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14章

アメとムチ

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 授業は午後からだと言われたので、先に教室で実力を測るための問題を作成した。
 これは前にアーロンさんの甥っ子姪っ子用にリシクさんが作った計算問題を丸々パクっちゃった。
 お昼ご飯を食べ終わったころ、私の試験官をしたマッチョが入ってきた。
 授業を受けるのかと思ったら、受講者達の監視なんだって。マッチョいわく、「一応徴収はしてるが、真剣にやらないヤツには倍払わせる」んだそう。ギルドも必死だね。

 パラパラと集まり始めた受講者達はマッチョの指示の下、席に着いていく。
 むさいおっさんや若いお兄さんなど年齢層はバラバラ。唯一の女性であるあのビキニアーマーのお姉さんは一番前の真ん中の席で期待の面持ちだ。
 全員が着席したのを確認したマッチョから説明が入ると、私が教えることに驚かれ、さらに罰金の話でどよめきが走った。

「帰りたければ帰っても構わん。ただそうなると、昇給試験は絶望的だと思え。ここにいる資格がないと判断すれば、容赦なく追い出す」

 マッチョが脅したせいで、教室内は緊張感が漂い始めてしまった。
 さらにグレンまで威圧を放ちながら〈セナに何かすれば燃やしてやる〉なんて言うもんだから、受講者達は萎縮しまくりだ。

「真面目にやれば大丈夫だよ。一緒に頑張ろう! まずはどれくらいできるのかわからないから実力テストをするね。解けた人から持ってきて。ちなみに、問題はランダムだから他の人の答えを写しても意味ないよ」

 ジルにテスト用紙を配ってもらって、解けるのを待つ。
 マッチョは教室の後ろで仁王立ちして圧を放っていた。

 五問だけだし、簡単だからすぐに終わるかなって思ってたのに、三十分経っても一時間経っても誰も持ってこない。
 お姉さんは指を使って数えてるし、おっさんなんかウトウトと船を漕いでいた。
 痺れを切らした私が回収すると、驚愕の事実を突きつけられた。

「ね、ねぇ……みなさん数は数えられるんだよね?」
「うんとね、ぶっちゃけ苦手なんだよね。そもそもウチは文字も依頼書を見てなんとなくわかるようになった感じなんだ」

 お姉さんが申し訳なさそうに述べると、若いお兄さんまで「お、おれも……」と小さく手を挙げた。
 他の人達もみな似たり寄ったりで、依頼の内容と違ってやり直しなんてこともあるらしい。
 マジかよ……算数教えるとかそういうレベルですらないじゃんか……確認してから依頼受けなさいよ……
 聞けばギルドで文字を教えてもらえるワケもなく、依頼報酬の詳細が書かれた紙をちゃんと見たことがないそう。
 私、みんなを騙せる自信があるよ……よく今まで大丈夫だったね……っていうか、文字もロクにわからない人達を教えろって無理があるんじゃ……

「……まぁ、依頼受けちゃったからにはやるしかないよね……」
「僕は断ってもよいかと思います」
「そんな! ウチはランクアップしたいんだ! 頼むよ!」

 私の呟きに反応したジルの発言に焦ったのか、お姉さんがガバッと頭を下げた。
 そんなお姉さんを見たジルの瞳がキラリと光った気がした。

「ジ、ジルさん?」
「……そうですか。では覚悟はおありですか?」

 私にニッコリと微笑んだジルが言うと、お姉さんは「もちろんだ!」と叫ぶように訴えた。
 他の受講者にも言質を取ったジルは鷹揚に頷いて、無表情でとんでもないことを言い出した。

「では、危機感を持っていただきましょう。本日中に文字を覚えられなければ、こちらを飲んでいただきます」
「それは……毒か?」
「いえいえ。まさか。こちらはおなかの調子を整えるです。害などはありません。強力ですので、三日くらいトイレに籠ることになるかもしれませんが……体の中のものを出し尽くして健康になれる代物ですよ」

 ジルが掲げた濁った紫色の液体の入ったポーション容器を見た受講者達のノドがゴクリと鳴った。顔がこれでもかと引き攣っている。
 ジルさんそれ……濃縮どくだみ茶じゃん……効果がヤバいって封印したんじゃなかったの?

「そんな恐ろしいもん飲ませるのか?」
「えぇ。覚悟があると仰ったのはあなた方です。貴重なセナ様の時間を無駄にするようなことは許しません。飲みたくないのなら覚えてください。いい大人なのですからできるでしょう」

 ジルの有無を言わさぬ様子にマッチョまで押し黙ってしまった。
 私的には、大人の方が吸収しにくいと思うんだけど……恐怖政治みたいなやり方じゃなくて、もっとやる気を上げさせられたら……

「あ! それなら覚えられた人には私からおやつをあげるよ。出来次第で個数を変えるからね」
「おやつ?」
「あー、えっと……甘いお菓子のこと。見た方が早いかな? これだよ」
〈セナ!?〉

 私がベビーカステラを出すと、グレンに咎めるように名前を呼ばれた。

〈王都でも売ってるだろ。セナが作ったやつをこんなやつらにやることはない〉
「いいじゃん。ご褒美があった方がやる気出るでしょ? 手伝ってくれたらグレンには後で特別バージョン作ってあげるから」
〈む……絶対だぞ?〉
「うん」
「ね、ねぇ……それお嬢ちゃんが作ったやつなの?」
「そうだよ」
「そうか……あの美味いスープを作ったお嬢ちゃんの……そんなの美味いに決まってるじゃないか! やる! やるよ!! 覚えてそれ食べる!」

 手作りだとわかったお姉さんは途端にやる気を上げ、他の人は豹変具合に目を見張った。

 文字を教え始めると、お姉さんに影響を受けたのか全員真剣に取り組みだした。
 食べ物で釣るしか思い付かなかったけど、人参ぶら下げ作戦は功を奏したみたい。
 読むだけではなく書けるようにと、声に出しながら写させる。
 テストのときにウトウトしていたおじさんまで必死の形相だ。

「はい! 今日の授業はここまで~!」

 私が手を叩くと、揃って「ふぅ」と息を吐かれた。お姉さんなんかは机に突っ伏して唸っている。

「みんな一応は覚えられたみたいだね」
「そうですね。とても残念です」
「と、いうわけで、もれなく全員に配ります! 出来高次第って言った通り、個数は違うからね。まず、お姉さん。頑張ったお姉さんは三個ね」
「やったー!!」

 お姉さんは早速一つ口に放り込んで「うっまーい!」と叫んだ。
 それを見た男性陣がバッと私に向かって手を伸ばしてきた。
 それぞれレベルに応じて手のひらに乗せてあげる。

「う、美味い……こんな美味いもん初めて食った……」
〈当たり前だ。セナの手作りだぞ。そこらに売ってるのとは訳が違う。味わえ〉
「もう遅せぇよ……」

 〝もっと食いたい〟と視線を送ってくるお兄さんの視線はスルーして、「明日はお休みにするから、覚えてきてね」と全員に伝えて今日は解散。
 ギルドの受付けで今日の授業料をもらって宿に戻った。


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