、今現在濡れてすらいない。それにあの人に触る前にクリーンもかけたし、浄化もした。結界に阻まられたおかげで、肉片もヨダレも弾かれているハズだ。
 グレンは自分も濡れていないことに気が付いたのか、眉毛をピクピクとさせて服を引っ張ってきた。

〈早く言え! 脱げ! われが洗ってやる!〉
「えぇ!? だから大丈夫だったんだって! ちょ! グレン!? クラオル助けて!」
〈いてっ! 何する!〉

 助けを求めると、クラオルはつるでバシン! とグレンの手を払いのけた。
 あ……クラオルさん激おこだ……

『……主様の……主様の服を脱がせようとするんじゃないわよぉぉぉぉ!』
〈うお!〉
『この変態!』
〈なぜそうなる!?〉

 目が据わったクラオルが繰り出すつるをグレンが避ける度に、床に叩きつけられた音がバシバシとお風呂場に響いている。
 グレンのことだから悪気はなかったんだろうけど、クラオルの様子を見ている限りでは長くなりそうだ。

「ジル」
「はい、こちらに」
「ちゃんとお風呂に入りたいからコテージ行くけど、ジルはどうする?」
「僕も濡れてしまったので、軽くシャワーを浴びたいと思います」

 ウェヌスにグレンとクラオルへの伝言を頼み、私達は脱衣場からコテージに入った。
 体を隅々まで洗って、お気に入りのバスタブに浸かる。

「ふぅ……やっぱお風呂はコテージの方がいいねぇ。ボディーソープもシャンプーもいい匂いだし。ね? グレウス」
『ボクはあるじと一緒ならどこでも……あ! あの露天風呂は気持ちよかったです』
「あぁ! インプの旅館だね。うんうん。露天風呂は格別だよね~。また行けたらいいね」
『はい!』

 元気よく返事をするグレウスのおでこを指先でカリカリしてあげると、『えへへ』と気持ちよさそうに目を細めた。
 うん。今日も私のグレウスは可愛さ満点。たまらん!

 ゆっくりとお風呂を満喫してコテージのリビングに入ると、私とグレウス以外のメンバーが真剣な顔をして話していた。

「どうかしたの?」
『なんでもないわ。主様はちゃんと温まったの?』
「うん、バッチリだよ。グレンも着替えたの?」
〈セナが入っている間にわれも入った〉
「そっかそっか」

 思っていたよりも早くクラオルのお説教は終わったみたい。
 私もソファに座ると、ジルが冷たいほうじ茶を出してくれた。

「ん~! さすがジル! ありがとう! 飲みたかったんだよ」

 タイムリーなジルのチョイスはありがたい。お風呂上がりの体に染み渡るね。

「さて、今日はどうしようか? 結局依頼受けてないし、戻るのも微妙だよね」
『それならキヒターの教会に行きましょ』
「いいね! そうしよう!」

 久しぶりにシュティー達にも会えるし、呪淵じゅえんの森ならグレンもストレス発散できる。
 早速宿に戻って、そこからキヒターの教会まで転移する。
 ちょうどパトロールから戻ってきたと言うシュティー達は大喜びで迎えてくれ、みんなで楽しい時間を過ごした。


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