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13章

呑み屋【ヴィノー】

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 たっぷりと値引きをしてもらい、タルゴー商会を出た頃には日はとっぷりと暮れていた。
 予想以上に時間をかけてしまったらしい。時間を意識すると途端におなかが減る気がするのは何でだろうね?
 街灯の魔道具がチラホラと光っているし、家々の窓から明かりが漏れてるけど暗いもんは暗い。
 ほとんどのお店はすでに閉まっている。

「流石に腹減ったな」
「そうだねー。セナっちごめんね?」
「ううん。私も楽しかったよ! ちゃんと商品見たの初めて!」
「そうなのか?」
「うん。この街のタルゴー商会ではあんまり買い物してなくて……いつも『こういうのが欲しい』って言ったやつを応接室で用意してもらってたの。他の街ではすごいお世話になってるけど、ここまで品揃えが多いのは流石本店って感じ」
「いっぱい割引きもしてくれたしねー」

 ガルドさん達と話していると、グレンに体を持ち上げられた。

「わっ!」
〈セナ! あっちだ!〉

 グレンはクンクンと匂いを辿り、入り組んだ路地を進んで行く。
 着いたのは、大衆酒場って雰囲気の呑み屋【ヴィノー】。
 冒険者ギルドにわりと近い位置にあるからか、冒険者達で賑わっている。

 ガルドさん達に続いて入ると、グレンに抱えられている私を見て、カウンターにいる店員さんに渋い顔をされた。

「……ガキが来るところじゃねぇ」
「この時間だと他の店が開いてないんだ。腹を空かせているから食べさせてやりたいんだが……」
「……」
「私はいいよ。先にジルと戻ってるから、グレンとガルドさん達食べて。グレン降ろして」

 この時間でもジルと自分の分くらいならすぐに作れる。流石にみんなの分ってなったら時間かかっちゃうけど……
 眉間のシワが深いままの店員に安心させるように告げると、横から現れた女性に「待ちな」と腕を掴まれた。
 えっと……どちら様ですかね?

〈セナに触れるな〉
「おっと、悪かったよ。金はあるんだろ? 子供が来る店じゃないが、ちょっとくらい食わせることくらいはできる。食ってきな」

 女性は追い出す気はないようで、顎でしゃくった。
 案内された端っこのカウンター席に座ると、グレンとガルドさん達にはビールが運ばれてきた。

「ここは酒場だ。お嬢ちゃんと少年は飲めんのかい?」

 あぁ、そっか。この世界はお酒飲むのに年齢制限がないからお店でも飲めるのか……でも空きっ腹にお酒はよろしくないよね。
 ジルに飲むか聞いてみると、ジルもいらないらしい。小声で「何があるかわかりませんので」なんて警戒している。

「私達は水で大丈夫」
「そうかい。メシはちょっと待ってな」
「はーい。ありがとう」

 お姉さんはお礼を言う私に一瞬目を丸くして、フッと笑みを浮かべた。
 そんな笑うようなことなかったと思うんだけど……

 このお店はお酒がメインで食べ物は少ないみたい。食べ物のメニューはなく、私達に運ばれてきたのはボア肉の串焼きが各二本ずつ。

「ここは酒場だ。大した食べ物は出せないんだよ。飢えるよりはいいだろ?」

 と、私に話しかけたお姉さんはすぐに他のお客さんに呼ばれて去っていった。
 お店自体の雰囲気は大衆酒場だけど、バーみたいな感じ? ただ、飲んでいる人達は騒がしいから居酒屋っぽさが抜けていない。
 この時間に開いているお店が少ないからか、お客さんはひっきりなしに訪れている。

〈セナ、足らん〉
「あぁー……グレンはそうだよね。私の食べていいよ」
〈それだとセナのがなくなるだろ〉
「ではこちらをどうぞ」
〈それはジルベルトのだろ。セナの料理がいい〉

 私達が串焼きを押し問答していると、カウンターの中からダン! と無言でマッシュポテトが私達の前に置かれた。

「……」
「あ、ありがとうございます」

 カウンターのお兄さんは、私をチラッと一瞥しただけ。
 寡黙な人……もしくは子供が嫌いなのかもしれない。
 マッシュポテトを出してはくれたけど、大食いのグレンには足りないし、成長を考えるとジルの分も欲しい。

「あの……持っているパン出してもいいですか? もしくはちょっとキッチンをお借りできたり……」
「……」
「うっ……そんなに睨まなくても……」

 頷くでもなく、首を横に振るでもなく、ただ鋭い目付きを向けられ、私は撃沈。
 グレンの食欲を考えたら、宿に戻った方がいいかもしれない。ガルドさん達も食べる物がないからか、ビール三杯目だし……
 どうしようかと悩んでいると、カウンターからお兄さんが出てきた。

「え? わっ!」
「セナ様!」

 お兄さんは私の首根っこを掴み、そのままカウンターの中へ。混乱している私をコンロの前に置いてある木箱の上に降ろした。

「……作るんだろ」
「へ? あ、ありがとうございます?」

 さっきゴソゴソしてたのは、私の身長を考えてこの木箱を準備してくれてたのね……
 お兄さんはまたも私を睨むように一瞥したけど、これを準備してくれたことを考えると、キッチンを貸してくれるってことだよね?

「オレっちも手伝……」
「入るな」

 ジュードさんが立ち上がると、お兄さんは被せて拒否。私はいいけど、ジュードさんはダメらしい。
 それならお邪魔にならないようにグレン達のご飯を作ろう。
 エプロンを着けていると、「使え」とザルに山盛りのじゃが芋をお兄さんに押しやられた。
 材料も使わせてくれるみたい。
 お米出したら驚かれちゃいそうだから……とりあえずおなかに溜まるツマミ系かな?

 お兄さんが渡してくれたじゃが芋を洗い、カットした芋から天ぷら鍋で揚げていく。
 お兄さんはチラチラと私を窺ってるけど、特に文句や注意はしてこない。
 フライドポテトを作りながらじゃが芋と人参を茹でていると、お姉さんが寄ってきた。

「へぇー。珍しいね。こいつが人を入れるなんて」
「……こいつだけだ」
「アハハ。照れてやがんの。それにしても切るのが上手いね」
「ありがとう」

 そうなの? とお兄さんを見てみると、また睨まれた。
 私には不機嫌そうにしか見えないお兄さんは、お姉さんからしたら照れているらしい。

「これはなんだい?」
「フライドポテトだよ。食べてみる?」

 頷いたお姉さんに「熱いから気を付けてね」と一つ渡すと、横からお兄さんの手が伸びてきた。

「あ、はい。どうぞ」
〈セーナー〉
「もうちょっと待ってー」

 グレンにせっつかれ、揚がったポテトをグレンから順番に出していく。
 ガルドさんは「悪ぃな。助かる」と受け取った。
 やっぱりビールと串焼きだけじゃ足りなかったみたい。

 みんなが食べている間にパンを齧りながら別のメニューも作る。
 茹でたじゃが芋と人参に火魔法で炙ったチーズをかけて【なんちゃってラクレット】。これにはパンを付けて満腹中枢を刺激。
 最後はグレンの肉欲求に応えるべく、大量のウィンナーを使ったポテトとウィンナーのコンソメ炒め。
 おかわりは……簡単なフライドポテトで我慢してもらおう!

 せかせかと作ってはみんなに配っていると、お姉さんが再び寄ってきた。

「お嬢ちゃん。悪いんだけどさ、さっきの他の客にも出せるかい?」
「えっと……ポテ芋があれば?」
「……芋はあるが……」

 お兄さんとお姉さんが目と目で会話した後、お姉さんは「一グループにつき一皿だ」と他の冒険者達に告げた。

「こいつらは普通に食ってんじゃねぇか」
「この子の連れだ。ここはあたしの店だよ。文句があるなら飲み代払ってとっとと帰んな!」

 不満を言う他の冒険者にお姉さんが一喝して黙らせた。
 お姉さん強い!
 私はお兄さんがお店の奥から持ってきた大量のじゃが芋を、鍋を四つに増やして揚げていく。
 一皿だと言っても、一人につき芋の欠片一つなんて納得できないだろうから、数は必要。しかもこの世界は大食いが基本だから余計に。

 食べ終わったみんなに待っていてもらい、一時間以上かけてお客さん分のフライドポテトを揚げ終わった私はようやくお店を出られた。
 お姉さんは私達の飲み代をタダにしてくれた挙句、「助かったよ」と銀貨二枚のお小遣いをくれた。給料らしい。

〈タダならもっと飲めばよかった〉
「アハハ。そうだねー。でもセナっちが変に絡まれなくてよかったよー」

 もう夜中もいいとこ。とっても眠い。
 グレンの腕の中で心地よい振動と温もりに私は目を閉じた。



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