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14章

決壊寸前

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 応接室を後にした私達が階段を降りると、目の前に一人の渋面のマッチョが立ちはだかった。
 やっとトイレに行けると思ったのに何じゃい!?

〈何だ貴様は〉
「さっきダンジョンと聞こえたが」
〈貴様に関係ないだろう〉

 声をかけてきた冒険者はケンカを吹っ掛けてきたわけじゃないみたい。
 これならジルに任せても大丈夫そうかな?

「(ねぇ、ジル。トイレに行ってくるからグレン任せてもいい? ケンカになりそうだったら止めてくれる?)」
「(かしこまりました)」

 コソコソとジルに話しかけ、私が一歩踏み出した瞬間、グレンに持ち上げられた。

「わわっ!」
「ぐ……そんなに警戒しなくとも、何かするつもりはない」
「あ、こらグレン。敵意も向けられてないのに威圧しないの!」
〈む……〉

 顔を青くさせた冒険者に気付いた私が注意すると、小さく舌打ちをしながら威圧を止めた。
 一回で聞いてくれたのはいいんだけど……一瞬のおなかへの圧迫のせいででまたトイレが近くなってしまった。

「グレン下ろして?」
〈ダメだ。何の用だ〉
「聞きたいことがあるだけだ」
われらは貴様に用などない〉
「そう言うな。その子は本当にCランクなのか?」
〈だったらなんだ〉
「それが本当だったとしても、Cランクではダンジョンに入れない」

 マッチョとグレンが話しているけど、私の膀胱はそろそろ限界が訪れようとしていた。
 下ろして欲しくてモゾモゾと動くと、グレンの腕の力が強くなった。
 うぅ……暴発しそう……

〈何が言いたい〉
「お前はその子が大事なんだろう?」
〈当たり前だ〉
「ランクアップが必要だが、試験を受けなければならない。試験は日数がかかることもある。いたいけな子供には厳しいだろう。悪いことは言わん。やめておけ」

 もう無理! マジで限界! 漏れる! 破裂する!
 泣きそうなくらいヤバい私は下ろして欲しくてグレンの肩をバシバシと叩いた。

〈ん? ん!? どうし……〉
「下ろして……!」
〈あ、あぁ……〉

 キッとグレンとマッチョを睨み付けると、困惑した様子で下ろしてくれた。
 足が地面に着いた瞬間、私はトイレに猛ダッシュ。
 後ろからグレンが私を呼ぶ声がしたけど、それどころじゃないんだよ、私は!

◆ ◇ ◆

 顔を赤くして涙を湛えたセナに睨まれ、グレンが驚いている間にセナは走りだした。

〈あ! セナ!〉
「……お、おい大丈夫なのか?」
〈貴様のせいだろうが!〉
「オレか!? お前の力が強かったんじゃないのか?」
〈なんだと!?〉

 グレンが声を荒らげると、ジルベルトはグレンの服を引っ張った。

「グレン様落ち着いてください。セナ様は直ぐに戻られると思います」
〈そうなのか?〉
「はい」

 グレンはジルベルトの冷静な様子に少し落ち着きを取り戻した。
 だが、話しかけた冒険者は予想外のことに狼狽えたままだ。

「本当に大丈夫なのか? 涙目だったぞ?」
「大丈夫です」
〈貴様がいるとセナが怖がるだろうが。さっさと去れ〉
「あぁ……とりあえず試験はやめとけ。か弱い子供には大変だ。怖がらせて悪かった。泣かせるつもりはなかったんだ」

 話していたマッチョな冒険者は少なからず怖がせたことを謝ると、ギルドから出て行った。

◆ ◇ ◆

 なんとかギリギリで駆け込んだ私は胸を撫で下ろした。
(ふぅ。間に合ってよかった……マジで漏れるかと思った!)
 出すもの出してスッキリ爽快な気分で戻った私の肩をグレンかがっしりと掴んだ。

「お待た、せっ!?」
〈セナ! 大丈夫か!?〉
「え? 大丈夫だよ? どうしたの?」
〈さっき泣いてただろう?〉
「へ? 泣いてないよ?」

 決壊しそうで我慢するのに必死だっただけだ。
 心配そうに見つめてくるグレンにニッコリと笑いかけたら、〈はぁぁ〉と息を吐きながら抱きしめられた。

「あれ? さっきの人は?」
〈あんなヤツ気にするな。さっさと出るぞ〉

 心なしかさっきより優しく抱えられ、ギルドを後にする。
 ひとまず落ち着いて話そうと、ギルドからほど近い食堂に入った。

「結局なんだったの?」
「試験は子供には危険だと忠告したかったようです」
「あら、そうだったんだ。優しい人だね」
〈怖かったんだろう?〉
「怖いって何が?」
〈あれの顔だ〉
「え? あははは! トイレに行きたくてそんなこと一切考えてなかった」
〈トイレ?〉
「うん。めっちゃ我慢してたんだよ~」

 笑いながら言うと〈紛らわしい!〉と怒られた。
 あのマッチョが怖くて嫌がったと思っていたらしい。
 マッチョにも悪いことしちゃった。次に会ったら誤解させちゃったこと謝らないと。

〈で、今日はどうするんだ?〉
「買い物かな? 泊まりの可能性を考えてテントとか寝袋とか……ジルは持ってないよね?」
「いえ。その二点でしたら持っています」
「あれ? そうなの?」
「はい。セナ様を探しているときにエアリル様とアクエス様にいただきました」
「おぉ! パパ素敵!」

 パパ達からもらったモノなら安全は保証されているに違いない。
 他に何が必要かと相談した結果……火打ち石やランタンなどのド初心者が使うアイテムを買うことになった。
 魔力使用禁止! なんて言われるかもしれないし、【ライト】が使えないって聞いたからね。念には念を入れるよ!


 買い物をパパッと終わらせ、宿に戻ってきた私はコテージで三日分の料理作り。
 ご飯を何回も炊き、パン生地を捏ねまくる。その間グレンは一人、お昼ご飯も食べずに鍛治部屋で何かを作っていた。

 宿の夜ご飯の時間が迫ってきたころ、グレンが上機嫌でキッチンに顔を出した。

〈セナ! できたぞ!〉
「できたって何が?」
〈これだ!〉

 得意気に渡されたものは、水族館のお土産であるイルカ用のホイッスルに見える。

「笛?」
〈そうだ。念話ができなくてもそれを吹けばわれには聴こえる。前のこともあるし、われが一緒にいないときに何かあったら困るからな〉
「ありがとう!」

 グレンから食材以外をもらったのは初めてかもしれない。
 ちょっと心配性な気がするけど、冬の大陸に飛ばされたあの一件のことを考えると持っていて損はない。
 ちゃんと紐を通す穴も作っていてくれたので、ギルドのドッグタグと同じミスリルカイーコの糸に通した。


 夜ご飯を食べてお風呂に入った後、私はベッドの中でクラオルとグレウスをモフモフさせてもらう。

「このモフモフがしばらくお預けなんて、そこだけが嫌だわ」
『ワタシ達も寂しいわ。でも受けるんでしょ?』
「うん。だって不正疑われたままなんて納得できないじゃん。王都から通達きてるって言ってたから、知ってるハズなのにさ」
『そうねぇ。今まではランクアップ推奨されてたものね』
「そう! もしかしてダンジョン内狩り尽くすとか思われてるのかな?」
『……それは否定できないわね』
「欲しいものなら狩り尽くすかもだけど、言ってもらえたらちゃんと気をつけるのに……」

 嘘付いてないのに嘘吐きって言われてる気分だよ。どちらかと言えば貢献してる方だと思ってたのは私の勘違いなのかな?
 グチャグチャした感情を落ち着かせるように、寝落ちするまでクラオル達を撫で続けた。

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