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13章
日本ガラパゴス文化
しおりを挟む午前中はなくなってしまったうどんを大量生産して、午後イチで親方さんの工房を訪ねた。
私達が工房に入ると、近くにいた従業員が「親方ー! 親方ー! あのお嬢さんっすよー!」と大声を上げながら奥に走っていった。呼びに行ってくれたみたい。
「遅かったな。来ないかと思ってたぞ」
「ごめんね」
「まぁ、いい。来い」
「はーい」
執務室に向かう道中、工房の従業員には何故か会釈され、私は首を捻るばかり。
執務室は相変わらず散らかったままで、この前寄せたのにまたソファにも紙が散乱していた。
「適当に座れ。今茶でも……」
〈いらん。ジルベルト〉
「かしこまりました」
ジルがササッとお茶を出し、私がグレン用のクッキーを出すと親方さんは苦笑いを零した。
「助かるが……準備がいいな……」
「一応冒険者だからね」
「……は? 商人じゃないのか? いや、商人ってのも信じがたいが……」
「ちゃんと商業ギルドにも登録してるよ。ほら」
「……その年齢でCランク……まぁ、ドラゴンと一緒にいるからな……うん」
ギルドカードを見た親方さんはグレンのおかげでランクアップしたと思ったみたい。
グレンがいるから楽にすごせてるのもあるし、当たらずも遠からず……ってところかな?
「まぁいい。言われていたやつはできたぞ。これだ」
「おぉ~! キレイ!」
「花がどうのっつってたから花にしたが……」
「うんうん! 想像以上!」
親方さんが私の手の上に乗せてくれた二十センチ四方の行燈には薔薇の模様が施されていた。
「しかも軽い!」
「あぁ。薄くしたからな。一応落としたくらいじゃ壊れたりはしねぇようにしておいた」
「流石!」
プルトンは構造が気になるのか、手に乗せている行燈の周りをパタパタと飛んでいる。
本来なら部屋のカーテンを閉めてもらいたかったんだけど、部屋の足の踏み場を考えて、親方さんに一言告げてからプルトンに暗い結界を張ってもらう。
精霊の子に作ってもらったライトを中に入れると、淡い切り絵のように薔薇が壁に映し出された。
「素敵! 大きさとライトの強さ次第ではハッキリしそう! これは間違いなく売れるよ! 私も欲しいもん! プラネタリウムみたいに投影しながら回転とかしたら最高だね~」
「ぷ、ぷらね?」
「プラネタリウムね。夜空の星を部屋で再現するやつって言えばいいかな? それよりこれの値段決めないと」
「値段なぁ……そんなもんが売れると思えねぇが……金貨一枚くらいか?」
「金貨一枚!? これが!?」
「やっぱ高ぇか……」
親方さんは乾いた笑いを零す。
地球みたいに機械で大量生産するわけじゃない。これは機械のサポートがあっても手作りだ。付与をしていないのに、この軽さと丈夫さは親方さんならでは。
それに私はパーティーで貴族の子供達が親に買ってもらったと自慢し合っているのを見た。
対貴族なら少しくらいぼったく……人件費と技術料を多めにいただいてもいいよね! 正当な報酬よ!
「ダメダメ! そんな安売りなんてもったいない!」
「……は?」
「ん~……金貨十枚は言いすぎかなぁ……でもなぁ……」
「はああ!?」
「セナ様、こちらより大きなサイズも販売するのですよね?」
「うん。貴族は見栄っ張りだから、大きいのがあれば大きいの買いたがると思うんだよね」
驚く親方さんを放置して、基本となる値段をジルと相談する。
これを基準として、大きい物も小さい物も値段を上げたい。ただ、基本的に家の中で使うだろうから、あまり高いと買ってもらえないかもしれない。
「そうしますと、こちらの大きさは金貨七枚くらいがよろしいかと。タルゴー商会が手数料を取っても金貨十枚以下で販売できます」
「じゃあ、そうしよう! ってことで金貨七枚ね」
「『ってことで』じゃねぇ! んな高ぇ値段で売れるわけねぇだろ! オレの工房潰す気か!?」
「まさかまさか! 親方さんの技術を含めた適正な付加価値だよ」
「例外もありますが、貴族は基本的に安いものは買いません。平民が手を出せない物に魅力を感じます。技術面を考えてもこの金額は決して高くありません」
「だが……」
「最終手段もあるから安心して!」
私がニッコリと微笑んで見せると、親方さんに思いっきりため息を付かれた。
「……わかった。アンタらを信じてやる」
「ありがとう! それでね、さっき思い付いたことがあるんだけど……この村の裁縫関係の工房と仲いい?」
「裁縫関係っつーと、あいつんとこか。あのテントの幌作るのを頼んだが、どうかしたのか?」
「うん。ちょっとね。この行燈って一センチとか二センチくらいの作れる?」
「作れなくはないが、細けぇから時間がかかるぞ」
「時間は大丈夫。そしたらストラップも作ろう!」
「また訳わからんものを……説明しろ」
「もちろん! …………こんな感じで編んだ組紐にぶら下げるのをストラップって言うのね。で、行燈の枠は金属に砕いた宝石を散らして、ところどころキラキラさせるんだよ。宣伝文句は〝あなたの扇があなただけの特別な輝きを放つ〟……みたいな」
日本じゃガラケーからスマホに時代が移り変わり、あまり見かけなくなったストラップ。
集めていた好きなキャラクターのストラップやグッズはもう手にすることはできない。
ちょっと寂しく思いながら、紙に根付けストラップを描いていく。
「なるほど。扇に付けさせるのですね。流石セナ様です! これならば、ご婦人が夜会に行く際に話題になるでしょう」
「普通の行燈の宣伝にもなるよね?」
「はい。それにデザインや宝石を替えれば一人で何個も買われる方もいると思います」
「それは売れそうだと思うが……」
「とりあえず真珠でいいかな? いっぱいあるから使っていいよ」
ジルに行燈を持ってもらい、両手に真珠を出す。
「はあああああ!?」
〈セナ、タダはダメだ〉
「あったりめぇだよ! アンタ価値わかってねぇな!?」
「でも余ってるよ? それにこれ粗悪品」
〔ゴシュジンサマ、マエニカッタ、ワロフキーハ?〕
「あぁ、それもあったね。でもポラルが使うんじゃないの?」
〔ワケテアゲテモ、イイデス〕
ひとまず真珠をグレンに渡し、膝の上でワロフキーをポラルに選別してもらう。
「いやいやいや。これを渡されても買い取れねぇよ」
「あ! じゃあ、貸しってことにして売り上げ金額の一部で返金していくのは?」
「……何でそこまでオレに構う?」
「え? 親方さんの技術がすごいから。あんなすごいテントを作ってくれる人だよ? また何か頼みたいじゃん」
「それだけか?」
「他に何があるの?」
「……フッ……ハーッハッハ! 初めてまともに認められたのがこんな子供だとはな! 人生何があるかわからねぇ……いいぜ。オレはヌイカミだ。よろしく頼むぜセナさんよ」
首を傾げた私を見て、噴き出した親方さんはひとしきり笑った後、手を伸ばしてきた。
ガッチリと握手をした親方さん……改めヌイカミさんは初めてニカッと笑った。
その後はヌイカミさんと一緒に裁縫道具を買った工房に出向いて根付けを依頼。
工房主はレシピ登録の話をすると、驚きつつも急遽作成した書類にサインしてくれた。先払いってことでちょっとお金を払ったのが効いたのかも。
ヌイカミさんにストラップと行燈を数種類作っておくようにお願いして、私達はようやく村を出発した。
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